19、取り戻した記憶
一方01を培養ポッドから出す手立てを探す二人は、ある問題に直面していた。
「う〜ん……」
火花の唸り声が部屋に響く。隣の02も、彼女と同じように考え込んでいた。
「この鍵穴に対応する鍵は、どこにあるのでしょうか」
「部屋は一通り探したけど、見つからなかったな」
02の言ったことに、火花も頷く。
二人の目の前には、培養ポッドの裏側にあった謎の装置がある。オレンジ色の卵のようなオブジェクトが、ショーケースのようなものの中に飾るように置かれている。
しかしこのガラスは何をやっても割れることがなく、代わりにショーケースの台座にある鍵穴を二人は見つけた。
おそらくはこの鍵穴に鍵を差し込めばショーケースを開くことができるはずだと二人は睨んだのだが、肝心の鍵が部屋のどこを探しても見つからない。
「この卵みたいなのが本当に重要なのか、それすら分かんないっていうのに……」
ここで時間を取られるわけにはいかない、と火花はショーケースの中身を睨む。
その頃、廊下の方からバタバタと足音が聞こえてきた。
敵かもしれない、と二人は警戒しながら部屋の出口の方へと向かう。
そして近づいてきた人物たちを認識できるようになった二人は、緊張をふっと解いて言った。
「みんな!」
「二人とも!」
火花と02の重なった声に、向こうは三人でそう返す。
玲、澪、雄大の三人の姿を映した瞳を、火花は少し潤ませる。
「よかった、無事で……コホン」
ついいつもとは違う自分の姿を見せてしまったことに気づき、火花は咳払いをして誤魔化す。
「本当に、よかったです!」
一方で02は、素直に三人にそう伝えた。
「私も、二人が無事でよかった。それで、今はどんな状況?」
澪は二人に微笑みかけた後、真面目な顔つきになって尋ねる。
火花と02はその問いに顔を見合わせた後、今二人の直面している問題であるショーケースに、澪たちを案内した。
二人に案内されて、俺たちは謎の装置の前に来た。
「この鍵穴……」
「うん。私たちの持ってきた鍵が、役に立つかも」
俺の呟きに、澪がそう言った。
澪がポケットから取り出した鍵を見て、火花と02が顔を輝かせる。
「おお!どこにあったんだ!?」
興奮気味にそう言う火花を、澪が宥める。
「焦らないで、まだここの鍵かも分からないんだから。この鍵は玲と雄大が倒した敵が持っていたの」
それを聞いて火花は、俺と雄大に向けて「なかなかやるじゃないか!」と言った。火花がこうやって人を褒めることは所長相手を除いて滅多にないので、素直に受け取っておく。
澪は手にしていた鍵を02に渡す。
「え?ど、どうしてわたしに?」
困惑する02に、澪が言った。
「01を助け出せるかもしれない重要な場面を、私が担当するわけにはいかないでしょ?やっぱりここは、あなたが行かなきゃ」
その言葉に、俺たちも頷いた。
みんなの反応を伺った02は、鍵をきゅっと握りしめてから、おそるおそる鍵穴に鍵を差し込む。
惹きつけられるように鍵穴に入った鍵を02が傾けると、カチャッという音が辺りに響く。
そして、静かな音を立てながらショーケースのガラスが開いていった。
「……それで、この変な卵みたいのをどうするんだ?」
俺がそう尋ねると、02は困ったような顔をした。
「わ、分からないです」
そう言って頬を掻きながら、おもむろに彼女は手を伸ばす。
そして彼女の指先が謎のオブジェクトに触れた瞬間、意外な方向から反応があった。
ほんの僅かに、01が動いたのだ。その些細な変化も見逃さなかった02が、慌てて01の入れられている培養ポッドに駆け寄る。
「……何か01と関係があるみたいね、この卵。この装置に関する資料みたいなのは、この部屋にはなかったの?」
澪が尋ねると、火花がそれに反応して答えた。
「あっ、そういえば……。鍵を探してる時に見かけたような?確か、この辺に……」
