18、諦める前に
玲と雄大が苦戦を強いられていた頃。
01の救出のために、火花と02は長い廊下をひたすら進んでいた。
はっきりと聞こえていた戦闘音は、徐々に遠ざかっていく。その度に、不安そうな表情になっていく火花を、02は心配していた。
それでも02には、何も言えなかった。どんなことを言ったって、きっと慰めにはならない。第一、こんなことになったのは全て自分の依頼のせいなのだから。
みんなを救えるのは、自分の依頼が無事に達成されること。それを、彼女もよく分かっていた。
(だからわたしも、みんなの力になれるように頑張らなきゃ……!)
玲たちと別れてからいくつかの扉を通ってきた。そしてようやく、二人は辿り着いた。
「扉が変わったな」
火花が言った。02はそれにコクリと頷く。
前と同じなら、この奥に何かがあるはずだ。それはまた敵かもしれないし、はたまた02がずっと追い求めていた彼の姿かもしれない。
「開けられそうですか?」
02が尋ねると、火花は「やってみる」と答えた。
パチパチと彼女の周りを電流が漂う。難しい顔をしながら火花が力を使っている間、02には待っていることしかできない。
不安な気持ちを抱えたまま、側に立っていた02の耳に、ふと火花の悲鳴が届いた。
「っ!」
「火花さん!?」
慌てて駆け寄った02に、火花は力が抜けたようにもたれかかる。
額に汗を浮かべ、苦痛に顔を歪める火花に、02は必死に声をかける。
「大丈夫ですか!」
「う……」
火花は小さく呻き声を上げるだけで、02の声には答えられなかった。ますます不安になる02は、心の中で思った。
(わたしが、こんなことを頼まなければ……。01の救出を相談所に依頼なんてしなければ、彼らも、火花さんも、傷つかずに済んだのに……っ)
悔しさが込み上げるのと同時に、もうやめてしまった方がいいのではないかと、02は思い始めた。
ここで彼女が撤退すると伝えれば、きっと相談所の相談員たちは、渋々かもしれないが、それに従うだろう。それが依頼人の願いなら。
(もうこれ以上、わたしのせいで彼らが傷つくのは……)
そう思いながら唇を噛んだ02に、少し回復した火花が口を開いた。
「02……」
「……火花さん?大丈夫ですか!」
僅かに安堵の表情を浮かべながら声を上げた02に、火花はまだ苦痛の表情を浮かべながらも、優しい目で言った。
「……聞いて」
そう言った火花に、02はハッとして口を噤む。静かになった辺りに、火花の声が小さく響いた。
「……アタシね、02の気持ち、少し分かるの。アタシにもそういう、大切な人がいるから。あの人がアタシを庇って傷ついたら悲しいし、離れ離れになるなんて嫌だから」
その情景を思い浮かべたのか、悲しい表情を浮かべながら、火花は言った。
「だから、02が絶対に01を助けたいって思う気持ちはもっともだって思うし、それをアタシたちのせいで無しにして欲しくはない」
火花は体に力を入れると、02の体から離れ、また自分の足でしっかりと立った。
そして振り返り、02に笑顔を見せる。
02はその笑顔を見て、言葉を聞いて、思った。
(ああ、全部見透かされちゃってたんだ。わたしが、諦めようとしてたことも)
少し恥ずかしい気持ちになりながらも、火花の言葉は胸に沁みた。
彼女は、自分たちを気にして諦める必要はないと言ってくれた。助けたいと思うことは間違っていないとも。
火花はまた前に進み出て、ドアロックの前に立つ。そして言った。
「このドアを無理やり開けようとすると、脳にショックを受けるようになってる」
02はそれを聞いて驚きの表情を浮かべた後で、不安そうにしながら止めようと手を伸ばしかける。
「でも大丈夫。開けてしまえばこっちのもんだ」
火花はニヤリと笑みを浮かべながら、再びハッキングを始めた。
02は開きかけた口を閉じ、伸ばしていた手を下ろす。
そして再び、火花を見守り始めた。
火花は途中、苦痛に顔を歪め、反射的にハッキングをやめそうになった。しかしそれをなんとか抑えながら、最後までハッキングを続けた。
「うぐっ……」
呻き声を上げながらも、必死でロックの奥に潜り込んでいく。
(見つけた……!)
