4-68:思いがけない問い掛け
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楽な戦いではなかった。ダンジョンになったらしい横穴の向こうから続々と歪んだ命である巨人たちが姿を現すのだ。剣技に長けたラングがいても、オルファネウルという神器を持つアルがいても、ツカサという莫大な魔力をもつ魔導士がいても、長丁場な戦いになることは明白だった。
シュンはツカサが分けた魔力が終われば自身の存続のために後ろへ下がる。隙を見てツカサが魔力を分けにいっていたが、そのうちシュンの方が焦れた。
「もういいって、お前が思いきり魔法使えよ」
「でも、暇でしょ?」
「うるっせぇな! 今から暇じゃなくなるからいいんだよ!」
後ろで騒ぐ青年たちに前衛二人は文句も言わずに耐えていた。
「ツカサ、お前さ、なんで一種類しか魔法しか使わねぇの?」
「え、いや、いろんな属性使ってるでしょ」
「使ってねぇだろ、風魔法だけなら風魔法だけ、火魔法なら火魔法だけじゃん」
ええと、と首を傾げれば、シュンはゴミを見るような目でツカサを見ていた。酷い。
「いい、ちょっと魔力貸せ」
さっきもういいって言ったのに、と文句を言いながらも魔力を渡す。シュンはやれやれと風魔法の玉を創った。
「たとえばよ、こうやって風魔法があるとするだろ。お前、こういう凝縮した魔法もあんま使わないで、最大瞬間風速何メートルみたいなごり押し魔法使うけどよ」
「んふ、たとえが絶妙に面白いのやめてくれる?」
「茶化すなバカ、俺がダンジョンを生き残った基礎知識を教えてやろうってんだよ!」
ツカサは目を瞬かせ、ぎゅっと気持ちを引き締めた。突然始まった魔法談義ではあるが、ラングもアルも口出しはしなかった。アルがラングに何かを耳打ちしていて、ラングは小さく息を吐いたように思えた。させてやって、とでもアルが頼んだのだろう。
シュンが手のひらに出した風魔法の玉は、そこに大きな竜巻を収めたようなものらしい。それを敵に当てると、相手の肉を巻き込んでミンチのようにした。これ、肉をミンチにする料理の時に使えるな、と思ったのは秘密だ。言えばまた怒られる。
それから同じように丸めた炎魔法。これは指向性を持っていて爆破の威力が一方向だ。なるほど、仲間に当てない方向に置けるのはいい。
氷魔法は破裂したところから敵を凍らせ、動きを留めるのに使え、土魔法はそれを中心に、もしくはこれも指向性を持って細かく鋭い土魔法が飛んでいく。見せられればわかりやすい。
ツカサは事前設置魔法というと、つい、シェイに教わった炎魔法になってしまうが、別に一つの属性にこだわる必要はない話だった。それは確かに便利だが、最初の会話と何が繋がるのだと首を傾げれば、シュンは溜息をついた。
「せっかくいろんな属性魔法使えんだから、組み合わせろよって話。たとえば、こう」
風魔法に氷魔法を組み合わせ、巨人に投げる。するとまず風魔法が巨人を切り刻み、残った部分を凍らせて動きを止めた。お、とアルが気づいてその巨人を槍で斬り払った。
次いで風魔法に炎を組み合わせて投げる。風の助力を得た炎が二、三体を焼いていき、ラングが呻く巨人にトドメを刺した。そうした組み合わせは考えれば何通りでもありそうだ。
「こういう魔法を使わねぇのな、って話」
「なるほど、この風魔法便利だね。なんでも使えそう」
「まぁ、そうだな、超便利。で、俺はこういうのを周囲に置いて、近づいてくる魔獣を殺してたってわけだ」
そうして生き延びたのだろう。ツカサはそれを教えてもらったことに素直に礼を言った。
「ありがとう、シュン。いろいろ応用できそう」
おう、とシュンは不貞腐れたような顔でそっぽを向いて頷いた。さて、実践だ。
ツカサは深呼吸をして魔力を整えると、ゆっくりと腕を持ち上げた。得意の風魔法を竜巻として玉のように押し込める。そこにこちらも得意魔法である氷魔法を込める。
「ラング、アル、ちょっと下がって!」
名を呼ばれた二人が下がってきて、ツカサはその魔法を放り投げた。
ゴッ、と竜巻が起こり、そこに切れ味のいい氷の刃が混ざり、恐怖も抱かずに前進してくる歪んだ巨人たちが一人、また一人と風に吸われて切り刻まれ、泡が飛び散っていく。大変にグロイ。ツカサはやりすぎたな、と閉口し、パタパタと音を立てる灰色のマントを握り締めて静かにさせていた。じぃっとアルとシュンとホムロルル、シールドの奥からも視線を注がれ、ツカサはそっと目を逸らした先で牡鹿と目が合った。それはそれで気まずくて逆へ視線を持っていけば、ポン、とラングに肩を叩かれた。