そう言って歩き出した火花の後ろを、俺たちもついていく。
資料がたくさん並んだ棚の中からいくつかを取り出しては、これじゃない、これじゃないと資料を床にぶちまけながら、火花はようやくお目当ての資料を見つけ出した。
「これだ!ほら!」
表紙に装置のようなイラストの書かれた資料を見せつけながら、火花は言った。
「02」
澪が02を呼び、彼女がやってきたところで、俺たちはその資料をめくって読んでいく。
しかしその半分ほどがあの長の日記のようなもので、関連する記述を探すのに苦労した。ザッと目を通してはこのページではない、と次々にページをめくっていき、ようやく見つけた一文がこれだった。
「このオブジェクトに、彼の記憶を封印することで、彼を思い通りに操ることに成功した」
代表してページをめくっていた澪が、そう読み上げるのを聞いて、02が顔を歪める。
「あの人は、そんなことを……っ」
その声には、強い怒りがこもっていた。
「でもつまり、あの卵を壊せばあいつの記憶が戻るってことだよな?」
雄大が言ったその言葉に、みんながハッとした。
長の日記に綴られる残虐な実験の数々や、01を殺人鬼に仕立て上げるために行なった行為を文字を通して見たことで、みんなが暗いことばかりを考えるようになってしまっていた。そんな中でも希望を見出せたのは、雄大の強いメンタルがあってこそなのだろう。
「……壊す。そして、01の記憶を取り戻してみせる!」
立ち上がってそう言った02にみんなが頷く。
「側で見てる」
澪は優しい声で、オブジェクトと向き合う02に言った。
「何かあったら対処するから、安心してくれ」
俺も彼女にそう伝えた。何が起こるかは分からない。敵が現れて戦いになる可能性も考慮して、いつでも対処できるようにしなくては。俺は雄大と顔を見合わせて頷く。
最後に火花が、トンと軽く02の背中を押した。それに少しだけ振り返り、02は頷く。
「待ってて、01。今、あなたに会いに行くから」
02の指先が、オブジェクトに触れた。
「01!」
誰かが自分を呼ぶ声が聞こえて、目を開ける。
視界に光が溢れた瞬間に、これは夢だと、そう思った。
「01、お〜い」
ボーッとする自分の目の前でパタパタと手を振る誰かは、確かに声がして、何と言っているのかも分かるのに、それがどんな声なのかが分からない。
目の前で手を振るのをやめ、目の前の誰かは心配そうに自分の顔を覗き込む。
その顔も、靄がかかったように、真っ黒に塗りつぶされたように、どんな顔なのかが分からない。
夢の中の自分はそれでも、その誰かの名前を呼ぼうと口を開いた。
しかし、その先が出てこない。思い出せないのだ、目の前の誰かを。
ただ無性に、泣きたくなった。
目の前の誰かの笑顔を思い出せないことが、たまらなく悲しかった。
それでも夢の中の自分の声はその誰かの名前を呼ぶことができたようで、彼女は楽しそうに言った。
「ねぇ、今日は何する?お絵描きはもう飽きちゃったし、鬼ごっこは二人はつまんないし……。う〜ん、早くしないと、長が帰ってきちゃう」
目の前の誰かは、今度は悲しそうにする。長、というのが誰か、知っているはずなのに、どうしてもどんな人物か思い出せない。
「隠れんぼでもする?ほら、いつか…………………ときのために!」
彼女の言葉にまるで規制が入ったように、一部が全く聞こえなくなった。よく分からないまま、夢の中の自分は頷く。
「うん、そうしよう!じゃ、わたしが鬼ね。十秒しか数えないから、早く隠れてね!」
そういってその誰かはかがみ込み、一から数字を数え始める。その数字が大きくなるにつれて、自分の脈は速くなり、背中を冷や汗が伝う。
数字を数える声が、段々とおぞましい声になり、心の底から恐怖が湧き上がる。
「01!」
そう言って自分の腕を引いたのは、さっき鬼になって自分を探すはずだった誰かだった。
