3巻記念SS:七夕
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3巻発売記念SSです。七夕には遅刻ですが、幕間にどうぞ。
ツカサの故郷はどんな催しがあるんだ、とアルに問われてのちょっとした雑談からそれは始まった。
イーグリスの夏の始まり、土竜の月、七月、その七日。ツカサの故郷では、長年会えなかった恋人同士が一日だけ再会することを許された日だ。ざっくりとそういうお祭りだと知っていて、故郷で友人たちと繰り出した七夕祭りの先で浴衣のカップルを多く見かけ、居心地の悪い思いをした記憶がある。
友人と行ってそれはそれで楽しかったが、少しだけ胸の中に羨ましいという気持ちもあったりした。そんな懐かしい記憶だ。
男だけの【赤壁のダンジョン】、イベントの数々は七月に至るまでにもいろいろあったというのに、なぜこの話題を選んでしまったのか我ながら不思議だ。地図の中でも外れの癒しの泉エリア、周囲に人がいないのをいいことに会話はいつものように、のんびりと取っ散らかった。
「そのタナバタ、そもそもどうしてその二人は年一回しか会えなくなったんだよ?」
イーグリスのことだ、七夕という名称ではなく何かで残っていそうだが、それはそれとしてツカサはハーブティーを飲んだ。
「なんでだっけ、確か、イチャイチャしすぎて仕事をしなかったから、誰かがいい加減にしろって怒って、引き剥がされたんだっけな」
「仕事をサボったのか、うーん、仕事の内容は? 職業はなんだったんだ?」
「ごめん、詳しくは知らない」
なんだよ、とアルはたいして知りたいわけでもないだろうに、わざとらしく残念がった。ツカサは笑いながら続けた。
「俺の故郷じゃ、短冊に願い事を書いて笹に吊るしたんだよ。みんな思い思いの願い事でさ、受験成功とか、全国大会出場とか、身長伸びろとか。ませた小学生とかだとさ、何組の誰それ君と、何ちゃんが好きになってくれますように、とか」
「あ、あぁ、なんかわかった! あれか、ばあちゃんの故郷の人たちがなんかやってるかもしんねぇ! それに、誰に対する願い事なんだ? なんかの神様?」
「ごめん、それも詳しく知らない」
「わはは! なんだよツカサ、全然広がんないなこれ!」
アルの祖母は日本人だ。イーグリスの中の日本人が固まっている居住区ではツカサにも懐かしい催しが多いらしい。血は入っていてもスカイ人であるアルにとっては、そんなに多くの催しをやって疲れないのか、と思うらしい。イーグリス全体で大々的にやる催しはラユル・ハロウィンと呼ばれる、ハロウィンそれそのものだ。あとは四季の女神の祭りだという。年末年始は割愛だ。
「ま、西街のこともあってここ数年、どれもこれも開催はされてないって話だけどな」
少しだけ居た堪れなくなった。ツカサの中で【渡り人の街事変】はまだ少しだけ重いのだ。ツカサの沈黙と、言葉選びを間違えたな、というアルの気まずそうな視線の泳ぎ方にラングがコップを置いた。
「ツカサ、お前は何か願い事を書いたのか?」
いつもなら空気を戻すようなことをするのはアルの役目だ。だが、こういう時、料理に扱うハーブのようにラングが調和を引き受けてくれる。
「俺? まぁ、子供だったからね」
「どんなことを書いたんだ? あれか? さっきのませたショウガクセイってツカサの経験?」
「違うよ! 俺はただ、魔法が使えるようになりますように、とか、身長が伸びますように、とか、夢見がちで、可愛いもんだったよ!」
「叶っているな」
ポットから湯をコップへ注ぎながらラングが言い、ツカサはアルと顔を見合わせた。確かに、ツカサは今魔法が扱えている。そういう点ではあの短冊に書いた夢は叶った。
「すげぇ、呪術の一種か何かかよ」
「いや、本当にちょっとした催しだったんだよ。子供の時は絶対に叶え、って思ってはいたけど、ある程度大きくなったら、叶えばいいな、なんちゃって、みたいなノリだったし」
あんな短冊一枚で故郷が消滅し、異世界に渡り、魔法を使えるようになるまでに死にかけ、騙され、捨てられ、拾われ、激痛を経験し、なんてとんでもない道を経てたまるか。大人はせっかくだから、で書いて、子供は夢を全力で書いて、ツカサのような年頃の子は現実と夢の狭間で何を書いただろうか。むしろ、そうした短冊を手にする機会がグッと減っていたような気もした。
