↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
続 一章 取り戻した平穏

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

661/665

1-12:突撃、お宅訪問

いつもご覧いただきありがとうございます。


 冒険者ギルドでまずはギルドマスターに事情を話した。学園で手を借りられる冒険者と知り合いになりたいこと。そのために【快晴の蒼】が【異邦の旅人】と仲がいいことを明かしたいこと。

 ギルドマスターは当然、【真夜中の梟】はどうしたと尋ねてきた。それに対してはロナに言われたことを繰り返し、深く頷かれた。腕のいい冒険者が故郷に帰ることに勿体なさも感じてはいるらしいが、専属にならない冒険者を無理やり引き留めるわけにもいかないそうだ。そうした上でギルドマスターはぼやいた。


「確かに、こちらとしても金級冒険者と他の冒険者の交流はぜひあってほしい。惜しいことに、【異邦の旅人】はイーグリスの冒険者から一定の距離を置かれているしな」


 はっきりと言われれば少しだけ落ち込む。その理由は言わずもがな【渡り人の街(ブリガーディ)事変】が原因だ。それに、統治者(オルドワロズ)のお気に入りであることも遠巻きにされている理由のひとつ。【青のダンジョン】に行くと言った時の面倒さを思い出した。頬を掻くツカサに対し、ギルドマスターは苦笑を滲ませた。


「ただまぁ、兄貴と槍使いと別行動中の若い灰色のが、他の冒険者と交流がないことは、俺としても気に掛かっていたことだ。【快晴の蒼】の声掛けもあれば関わってくれる奴らもいるだろう。魔獣騒動でも灰色のがわかってる奴にはわかられているが、そういう奴ほど距離を取る」


 そう、腕のいい冒険者は厄介ごとから距離を取るのだ。そしてそういう冒険者との繋がりこそがツカサの欲しいものだった。とはいえ、ツカサは自分が厄介ごとと思われていることに少しだけ傷ついた。ただ普通に冒険者として過ごしているだけなのに不本意でもある。貴族や厄介ごとから自身と家族を守るためでもある統治者(オルドワロズ)のお気に入りが、違う観点では足枷になってしまう。物事の多面性を改めて考える羽目になった。


「冒険者の生存率とダンジョン離れを防ぐためにも、ツカサには多くの仲間が必要だと僕は思ってる。でも、同時に邪な考えで関わってくる冒険者も当然増える。だから、ギルマスの目を借りたいんだ」


 【快晴の蒼】のヴァンが言えば、ギルドマスターは腕を組んだ。


「そうだな、カウンタースタッフの意見も聞きながら、いい冒険者をいくつかこちらで選別しよう。結局、灰色との相性もあるだろうからな」


 ギルドマスターがこいつらはいい奴らだと言っても、ツカサと合わなければ関係は続かない。配慮を有難く受けながらツカサは苦笑を浮かべた。


「本当に、ラングとアルと、エレナと、【真夜中の梟】と、ヴァン達との縁って幸運なものだったんだね」

「そう思う。君が素直だからこそ、年長者には目をかけられやすいが、年の近い友人で言えばロナやマーシくらいだろう? いろいろと、人付き合いは大変だから頑張ってね」


 肩を叩かれ、ツカサは渇いた笑いを零した。方針としては【快晴の蒼】からの冒険者育成クラスに関する再周知、そしてそのために【異邦の旅人】、灰色のツカサに協力してくれる冒険者を募ること。そのため、該当の冒険者パーティへはギルドマスターから声を掛けさせてもらうことをボードに貼りだすことになった。ツカサは学園が夏休みの間、週一、二回、冒険者ギルドに顔を出すこととなった。


 さくりと方針が決まりギルドマスターの部屋を後にした。ギルドの中を歩けば【快晴の蒼】の二人は目立つ。金と銀、そして存在感が隠されもせずにそこにある。その二人に挟まれたツカサは、これが周知の一部であることは理解しつつも少し居心地が悪かった。同じくツカサの肩で大人しく鷹をしているホムロルルの緊張具合も気になった。いつもなら、見よ、この翼の艶を、と言わんばかりに胸を張る鷹が静かなのだ。ツカサはそっとホムロルルを肩から腕に移動させ、こそりと尋ねた。