『その魔法、通路の出口に置けるか? 少し休んだ方がいい』
まるでツカサが疲れからやったような雰囲気になってしまったが、動き通しのアルは確かに疲弊していたし、シュンは魔法を温存するターンに入っているし、ラングだって長時間の落下からの戦闘だ、休んだ方がいいだろう。ツカサはダンジョンの入り口である多くの横穴に風魔法と氷魔法の複合魔法を置いて、この先の見えない崖の底に歪んだ命が入ってこないようにした。
本来、先の見えない崖へ落とされた命はあの横穴を通って理の女神の下へ辿り着く仕様だったのだろう。その後、理の女神が迷宮の権限を失い、神子があったものを利用して命を留めるようになり、ということか。横穴が先の見えない崖の片側に寄っているのはそのためだろう。
そんなことを考えながらもゆっくり座り込んで休憩ができる状態にはなった。
【時失いの石】の甲斐もあって血まみれでもなく、地面に毛皮と布を敷いて尻を置く。周囲を照らすトーチとラングとアルのランタン、光源は十分だ。魔法で火を起こしてもいいのだが、こういう時は薪がいい。
パチパチと炎に抱かれた薪からする音と、香ばしい木の燃えるにおい。埋めたポットが湯気を吐けばツカサはそれで人数分のハーブティーを淹れた。
やっと一息つけた。ほぅっと湯気を吹いたツカサに倣い、シュンもハーブティーを啜り、味に眉を顰めていた。けれどきっと、ショウリと元が同じなのでじわじわと癖になるだろう。
「で、このあとどうするんだ?」
後ろ手をついて体を楽に休めているアルが問い、ツカサはうん、と考え込んだ。先の見えない崖に繋がるダンジョンの入り口は多い。その中から正解を選び、理の女神の部屋、もしくは最奥まで行かなくてはならない。ここからは再びシュンの案内が必要になるだろう。そう伝えれば、わかってる、と言いたげにシュンは軽く肩を竦めた。遠く、通路の入り口で何かが切り刻まれる音が続く。
「一先ず、あれが終わらないことには入れないな。それに、五十ロートルもギリギリだ」
そうなのだ。壁際に寄って【時失いの石】の範囲に収めてはいるが、広く深い先の見えない崖の底、理の女神の部屋に隣接しているらしいここは、溢れてくるなりそこなった巨人が多い。正解の通路を進んでいる間、退路になりそこなった巨人たちが詰めかければ精神的な圧もある。できれば、退路には何もない方がいい。それは皆同じ考えなので今、命が出終わるのを待っている状況だ。ツカサの魔力量と技量があればこそ、そこに置きっぱなしにできるからこその手法だった。
物騒な音を聞きながら、アルがぼやいた。
「理の女神、本当に命を集めに集めてたんだな。横穴にあった命を全部、あの時のシュンが持っていけなかったのは深かったからなのか」
「あぁ、かもな。俺が描いた転移魔法陣、この場所の底にあったもんを指してたんだけどよ、結局俺の欠片を使って呼び寄せたしな。横穴までは知らねぇっつか」
なんともざっくりだ。さすがに命が多くて拾いきれなかったということか。
「お嬢が覚悟を決めてたからこそ、今、地上にこいつらが出ていないっていうことでもあんだぜ」
アルの胡坐に巣を作っていたホムロルルが言った。その言葉の続きを待てば、ホムロルルは位置を直してから人間のように肩を竦めた。
「レワーシェは崩落してる。ツカサとお嬢が一緒にいないとここがダンジョンでいられないってことは、ダンジョンじゃない場所から、隙間から、あの命たちが地上を目指したっておかしくねぇんだ」
「抜け道がきちんと塞げてるんだね。今は、誘いの剣と舟、それから、理の女神がここにいるから、みんなここを目指してる……俺たちが遠く離れれば、違う命に向かうってこと?」
「そういうこった」
だからこそ、新しい命の女神が必要なのだ。これらの歪んだ命を正しい形で還すことができれば、この世界に巡る命がこれ以上減らずに済む。そして、自身のこれから生まれてくるこどものこともある。ツカサはぎゅっと手を握り締めた。
「命の女神はどうやったら生まれるんだろう。欠片をぎゅっと一つにするのはわかるけど、ファイアドラゴンの血をどうやって組み合わせればいいのかとか、神様の生まれはよくわからないんだよね。シュンは何かアイデアある?」
「そもそも、どういう話なんだよそれはよ」