静かな廊下にピピッという音が響き渡ると、同時に火花はその場に崩れ落ちた。
「火花さん!」
床に倒れ込むギリギリのところで、02が彼女を受け止める。そのまま床に座り込んだ二人の目に、扉が開いていく光景が映った。
「開い、た……。よかった……」
途切れ途切れにそう口にした火花を心配しながらも、02は思わず開いていく扉に目を惹かれてしまう。
そんな02を優しく見つめながら、火花はこの先に02の求めているものがあることを願った。しかしそれと同時に、もし敵が出てきた時に対処できるように身構えておく必要もあった。
正直今は戦える状況ではないため、自分のためにも扉の先にいるのが敵でないことを願うばかりだった。
ついに、扉が開き、中の様子を伺えるようになった。
二人はそれを見て、思わず立ち上がる。そして、戦闘体制に入った。
「……いいのも悪いのも、同時にくるタイプか……」
まだ動けるような状態ではない火花も、なんとか立ちながらそう言った。
扉の先には、部屋の中心の培養ポッドの中に閉じ込められ、眠っている01と、それを守るように周りに配置されたロボットたちだった。
玲たちが戦っている人造人間とは違って、人型ではなくサイズも小さい。しかし、彼らを倒さなければ01は助け出せないだろう。
「外敵を発見、排除」
顔に当たるであろう部分がこちらを向いて、ロボットたちは口々にそう言った。
「ここはわたしが!火花さんは休んでてください!」
02はそう言うと、機械たちの方へと飛び出していった。
途中、きらりと彼女の髪飾りが光り、彼女は猫の耳や尻尾を生やした強化状態に姿を変えた。
鋭い爪でロボットたちを引っ掻き、次々と壊していく。ちょっと怖いくらいだと火花は思った。
背後から襲ってきたロボットを尻尾で振り払い、すぐさま反撃を仕掛ける。全方位どこから襲ってきた敵も、優れた嗅覚と聴覚で察知しているのか、すぐに気づいて攻撃を避けていた。
火花は02を一人で戦わせ続けるわけにはいかないと思いながら、体の回復を待った。手を握ったり開いたりしながら、動けるかを確認していく。
02は初めこそ機敏に動き回れていたが、大勢のロボットを相手にして徐々に疲れてきたのか、動きが鈍くなっていった。
そんな彼女の背後から一体のロボットが襲いかかる。しかし02は目の前のロボットを相手にしていて反応に遅れた。
「危ない!」
咄嗟に叫びながら、火花は電気を飛ばす。だがその威力は火花が想像していたものよりも遥かに弱く、ロボットを少し仰け反らせる程度にしかならなかった。
それでも02を助けるには十分で、彼女は火花のおかげで攻撃を交わすことができた。
火花は後方から時々02の支援をし、やがて二人は全てのロボットを再起不能にすることに成功した。
火花はよろよろとした足取りで02の方に近づき、そして彼女に言った。
「行ってきな」
軽く背中を押すと、02は前に一歩踏み出した。そのまま一歩、また一歩と、ロボットの残骸の散らばる部屋を進んでいく。
そして顔を上げ、01の入れられた培養ポッドを見る。
彼に触れたくて02は手を伸ばすが、培養ポッドに触れた瞬間、電流が流れてバチっと弾かれた。
02は弾かれた手を見た後、もう一度培養ポッドを見上げた。
(ようやくここまで来たのに、触れられない……。手が、届かない……)
思わず泣きそうになる。そんな彼女の隣に火花がやって来た。
「探してみよう。彼を外に出す方法を」
彼女の言葉に02はハッとして、それから頷いた。
諦めるのはまだ早い。02はそう信じながら、火花と共に部屋の中を見て回ることにした。
火花と02がロボットたちを殲滅する少し前。
「雄大!」
「分かってる!」
俺と雄大は人造人間との激しい戦いを続けていた。
俺の火の玉が敵の腕を落としたタイミングで、今度は背中にある手を雄大が攻撃する。
しかし相手の手は何本もあるので、雄大一人では捌ききれないようだった。
「うわぁ!?」
悲鳴を上げながら咄嗟に後ろに避ける雄大。その間に、落とした腕の修復が完了してしまう。
「無理だ、一人じゃ背中の手を全部対処できない」
合流した雄大が悔しそうにそう言った。
「じゃあ俺も一緒に後ろを……いや、そうすると腕も後ろから落とさなきゃだな」
「それはダメだな……。相手の気を引けないと攻撃はできない」
そんな会話をしている間に、敵のレーザーによる攻撃が襲ってくる。避けた俺たちは散り散りになってしまう。
