20、大蛇と二人
「えっと……」
01と02の泣き声だけが響いていた部屋で、遠慮がちにそう口を開いたのは火花だ。
「そろそろいいか?いや、こんなことを言うべきじゃないのは分かってるつもりなんだけど……」
申し訳なさそうに言った火花の言葉を、澪が引き継ぐ。
「01を救出することができたし、早く戻らないと。私たちの代わりに戦ってくれている人たちがいるから」
澪が01にも伝わるように、簡潔に説明した。
そうだった。雅楽代さんとあの影の使い手の二人が、今も俺たちに代わって長の相手をしてくれている。早く向こうに行って彼らと共にここを離れるべきだろう。
できることなら長を倒したい。そういう思いもある。彼のしてきた悪業を見過ごすのは気分が悪い。だがそれ以前にまずは目先の、本来の依頼を達成しなくては。
あの男と戦う過程でまた01を取られてしまったら、本末転倒だからな。
「行こう。二人とも、動けるか?」
俺は01と02に向けて、手を差し出した。
02は「ありがとう」と言いながら、俺の手を取った。しかし俺がもう片方の手を01に差し出しても、彼は一向に手を伸ばしてくれない。
「……大丈夫か?動けそうにないなら、もう少し休んでも……」
「いや、違うんだ……」
俺の言葉をそう遮って、01はおずおずと、その先を口にしていく。
「……僕は、あなたたちと一緒に行ってもいいのだろうか。たとえあれが、僕自身の意思ではなかったとしても、今も僕の脳裏には自分が殺してしまった人たちの姿が焼きついている」
彼は自分の手のひらを眺め、顔を歪める。
「こんな汚れた手で、あなたの手を取る資格なんて……」
そう言った01の手を、俺は自分の方から手を伸ばして掴む。
「大丈夫だ」
俺はそう言いながら、腕を引っ張って二人を立ち上がらせる。
「俺も初めは迷っていた。本当にお前を助けるべきなのか。でもさっきお前が経験してきたことの一部を見て、考えが変わった。俺はお前みたいな傷つけられてきた人を、この手で救ってやりたい。俺はお前を、悪だとは思わない」
俺は自分の後ろを振り返り、他の相談所の仲間たちを見回す。
「あいつらだってそうだ。むしろあいつらは最初から、お前を絶対に助けるって思ってたわけだしな」
俺の言葉に、みんなは笑ったり頷いたりしながら、それを肯定する。
01はその様子を見て、再び目に涙を浮かべた。
「え?ちょ、泣くなよ」
俺が慌ててそう言うと、01は首を振って笑顔を浮かべる。
「……ありがとう」
その笑顔に、周りのみんなも笑顔で返す。
「……おっし、行くか」
雄大の言葉にみんなが頷く。
俺は雄大と先頭に向かう。01と02は手を固く握って並んだ。もう二度と、離さないというように。
みんなが走り出す。目指すは俺たちの代わりに今も戦い続けてくれている二人のところ、そして俺たちの帰る場所、相談所だ。
「ムッカつく……!あの蛇共も!君も!」
「うるさい。騒ぐと体力が削られるぞ」
うねうねと動く数多の蛇の頭と向き合いながら、雅楽代陽向と久世瑞貴は今も憎まれ口を叩き合っていた。
陽向が数本の矢を持ち、それを一気に大蛇に向けて放つ。しかしその全てが、途中で割り込んできた小さな蛇に当たり、本体に届く前に地に落ちてしまう。
長い階段の上から攻撃を仕掛けている陽向が「ムキー!」と悔しそうな声を上げているのをちらりと横目で見ながら、床で大蛇とやり合っている瑞貴も攻撃を仕掛けた。
影の龍を使い数回に分けて攻撃をする。一回目と二回目は割り込んできた分裂蛇に攻撃を阻止されたが、三回目の攻撃は本体に当たった。しかし、大したダメージを与えることはできなかったようだ。
「やっぱり、龍を分けると威力がなくなるな」
「さっきよりは小さくなってるんだけどね」
陽向が目の前の大蛇を見ながらそう言った。
二人も玲たちが01の救出に向かっている間、何の進展もないまま拮抗した戦いを続けていたわけではない。
