1-10:酒を流して
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「おはようございます、旦那様。お風呂に入って、身を整えておくべきですわ」
帰宅し、ヴァンをソファに寝かせてツカサも座り込んで少し眠ってしまっていたところに掛かった声だった。
酒に強いとはいえ飲んだ後に成人男性と鷹を担いで帰ってくるのは酔いが回る。ホムロルルをぬいぐるみのように抱きこんでうとうと眠ってしまったツカサの肩を揺らし、出勤してきたシュレーンとクローネが苦笑交じりに起こしてくれた。
ヴァンもまた起こされており、寝起きの悪い男は空虚な眼差しでどこかを見つめていた。
「おはよう、シュレーン、クローネ。そうだね、お風呂入るよ、ええと、外の方がいいかな」
「そう思いますぅ。旦那様が魔法でお湯をご用意された方がお早いかとぉ」
「ヴァン様も、旦那様とともに湯あみをなさってください。そのような出で立ちでエレナ様、モニカ様の前に居られては困ります。出入り禁止でございますわ」
「うぅ……、ツカサ、肩を貸してくれないかい……」
ツカサは苦笑を浮かべてヴァンの腕を掴み、肩を貸した。ホムロルルは小腹が空いたぜ、とシュレーンに強請って先に肉をもらっていてついてくる気はなさそうだ。
朝食の準備を始めるお手伝いさん二人に追い出されるようにしてツカサは外に出て、裏庭でさくりと風呂を作った。ほかほかの湯気に気持ちがいそいそした。
「おや? こだわるようになったのかい?」
土魔法で作っただけの四角い風呂ではなく、そこに不器用ながら彫刻のようなものを遊びで刻めば服を脱ぎながらヴァンが目を瞬いていた。
「キスクっていう、レターオープナーをくれた友達がこういうの上手かったんだよ。土魔法で彫刻とか作ったりして、すごかったんだ」
「いい影響を受けているね。興味関心、やってみたいこと、自分の視野を広げてくれる相手は貴重だ。僕はそう思う。手桶を貸してもらえるかな」
ツカサは空間収納から手桶を差し出し、ヴァンが湯あみを始めたところでツカサも衣服を脱いだ。裏庭だからいいものの、全裸の男二人、外で風呂に入っているなどと、どういう光景なのだろう。ツカサは自分もまた手桶で湯をすくい、ざばりとお湯を浴びた。酔っぱらって帰宅した頭にじんじんくる。お湯と一緒にアルコールが流れて落ちていくような気がした。
石鹸も強請られて渡し、雑談をしながら体を清め、少しだけ湯にも浸かった。陽の差さない時間帯、眩しくない空を見上げ、静かな湖面のような印象を抱いた。まだ青さの薄い、白んだ水色。空もゆっくり目を覚ましていくのだなとツカサは思った。
「お昼頃にはシェイも来ると思う」
なんの前触れもなく言われ、ツカサはそれが今日のことだと少しして気づいた。今日かと確認すれば、そうだと返ってきた。
「モニカちゃんはまだいいとして、エレナさんは気をつけないといけないからね」
「それって、やっぱり属性の関係?」
「そう。エレナさんは魔力持ちだけど、こどもは多分、理の属性だね。段々と大きくなるにつれて、精霊が喜びの声をあげてる。その理由は当然、ラングの心臓をもとにした血脈だろうけど、ウィゴールやディルバたち精霊の感じからして、申し子ではないけれど、近しいものであることはわかる。こうして近くに来て、僕もそわそわするものがあるしね」
ツカサはごくりと喉を鳴らし、顎から汗が伝って落ちた。それを透明な水色が目で追い、瞬きに合わせてゆっくりと視線がツカサを捉えた。
「竜の心臓、とんでもない代物であることは知っているけれど」
再びゆっくりと瞬き、ヴァンの目がツカサの奥を覗き込むように細くなった。
「もしかしたら、本当に婚姻関係を結んだ方がいいかもしれないと僕は思ってる。金級冒険者だってそれなりの地位を保証されてはいる。ただ、それでも、もし、貴族が目を付けて君たちのこどもをと言った時、理由なく王族は異を唱えられないんだ」
「そんな、でも、だったら俺たちにだってシグレさんっていう後ろ盾はあるよ」
