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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
続 一章 取り戻した平穏

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1-9:消えない轍

いつもご覧いただきありがとうございます。


 とにかくはっきりと断った。

 嫌である。断る。断固として拒否する。貴族なんてごめんだ。


 ヴァンはううむと唸り、そうだよねぇ、と肩を落とした。冒険者として生きたい、イーグリス学園の教師として働くことを選んだツカサに対し、突然なんだというのか。ツカサが真意を尋ねれば、ヴァンの肩をシェイが軽く小突き、口を割らせた。


「いやぁ、実はさ、去年から今年にかけての新年祭(フェルハースト)、実家に戻ったんだよ」

「辺境伯領? いいことじゃん、帰ってくるなって怒られてたけど帰れたんだ」

「そう、妻からはそうやって言われてて、新年祭(フェルハースト)の間に王城で溜まってた仕事を済ませちゃおうと思ったんだよ。でも、父上の方から帰還命令が出ていて、なんということか王城立ち入り禁止でさ!?」

「あはは、あれ笑った! ヴァイス殿かなりの力技だったよね」


 フィルが笑い、そういえばこの人王太子だっけ、とツカサは苦笑を浮かべた。フィルはツカサにヴァイスというのがヴァンの父親の名前だと補足した。


「フルネームはアルヴァイス・ギィジェラル・フェヴァウル殿。スカイ王国の宰相閣下でね、主に法務部門で采配を振っているんだ」

「宰相ってよくわからないんだよね、ラノベではよく聞くけど」

「異世界の物語(ラノベ)ね。ううん、そうだな、スカイ王国における宰相と、隣国レテンダやウォーニン、友国アクスフェルドといった国々でも実は在り方に差がある。だからスカイ王国の宰相、という説明にしようか」


 フィルはちらりとヴァンを見た。そうか、商人がそれを話してはおかしいのだ。ヴァンは何かを思い出していたのか疲弊した状態でモソモソと口を開いた。

 曰く、スカイ王国における宰相というのは、各部門の取りまとめなのだそうだ。ヴァンの父親は法務部門、法の改正や整備、その公布、施行、さらには警吏部門やその裁判を行う者たちを取りまとめている部門とも密にやり取りをしている、かなり偉い人らしい。その影響もあって、ヴァンは【前例】というものに敏感だという。


「ちなみに、シェイのお父上も財務部門の宰相なんだぞ。俺の親父は海運部門。ほら、ハーベル港(フェネア)があるだろ、だからだ」


 こそりとアッシュに背後から囁かれツカサは目の前に並んで座るヴァンとシェイに顔を引き攣らせた。冒険者として既に立場を得ているにも関わらず、この人たちは軍人としても、宰相の子としてもありとあらゆる権限と後ろ盾を持っているのだ。そうしたツカサの怖気にシェイは片眉を上げた。


「言っとくけどな、スカイ王国は実力主義国家だ。誰それの子だからって同じ役職に就ける保証はねぇんだぞ。港(フェネア)を持ってるハーベル家だけは違うけどな」

「そうそう、シェイなんかが財務部門に入っちゃったら全部研究費になるよねぇ」

「お前人のこと言える立場か? もっと酷いだろうが。禁書庫に忍び込んで法務部門から出入り禁止喰らってんだろ。子供と親は別っつって、親父さん責任取るつもりがすげぇ引き留められて、めちゃくちゃ苦労してた時期があっただろ。結局あちこちから泣きつかれて法務部門に残ってるしな。親が優秀でも子供は問題児とかなんとか、一時期いろいろ」

「あー! うるさいな! いいんだよ! 僕は法務部門へは行かないから! 禁書庫にちょっと忍び込んだくらいなんだい! だいたいね、僕は軍師としては優秀だろ! それでいいの!」


 王太子の前だろうにお構いなしだ。隣のフィルをチラ見すればまったく気にしていなかった。雑談でも知れることは多いので楽しいが、そろそろ話を戻そうと思った。


「それで、王城立ち入り禁止で、実家に戻って、どうしたの? 何かあった?」

「あぁ、そうだった。それで、久々に新年祭(フェルハースト)で帰宅して、のんびりしたんだけどさ。戦女神ミヴィストの思し召しか、妻がね、子がね」

「え! おめでとう! よかったね!」

「ありがとう。貴族の多くは新年祭(フェルハースト)や休みで領地に戻った時にというのが多いけど、僕もその定石にはまったらしい。そこでひとつ問題が生まれるわけなんだよ」


