1-8:尋問は穏やかに
いつもご覧いただきありがとうございます。
長くしようと思って長くなった話ではなかった。
まずは最初から全てを話し、それから随所でヴァンがメモを取っていた聞きたいことを尋ねられ、ツカサが端折ったこと、少し話したくなかったことを暴かれていく作業だった。けれど、嫌ではない。これもまたツカサが誰かに話したいことだったのだと気づきを得た。
ホムロルルと蛇もまたいろいろと話し、セルクスが視線を受けては頷いたり、そうだと答える場面もあった。
ヴァンは時折動きを止め、頭の中で時系列と会話を整理整頓し、ツカサが置いた紙に一気に出力し、また質問をするなどを繰り返した。
窓の外はすっかり日も暮れて、濃紺の空が星々をそっと輝かせる頃。テーブルの上にあった食事は摘ままれて減っていき、飽きたヴァーレクスが部屋を出て行こうとするハプニングもありながら、どうにか終わった。
「ふぅむ、旧命の女神が抱え込んだ、もう生者になれないほど崩れ落ちていた命たち。シュンの最初の切っ掛けは私怨だっただろうけど、それがなければ真実を知ることもなかった、か。下手したら手遅れにだってなっていただろうね」
ヴァンの言葉にハッとさせられた。シュンがツカサに対して恨みを抱き、今回の事変を起こさなければいつかどこかで生まれてくる命が黒く溶け、産声を聞くこともなくなっていた。その始まりがツカサやラングのこどもではないという保証はない。確かに、そう考えるとあの事変に救われてさえいる。
ものの見方、観点の違い。ツカサが腕の届く範囲の幸せを守ろうとするのなら、ヴァンは国を、延いては世界を見ている。そういう視点を持つ人がいることにツカサは少しだけ安堵を覚えた。自分が心配しなくても、それを担う人がいると知れたからだ。
「なんにせよ、君が折れずに堪え、受け止めて戦い続けてくれたことに感謝を」
ヴァンが胸に手を置いて礼を取った。ツカサは少しだけ照れ混じりに首筋を撫でてから同じように胸に手を当てた。
「俺が折れないでいられたのは、【快晴の蒼】たちが受け止めてくれたからだよ。ヴァンが持たせてくれた紹介状と、シェイさんが贈ってくれた贈り物が、本人たちに届いて、【きっと自分ならそうするだろう】って柔軟に考えてくれたから」
失ったもの、なくなったもの、それでも変わらずにいてくれる誰かがいたことが、背を撫でてくれた温もりがツカサの折れそうな心の支えになった。
「だから、ありがとう」
真摯に告げた言葉にヴァンは少し感涙を浮かべているようで、透明な水色の目がじわりと滲んでいた。シェイは目を伏せていたが口元に笑みを浮かべていた。ヴァンは涙で少し湿った息を吐いた。
「なんだろうね、君とはハミルテで出会ってから、取り押さえたり叱責したりいろいろあったけど、そうやって頼ってくれたのだと思うと、本当に嬉しくてさ。ははっ、ごめん、僕は僕で間違っていなかったと肯定されているようで……ごめん、いい年して、軍師なのにな」
ヴァンははらりと涙を零し、片手で目元を覆った。シェイはヴァンの肩を軽く小突き、それで慰めているらしい。相変わらず美しい顔からは想像もできない低い声が、揶揄い交じりの親愛を口にした。
「ヴァン、お前だって元々すげぇ泣き虫なんだ、目をかけてる奴の前だからって見栄を張るんじゃねぇよ。泣け泣け、ぴーぴー泣け」
「そ、そういうことを言わないでほしいな!?」
ははは、と高らかに笑うシェイにヴァンは楽しそうに釣られて笑い、涙を拭った。
「ツカサに会った、ツカサを知らない僕が柔軟でよかったと思う」
――君の会った、君を知らない僕が柔軟でよかったと思う。
ツカサはぎゅっと唇を結んだ。ヴァンだ。紛うことなくヴァンなのだ。ツカサが精神世界で、セルクスがその身に降ろした記憶のヴァンも同じことを言ってくれていた。【快晴の蒼】もまた取り戻せたのだと思い、ツカサの中でここ、という場所にピースがはまる感覚があった。
「次はツカサが泣くのか?」
「な、泣かないよ!」
隣からアッシュに揶揄われ、ツカサはわざとらしくじわりと滲んだものを拭ってみせた。少しだけ笑いが起こった。ヴァンは居住まいを正し、言った。
「君に何があったのか、君たちがどう守ったのかはわかった。現在【沈黙の誓い】が機能しないのは【誓った先】がないからであるとも理解した。今後、命は正しく巡っていくこともね」