本体にダメージを与えることで、少しずつ大蛇のサイズを削っていった。しかし大蛇のサイズを削ることができると二人が気づいた頃、大蛇の方も本体へのダメージを防ぐことに注力するようになってきた。
「このまんまじゃ、あの子たち帰ってきちゃうよ!」
困ったと騒ぐ陽向を見て、瑞貴が首を傾げる。
「別にいいんじゃないか。そうすれば俺たちが戦い続ける必要も……」
「違うよ!」
瑞貴の言葉を陽向が遮る。そして言った。
「あの子たちが帰ってきた時、僕たちがあの蛇を倒せてなかったら、どうなると思う!?そう!役立たずの大人だったって思われちゃうんだよ!!」
その言葉に、瑞貴は「はぁ……」と大きなため息を吐いた。
(本当に、早く帰りたい。あいつら早く戻って来ないだろうか……)
瑞貴が心の中でそう思っている間も、陽向は話し続ける。
「だから、なんとしてもあいつを倒さないとなんだよ。あの子たちが戻ってきた時、さすがです雅楽代さん!って言ってもらうためにね!」
首を伸ばしてきた分裂蛇の頭を矢で射りながら、陽向はやる気に満ちた様子で言った。
「だったら一人で頑張ってくれ。俺は帰って休ませてもらう」
「え?ま、待って待って!」
自分の元に向かってきた分裂蛇から影の龍で自分の身を守りつつ、ため息を吐きながら瑞貴は言った。それを慌てて陽向が止める。
「待ってよ!二人の力を合わせなきゃ勝てないって!」
「俺は別に勝とうとは思っていないし、あいつらから称賛されたいとも思っていない」
踵を返して陽向がいるのとは別の階段を登ろうとする瑞貴に、陽向は本気で焦り始める。
「えっと……、あっ、そうだ!龍弥さん!」
陽向が咄嗟に口にしたその名前に、瑞貴がピクッと反応する。その小さな動きを、陽向は見逃さなかった。
「勝ったらきっと龍弥さんに褒めてもらえるよ〜?でも勝てなかったら、あの人に失望されちゃうかもね。それでもいいの?ホントにいいの〜?」
あまりにも子供っぽい煽りだと、そう分かっていても、その挑発に乗らずにはいられなかった。グッと唇を噛みながら、悔しそうに瑞貴が口を開く。
「……さっさと片付けるぞ」
その言葉に、陽向は嬉しそうに笑った。
そして同時に、こう思った。
(やっぱりまだ、あの人のことは大事なんだ。あの人に対する思いは、子供の頃と変わってない)
そう考えると、胸の内から温かい感情が込み上げてきて、自然と笑みが溢れてしまった。
「何を笑ってるんだ」
不機嫌そうに言った瑞貴に、陽向は慌てて表情を取り繕う。
「な、なんでもないよ。よしっ、やろう!」
陽向のその言葉に、瑞貴も頷いた。その横顔を上から見下ろしながら、陽向は悲しげな表情を浮かべた。
(僕も龍弥さんも、また君とあの時のように過ごせることを、今も望んでる。でも、きっと君は……)
矢を用意しながら、陽向は遠くを見つめて考えた。
(なんで、あんなことになっちゃったんだろうね……)
陽向は昔のことを思い出しながら、一人静かにそう思った。
「……おい、陽向」
声をかけられて、陽向はハッとする。
「何?」
そう聞き返した陽向に、瑞貴は無言で、自分の手元を見るように訴える。
瑞貴は影の中から、一本の刀を取り出した。
「……それ、まだ使ってたんだ」
「普段は使わないがな」
どこか嬉しそうにそう言った陽向に、瑞貴は素っ気なく返した。
「それを使うってことはつまり、あれだね?」
わくわくした表情で陽向が言った。
「ああ。あの頃と同じように」
瑞貴がそう言いながら、刀を鞘から抜く。陽向もそれに合わせて矢を番える。
陽向は弓を引きながら、ふと思いついたように口を開く。
「……正直、君は来ないと思ってた」
その言葉に、瑞貴はチラリと陽向の方を見た。
陽向も瑞貴の方を見ながら、こう伝えた。
「だから、来てくれてありがとう。きっと、龍弥さんも喜ぶよ」