だが幸い、敵はこちらの会話には一切興味を示さないらしく、俺たちが大声で作戦を話していても、それに対して何か対策をする、ということはないらしい。
「じゃあもう、あれしかない!」
雄大が大声でこちらにそう言ってきた。
「あれってなんだ!」
俺は訳が分からず、大声でそう返す。
「あれだよ!」
雄大はそう言うが、俺には伝わらない。
攻撃をかわしながら雄大の言葉を待っていると、彼は言った。
「合体技、だ!」
俺は雄大の言葉を聞いて考える。
合体技というと……、もしかしてあれのことだろうか。
思い出すのは石の使い手との戦いの時のことだ。火花と俺の攻撃が混ざり合うことで起きた爆発。もしかして、雄大はそれのことを言っているのではないか。
できるのだろうか、俺と雄大でも。
……まぁ、試す価値はあるな。
「分かった!」
「そう来なくちゃな!じゃ、準備するから待ってくれ」
俺が返事をすると、雄大はそう言った。そして、手にしていたハンディファンのボタンをカチカチと押していく。
すると、少し離れた場所にいる俺の耳にも、風の音が聞こえてくるようになった。おそらくは、ハンディファンの風量を上げたのだろう。
俺は火の玉を当てて敵の腕を撃ち落とし、敵が動けなくなっている隙に自分の準備をしていく。こうして狙った場所に的確に当てられるようになったのは、あの稽古のおかげだなと思った。
俺は大きな火の玉を作っていく。力を使いすぎると倒れてしまうが、ここでこの敵を倒さなければ、前に進めない。
俺は雄大と目を合わせる。彼がコクリと頷いたのを合図に、俺は巨大な火の玉を放った。
これが本当に敵を倒せるかどうかは分からない。
ただ、絶対に威力はある。それは確かだ。
俺の放った火の玉と、雄大の放った竜巻が触れる。その瞬間に、俺と雄大の二人の声が重なった。
「火炎竜巻!」
竜巻は敵と炎を巻き込み、荒れ狂う。
俺と雄大はそれが自分たちに襲ってこないように制御する必要があった。
手をかざしながら、方向を定める。しかし、合体技の威力は、俺たちの予想を上回っていた。
火の粉が俺たちの元にも降り注ぎ、竜巻は地面を抉っていく。ついには俺たちでも抑え切ることができなくなり、制御を振り切った火炎竜巻は、辺りを好き勝手に暴れた後、静かに消えていった。
「二人とも!」
火炎竜巻が消え去った後、戦いが繰り広げられていた場所には、バラバラになった人造人間と、倒れ込んだ俺と雄大がいた。
そこら中に焼け焦げた跡のある床を走って、澪が駆け寄ってくる。
火炎竜巻に巻き込まれた俺と雄大は、体のところどころに火傷を負い、気を失っていた。
まず俺に水をかけ、次に雄大に水をかけた澪は、すぐさま手を組み、祈り始める。
するとみるみるうちに火傷の痕が引いていき、しばらくしないうちに俺と雄大は目を覚ました。
バッと体を起こした俺たちを見て、澪が心の底からホッとしたような表情を浮かべた。
「よかった……!」
泣きそうになりながらそう言った彼女に、俺も自分が生きていることにホッとした。それから思い出して、澪と雄大と一緒に人造人間がどうなったのかを見に行った。
「これは……」
「……まぁ、あの威力じゃな」
言葉を失った俺の後に、雄大が言った。
手足と胴体、それから頭が、それぞれバラバラになった状態で、床に散らばっている。
あの竜巻に対しては、この人造人間も為す術がなかったようだ。
「……まぁ、何はともあれ、倒したんだよな?」
俺が確認するように言うと、二人は頷いてくれた。
「じゃ、二人を追いかけるか」
そう言った雄大を、澪が止める。
「ちょっと待って」
そう言いながら、澪はしゃがみ込んで人造人間の胸元のポケットに手を入れる。
そして取り出したものを見て、俺と雄大は首を傾げる。
「なんだ、それ?」
俺が尋ねると、澪もよく分かっていないような顔で答えた。
「鍵、みたいだね。何に使うのかは分からないけど、もしかしたら02たちの役に立ったりしないかな?」
確かに、と俺はそれを聞いて頷いた。
「よく気づいたな」
感心するように言った雄大に、澪が答える。
「ポケットが膨らんでるように見えたから、念の為調べてみたの。それじゃあ、私は02たちと合流するけど、二人はここで休んでる?」
澪の問いに、俺たちは顔を見合わせてから答える。
「いや、行くよ」
「ああ。俺らも02たちのが大丈夫か気になるし」
俺たちの返事を聞いて、澪は頷く。
「分かった。行こう」
澪のその言葉で、俺たちは歩き出した。
俺たちがいなくなった後、ピクリと僅かに動いた指先のことなど、知る由もないままに。