 命が生まれることに問題などという言い方をされ、それを守るために戦ってきたツカサはムッとした。違う違う、とヴァンが苦笑を浮かべ、クルドが豪快に笑った。


「ははは! 平民にはわからないんだが、お貴族様は生まれる前から許嫁を探さなくちゃならないらしい。性別なんて生まれるまでわからないからな、それでもいくつかあたりをつけておくんだとよ」


 ラノベで見るやつだ。ツカサは本当にあるのかと驚きの声を零し、次いで疑問を呈した。


「あれ? でもさ、ヴァンって許嫁なんかもいなくて、押しかけ女房? だったんじゃないの?」

「それは僕が【理の申し子】だったからさ。指を振るえば水が荒れ狂い、手を振るえば炎が荒れ狂う。足を踏み出せば大地は割れ、息を吹けば風が全てを刈り取っていく。国家どころか、世界をあっという間に壊せる力を持った子供だったんだ。当時、それを理解できない他の子供から虐げられて、いつ爆発するかっていうんでかなり気を遣われてたんだよ。同い年くらいの女の子たちからもバケモノ扱い、婚約なんてするわけないよねぇ」


 幼い頃、友人と遊べなかったヴァンを見たことがある身としては優しく微笑むしかなかった。ヴァンは耳の縁を掻き、殊更明るい声で言った。


「だからね、【理の申し子】が今現在僕であればこそ、僕とは違う、生まれてくる子にいい縁をと思うわけだ。王族から指定があれば断れないのは臣下であればこそ。だったら、王族が口出しできない相手を選んでおきたい。世界を救った冒険者とかね」


 パチンとウィンクされ、ツカサは目を逸らした。その先でフィルに哀れまれていて逆側に持っていき、皆に笑われた。


「うちは自由恋愛で育てるつもりだから……、モニカにももちろん相談しないといけないし、何より親が決めるのはどうにも。それに、俺は平民だし、そもそも性別もまだわからないし」

「【鑑定眼】があるのにやってないのか?」

「それもまた楽しみじゃない? モニカも知りたがらないから、そうなんだと思う」


 なるほど、とラダンが頷いた。ツカサはふと思い、言ってみた。


「でもさ、それで言うならヴァン達だってこの世界を救った冒険者でしょ? 王様も強く言えないんじゃ? 俺、貴族の爵位とかもわからないけど、公爵とか辺境伯って、なんか偉いんじゃないの?」

「偉くはあるけど、王族という無視できないのがいるからねぇ。公国になるわけにもいかない、領民を短くない期間、困らせる。スカイ王国に属することで守られる益が大きいんだ」


 あまりにも赤裸々な会話、ツカサは王太子がここに居るのが気になって仕方なかった。フィルは大丈夫、僕は商人だ、と笑った。だとしても敬意がないように思え、本当に大丈夫なのかと小さな声で尋ねれば、フィルはツカサを抱きしめた。


「ツカサ、君は本当にいい奴だ。安心してくれていい、王族には王族の血でしかできないこともある。それがわかっているから、あけすけに物は言っても謀反は起こされないのさ。王族が貴族を監視し、貴族は王族を監視する。そして、民はどちらも見ている」


 背中を叩いてフィルが離れ、しかしそれでもなかなか不敬な物言いをヴァンはしていただろうとツカサは頬を掻いた。フィルは小さく笑い、秘密を告げるように声を潜め、同時に弾ませた。


「今は友人だけど、もともと、ヴァンとシェイは僕の名義上のお(・)友(・)達(・)だったんだよ。歳は彼らの方が上だけれど、【理の申し子】と【魔導の神童】は人付き合いがてんでダメでね、僕がいちから教えたのさ。だからね、兄(・)のように頼られているんだと思うことにしている」

「昼寝中、寝小便で俺らの服まで汚した奴がよく言うぜ」

「やめたまえ! ヴァンだってそうだろう! 僕よりも年上なのにびっくりしたんだぞ!」

「やめて! わかった、悪かったよ! ごめんなさい!」


 わはは、とあちらこちらから笑い声が溢れた。ツカサには不敬に思えることでも当人たちにとってそうではないのは、築いた関係性があるからなのだと何度目か、改めて気づいたことだった。