いつのまにか数字を数える声は聞こえなくなっていて、自分と、自分の腕を引く誰かはいつの間にか成長していた。
辺りは騒がしくて、その聞こえてくる声全てが自分の、自分たちの敵だった。
「二人はどこに行った!?」
「探せ、探すんだ!」
そんな怒鳴り声に、隣の誰かは震えている。自分たちはしゃがみ込んで、何かの機会を伺っているようだ。
「博士のお姉さんがくれたせっかくの機会だから、絶対に成功させなくちゃ。そうしなきゃ、また……」
呟きながらブルブルと震え、今にも泣きそうな誰かを、夢の中の自分はギュッと抱きしめる。
「大丈夫、何かあったら、僕が……を守るから」
夢の中の自分はそう言った。その言葉に、目の前の誰かが笑ったのが分かった。
そして夢は、次の場面に移り変わる。
「見つけたぞ!追え!」
後ろから聞こえてくる怒号から、夢の中の自分は息を切らして逃げている。
その右手は、誰かの左手と固く握られている。
自分と誰かは人間とは思えないスピードで走りながら、どこかへ向かっているようだ。
そしてそのどこか、自分たちのゴールが見えてきたその時に、目の前に敵が現れた。
それが何なのかはいまいち思い出せないが、夢の中の自分が絶望するような感覚に襲われてることから、それは自分の天敵なのだろう。
「シェリル……」
隣の誰かが呟いた。その名前には確かに聞き覚えがあるのに、思い出せない。
ただ夢の中の自分の判断と行動はすばやく、誰かの手を引いてすばやくシェリルの後ろに回り込んだ。
しかしその先にも同じような敵が大勢いて、さらにその先には自分たちのもっとも恐れている人物と、自分たちに親切にしてくれていた人物が並んでいた。
それを捉えた誰かが、悲痛に叫ぶ。
「っ、お姉さん!!」
夢の中の自分も、唇を噛んだ。
そして、前方に手をかざす。そこから、無数の犬が現れた。
その犬たちが立ちはだかる大勢の敵を蹴散らしていく。しかし、その先にいる敵には、その攻撃は届かなかった。
「長……」
隣の誰かが、絶望した声で呟いた。
「ごめんね、二人、とも」
自分たちに親切にしてくれていた人は、最後にそう言い残して、隣に立つ男に殺された。男が出した大きな蛇のような生き物が彼女の首を喰い千切り、それを見た誰かが悲鳴を上げる。
「お姉さん!!」
駆け寄ろうとする誰かを自分は引き留めながら、男の方を見る。不思議なことに、彼だけは顔がはっきりと分かった。
「さあ、戻るぞ、二人とも」
男は低く唸るような声で、自分たちにそう言ってきた。
夢の中の自分は、カツカツと近づいてくる男をじっと見据える。そして、あと数歩でこちらに辿り着くというところで、隣の誰かに向けて言った。
「ごめん」
何故謝ったのか、もう思い出せないが、その言葉にまるで何かを察したように、隣の誰かが悲しそうな顔をした。
「っ、01」
そう何かを言いかけた誰かの目の前で、俺は長の腹に蹴りを入れた。しかしそれを予想していたように、長は俺の足を掴んで止めた。
だが長はそのせいで、目を逸らしてしまった。夢の中の自分の、本当の狙いから。
俺は蹴りを食らわすのと同時に、隣の誰かをドアに向かって突き飛ばす。そこが、自分たちの目指していたゴールだ。
「行って」
自分が誰かを突き飛ばした威力は相当のものだったようで、ドアは誰かがぶつかった瞬間に壊れた。
その先に広がる景色を、君と見たかった。
夢の中の自分はそう思った。
突き飛ばされた誰かは、もう後戻りはできないのだと悟った様子で、泣きながら走り出した。
「じゃあね」
そう言った瞬間、唐突に、自分は彼女の名前を思い出した。
彼女の笑顔も泣き顔も、彼女がどんな人物だったかも、全てを思い出したのだ。
「02……」
泣きながら、僕はそう口にした。
その時、頭の中で声が響く。
「よかった」
一変して、ただ白が広がる不思議な空間で、その声に振り返ると、そこには今より少し幼い頃の自分がいた。
