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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
続 一章 取り戻した平穏

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1-13:報酬をねだられ

いつもご覧いただきありがとうございます。


 勝手にキッチンを借りて、買ってきたばかりのコーヒーを試しに淹れてみた。

 コーヒーミルはヴァーレクスの家にあったのでそれを借り、初めて挽いたコーヒー豆の感触は案外ゴリゴリしていた。取っ手が時々グッと引っ掛かり、豆が挟まっているのがわかる。少しだけ戻して勢いをつけて回し直せば刃が勝つのかゴリンと手を揺らしながら取っ手が進んだ。

 ヴァーレクスの好みなのかポケットに溜まったコーヒー豆は結構細かくなっていた。それを布のこしきに移し、湯を注ぐ。

 注ぎ口の細いポットはとても扱いやすかった。お店の人が見せてくれたように一度豆がしゅわしゅわと沈んでからまた湯を注いだ。一気に注ぎ過ぎた気もするが、湯気に混じっていい香りが顔に触れ、ふふん、と笑ってしまった。


 そうして二杯のコーヒーを淹れてダイニングテーブルに着けば、ヴァーレクスは顎でこちらにひとつ持って来いと示した。ツカサは手招きを返した。


「こっち来て、そのくらいは譲歩しなよ」

「ペリエヴァッテ、ほらほらはやくぅ」


 蛇に耳元で大きな声で言われて面倒になったのか、最初から来ればいいものを、ヴァーレクスはようやくダイニングテーブルに来た。どうぞと促す前にコーヒーを手に取り、ひと口。思い切り眉を顰められた。失礼な男だなと思いながらツカサも一口飲めば、思ったより薄かった。


「あれ? 薄い」

「一度で二杯も淹れるからだ」

「え、だめなんだ?」

「一度で一杯だ、馬鹿者め。豆も少なく使ったな」


 緑茶を急須で淹れる時、味が均等になるようにそれぞれの湯飲みへ淹れていた記憶があった。紅茶もティーポットからいくつかのティーカップに注がれていた。コーヒーは違うのか。これは少し調査が必要だと思った。お褒めの言葉はいただけないとわかったのでツカサは咳払いをして尋ねた。


「それで、一緒にダンジョンに行きたいってどういうこと?」

「荷物が持ち帰れないのだ」


 端的な言葉を少しだけ考えて、あ、と声を上げた。空間収納を持つツカサにはない悩みだが、それを持たない冒険者は得た報酬を持ち帰るのが大変なのだ。そのため、ダンジョンで冒険者は【転移石】で下層へ真っ直ぐに向かい、狩りをする。そうしてお目当ての素材やマジックアイテム、ドロップ品を持ち帰るのだ。ヴァーレクスの腰のポーチを見遣った。ツカサはそれがマジックバッグであることは知っている。


「それ、容量どのくらいなの?」

「このテーブルの高さと横幅程度だ」

「あぁ、小さいね……」


 たとえばドロップ品を入れるのなら、テトリスをしなければ量は入らないだろう。以前ツカサも手にしたことがあるハルバードなどの柄の長い武器であればそもそも入らない。容量は小さくとも、それでも商会で買おうとすれば百万リーディからするものだ。聞けば、時間停止機能もあるらしく、だったら三倍はするはずだ。どうやって手に入れたのかと首を傾げたところ、軍師の餞別だ、と返ってきた。なんだかんだヴァンは気を遣ってくれたらしい。水色のカーテンを眺めて少し笑った。


「ダンジョンに行きはしたが、取り急ぎの剣では思うように戦えなかった」

「それで、タルワールを回収に来て巻き込まれたんだ」

「そうだ。剣は戻ったが、その分、次は荷物が持てん」


 攻略が捗るからこそ、荷物が溢れる、そういうことか。それならばツカサがついていって荷物持ちをするのもわかるものの、疑問もあった。


「でもさ、ヴァーレクス、冒険者証はどうしたの? 作ったの?」


 ダンジョンに入るには冒険者証を持っていることが暗黙のルールだ。最近では入り口でチェックが入るなど、管理の徹底が進んでいるので無理矢理入ろうとすれば捕らえられる。冒険者ギルドや武器防具屋で品を卸す際にも、それが不正に得られたものでないかどうかを確かめる目的で冒険者証の提示が求められる。ヴァーレクスはぬるりとした動きでポーチから金色のカードを取り出して、テーブルに置いた。