 雑談中、時折皆に翼を撫でることを強要しながら自由に食事を啄んでいたホムロルルがピェ、とその存在をアピールした。


「で、そんな面倒なキゾクがよ、キゾクってのに誘ってて意味がわかんねぇな。キゾクになって何がいいんだ?」


 ホムロルルに尋ねられ、ヴァンが思わせぶりに言った。


「そうだね、今君が食べてるみたいなご馳走を毎日食べられるし、広大な領地を得て、思う存分に空が飛べる」

「……ツカサ」

「だめだよ! 要らないよ! ならないよ! ホムロルルを唆すのやめて!」


 ははは、と皆が笑った。誰も本気でないからいいものの、ツカサは苦笑を浮かべて肩を竦めた。皆の笑い声の中、ヴァンがぽつりと呟いた。


「惜しいなぁ、ラングとは是非、縁を結んでおきたい気持ちはあるんだけどな……惜しいなぁ……」


 前言撤回、必ず子供たちを守ろうと心に決めた。


 ――夜遅くまで借りている部屋で盛り上がってしまったが、きちんと相談もした。

 冒険者クラスを担当できる冒険者がほしいこと。ツカサ自身、あまり冒険者と交流を持ってこなかったのでどうすればいいかわからないこと。ヴァンはその悩みを同時に解決できると言った。


「【快晴の蒼】が【異邦の旅人】のツカサを大声で紹介すればいいんだ。単純だと思うだろう? でも、実績のある冒険者が、目をかけている冒険者を紹介することはよくあることなんだ。それに、そうすることで邪な接触を防ぐこともできる。こいつに何かあれば【快晴の蒼】が出てくる、という恐怖を与えられて、名実ともに後ろ盾になれるからね」


 知らなかった。いや、思い返してみれば、ジュマの迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)の件で、【真夜中の梟】のカダルが自ら頼み込んで【異邦の旅人】の助力を得たと周知させた副ギルド長、カウンター統括のジルの手腕はまさしくそれだったのだろう。あれからジュマの中でアルカドスの事件以外、変に絡まれることもなかった。そうか、そういう意味もあって、ジルははっきりと言ったのだ。

 じゃあお願いしようかな、明日言祝ぎを告げてから冒険者ギルドへ行こう、早い方が先生も探しやすいよね、とあっという間に段取りも決まり、有難い限りだ。


 時間にして二時頃か。

 本来そこで療養に努めるはずの男から、うるさくて眠れないと文句を言われ、皆が謝った。深夜帯だ。泊まっていけるように部屋を用意してあるとカイラスに言われたが、ツカサとホムロルルはそのまま帰路についた。これにヴァンがついてきた。


「君を家に送り届けなくちゃいけないんだ、約束したからね。言祝ぎも僕が担うし、ぞろぞろ連れ立っていくのも迷惑になるだろう?」

「確かに、助かるよ」


 他の【快晴の蒼】とフィルは厚意に甘えて泊まるらしい。今日行かないメンバーは後日改めてご挨拶に伺うと言われ、ツカサは事前に連絡をくれと伝えた。その日程も決まった時は改めて家族に教えなくてはならない。


 月明かり、星明り、家々から漏れる微かな明かり。その中で眠る人々に対して遠慮するように雑談をしながら道を歩いた。


「ヴァンにもこどもができるんだね、どういう気持ち?」

「僕だって初めてだからね、まだ実感はないかな。それに、軍師としても、冒険者としても、あと五年は長く家に居られないことは変わらない。できれば近くに居たいのだけど」

「貴族って、お世話をメイドさんとかに任せるものじゃないの?」

「僕は【理の申し子】で難しい子だったから、父上と母上が常に、傍に居てくれた。だから、生まれてくる我が子にもそうしてあげたいと思うのさ」


 なるほど、ヴァンにとっては貴族のこどもとはいえ、誰かに任せるものではないらしい。そのへんの認識が近くて親近感を抱いた。


「まぁ、当然、館の従僕や侍女たちを困らせもしたから、見守る目は多くあったと思うけどね」


 掃除をする人、何かを運ぶ人、見張りとして立つ人、人の多い大きな館だからこそ、幼いこどもの動向は誰かが見ている。それがこどもを守るのだという。ツカサは故郷での子育てを自分が育てられた体験でしか知らない。

 核家族だった、マンション住まいで、あまり隣近所と交流もなかった気がする。ツカサが小さい時には走りまわって騒音などで親が謝っていたのかもしれないが、ツカサは覚えていなかった。ニュースなどで地域全体での子育て環境が昔とは違うとか、なんとか、いろいろあったような気はした。ネットやテレビで得られる情報はもう、どこにもない。