互いに笑いあった。これで旅路の共有は終わりだというのは感じられた。ツカサは次に気になっていたことへ移った。ここからはツカサは話者ではなく質問者だ。
「これから誓った場合はどうなるんだろう?」
「ふぅむ、難しいところだね。そうした人の誓いというのは、神との繋がりをつくる契約だ。新しい命の女神がそれをよしとするのならば、改めて口にすれば制約を受けるだろうけれど、さっきの話からすると、ラングとよく似た神様なんだろう?」
ツカサが素直に頷いていると予想外のところから声が出てきた。
「無駄だ、パニッシャーはそんな男ではない。神など頼るなという男だ」
ヴァーレクスは冷めた紅茶を飲み、空になったティーカップを置いた。ツカサも同じように考えていたが、好敵手として剣を交えた男もまた、正しくラングを理解していることに驚いた。ヴァーレクスはぬらりと立ち上がり、ツカサを睥睨した。
「コーヒー豆を用意しておけ、いずれまた行く」
「来るならちゃんと前もって知らせてよ? あとヴァーレクスどこに住んでるの?」
「えっとねぇ、方角は」
ヴァーレクスは蛇の尻尾を掴みツカサの膝から取り上げた。蛇はわぁと間の抜けた声を出してからヴァーレクスの腕に素早く絡みつき、止めようとする手を掻い潜り、すぽんと首元から服の中に入り込んだ。ヴァーレクスは舌打ちを零しながら扉へ向かい、鍵を乱雑に開けた。
「ペリエヴァッテ・ヴァーレクス」
ヴァンが静かな声で呼び、次いでドアを開こうとしていたヴァーレクスの手が止まった。面倒そうに振り返ったヴァーレクスは、それでもきちんと体の正面をヴァンへ向けた。そこには戦士としての敬意があった。
「改めて伝えておこう。私の知らないところで勝手に生きて、勝手に死ね。決して、二度と、軍師ラス・フェヴァウルの前には立たないことだ」
「ふ、ふふ、うふふ! はぁっはっはっは! パニッシャーに言え」
ちらりと視線をやられたツカサは目を瞬き、その間にヴァーレクスは扉をぬるりと抜けて消えていった。一瞬、凄まじい緊張感を覚えていた体がゆるりと解けていく。アッシュに肩を叩かれてとりあえず苦笑を浮かべておいた。苦手なタイプの沈黙が下りてしまい、ツカサはあのさ、と身を乗り出した。
「そういえば、俺、旧命の女神が倒れる前から【沈黙の誓い】が効かなくなってたみたいなんだけど、あれはどうしてなんだろう」
「加護があるからだ」
シェイがすぱりと答えを言い、ツカサは受け止めるのに五秒かかった。多くの加護をもらっているのはわかっているが、どういうことかと問えば、シェイの金目がツカサを見て、上から下まで動いた。シェイの左目が不思議な色合いに揺れ、ツカサは視られているのを理解した。シェイは【通信の小箱】を閉じ、それを押さえつけながら言った。
「全ての理の神の加護があることはわかってるな?」
「はい、知ってます。セルクスからの加護が呪い……いや、あの、鎖に変わってることも」
ツカサはムッとした気配を感じて慌てて言い直した。シェイはゆっくりと頷いて続けた。
「イーグリステリア事変が終わったあと、【異邦の旅人】には礼代わりの祝福やら不思議な力が与えられてんだよ。アルが世界を越えて手紙のやり取りができるのはそういうことだ」
「えぇ、まぁ、それは聞きました。でも俺、そんなこと声を掛けられたこともないんです」
「【変換】があるからだ。お前のことだ、それをもっと扱いやすく、なんて言わねぇだろうが、功労者から言われりゃある程度考慮しなくちゃならねぇ。だから問いかけをしなかった、だろ?」
シェイの目がセルクスを見遣り、視線を受けた藍色の瞳の男はゆっくりと視線を彷徨わせ、ううん、と言いながらソファで横になるように体を預けて目を瞑った。わざとらしいむにゃむにゃ、などという声まで零して狸寝入りを決められた。
「図星?」
「そういうこった。権能の強さとして全ての理の神と旧命の女神は同じくらいらしいからな。全ての理の神の加護と打ち消し合って、お前の【沈黙の誓い】はなくなってたんだ。運がよかったぜ? そうして消されてなきゃ、あっという間にお前は居場所がバレてただろうぜ」
「契約は繋がり、だからね」