「スカイ王国の中の公国のようなものだよ。場所が悪い、率直に言えば、属国と変わらない。スカイ王家と対等である、という約定はあっても、侯爵くらいが相手だと少し面倒になる。実際、スカイ王家に侯爵家が嫁いだ【前例】があるしね」
貴族の爵位などよくわからない。ヴァンは主要なところはもう会っているから大丈夫だと言った。全然大丈夫ではない。ヴァンが湯から上がり、ツカサもそれに続いてタオルを差し出した。ヴァンもまたありがとうと礼を言って受け取ってくれる人だ。
「もちろん、シグレ殿だって盾になってくれるだろう。君たちをイーグリスに受け入れたということはそういうことだ。でもね、もの知らずな貴族だっていないわけじゃない。そして、学園は貧富貴賎に関わらず門を開いている。【渡り人】なら浮かぶ物語もあるんじゃないかな?」
「あぁ、あれかな、一目惚れで妻にするぞ、夫にしてあげる、貴族の一員になれることを喜べ的な?」
「あはは! まぁ、言ってしまえばそういう感じだ。王都の学院とイーグリスの学院は規模の差はあれど同レベルだしね」
笑い声に誘われて振り向いた先で、水滴を拭うヴァンの背中の傷が痛々しい。その傷の由来は結局聞き損ねたままだ。眺めていた傷をふわりと隠すようにヴァンが衣服を羽織り、ちょっとお酒臭いかも、と苦笑を浮かべた。ツカサは一回洗おうか、と残り湯に自分も服を突っ込み、ヴァンはおかしそうに笑って同じように突っ込んだ。じゃぶじゃぶ湯の中で服を揺らしながら会話は続いた。
「じゃあ、どうすればいいんだろう。できれば婚姻を結ばないで、貴族にもならないでおきたいんだよね。絶対面倒だから」
「だとしたら方法はひとつだよ。風よ、乾かしてくれるかな」
ざば、と服を取り出し、ヴァンが風に囁いた。ツカサの服ごとヴァンが空へ放り投げれば、頭上でぐるぐると回り始め、水を飛ばし、あっという間に乾いてしまった。ぱさりと落ちてきた服を着ながらヴァンが言った。
「君が押しも押されもしない実力者となって、功績を上げ、ひとかどの人物となることだ」
単純なようで難しい話だ。実力についてはある程度自信がある。バケモノと言われるのは非常に不本意ではあるものの、いろいろと工夫も知って魔法でできることは多い。一応、剣技も体術も身に着けており、昔ほど魔獣にも、熊にも恐怖はない。
「功績かぁ。たとえばどんなことが功績になるの?」
「僕ら【快晴の蒼】はスカイ王国内のダンジョン踏破率一位を獲得しているんだけど、それも功績だ」
いわゆる、トップランカーというやつだ。ツカサは頷いて続きを促した。
「ダンジョンを攻略し踏破することは、富と名声を得ることであり、経済を大きく回すからね。君も僕らのお墨付きとなれば、当然求められる功績だ」
「ううん、でも、二番煎じなんだね」
「そのとおり」
少し悩んだあと、ツカサはハッと顔を上げた。
「温泉ダンジョン、【旅人のダンジョン】の件は? あれって功績にならないの?」
「残念ながら。神との戦いを秘匿するにあたり、あれは自然発生したものであると公表されている。君たちの頑張りについては軍師が謝罪したとおりだ。あの事変はただの天変地異として、一つのダンジョンの発生と消滅、それに付随する不幸な事故、そして幸運な結果として既に記録されている」
そうであった。事実は公表されないのだときちんと説明を受け、それでいいと【異邦の旅人】も受け入れたのだ。あの時は、あれだけの事変を収められる実力者となれば、違う意味で厄介ごとに巻き込まれかねないので、むしろ隠したいと思ったことだった。
「じゃあ、どうすればいいんだろう」
「いくつか方法はある。ひとつはさっきツカサが言っていたようにダンジョンの発見者になること。これは大きな富が得られ、名声も得られる。国から発見者としての称号も賜れるから、わかりやすい英雄になれる。ほら、【黒のダンジョン】だった時、報告した冒険者だっていただろう?」