「金級冒険者、ペリエヴァッテ・ヴァーレクス。パーティ……【異邦の旅人】!?」

「言っておくが、軍師からだとそれをパニッシャーが渡してきた時にはもう、その名は刻まれていた」


 ということは、ラングが敢えてヴァーレクスを加入させておいたのだろうか。また問い詰めたいことが増えた。一先ず、違反してダンジョンに行ったわけではないとわかり一安心だ。【異邦の旅人】の名が刻まれていればこそ、ツカサにも風評被害が及ぶ。学園の教師としてそれは避けたいことだった。ということは、だ。


「ヴァーレクスにダンジョンの行き方と、攻略の仕方と、換金の仕方を教えないといけない、かぁ」


 ツカサは薄いコーヒーをちびりと飲んで、ヴァーレクスをチラ見した。こいつを【異邦の旅人】から抜くこともできるが、ラングが加入させたのであれば意図があるはず。ヴァンかもしれないのでそちらも確認はしよう。休みなのに、やることができたな、と疲れ半分、楽しさ半分で溜息をついた。


「わかった、貸した家賃も返してほしいし、ヴァーレクスの自活のためにも稼ぎ方は教えないとだよね。また俺のいない時にコーヒー強請りに来られても困るし。これからこどもも生まれるからさ、忙しくなるんだよ」

「……ひとつ聞くが、小僧、お前、あの年増にも手を出したのか?」


 年増、と言われて少し考え、エレナのことだと思い至った。失礼な発言に怒りたい気持ちもあったが、ツカサはぶんぶんと首を振り、両手を前に出して否定した。


「違う違う! エレナは、ラングの奥さん! エレナのおなかの子はラングのこども!」


 ほう、とヴァーレクスの顔がニヤァっと歪んだ。ツカサはもう一度ぶんぶんと首を振った。


「やめてよ!? こどもは別! ラングとは別! だめ! 近づかないで!」

「赤ん坊など手を出すか。小僧、私はあの事変の報酬をまだもらっていない」

「家賃立て替えたじゃん」

「弟子の仕事だ」


 こいつ、ああ言えばこう言う。あれは貸しだから、と念を押したうえでツカサは尋ねた。


「ヴァーレクスが欲しい報酬ってなんなの?」

「名づけだ」

「え、だめだよ。俺のこどもはラングがもう名前を出してくれてるし、エレナとラングのこどもなんて絶対にダメ!」

「チッ、小僧、お前は自分の立場をわかっていない」


 ぬるりと立ち上がったヴァーレクスがツカサを睥睨した。


「あの事変、私の【変わらない】という特性を利用していいように使ってくれたものだ。獣と小僧を守れという約束も私は果たした。私自身のためでもあったが、私はいくつかを守らないでもよかったのだ」


 ツカサはグッと言葉が詰まった。確かに、ヴァーレクスが【変わらない】からこそ、【ラング】と中身を入れ替えてシュンと対峙し、ツカサは自身の体を取り戻すことができた。なんだかんだユキヒョウとキスクを守ってくれたからこそ、ついでに弓の名手・守護騎士(パラディン)・フィエルタが生存し、その矢を届けてもらうことができた。新生した命の女神の時だってそうだ。ラングと共にヴァーレクスが最前線でマール・ネルを振るい、その足を止められたからこそ間に合った。

 ツカサが取り戻すために必要なことを、ヴァーレクスもまた、己自身のためでもあったが果たしてくれたのだ。空間収納の中から、不利じゃないかなぁ、とマール・ネルの呟きが聞こえ、ツカサは呻いた。蛇も、ペリエヴァッテは頑張ってたよぉ? と言い、ホムロルルもまた憐憫の眼差しでツカサを見ていた。


「でも、ラングのくれた名前を付けたいんだよ……! エレナとラングのこどもの方はそもそも勘弁して!?」

「ならば、小僧の二人目の子の名を、私につけさせろ。それを報酬として受け取る。励むことだ」


 この世界、名づけがどの程度その子に影響するのかがわからない。ツカサは受け入れるしかないだろうと思いながら、最後の抵抗だけはした。


「も、モニカに相談させて……」


 そもそも、第二子をモニカが望んでくれるかどうか、アルブランドー家の家族計画というものもある。ヴァーレクスはふんと鼻を鳴らし、座り直した。


「約束は果たしてもらう」

「だからさぁ……もう、いい、今話してもどうにもなんない」


 モニカに怒られるかもしれないが、先に話しておくべきだろう。無事に出産を迎え、落ち着いた頃に相談することを決めた。決して、問題を先送りしたわけではない、体を慮ってのことだ。