ヴァンからも言われツカサは、なるほど、と納得した様子で頷いた。シェイは小箱を再び開き、ソファに座り直した。
「ツカサ、空腹なのはわかるけど腕をぶつけるなよ、箱が閉じただろ。ヴァン、クッキーの皿、取ってやって」
アッシュがわざとらしい声で言い、ツカサは否定しようとして慌てて口を閉じた。今のはシェイが向こう側へ聞かせないために敢えて閉じたのだ。ツカサは息を吸った。
「あぁ、うん、ごめん。ヴァン、クッキーいい?」
「もちろんだとも。紅茶のおかわりも淹れてあげよう」
はい、とヴァンも滑らかな動作でクッキーの皿を持ち上げて実際に渡してくれ、ツカサはそんなに減っていない腹にサクリとクッキーを入れた。ヴァンが紅茶を淹れている間にもう少し聞いてみたいことがあった。
「これから先、【沈黙の誓い】がダメになったとして、人々はどうするんだろう?」
「言わないように心がけるだけだね」
「そういうもの? 頼ってた人たちが今混乱してるんでしょ?」
「頼るからいけないんだ」
湯を入れ茶葉を蒸らしながらヴァンはにこりと微笑んだ。
「秘密というのは、神の手を借りずに自分自身の心と戦うものだよ。君の好きな言葉を使うなら、それもまた、鍛錬なのさ」
「鍛錬かぁ」
「僕らは一度もその【沈黙の誓い】を使ったことがないよ。それでも、秘密を守れる者は骨になるまで持っていくし、守れない者は今回のように困ることになる」
ツカサもどうせ喋れないだろうという慢心であわやだったことがあった。恥じ入っていればアッシュに腕を小突かれた。
「ところで、若いラングの言動が結構端折られてたけど、どんなだったんだ?」
「あぁ、そうだねぇ、若いラングかぁ、会ってみたかったなぁ。どんな青年だったんだろう?」
アッシュに肩を組まれ、紅茶を差し出され興味深そうにこちらを見るシェイの視線に晒され、ツカサはここまで大人しくしていたホムロルルと顔を見合わせた。
「どんなって、なぁ?」
「ねぇ?」
ふふっと笑い合い、ツカサはにんまりとした笑みを浮かべた。
「秘密だよ、鍛錬、鍛錬」
「あはは、僕は余計なことを言ったねぇ」
部屋の中で笑いが起こり、扉がノックされた。はいはいと足取り軽くアッシュが扉を開ければメルファスが礼をしてカートを運び入れた。いい匂いがした、温かい食事の匂いだ。もうすっかり夕方も通り過ぎて夜だもんな、とツカサは時計を見上げた。それに、先ほどの茶番もありシグレが手配してくれたのだろう。
メルファスはテーブルの上の空いた皿と温かい食事を入れ替え、続いて入ってきた侍女たちが新しい茶葉を置き直し、使ったティーポットを取り換えてくれた。今置かれているティーカップはそのまま、新しいものだけが棚に置かれた。湯気を見て、この部屋の誰かが淹れたものとわかったのだろう。失礼に当たらないよう、触れられなかった。
「失礼いたしました」
「ありがとう」
代表でヴァンが礼を言い、メルファスと侍女がカートを持って出て行き、雑談へ移行することになった。
テーブルの上はエフェールム邸の配膳にしては無骨だ。取り皿が複数、大きめの鍋が二つ、料理を冷めさせないように被さっている銀色の蓋、クローシュは四つ。それをひとつ取ればそこにあったのはおにぎりだった。置かれていた鍋は豚汁、ツカサには嬉しい組み合わせだ。他のクローシュを取ればオーブン用の深皿にビーフシチューのようなものが、ツカサにとってはフライドポテトという名前の方がなじみ深いフリッツ、鉄の鍋で調理したまま持ってこられたらしいムール貝があった。
もう一つの鍋は若鳥が丸ごと、野菜もゴロゴロと入っているスープだった。アッシュが前のめりに料理に飛びついた。
「おぉ! プルーオポット! 有難い!」
「アッシュはワーテルーイよりこっちの方が好きなんだよね」
「へぇ、プルーオポットは初めてかも」
「美味しいよ、これは水から鶏を炊くんだってさ。クルドが暫くこだわってたっけ……」
一か月くらいずっと鶏で、とヴァンが小さな声で言い、飽きたのだろうなとツカサは思った。飽きる人もいれば、未だハマり続ける人もいるのだ。そうと聞けば食べるしかあるまい。一先ず豚汁を先にいただいて、おかわりはそちらだ。各々欲しいものを皿に器によそい、それぞれが食前の礼をした。