「ホムロルル、なんかすごく緊張してる?」

「そりゃするだろ、アルもラングもいねぇときたら、オレ様がツカサの兄貴でいなきゃなんねぇ。悪ぃ奴が近寄らねぇように牽制と、うちのツカサを頼むぜって顔してねぇとよ」

「どっちかっていうと俺がホムロルルの保護者(飼い主)……いたい! 指を噛まないでよ!」

「ピェー!」


 ホムロルルは盛大にツカサの指を噛み、鳴き声を上げた。驚いた冒険者の視線も気にせずに羽ばたきツカサの肩に戻り、澄ました顔で翼を繕い始めた。ホムロルルが【異邦の旅人】のペットとして認識された瞬間だった。


 冒険者向けの酒場で三人と一匹で昼食を取り、そこで別れることにした。ツカサはその際、ヴァンに答えを伝えた。


「軍師の庇護を受けようと思う」


 滲むように微笑むヴァンと、ほぅ、と感心したようなシェイにツカサはむず痒くなってしまった。庇護は受けるが要望は伝えておいた。


「でも、あんまり家を離れたくないから、依頼はしてこないでね」

「あはは! それは歴史の気まぐれ(時の運)だね。けれど、わかった。必ずや最低五年、最長十年、軍師ラスの庇護を約束しよう。追って正式に書面にしたものを届けさせる。君が持ち歩くための分と、ご家族に渡しておく分とね」

「ありがとう。手配の速さと正確さは信じてる」

「任せてくれ、裏切らないよ」


 固く握手を交わし、ツカサは強く頷いた。貴族になるよりも、貴族に隙を見せるよりも、確実に保証される期間で自ら立った方がいい。ヴァンはツカサの覚悟を実に見事に理解し、受け取り、誓ってくれた。ゆるりと手を離された時、ツカサは小さく呼吸をした。

 冒険者の件も周知しておく、と心強い言葉を最後に颯爽と二人は帰っていき、ツカサはその背が見えなくなるまで見送った。


 そうして、ぽっかり時間が空くと何をすればいいのかわからなくなった。学園では授業の準備だとか、休み時間には生徒の質問を受けていたりだとかやることが多くあった。家では家事を手伝うこともあったが、今はシュレーンとクローネが私どもの仕事です、とやらせてくれない。帰宅してモニカの背もたれになるのもいいが、ラングにそれを強請れないエレナに少し申し訳ない気持ちもあった。


「世のお父さんの気持ちが少しわかった気がする」


 わかるには早すぎる気もしたが、それはそれ、これはこれ。ダンジョンに行って小(・)銭(・)を稼ぐのもありだろう。ロナとマーシからもらった素材で本当にこどものために何か作ったっていい。ずっと空間収納に入れっぱなしのジャイアントスネークの素材を何かに役立てるのを考えるいい機会にしてもいい。鍛錬を一人でするには味気なさすぎる。


「鍛錬、そっか、ヴァーレクス」


 あれだって師匠だ、日頃何をしているのか気にもなるし、声を掛けてみようと思った。だが、どこに住んでいるのか蛇から聞き損ねた。往来をのんびりと歩きながらツカサはホムロルルに聞いてみた。


「ホムロルル、エンケポルを呼んできてくれたよね、それってヴァーレクスの家を知ってるってこと?」

「知ってるぜ、エンケポルの気配を辿って会いに行ったからな。この世界の精霊の協力もあったぜ。なんつーか、案外この世界の精霊たちは気前のいい奴らだ。風も乗せてくれるしな、助かるぜ」


 ヴァンのことだ、ヴァーレクスに印もつけていただろうからそうだろう。顔を合わせたことのある精霊もヒトに対して理解があるというか、それもヴァンの教育の賜物だろうが、柔軟で柔らかく感じる。ウィゴールの気の良さそうな人懐っこさを思い出した。


「じゃあ、ヴァーレクスの家まで案内してくれる?」

「エンケポルはいつでも来いっつってたけどよ、あの野郎は嫌な顔すんだろうなぁ」


 などと言いながら、ホムロルルはトリにしては悪い笑みを浮かべた。ツカサは腕にホムロルルを乗せるとアルがやっていたように軽く腕を振ってホムロルルを空へ誘(いざな)った。ピェー、という鳴き声に往来の人々が驚きながら顔を上げ、飛び立っていく鷹に目を奪われていた。


 ホムロルルの先導についていき、ツカサは途中、数少ないコーヒーを出す店を見つけて寄った。ホムロルルも興味津々で戻ってきて、ともに店内へ入った。スゥッと息を吸えば香ばしくて強い、男性的な香りがした。中で飲んでいる客層は半々、男性も女性も、各々好きにコーヒーをアレンジしてケーキとともに楽しんでいる。


