三話
「さて、多少腹も膨れた事だし、口を滑らせてみようかな。
侯爵令息の件はひとまずおいて、次に第三王子の事件について話してあげよう。なぜ二番目にこの事件なのか気になる? しょうがないな、教えてあげよう。それは! 前からでも後からでも数えて二番目の事件だから!」
「よかろう、殺人鬼たっての希望だ。二度と食事はないと思え」
「じ、冗談ですよー? 姫騎士様、これはオジサンのおふざけというものですから、真面目に受け取らないでくれるとうれしいカナー?」
「ふざける暇があったらさっさと話せ。時間は有限だ」
「おや? いま、重要なことを口にしちゃったね? 時間に限りがあるなんて情報、与えちゃってよかったのかな?」
「…………」
「そうだね、無言を貫くのが正解だ。でも、殺人鬼は人の顔で情報を読み取れることを忘れちゃいけない。俺は何も言わなかったけど、これまでも姫騎士の顔や声音で判断していることは何度もあった。これからは気を付けるといい。
さて、気を取り直して、第二の事件について話すとしよう。この事件を次に持ってきた理由としては、これらの事件の真相に辿り着くための入り口に当たる事件だからさ。
この事件を深堀せずして君の知りたい情報は得られない。だから聖女の事件よりも先に話す」
「…………」
「はあー……、あのね、読み取らせないためには黙っていればいい、ってことじゃないんだよ。無言を貫くのなら、それはそれで得られる情報も多いからね。時間が有限というのは君が俺を隠しているのに限りがあるからだろ? 国から殺人鬼の引き渡しを要求されているのは分かっている。
俺を欺こうと思うなら、君は顔よりも言葉で勝負した方が勝算はあると思うよ」
「殺人鬼の言葉を真に受けるとでも?」
「それは自由さ。君は今まで一方的に尋問してきたから、自分自身を分析した事がないかもしれない。だから俺みたいな飄々としたやつは苦手と見た。たとえば、そうだね……、君が無言なら俺は何も話さないことにしよう。さあ、君はどうする?」
「時間稼ぎでもするつもりか? こちらは拷問を強いることだってできる。最悪貴様は死んでも問題ない」
「苦しいね。ああ、実に苦しい嘘だ。最悪死んでも問題ない? だったら最初から拷問すればいい。……やはり、君は尋問官に向いていない。そんな姫騎士に殺された彼が可哀想だ」
「彼? なんの話だ?」
「おっと! 口が滑ってしまった。これについてはおいおいね?
流石にこれ以上横道に逸れるのはくどいからね。話を戻そう。まずは第三王子との出会いだが、これは至って普通だ。王宮で出会って話をした。それがすべての始まりと言ってもいい」
「ということは、殺人鬼、貴様は王宮で働く人間か?」
「さあ? それは想像にお任せするよ。君の推理力を試したまえ。
それで、話というのは第三王子が悩みを打ち明けてくれてね、暇だった俺が相談に乗ったんだ。それでいろいろ解決策を講じたが、どれも難しかったわけだな
暗殺することについては最終手段。これでもしっかりと相談に乗ったんだからな?」
「マルロ様と会う機会があったことに驚きだ? そうなると貴様は王宮で働いている……、いや、貴様の顔はどこかでも見たことがないな。
……マルロ様も暗殺者に依頼するほど何かに追い詰められていたのか。確かにマルロ様は歳の離れた優秀な兄二人に劣等感を抱いていた。それで強くなるためにはどうすればいいかと、私は相談を受けた事がある」
「へえ、確かに姫騎士は強い人に見えるだろうからね。なんて答えたんだい?」
「決まっている。『強くあればいい』。この国は実力主義だ、剣がまともに振るえない男が強くなれるはずがないだろう」
「なるほど、それで弟子として受け入れたわけか」
「ああ、弟子にして五年くらいは稽古を付けたか。私が王宮へ行くたびに稽古を付け、私がいない時でも自主練に励んでいるような努力家だった。貴様みたいな殺人鬼には理解できないだろうがな」
「下手に否定すると殺されそうだから、頷いておこうかな。そうだね、俺は殺人鬼だから、毎日剣を振る第三王子の事なんてよく分からないさ。でも、彼もまた深い悩みは殺人鬼にだけ相談したということを忘れちゃいけない。俺は人望が厚いんだ」
「その人望を利用して殺害計画を組み立てたわけだな、卑劣なやつめ」
「あれ? 俺の評価下がった?