 そういえばアルブランドー邸付近や、イーグリスの子育て支援を知らない。シェフィール商会が産後の女性への支援政策について話していたのでそういうのも調べた方がいいだろう。ヴァンに確認をすれば、いいことだ、と微笑まれた。詳細については役所に行くべきで、僕が答えることじゃないと言われた。街ごとに違ったりもするのできちんと情報収集をしなさい、と言われた気がした。


 飲食店の通りに差し掛かった。酒場は深夜営業をしており明るい笑い声といい匂いがした。


「こんな真夜中に家に行くわけにもいかないからね、少し時間を潰さないかい?」


 深夜、冒険者から酒に誘われるのは初めてかもしれない。ツカサは面映い気持ちで頷いた。

 さすがに満腹だったが喉は渇いていたのでつい前のめりに酒場を覗き込んでしまい、ホムロルルとともにきょろりと店内を見回した。席は半分埋まっている。既に出来上がった冒険者もいれば、テーブルに突っ伏してぐぅぐぅ寝ている冒険者もいる。中には商人らしい様相の人まで。商人向けのお手頃価格な酒場はもう営業が終了しているのだろう。だから夜遅く、明け方まで営業している冒険者向けの酒場にいるのか。ツカサは楽しく想像しながら中へ入り、ヴァンも同じように店内へ続いた。


 こんな時間帯に一杯酒を引っ掛けて、時間を潰して帰ることに大人になったような気がして、ツカサは深呼吸した。

 冒険者のにおい、肉と酒のにおい、店員の少しだけ香るおしろいか何かのにおい。雑多に混ざっている嗅ぎ慣れたにおいに安堵する。店員がこちらを見遣り、ヴァンがホムロルルを見てから二人と一匹、と指で示した。店員は眉を顰めていたが、ホムロルルがツカサの肩でキリッといい子のふりをしたので肩を竦められた。


「いらっしゃい! お二人様と……一匹様、カウンターでいい?」

「もちろん、よく冷えてるエールってある? あと、味付けなしで肉を焼いてもらっていい?」

「任せて、そのためにここで働いてるのよ。味付けなしのお肉はそのトリさん用かしら、わかったわ。そちらは?」

「僕は果実水を」


 店員はにこりと笑い、カウンターキッチンで調理をする店主に肉を頼むとその横でエールの樽からコップに注ぎ、果実水を注ぎ、氷魔法を纏わせてツカサとヴァンへ差し出してきた。硬貨を支払い立ち去るのを待ったが、自慢げに飲むのを見守ってくるので軽くコップを当て合い、一口いただき、そのままごくり、ごくりと二人して一杯飲み干してしまった。ツカサが叫んだ。


「っぷはぁ! 美味しい!」

「ふふん、そうでしょ! おかわりは?」

「次は赤ワインをもらえると嬉しいな。ヴァンは果実水? そうだ、ナッツとかある?」

「あら、二軒目? 本当に立ち寄っただけって感じね、わかったわ」


 料理の注文が入らなかったのでつまらないのだろう、店員はさくりとワインをグラスで、果実水はおかわりを注いで、ナッツを置いて硬貨を受け取ると他の客の声の方へ行った。ナッツをポリポリしながら赤ワインを傾ける。この酸味の強さにも慣れてきて、その奥にある葡萄の香りが楽しめるようになった。あっという間にグラスの赤ワインは空になり、ツカサはヴァンのコップを確認した。コップに手を乗せ小さく首を振られる。これがおかわりはまだいい、もしくは要らないの意なのだろう。ツカサは目の前で鍋を混ぜる店主へ声を掛けた。


「すみません、赤ワインか蜂蜜酒(ミード)をもらえますか?」

「坊主、案外飲める口だな、ニホンシュもあるぞ。そっちの兄ちゃんは……果実水がまだあるな?」

「あぁ、なくなったらまた声を掛けさせてもらうよ。ツカサ、ニホンシュにするのかい?」

「ううん、今日はいいや」

「なんだ坊主、イーグリスは常連か? 見ねぇ顔だがな」


 日頃来ない通りなので顔を知られていないのだ。なんだか面白くなってそういう体を装うことにした。ヴァンはそれに一切口を出さず、ナッツと果実水で話を楽しそうに聞いていた。