 コーヒーを飲むのに豆を挽いたりフィルターに入れてドリップしたりと、基本的なことはわかるが、ここではどう淹れるのかが気になった。ツカサは新顔、鷹連れとあって店主は物珍しそうに眺め、目を見開いていた。コーヒーが好きな人に手土産として持っていきたいこと、飲みたいこと、淹れ方を知りたいことを言えば、快くカウンターへ案内してくれた。注文の前にメニュー表を見せられ、所持金は大丈夫かと問われる念の入れよう、スカイで広く飲まれている紅茶に比べ、値段が二倍だった。コーヒー豆は輸入に頼っているからなのだという。ツカサ自身もあまり探したことのないドロップ品なので知らなかった。【黄壁のダンジョン】にはありそうなものだが、店主曰く、ないらしい。意外だ。


 そんな雑談をしながら店主は手際よくコーヒーを用意してくれた。豆を挽くミルはツカサも見たことのあるもので、好みの挽き方にするために調整し、あとは一定の速度で回すだけ。引き出しに溜まったコーヒー豆を布の茶こしのようなものにいれ、熱湯を細く注ぐ。しゅわしゅわと白く泡立つコーヒー豆の表面が落ち着いたら、もう一回し。そうしてゆっくりと抽出されたものがツカサの前に置かれた。


「いただきます」


 カップを手に口元へ寄せれば挽きたてのコーヒーのいい香りが鼻孔を広げるようだった。飲む前に香りを呑む、贅沢だなと小さく笑い、黒い液体を啜った。酸味の少ない、焦げすら感じる香ばしいコーヒーだった。混ぜ物のないコーヒーは舌にぐっと拳を当ててくるような力強さがあり、すっきりしている。


「美味いだろう、水にこだわってるんだ」

「何か違うの?」

「これは魔導士がつくった氷魔法を溶かした水なんだ」


 なんとなく、不純物のないものを思い浮かべた。氷の乗ったビーカーのようなものに、ぽたり、ぽたりと落ちていく水滴、それを沸かして使っているのだろう。その横にはツカサにとっては見慣れない実験器具のようなものもあり、そこにもコーヒーが入っていた。聞けば水出しコーヒーだという。淹れ方にも様々あるのだと思うと、コーヒーもいろいろと試してみたくなった。このお店は覚えておこう。


 ひと息ついてからヴァーレクスへの手土産であるコーヒー豆も購入した。コーヒーミルを持っていないとは思いたくないが、持っていれば自分で使えばいいやと思い、そうした道具も揃えた。空間収納があるとこうしてたくさんの趣味を持てるのでとても便利だ。ホムロルルは興味津々にコーヒー豆を皿に出してもらい、つついて、ぱくりと食べたりして店主を驚かせていた。トリの体にコーヒー豆がいいか悪いかはわからないが、ホムロルルがいたく気に入っているので自宅用にも豆を買った。鷹を連れた青年、ということで顔もよく覚えてもらったような気がした。


 コーヒーブレイクを済ませ、手土産も抱え、準備万端、いざヴァーレクスの家へ。ホムロルルの案内に従ってあっちだ、こっちだ言われながら進めば、案外綺麗なアパルトメントに辿り着いた。レンガで綺麗に壁が彩られ、外構がきちんとある。しかも門兵のような私兵のような人が腰に剣を差して立っているではないか。高級アパルトメントなのだ。

 口を開けてそれをポカンと見上げていれば門兵が近寄ってきた。当然だ、このままでは不審者なのだ。


「何か御用ですか」

「えっと、ここに、ペリエヴァッテ・ヴァーレクス、っていう人が、いるはずで……」

「どのようなご関係で?」

「その、俺の師匠……的な……」


 初めてのことに挙動不審で答えてしまい、門兵に眉を顰められた。そもそも、ヴァーレクスが誰かと言葉を交わして仲良くなるイメージが湧かず、弟子の話などもしていないだろうと想像ができる。


「部屋は」


 部屋? と聞き返し、頷かれた。弟子なら部屋番号を知っているだろうということか。知らない。ツカサは素直に首を横に振り、さらに不審者になってしまった。ホムロルルにどの部屋か指し示してもらおうと振り返ったところで剣の柄に手を置かれる音がした。


「あの、せめてヴァーレクスが出掛けているかどうかだけってわかりますか? 出掛けてるならここで戻るのを待ちます、そう、外で!」

「悪い青年ではなさそうだが、これもまた職務でね。お引き取り願おう」


 きちんと仕事をされるとこちらも何もできなくなってしまう。ツカサはすごすごと二歩下がり、肩を落とした。


「あれぇ? ツカサじゃない?」


 聞き覚えのある間の抜けた声。期待を込めて振り返れば買い物袋を手にしたヴァーレクスと、その肩にのんびり腰掛けるように乗っている蛇だった。おおい、と尻尾の先が揺れ、買い物袋を持っている長身の男は口元を歪ませていた。ツカサはいいタイミングだと駆け寄った。