瑞貴はそれを聞いてほんの僅かに笑みを浮かべた。
「……そうか」
遠くにいる陽向には聞こえないような小さな声で、瑞貴はそう返した。
「光は天より降り注ぐもの!」
突然、陽向が高らかにそう叫んだ。
どこか誇らしげなその様子を見て、瑞貴は明らかに嫌そうな表情を浮かべる。
「ほら、次は君の番だよ。もしかして忘れちゃった?なら代わりに僕が……」
「問題ない、覚えている」
陽向の言葉を食い気味に遮ってから、瑞貴は躊躇いがちに口を開いた。
「……影は、地より這い上がるもの」
他人に言われるよりはマシだと思いながらも、やはり拭えない恥ずかしさと共に顔を赤くして言った瑞貴を、陽向が面白そうに見ていた。
この言葉は二人がまだ幼かった頃、共に戦う仲だった頃、二人で決めた口上だ。懐かしいなぁ、と陽向は思った。
この言葉を再びここで言うことにしたのは、今からの戦い方があの頃と同じものだからだ。
瑞貴は陽向に向かって小さく頷くと、地を蹴って大蛇の元へと向かう。そのまま刀を使って斬りかかるのかと思えば、彼は龍だけを地上に残し、影の中に消えた。
そのタイミングで、陽向は矢を上空へと向けて放つ。その矢には陽向の光の力が込められているため、彼の意思によって縦横無尽に動くことができる。
矢は真上から大蛇の元へと降り注いだ。今回は矢だけではなく陽向の能力である光の結晶もともに降り注ぐ。当然その量に分裂蛇だけでは耐えきれず、大蛇本体にダメージを与えた。
それと同時に大蛇のちょうど真下から、その体を直接引き裂くように、現れた瑞貴が刀で大蛇の体を引き裂いていく。
「ハァッ!」
瑞貴は声を出しながら、硬い体に影の力を纏って威力を上げた刀でダメージを与える。
すでに上から降り注ぐ矢でダメージを負っていた大蛇の体は脆くなっており、瑞貴の刀によって、大蛇の体は真っ二つに分断された。
しかし、それだけでは足りない。何度でも再生する分裂蛇のように、再び大蛇の体が元に戻ってしまうのも時間の問題だ。
そのために、龍は地表に残っていた。
瑞貴は自分にも振ってくる数本の矢と光の結晶を刀でいなしながら、龍に指示を出す。大蛇の体の半分に噛みつき、その体を食い千切る。
もう半分には再び、陽向の矢と光の結晶が襲った。ズタズタになるまで襲ってくる矢と光の結晶、それから影の龍に、大蛇がおぞましい悲鳴を上げた。
その様子を、二人は冷たい目で見ていた。
「光からも影からも攻められれば、人は居場所をなくす」
冷ややかな声で、陽向が大蛇に向けて言い放つ。
「……終わりだな」
瑞貴も、すでに原型をなくした目の前の大蛇に向けてそう言った。
その直後、最後の断末魔とも言える悲鳴が辺りに響き、大蛇は消滅した。
ふぅ、と二人はため息を吐く。その後で、いつものテンションに戻った陽向が、嬉しそうに声を上げる。
「……やったー!勝った!勝ったよ!」
「……お前のその敵を倒す直前だけ宿る別人格みたいなの、いつ見ても怖いな」
「何の話?」
首を傾げてそう言った陽向に、瑞貴はやれやれと首を振りながら「なんでもない」と返した。
陽向は階段を下りて、瑞貴の隣に並ぶ。そして、足元にいる大蛇の元の姿、長に目を向けた。
「あんだけズタボロにしたのに使い手本人は無事だなんて、すごいね」
「俺も同じようなものだが?」
「ああ、そうだったね……」
そんな会話をする二人の目の前で、倒れている長が目を覚ましたのかモゾっと動いた。
「うぅ……」
そんな呻き声を上げる長に、陽向と瑞貴の矢と刀が向く。
「動くな!」
そう言いながら、陽向が弓を引く。しかしその忠告を無視して、長は白衣のポケットから何かのボタンのような装置を取り出した。
咄嗟に放った陽向の矢がその装置に当たり、装置は弾かれて飛んでいく。
(……あれ?そういえば、来たばっかりの時破けた服を見た気がするんだけど……。いつ回復したんだろ?そもそも服って回復するもの?)