確かにいた。冒険者の中で情報が秘匿されていたこともあったが、報告義務に基づいて報告した冒険者だっていたのだ。それは踏破の富と名声より、発見者としての富と名声を先んじて得てしまおうという考えがあったからなのか。ただの善意だと思っていたと呟けば、ヴァンは苦笑を浮かべていた。
「まぁ、あの時は既に入っている冒険者がいたのもわかっていて、発見者ではないと判じられ、悔しい思いをしただろうけどね。【旅人のダンジョン】は軍が救助活動中、たまたま見つけたとして誰の手柄でもなくなってる。とにかく、発見者は冒険者ギルドにとっていい客寄せだ。貴族が突然囲い込もうとしたら、民衆から非難されるのさ」
「なるほど、国が、とか、王族が、とかじゃなくて、人々が守ってくれるんだ」
「そのとおり。君たちの場合、お偉方に守られるより、その方が向いていると思う」
ツカサは素直にうんと頷き、ヴァンは声を上げて笑った。
「それから、もうひとつは、今の君の仕事をしっかりとやることだ。学園でわざわざ冒険者を育てるのは初の試み、その教育と施策が上手くいけば、冒険者の死の減少と、冒険者離れを防ぐことができる。学園出身の冒険者たちには最初、風当たりが強いだろうけどね」
「それはダンジョン研修でも痛感した。でも、そういうのも流して、躱せるようになってこそだと思うから。教育者として、ひとかどの人物になる、か……」
「難しい道だ。でも、時間は掛かるけれど運に任せてダンジョンを発見するよりは堅実で、君なら必ずできると僕は思ってる」
すっかり着替え終わったツカサの肩を同じようにすっかり整えているヴァンが叩いた。ツカサは姿勢を正し、胸を張った。
「ラングや君と縁を結んでおきたいのは本音だ。下手な貴族と結ぶより、君たちの方が人間性を知っているから、安心してこどもを預けられるし、迎えられる。でも、親の希望とこどもの希望が違うことは僕だってわかってる。僕が貴族としての常識を守れなかったこどもだからね」
「……ヴァン、なにを考えてるの? シェイさんが言ってたよね、ヴァンが絵図を描いた時点で巻き込まれる奴は逃げようがないって。俺が教師になった時も同じだった」
「同時に、悪い提案はしないから、乗っておけ、とも言っていたはずだ。実際にいい職だったろう?」
パチン、とヴァンがウィンクをした。
「いずれわかる。とはいえ、それじゃ納得しないんだろう?」
読まれている。もう本当この人怖い。ツカサはそう思った。それもまた視線から読み取ったのか、ヴァンが、まぁまぁ、と言いながら肩を組んできた。
「要はね、名を貸してあげると言っているのさ」
「どういうこと?」
「ツカサ、君、軍と懇意であることを明かさないかい?」
ツカサは一度息を吸ってから、尋ねた。
「ヴァン、はめたね? 貴族よりはマシって思っちゃったよ……!」
「そうだろうとも、そして一晩置いた上でさらに貴族は面倒だぞ、というのを聞かされていると、なんだか最後の提案が簡単にも思えるだろう? 覚えておくといい、あれもこれも大変だぞ、とも逃げ道を失わせてこそだ。加えて君は既に部下たちと交流もある」
「あぁ! もう! これだから軍師はやなんだよ! まずは詳しく聞かせて!」
「あはは! 任せてよ」
悪いようにはしないしないさ、とにっこり微笑むヴァンの顔をツカサが悔しそうに睨みつけたところで朝食に呼ばれた。
いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。
連休もあと少しで終わり、お出掛けにしても休養にしてもしっかりと楽しみましょう!
そしてまた、パニ譚、初投稿から本日で5周年を迎えました!
5年、連載を続けております。内2回、完結を迎え、まだその先がここから広がっていきます。
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長い旅路です、ところどころ休憩を取りながら、伴走いただけますように、どうぞよろしくお願いいたします!
まだまだ、書いてまいります!
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