「ツカサはさ、今書けって言われたら、何を書くんだ?」
ツカサの視線が手に持ったコップに沈みかけたところで、その意識を引き上げるようにアルが声を掛けてきた。そちらを見遣ればもう一度、何書くんだ、と尋ねられ、ツカサは微笑んだ。
「そうだなぁ、書いたことが叶っちゃったし、ちょっと怖いけど」
なんて少し思わせぶりに言ってから、ツカサは真面目に考えた。今だったら何が欲しいだろう。何を願うだろう。
「ありきたりかも、みんなで幸せでいたい、かな」
心からの言葉ではあった。こうして【異邦の旅人】の男三人でのダンジョンも楽しい。家も得て、今、婚約者であるモニカと、母であるエレナ、そして留守番のアーシェティアがいろいろと準備を進めてくれているはずだ。あの家で、仲間と、家族と暮らしていく。想像するだけで胸の奥底があったかくなる。
そうしたツカサの幸せな空想の邪魔はせず、アルはただ、いいね、と笑いながらハーブティーを飲んでいた。
「ラングは? 何を書く?」
アルの問いかけは順番としては正しい。ツカサも幸せな空想から戻り、ラングを見遣った。
「お前は?」
「質問に質問で返すなよ、俺がやると怒るだろ、それ」
「怒ったことはない」
「はいはい、俺なぁ、そうだなぁ」
喧々諤々するには面白くない話題を切り上げ、アルは腕を組んで唸った。
「だいたい叶ってんだよな。世界を見るのも見れてるし、いい仲間にも出会えてるし」
「アルは規模がでっかいよね」
「そうか? まぁ、でも、そうだな。強いて言うなら、引き続きいろんな景色が見たい、だな。まだ行ってない場所もあるし」
二ッと笑うその顔に釣られてツカサも笑った。それで、とツカサとアルから視線を注がれ、ラングはふむ、と腕を組み、顎を撫でた。こういう時、ラングは誤魔化すことなくきちんと会話に付き合ってくれる。未だ語れないことも多い人ではあるが、話せることは言葉にしてくれる真面目で、律儀な人だ。
「そうだな、その呪術にどの程度の力があるものなのかがわからないが」
「いや、だから、ラング、呪術じゃないって」
「知人のよい未来を願う」
ツカサとアルは、はたと目を瞬いた。思いもよらない言葉だった。しかし、世界平和ではなく、ラングの関係者であることはらしい願いだと思った。
「知人って? 当然、俺たちは入ってるよな?」
アルはツカサと肩を組んでアピールし、ツカサもそれに合わせて期待を込めた目でラングを見た。
「仲間なんだ、当然だろう。何を言っている」
すぱりと返されれば逆に照れが生じ、肩を組んでいた二人はもじもじと体を離した。言葉に嘘のない人の、お前のよい未来を願っている、という言葉はとてもじんわりと心に沁み込んでいく。
「こういうところだよなぁ、全部持ってくんだよな、ラングって」
「ずるいよねぇ」
「何がだ」
わはは、と明るいアルの笑い声にツカサもまた笑う。やれやれと言いたげに肩を竦めたラングはポットを差し出し、おかわりの水を求めてきた。ツカサは自分の後ろ側にあった癒しの泉から水を汲み、ラングにポットを返した。ラングはお礼を忘れずに言い、焚火に埋めた。
「効力のある呪術ならば、願わくは、祈りを」
ぱちりと弾けた薪から舞い上がった火の粉。どこかで見たような光景に、ツカサはラングと同じタイミングで胸に手を当てた。アルもまたスカイ王国軍の敬礼、というジョークを交えながらそれに応えた。
しかし、からかうことを忘れないのもアルだった。
「ラング、タナバタは呪術じゃないってツカサが言っただろ」
「呪術だと言い始めたのは、アル、お前だ」
見事なカウンターにアルが笑って誤魔化した。ツカサは二人の掛け合いに笑い、ラングのコップの湯気がふわりと動くのを見逃さなかった。
知人のよい未来を願う。
その言葉にラング自身が含まれていないことをツカサは知っていた。だからこそ、ツカサはそっと、胸の中でラングの幸せを願った。
どうかラングの未来が、これからが幸せでありますように。
ついに明日3巻発売です。
電子書籍なので、ご予約済みの方へは日付変更とともに配信される予定です。
どうか、今に繋がるあの日の物語をさらに艶やかに、引き続き旅路をお楽しみいただけますように。
きりしまの短冊には、そう書きましょう。