陽向がそんなことを考えているうちに、瑞貴が飛んでいった装置を回収しに行こうと動いていた。
「おい陽向。お前はそいつを止めとけ」
「あ、分かった!」
陽向はそう返事をし、長を見張っていた。瑞貴は少し離れた場所に落ちている装置の元へ移動すると、それを拾おうと手を伸ばした。
しかし彼がそれに触れようとした瞬間、突然地面から現れた何者かが、そのボタンを押す。
施設の奥で、ドォンという爆発音が響いた。
「どういうことだ!?陽向!」
ボタンを押したのが先ほどの分裂蛇とよく似ている蛇であることに気づいた瑞貴が、責めるように陽向に尋ねる。
「いや、僕はちゃんと見てた!」
そう言いながら、陽向は長のいる床に目を向ける。そして気づいた。
長が倒れている側には、さっき瑞貴の攻撃によって開けられた床の穴があった。
「分かった!この穴だ!この穴から分裂蛇を装置の方に向かわせて……」
「やっぱりお前がちゃんと見てなかったんじゃないか!」
「いや!穴を開けたのは君じゃないか!」
二人はついムキになって睨み合い、長から目を逸らしてしまった。
「ククッ」
笑い声が聞こえて、二人はハッとする。
「お、お前!何をしたんだ!さっきの爆発音は一体……」
尋ねる陽向に、長は答える。
「施設を爆破したんですよ。この辺に仕掛けてある爆弾も、いずれ起爆します。あなた方も早く逃げた方がいいですよ」
そう言い終えると、長は身を翻して階段の方へと向かう。
「あいつ、逃げるつもりだ!瑞貴、追って!」
そう指示した陽向に、瑞貴が尋ねる。
「お前はどうするんだ!」
「決まってるだろう!あの子たちを助けに行く!」
瑞貴はそう言う陽向を止めようとしたが、彼はすぐに走り去ってしまった。
これ以上ぐずぐずしていれば、長に逃げられてしまう。
「っ……」
悔しそうに顔を歪めながら、瑞貴も走り出した。
(無事でいてくれ。そうでなきゃ、龍弥さんが悲しむからな……)
逃げる長の背中を追いかけながら、瑞貴はそう願った。
「なんだ今の!?」
突如後方から聞こえてきた爆発音に、雄大がそう叫んだ。
「爆発音……。まずいな、早くここから逃げないと!」
火花が緊張した面持ちでそう言った。
「二人とも、大丈夫?」
普通の人と比べて耳のいい01と02が、辛そうに耳を押さえているのを見て、澪が尋ねる。
「大丈夫です。それより、急ぎましょう」
二人は足を止めることなく、俺たちと一緒に走り続ける。
「ああ、急いだ方がいい。ここの爆弾は長などの施設の者が逃げる時間を稼ぐために、奥から順に起爆していくんだ。この辺に仕掛けられた爆弾もすぐに起爆するだろう」
01がそう言ったのを聞いて、俺たちは必死に足を動かす。
俺たちがさっき人造人間と戦った場所を通り過ぎた頃、すぐ後ろの方で爆発音が聞こえた。
「まずい!急ぐぞ!」
俺は最後尾を走る澪の腕をグンっと引いて、ひたすらに前に向かって走る。
「っ、玲!」
澪が俺に声をかける。
「すまん!けど我慢してくれ!」
引っ張られた腕が痛いのだろうと思いながら俺は謝ったが、澪は「違うの!」と返した。
「う、後ろ!後ろから、さっきの……!」
そう言われて、俺は足を動かし続けながら頭だけを振り返る。そして、思わず絶句した。
「う、嘘だろ!?……みんな、走れ!あと避けろ!」
俺の言葉にみんなが少し振り返り、次の瞬間に放たれたレーザーを咄嗟に避ける。
「はぁ!?どういうことだよ!」
雄大が素っ頓狂な声を上げた。だが、こんな反応になるのも無理はない。
「なんで倒したはずのあいつが、復活してるんだ!」
後ろから追いかけてくる人造人間に対して、雄大が叫んだ。
疲れたという弱音を零す間もなく、ひたすらに足を動かし続け、ついでに時々襲ってくるレーザーを避ける。
「もぉ、無理……」
火花が僅かによろけながら、そう言った頃だった。
「みんな!」
そう声が聞こえて、俺たちの顔は明るくなる。
「雅楽代さん!」
雅楽代さんは弓を引き、人造人間に向けて矢を放つ。頭部に的確に当たった矢を見て感心しながら、俺は彼に向かって言った。
「腕です!そこを破壊できれば、動きを止められる!」
それを聞いた雅楽代さんはすぐに腕に向かって矢を放った。雅楽代さんの矢は一発で腕を撃ち落とし、人造人間は動きを止めた。
「みんな無事!無事だね!よかった!」
雅楽代さんの元気な声を聞いて、少しホッとする。
「みんな、あと少しだ。もう少しだけ頑張ってくれ」
雅楽代さんの言葉に、俺たちは頷く。そして、一度少し呼吸を整えた後、前を向いて決意する。
絶対に、生きてみんなとここから帰ってみせる……!
約一ヶ月ぶりの投稿です。お待たせしました。
犬猫編も終わりに近づいています。