僕が、02と施設を逃げ出そうとした頃の姿だ。その僕はこう言った。
「思い出してくれたんだね。僕が世界で一番、守りたかった人のこと」
そう言うと、彼は光になって消えていってしまった。彼が立っていた場所に向けて、僕は言った。
「うん、全部、思い出したよ……」
そう言ってから、また溢れてくる涙を流していると、ふと後ろから誰かに抱きしめられる。
「……じゃあ今度は、わたしがあなたを助けるね」
聞こえてきた声の主が、ゆっくりと僕から離れていく。僕は急いで振り返り、その人物の姿を見る。
彼女は僕に手を差し伸べながら、こう言った。
「行こう!」
「みんな、怪我はない!?」
「まだ平気だ!」
そう尋ねる澪に、俺は目の前の敵を相手しながら答える。
02が卵に触れた瞬間、部屋の中に倒れていたロボットの残骸たちが再び起き上がって攻撃してきた。
単なる偶然か、それとも誰かが意図的に操作したのか、それは分からない。
ひとまず02を守るために、主に俺と雄大がロボットたちを迎撃していた。
「っ、取り逃した!悪い!」
「問題ない、任せとけ!」
雄大の後ろを回り、02へと向かうロボットを、火花が迎え撃つ。電気に弾かれて、ロボットは倒れた。
「うん、結構力も戻ってきた」
今回、かなり力を使っていて戦闘に回るのが難しくなっていた火花だが、徐々に回復してきているようだ。
「片付いてきたか?」
「そうだな、あともう一踏ん張りってところか」
俺が確認するように言うと、雄大がそう返した。
その時、パキッという音が後方から響いた。
「割れたぞ!」
火花が俺たちに向けてそう叫ぶ。
どうやらかなり頑丈なようで、卵の破壊に苦戦していた02だったが、ついに壊すことができたようだ。
ということは……。
上を見上げると、培養ポッドの中で眠っていた01が目を覚まそうとしているのが見えた。
そのタイミングで、ロボットたちも攻撃対象を02や俺たちから、培養ポッドの中の01に切り替える。
培養ポッドにロボットたちの攻撃が当たり、ヒビが入る。中から液体が溢れ出してきた。
「うわぁ!?これ、触れても平気なやつか?」
「……念の為、離れた方がいいかもな。火花、こっちに来れるか?」
慌てふためく雄大にそう言いながら、俺は火花に向けて尋ねる。
「でも02が!」
心配そうにそう言った火花に、ある人物が声をかける。
「大丈夫。あなたは先に行ってください」
その声は02のものだった。02の、いつにも増して頼り甲斐のある表情に、火花は頷くとこっちに移動してきた。
部屋の外に移動した俺たちは、02を見守る。
02は力を使って猫耳の生えた姿に変身した後、培養ポッドを鋭い目で見据える。
そして、高く跳躍したかと思うと、空中でくるりと体の向きを変え、敵の攻撃をかわしながら、培養ポッドに爪を立てた。
すでにロボットたちからの攻撃を受け、脆くなっていた培養ポッドは、あっという間に割れて砕け散る。そうして中の液体と共に自由になった01を、02は抱きしめる。
抱き合ったまま床に落下しそうになる二人を、雄大が咄嗟に力を使い、風で受け止めながらゆっくりと床に下ろした。
「やるじゃないか」
俺がそう褒めると、雄大は「まあな」とドヤ顔で返した。
床に下りて一度少し離れた後、二人は向かい合う。そして、02が01に手を伸ばして言った。
「……会いたかった」
震えた声でそう言う02を見て、01の瞳にも涙が込み上げる。
「う、わあぁぁっ……」
そう、ひたすら涙を流し、02に抱きつく01を、02も涙を流しながら抱きしめ返す。
数年越しに、ずっと会いたかった人との再会を果たした二人を、俺たちはしばらくの間、静かに見守っていた。
昨日は投稿できず申し訳ありません。
また、しばらく投稿をお休みさせていただきます。再開は活動報告にてお知らせします。