「それはそれとして、ヴァーレクスとダンジョンに行くのもわかったよ。家族に説明してからにしたいし、冒険者ギルドでこの人身内です、って説明もしたいし、ええと、明後日、冒険者ギルドで昼に待ち合わせしていい?」

「わかった」

「あと、ヴァーレクス今の所持金は?」


 革袋が放られ、ツカサの前でチャリっと音を立てて落ちた。中を見れば銀貨が五枚。


「全財産?」

「そうだ」


 これでは来年の家賃など支払うこともできないだろう。先ほどの買い物の中身からして明後日までは食事もとれるだろうが、ちょっとした生活用品をあれこれ買ってしまえば持たない気がした。風呂場にあった石鹸だってかなりいいものではなかっただろうか。気になって買い物の中身を再確認したところ、生ハムもかなり高級品だった。片面にそっと入っている焼き印がブランド品であることをツカサに理解させた。

 人というのは、一度上げた生活水準を落とすことができないと聞いたことがある。ツカサだってこの世界で手にして覚えてしまったエレナやモニカ特製の石鹸を手放せない。手放せないのならば、稼ぐしかない。

 ぐったりとした疲れを覚えながら、ツカサは金貨を一枚テーブルに置いた。


「とりあえずこれ、これも貸しね。なんていうか、ダンジョンの攻略だけじゃなくて、庶民の生活も教えないとやばそうだね」


 明後日、冒険者ギルドで、とツカサはふらつきながら立ち上がり、玄関を目指した。ホムロルルが肩に乗り、蛇に軽く挨拶をした。その翼の影からツカサは言った。


「ヴァーレクス、明後日の昼だからね、忘れないで」

「わかった」


 家賃を払った礼もなく、貸した金の礼もなく、そう、そういう男だったと思いながらツカサは帰路についた。


 入る時には眉を顰めてきた門兵も、住民の関係者とわかれば丁寧なものだった。軽く礼をされ、ツカサはそれを返してアパルトメントの敷地を出た。途中、冒険者向けの雑貨屋に入り、マジックバッグの価格やテントなどを調べた。イーグリスに来るまでに得てしまっていたものなので、マジックバッグ以外のアイテムについて価格調査が足りなかったからだ。

 テントの多くは銀貨五、六枚。中身が広くなればなるほど価格は上がっていく。マジックバッグはブロリッシュレート商会で見たのと同じ、銀貨百枚、百万リーディからだ。それも容量がどれも小さい。時間停止機能付きのものはこの店では見つからなかった。


「アルも時間停止機能付きのを持ってるんだよね、【快晴の蒼】なんかも。だから結構あるかと思ったけど、時間停止機能付きって数は少ない物なんだ。【真夜中の梟】も初めて手に入れたって言ってすごく喜んでたもんね。案外、本当にレアなんだ」

「なんつーか、ツカサがひょいひょいやってるの見てると勘違いするけどよ、お前のそのスキルってやつぁ規格外なんだな」

「ううん、そうだね、ちょっと自覚持つことにするよ」


 そばで見ているホムロルルが言い、ツカサも頷いた。ふと思い出したのは【微睡みの乙女】たちだ。フェネオリア王国、王都・オルワートで出会った少女たち。彼女たちと行った引率では荷物が本当に大変そうだった。その後のあれこれに思考が飛ぶ前にホムロルルの翼にこめかみを当てて気持ちを切り替えた。意外と気持ちいい。

 店内に入って何も買わないのは落ち着かないのでヴァーレクス用に歯ブラシと歯磨き粉を買った。ホムロルルはそのラインナップに首を傾げていた。


「もっと他に買うモンがあるんじゃねぇのか?」

「何を言ってるんだ、いい健康は歯からくるんだよ。嘴大事でしょ?」

「そりゃ確かにな」


 ダンジョン攻略初心者な師匠への贈りもの、喜んでもらえるといいな、とツカサはホムロルルと笑った。



いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。

きりしまのよもやま話。

眠いのでさくりとねます!


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