そういえば命の女神の話は割愛していたような気がする。シュンには底にある理の女神の抜け殻をどうにかしたい、という話をしてダンジョンに誘ったのだった。ツカサは長くなりそうだから端折ったんだけど、と前置きをした上で状況を説明し、【新しい命の女神】を誕生させるためのアイデアが欲しいと言った。
「あのさぁ、そういうの、普通もっと早く言うだろ」
心底呆れた、と言いたげにシュンはツカサを白い目で見た。そうは言っても、あれもこれも話したとして、混乱しなかったかというと、そうではないだろう。今だから話せたとツカサは考えていた。
シュンは案外真面目に考えてくれているらしく、うーん、と唸り、命の欠片ねぇ、ドラゴンの血ねぇ、とキーワードを呟きながら、時々ハーブティーを啜っては眉を顰めていた。
暫く沈黙と風氷魔法が命を刻む音と焚火の音を聞きながら過ごした。こういう状況でも普通にお茶が飲めるようになったことに、ツカサは自身の慣れを感じた。あんまり、慣れたくはないんだけどな、といつも思いながら、結局慣れてしまう。人間なんてそんなものか、と諦めを覚えたところでシュンが日本語で問い掛けてきた。
『なぁ、これ、話していいかわかんねぇから日本語で話してぇんだけど』
『うん? なんだろう』
ツカサがラングとアルに首を振れば、それぞれが通訳を担う神器兄妹をそっと置いてくれた。それを経てシュンに視線を戻せば、ちょっと、とわざわざ魔法障壁の中で、焚火から少しだけ離れ、背を向けて座った。これは読唇術も警戒しているなと思い、ツカサもその隣に移動し、内緒話をするように顔を寄せた。
『何、どうしたの?』
『隠すことでもねぇんだろうし、あいつらにもあとで話した方がいいとは思うんだけどよ、まずはお前に確認したくて』
だから、何を、と首を傾げれば、シュンはそっと尋ねてきた。
『お前さ、命の女神を新生させるって話、しれっとしてるけど、それって神の親になるってことじゃねぇの? 覚悟あんのかよ』
『ええ? そんなまさか。だって、そもそも本当ならもう生まれてるはずの欠片を集めて、あるべき姿にするだけなのに……』
『俺に体を貸してくれてる理の女神ってのも、その、時の死神? ってのも、たぶん、神だからあんま気にしてなかったんだと思うけど、神が生まれる時に血を与える人間が、親じゃないなんて言えるのかよ? ほら、規模は違うけど吸血鬼だって眷属をつくる時には血を飲ませたり、分けたりするだろ? お前そのものの血じゃねぇとはいえ、広義の意味ではそうだろ』
そういうわかりやすい事例を引き合いに出されると不安になってくる。
『でも、シュンも言ってたけど、俺の血じゃなくてファイアドラゴンの血だよ』
『提供者ではあんだろ。アニメとかで最後、協賛に載るやつ』
だから、わかりやすい事例を出さないでほしい。
なるほど、しかし、こういう話は例え話含め、いちいち説明するには面倒だろう。どうりで日本語を選んだわけだ。
『この世界だけじゃなくて、全部の世界が同じような状況だっつーなら、まぁ、新しい命の女神は必要だろうよ。でもよ、お前が面倒事に巻き込まれないだけの確証は握っとけば? 命の女神に振り回されてる俺は、そう思うぜ』
ガラにもねぇこと言ってっけど、とシュンがそっぽを向く。相手を憎めばこそ言わなくてもいいことを言葉にするのは、歩み寄りだ。それはもしかしたら、この機会を与えてほしい、与えたいと言ったツカサへの小さな仕返しかもしれない。ツカサはそれを真摯に受け止めて、にこりと笑った。
『ありがとう、シュン。そうだね、そのへんはしっかり握っておかないとね。何せ、時の死神は「話さなかっただけだ」なんて、秘密を持ってた時もあるからね』
『前科あんのかよ。契約書作っとけよ』
『それもいいかも』
互いに苦笑を浮かべ、ツカサは自分の胸を押さえた。
出てこいよ、時の死神。どういうお考えかお聞かせ願おうじゃないか。
いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。
2026/7/10に3巻発売しました。
SNSや感想欄で3巻の感想を頂戴したりと大変嬉しいです、ありがとうございます。
ここに至るまでの旅路をさらに深掘りし、飛ばしてきたシーンをたくさん加筆しております。
「あの時ラングはこう考えていたのか」とか「ツカサとロナの友情がどう築かれたのか」とか、謎の解明や、ただ通り過ぎていくその場の友人ではない理由など、書かせていただいております。
どうか多くの旅人がお手に取ってくださり、そしてお迎えくださいますように。
web版も書籍も引き続きよろしくお願いいたします。