まあ、気のせいという事にしておこう。それで、相談を受けた俺は三年間ほど計画を練り、絶対にバレないよう暗殺を決行したわけだ」
「ずいぶんと長く計画を立てたな。殺人鬼のくせに生意気な」
「やっぱり俺の評価下がってない?」
「気にするな。さっさと続きを話せ。どうしてマルロ様までもが貴様に暗殺を依頼した? 何をそんなに思い詰めていたのだ」
「姫騎士みたいに気の強い女に想像できるかは分からないが、原因はいじめだよ。学園内で受けたいじめに耐えられなかったんだ」
「…………」
「正解。今のは口を噤んで正解だったよ。もし『いじめ程度の事で』とか口にしていたら、今日の俺は不機嫌かつ嘘しか話さなかっただろうね。
もしかしたら絶句して何も言えなかったのかもしれないけど。どう? 弟子にした子がいじめにあっていたなんて信じられなかったか?」
「……私は何も知らなかった。あの方は王族だぞ? たとえ剣の扱いが下手でも、王族に対していじめがあれば、教師や側近共が黙っていない。何かの間違いではないかと疑っているくらいだ」
「なんだ、俺が話さずとも真相に辿り着いているじゃないか。いじめの原因も、いじめの犯人も、驚くことは何もないじゃないか」
「私は推理をするために貴様と相まみえているわけではない。
だが、そうか。王宮にいじめの話があがってこないのはそう言う事だったのか。犯人はいじめを止めるべきである教師や側近たちだな?」
「そのとおり! 流石に簡単だったかな? そう、第三王子は守られるべき者たちから攻撃を受けていた。じゃあ、その理由はなんでしょう?」
「問われるまでもない。弱かったからだ。マルロ様は気が弱く、剣を振るう事に迷いがあった。男児は勉学よりも剣術の強い者が優遇される学園で、マルロ様は格好の的だったのだろうな」
「まあ、いじめというのは基本的に、周りから無視されることだったらしいけど、友達が出来ず目を合わせると溜息を吐かれる毎日は、王族として恐ろしかったのかも知れないな。俺に暗殺を依頼してくるまでもかなり間があったよ。彼なりに葛藤したんだろうね」
「殺人鬼よ、貴様は殺す以外の選択肢は与えなかったのか? 国に見つからない程の暗殺技術を持った貴様なら、私以上に戦う術を教えることは出来たのではないのか」
「出来たよ。でも、どうして逃げちゃいけないんだ?」
「なに?」
「五年間も剣を教えていたんだから分かっているんじゃないの? 第三王子は戦っても強くなれないって。
王太子と第二王子、それに国王とも関わりのある君なら結果なんて見ずとも分かるだろ。あの子が勇気を出していじめられていると報告しても、一蹴されるだけだ。姫騎士、君だって『強くあればいい』と言っただろ」
「ああ、言ったさ。だが人は一度逃げることを覚えると、逃げ癖が付いてしまう。私はマルロ様に逃げ癖が付いて欲しくなくて鼓舞したまでのこと。決して暗殺を依頼するまで追い詰める意思はなかった!」
「それをどう受け止めるかは第三王子次第だ。それに、逃げることを諦めて一生を捨てるくらいなら、一度逃げてやり直した方がいいとは思わないかい? それとも、姫騎士みたいに気が強く、何でも出来てしまうような人には分からない話かな?」
「……チッ。殺人鬼、貴様は弱い者の味方ごっこをしたくて偽善ぶっていたようだな。弱い者は淘汰される。この国の当然の摂理だ。だから私はその摂理に呑まれないよう稽古を付けてやったものを」
「弟子にしてやった意味がないって? 性格悪いなぁ。俺が話すまで何も気付けなかったくせに」
「黙れ! 弱者の気持ちなど理解するに値しない。私はただ、王族としての威厳を保たせるために師匠になったまでのこと! 相談もせずに死ぬくらいなら、初めから剣など教えなければよかった」
「そうか、理解するつもりもないか。……悪いが、今日はここまでだ。話しすぎて喉が痛い」
「まだ聖女の事件について話していない。引き延ばすつもりか」
「今の俺はちょっと気分が悪いんだ。その後ろの扉の先にある階段を上がった先に、衛兵が何人もいる中で、俺一人脱出なんて出来ないから安心しろ。明日になったらまた続きを話してやるし、とりあえず、今日は飯を用意して帰れ。……と、ここが姫騎士の家だったな。じゃあここから出て行け」
「いいだろう。私も話を整理する必要があるからな。また明日、貴様にはすべてを吐き出させてやる」
「ごはん、用意してくれるよね?」
「……チッ、用意してやるから気持ち悪い顔をするな!」