「エンケポル、ヴァーレクス!」

「小僧、ここで何をしている」

「ヴァーレクスの家を知っておこうと思って、来たんだよ」


 ほら、知り合い、と門兵を振り返れば肩を竦められ、門兵は立ち位置を元の位置に直した。ヴァーレクスは大きな歩幅で門を潜り、アパルトメントの扉へと向かっていく。ツカサは慌ててその後を追い、共に扉の中へ入った。西街で入った、父が住んでいたアパルトメントのようにそこから住宅の扉が並んでいた。ランプもついているし通路も広い。お洒落に木が嵌め込まれていて意匠が美しい。きちんとした建物だ。


「ヴァーレクス、案外いいところに住んでるんだね、どうしたの、ここ」

「軍師の餞別だ」

「ヴァンの? イーグリスって東側、家を探すのすごく大変なんだよ、運がよかったね」


 チッ、と舌打ちをしながらヴァーレクスは階段を上がり、鍵を取り出した。カチャリと鍵を開け、扉を開いたヴァーレクスの後、そっと中を覗き込んでツカサは少しだけ躊躇した。入ってすぐのダイニングも広い。そこにあるテーブルはシンプルなものだが使い古しではなかった。新品を揃えておいてくれたのだろうと思い、ヴァンの心遣いをツカサは想像した。テーブルに買い物袋を置いたヴァーレクスは面倒そうにツカサを振り返ると顎で呼んだ。


「入って鍵を閉めろ」

「お邪魔します」


 お呼ばれだ、とウキウキ中に入り、ツカサは言いつけ通り鍵を閉めてから家の中を探検した。玄関から入って正面はダイニング、左手にキッチン、右手にリビング、さらに奥には寝室か、扉があった。ダイニングテーブルに椅子は二脚、カーテンは絶対にヴァーレクスの趣味ではないだろう淡い水色、リビングには小さな暖炉、一人掛けのソファと足を乗せられるオットマン、小さなサイドテーブル。窓の外は大通りで立地は最高だ。キッチンを振り返れば使った形跡のないフライパンと鍋、覗きに行けばコンロは湯を使うのか埃は被っていなかった。備え付けの棚は食器も少なく、ヴァーレクスがここで料理をしないことがわかる。ただ、染みついたコーヒーの匂いだけがした。

 買い物の中身も覗けば、パンに生ハム、ソーセージ、リンゴなど日持ちするものばかりだ。


「料理しないの?」

「使用人の仕事だ」


 そういえば、一応元貴族だったか。キッチンの横の扉を開けば洗面所兼脱衣所、さらにその奥に風呂場があった。シャワーに陶器製の風呂、ツカサはどう入ればいいかわからないやつだった。石鹸が置いてあることに不思議な安堵感を覚えた。


「ご飯はずっと外食?」

「そうだ」

「これだけいいキッチンなのに勿体ないよ」

「使用人の仕事だと言った」

「でも、もう、ヴァーレクスは貴族じゃないんでしょ? 覚えなきゃ。生ハムとパンとかソーセージばっかりじゃ、野菜が足りないし塩分過多でしょ」


 舌打ちが聞こえた。ツカサは呆れて息を吐き、手土産のコーヒー豆をダイニングテーブルに置いた。ほぅ、とヴァーレクスの感心した声に胸を張った。ホムロルルがダイニングテーブルに降り立ち、蛇もまたそこへぽとりと落ちてきて顔を当て合っていた。これで情報をやり取りしているのだろう。少しの間放っておくことにした。


「でも、案外綺麗だね。掃除はしてるの?」

「人を入れている」

「お貴族……、掃除くらいしなよ」


 使用人の仕事だ、と言いたげに睨まれた。もう平民、と言えば三度目の舌打ちだ。それでも、ヴァーレクスが一応人間として生活ができていることに安堵した。


「あれ、でも待ってよ、うちに出入りしてたのなに? もしかしてご飯もらってた?」

「そうみたいだぜ。最近はエンケポルがうるせぇから買い出しに出てるみてぇだ」


 ホムロルルがチクり、ツカサは両腰に手を当てた。ツカサが文句を言う前にエンケポルがさらにチクった。


「そうなんだよぉ、しかも聞いてぇ? ペリエヴァッテったらさぁ、ちょっと今危機なんだよぉ」

「危機? 何が?」


 トントン、と扉がノックされた。蛇はきゃぁ、と震えて素早くヴァーレクスの体を登り、首元から服に入り込んだ。もはやヴァーレクスは諦めの境地らしい。あの男にそんな顔をさせる蛇を多少尊敬していたら、もう一度ノックがされた。ヴァーレクスは沈黙を守っており、ツカサが扉に近寄り、覗き穴を覗く。向こう側からも覗かれていて悲鳴を上げ、そのまま開ける羽目になった。


