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【第2章】第3話 静かな観測者

―第3話 静かな観測者



 放課後の図書室は静かだった。


 ページをめくる音と、時々聞こえる小さな話し声だけが空気に溶けている。


 透真は天文学コーナーの前でしゃがみ込みながら、本棚を見上げていた。


「……あれ」


 探していた本が見つからない。


 確か昨日ここにあったはずなのに。


 背表紙を順番に眺めながら、透真は小さく首を傾げる。


「何探してるの」


 不意に後ろから声がした。


 振り返ると、榊 伊織が立っていた。


 黒髪に、静かな目。


 相変わらず表情は薄いのに、不思議と存在感がある。


「あ……」


 透真は少しだけ安心した顔をする。


「星雲の写真集みたいな本、探してて」


「青いやつ?」


「そう、それ!」


 伊織は迷いなく上の棚へ手を伸ばした。


 透真より少し高い位置。


 細い指先が、一冊の本を引き抜く。


「これ」


「……あった」


 透真の顔がぱっと明るくなる。


「伊織くん、ありがとう!」


「ん」


 伊織はそのまま近くの席へ座った。


 窓際。


 柔らかい西日が机に落ちている。


 透真も自然に向かいへ座った。


 無言の時間。


 けれど不思議と気まずくない。


 透真は本を開きながら、小さく息を呑む。


「……すご」


 ページいっぱいに広がる星雲写真。


 青、紫、白。


 宇宙の光が滲むみたいに写っている。


「この散光星雲、実際はもっと色薄いんだけど、長時間露光するとこんな感じに見えて……」


 ぽつぽつ話し始める。


 伊織は静かに聞いていた。


「星雲って、ガスとか塵の集まりなんだよね。だから光り方も違うし、場所によって形も全然違って」


 透真の目が少しずつ輝き始める。


「あとこれ、馬頭星雲っていうんだけど、本当に馬の頭みたいで──」


「透真」


「え?」


「今、瞬き減った」


「……へ?」


 透真がきょとんとする。


 伊織は静かな顔のまま続けた。


「好きな話してる時、あんまり瞬きしない」


「そ、そうかな?」


「うん」


 観察されていたらしい。


 透真は少し恥ずかしくなって視線を逸らす。


「……そんな見ないで…」


「見てるから」


 さらっと返された。


 伊織は嘘をつかない。


 だから余計に調子が狂う。


「あと」


「……え、まだあるの」


「説明する時、ちょっと前のめりになる」


「えっ」


 透真は慌てて姿勢を戻した。


 伊織が小さく目を細める。


「今もなってた」


「……恥ずかしい」


「なんで」


「なんか……そんな見られてると思わなくて」


 伊織は少しだけ考えるように黙った。


 それから静かに言う。


「透真、わかりやすいから」


「……」


「見てると面白い」


 透真は困ったように眉を下げた。


 でも伊織の前だと、不思議と無理して会話しなくていい気がする。


 沈黙も苦じゃない。


 静かな空気が似ているからかもしれなかった。


「伊織って、本読むの好きなの?」


「好き」


「何読むの?」


「色々。小説とか、写真集とか」


「星の本も?」


「透真が読んでると気になる」


「え?」


「楽しそうだから」


 その言葉に、透真は少しだけ照れた。


 伊織はまた静かに本へ視線を落とす。


 けれど時々、透真の方を見る。


 ページをめくる指。


 写真を見る時の目。


 好きなものを語る時の熱。


 どれも見ていて飽きなかった。


 窓の外では、夕陽が少しずつ沈み始めている。


 静かな図書室の中。


 伊織はぽつりと呟いた。


「透真って、見てて飽きない」


「……え?」


 透真が顔を上げる。


 でも伊織はそれ以上説明しなかった。


 本を読むふりをしながら、少しだけ目を細める。


 一方の透真は。


「……?」


 意味がよくわかっていなかった。



挿絵(By みてみん)



読んでいただきありがとうございます!

天文部でも静かに本を読んでいる伊織。


毎日12時か21時に投稿予定です५✍⋆*

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⭐️登場人物紹介:https://ncode.syosetu.com/n5363me/1/

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