話し疲れていたのだろう、空腹ではないと思いクッキーは入らなかったツカサの腹だが、おにぎりの美味しさに夢中で食べてしまった。中に入っている梅干しがまた酸っぱくていい、唾液腺が刺激され、口がぎゅっとなった。酸味を流し込むように豚汁を啜り、豚の甘みと味噌の香り、野菜と豚肉を掻きこみ、またおにぎりを頬張った。
最後に食べた豚汁にはトマトが入っていた。まったく違うのに、懐かしい酸味と味に思えてツカサはごくりとそれを飲み込んだ。
何度だって思い出すだろう、何度だって悔しいだろう、何度だって。けれど、今生きているのはやはりツカサだ。呑み込んで、血肉にして、その分、世界を見て、経験して、しっかりと生きていこうと思った。
気づけば豚汁は空だった。新しい器にプルーオポットなるスープをもらう。アッシュが既に鶏をほぐしてくれていたので野菜と一緒に器へ入れた。
ドアがノックされ、こちらの挨拶を待つ前にクルドとラダン、フィルとグレンが入ってきた。さらにカイラスが従僕とともにカートを持ってきた。合流だなとツカサは思い、座っている位置を端へ寄せた。椅子やテーブルも運び込まれてすっかり大所帯だ。
「セルクスは眠っているのか」
ラダンの言葉にそういえば狸寝入りから静かだなと思っていた男を見遣った。狸寝入りから本格的に寝入ってしまったらしく、セルクスは寝息を零してクッションに沈んでいた。クルドがセルクスをベッドに運び、ラダンが布団をかけてぽんぽんとその腹を叩き、ハッとしていた。孤児院を運営していると言っていたので、つい癖で、だろう。
それを見守っていたら追加のテーブルと料理の配膳が終わり、カイラスたちが出て行った。
「やぁ、やっと商談が終わったよ」
という体なのだろう。ツカサはアッシュが席を空け、隣に来たフィルへ取り皿を差し出した。
「お疲れ様、いい感じに終わった?」
「任せてくれ」
胸を張るフィルに笑い、その皿におにぎりを乗せようとしたら慌てて固辞された。
「それ、中に何が入っているんだ?」
「俺が食べたのは梅干しだった」
「ごめん、それ、苦手で……あれだろ? すごく酸っぱいやつ」
他の一同を見渡せば皆が首を振っていた。アッシュだけは親指を立てていた。ツカサの【鑑定眼】で見れば中の具材は数種類あるのはわかるが、伝えるのは少し勿体ない気がした。敢えて肉そぼろを取って食べ、違うのもあるよ、とフィルに言えば、意を決してひとつ手に取り、ぱくりと食べた。きゅうっとフィルは口元に力を入れた。
「すっぱい! 騙したな!」
「フィルが自分で取ったんじゃん」
ドッと笑いが起き、楽しい食事になった。ホッと息をつく。先達が友人としてそこに居てくれることも、迷うことなく信じると言ってくれた友人がいることも。世界を救った、命を守ったなどと荒唐無稽な話をと笑われてもおかしくなかった。もし、【快晴の蒼】が以前神殺しをしていなければ、もし、王家が神がいることを信じていなければ。何かひとつ違っていればこんな笑顔はどこにもなかった。
ツカサはこうして自分をここに居させてくれる皆に感謝した。
「そういえば、ヴァンはどうしてうちに来たがってたの?」
「あ、うん、そうそう、それだった」
フリッツをごくりと飲み込んでヴァンは喉を潤してから言った。
「こどもができたこと、本当におめでとう。経過は順調だって聞いてる。それで、物は相談なんだけど」
こほん、と咳払いまで挟まってツカサは身構えた。
「君、貴族にならない?」
とんでもない面倒事がきた。
いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。
雨が続いていますね。そろそろお日様の下で洗濯物を干したいきりしまです。
今度の連休も台風直撃、お出掛けをする予定の方はお気をつけて。
ところで、このラノ2027はもう投票されましたか?
多くのラノベを読まれる方も、限定的に読んでいる方も、ぜひこの機会に参加してみてはいかがでしょうか。
そして、もしパニ譚がどこか心の琴線に、旅人の日常を彩る何かであるのならば、どうか選んでいただけましたら幸いです。
よろしくお願いいたします!
面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やリアクションをいただけると励みになります。