「最(・)近(・)戻ってきたところなんだ。何か変わった?」

「そうだな、西街の話は知ってるか? 【渡り人の街(ブリガーディ)事変】なんて呼ばれてる事件だ」

「軽く、もう制圧はされてるって」

「おう、結局軍が出張ってな。もっと早く出てくりゃいいものを」


 店主はあの時は仕入れが大変で、とぶつぶつ文句を言いながら味付けなしの焼いた肉をカウンターに置いた。ツカサが硬貨を支払っている間にホムロルルはカウンターテーブルに移動し、器用に肉を食べ始めた。店主はそれを面白そうに見て、行儀がいいじゃねぇか、と笑った。

 赤ワインのおかわりを置かれ、店主は注文を作りながら雑談を続けた。


「西街にゃ、うちに顔を出してた冒険者もいたんだ。うちは肴にこだわっててよ、そのナッツだってその日出す分だけ自家製で炙って、用意してんだ」

「すごく美味しいよ。果実水もね」

「だろう? それはな、あの子にキンッキンに冷やしてもらってるからだ」


 先ほどその技を見せてくれた店員を二人と一匹で見遣った。ツカサ自身魔導士だからわかるが、コップを凍らせず、冷やさず、中身だけを冷やせるのは器用な魔力操作ができるからだ。


「軍が来て、さっさと収まって、そりゃすげぇがな。同じだけもっと早くやれなかったのかと思っちまう」

「ここに顔を出してた冒険者も捕まったの?」

「いや、迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)があっただろ、【黄壁のダンジョン】のよ。あの時の西街の防衛で死んだんだと。……パーティメンバーがほとぼり冷めてから来てよ、聞かされた」


 ツカサは言葉を失い、そっと隣の軍師(ヴァン)を窺った。ヴァンはまるで同情するかのような表情で、ふぅん、そうなのかい、と店主に返していた。


「白けさせたな、悪ぃ、これぁ奢りだ」


 もう一つナッツの皿を置いて、店主は注文が入ったのをこれ幸いとツカサたちの前から離れた。改めてヴァンを窺う。先ほどの同情するような表情は消え、そこに居るのはいつもの柔らかい微笑を浮かべたヴァンだった。ちらりと視線を向けられ、ツカサはサッと逸らすように視線を逃し、またヴァンを見た。次はしっかりと目が合った。


「王家は、シグレさんはフォローしなかったの?」

「もちろんしてくれたさ。ただ、君がやったことを延々と言う人がいるように、軍人もまた延々と言われるのさ。そこに人の生き死にと、結果がある限り、これもまた逃げられない責任と覚悟。ラングならそう言うだろうね」

「俺は何があったか知ってる。誰が何をして、どういうつもりで対応して、軍が、あのタイミングだからこそ動いたってことも。……俺が知ってる」


 ツカサは赤ワインのグラスをそっと差し出した。ヴァンは驚き、眩しいものを見るように目を細め、果実水のコップを手に取った。


「【誰も知らない事変】は君を大きく成長させたらしい。本当に、君は麦踏みしたくなる男だよ」

「たまには優しくしてほしいけどね」

「知ってるかい? 真綿って人を殺せるほど強靭な素材なんだよ」

「ヴァンもそれなりに物騒だよね」


 あはは、と笑い、ヴァンがコップを軽くツカサの持つグラスへ当てた。素材が違うので変な音がして締まりはしないが、その振動は確かにツカサの手に届いた。


「僕、あんまりお酒飲めないんだけど、ちょっと付き合ってよ」

「仕方ないなぁ」

「ま、オレ様もいるしな」


 ひっそりと笑い合い、雑談を楽しんだ。たまには、こうして朝焼けを待つのもいいかもしれない。ツカサは酒場が徐々に静かになって、パン屋が起きてパンを焼きだす頃、ヴァンとホムロルルを担いで自宅へ戻った。




いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。


旅人諸君が方々でパニ譚を広めてくださるおかげで、賑やかな感想をくださるおかげで、見つけてくださる方が増えてまいりました。

世の中に溢れている多くの作品の中から一粒を見つけるように、まさしく出会いが運命であるかのようになってきています。

その中でこうして旅路をともにしてくださる旅人諸君へ、改めて感謝を。

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― 新着の感想 ―
ヴァンさんや。おねしょネタがついにバラされましたね…笑
【ep.658『1-9:消えない轍』感想】 まずはヴァンに対して。 「おめでとうございます」とお祝いの言葉を贈りますね。 こんなにみんな近いと、2世込みの物語も潤沢にご用意されているのではとつい期待…
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