「は、はい」

「あら、あなたはどなた? ヴァーレクスさんは?」

「あぁ、居ます、あの、俺はその、弟子で……」

「まぁ、お弟子さん」


 ツカサをじろじろと眺めてきたのは眼鏡の気の強そうな女性だった。ピシッとしたスーツのような出で立ちでキャリアウーマンという言葉を彷彿とさせた。足元がブーツなのは歩き易いからだろう。向こうがこちらを上から下まで眺めているので、ツカサも同じように返してしまったが、いったい何の用なのか。


「不躾に失礼しましたわ。わたくし、このアパルトメントのオーナーよりこちらの管理を任されている者です」


 不動産屋、ということだろう。ツカサはぺこりと会釈した。


「来年分のお家賃をヴァーレクスさんからお預かりしたいのですが、まだお支払いいただけていないのです」

「家賃? あ、ここって借りてるんだ?」

「お弟子さんなのにご存じなかったのですか? そもそも、ご同居は申請が必要なのですけれど」

「いや、俺は別に住居を構えているので、遊び来ただけです……。餞別って聞いたから買い上げだったのかなぁと思って……」


 確かに、以前の持ち主は外出の多い冒険者でしたけれどね、お支払いはきちんとされておりました、と眼鏡がくいっと直された。ヴァンがこの部屋を確保していて、ヴァーレクスに譲った、というのが譲渡の流れだったのだ。ツカサは首筋を摩った。ヴァーレクスの所持金など知らないけれど、家を失くしてアルブランドー邸に転がり込まれるのは困る。


「ええと、ちなみに来年分の家賃っておいくら?」

「百八十万リーディですわ」


 リーディ呼びに慣れず、思わず指を折って数えてしまった。銀貨にして百八十枚、金貨で十八枚だ。


「さらに、お部屋のお掃除などのハウスキーピングをご利用になられていらっしゃいますから、追加で二十万リーディですわ」


 計、二百万リーディ。銀貨にして二百枚、金貨で二十枚。家賃にしては高いし、長くここに住むのであれば買い上げた方がいい気はするが、提示された額はイーグリス近郊のダンジョンに行けばあっという間に稼げる金額ではある。しかし払っていないということは、それだけの金をヴァーレクスが持っていないということだ。ツカサは部屋の中を振り返り、いつの間にかリビングのソファで尊大に座っているヴァーレクスに呆れた溜息をついた。


「とりあえず、二百万リーディ、俺が払います」

「お支払いいただけるのであればどなたでも構いませんわ」


 金貨で支払えばさすがに驚かれたものの、手際よく領収書を差し出され、ツカサはキリキリと立ち去っていった女性の姿が階段の下へ消えるまで見送り、扉を閉めた。


「ヴァーレクス、お金どうしたの? ヴァーレクスならダンジョンで軽く稼げる金額じゃない?」


 貸しね、と領収書を揺らせばヴァーレクスが面倒そうにツカサを見遣り、ふむ、と眉を上げた。


「小僧、ダンジョンに付き合え」

「ヴァーレクス、人に頼み事する前に説明して」


 ツカサはキッチンを借りて一先ずお茶を淹れることにした。




いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。

感想欄、SNS上、様々なところでパニ譚5周年のお祝いをいただきありがとうございました!

嬉しい、ここまで頑張ってきてよかった、同好の士をこんなに多く見つけられて、本当に恵まれています。

引き続きお楽しみいただけますように!


それはそうとして連休最終日、まだ……まだ休めます……! あと1か月休みください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 家事は使用人の仕事、なるほど。貴族だけじゃなくて富裕層も使用人雇う人達いますからね。ツカサの家もそうだし。でも家具調度を選ぶのは、貴族的な所作じゃございませんの? も し か し て 女 の 仕 事…
【ep.661『1-12:突撃、お宅訪問』感想】 もうもうもうおもしろすぎる! こんなに早く彼に会えると思ってなくてサブタイトルだけでもしや? と期待大だったんですが、期待以上でした!! ヴァの…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。