4-67:そして青年は一歩を踏み出した
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3巻、ついに明日です。
記念SSを18時にも投稿します。
アルと背中合わせに立ち回る。そういえば離れるなと言われただけで、下がっていろとは言われていなかった。アルは最初からともに戦うことを選んでくれていたのだ。それがまた嬉しかった。
「シュン! 温存しろよ! 必要最低限!」
「わかってるって!」
アルが大きく槍を振るい、その腕に押されてぐるりと立ち位置を変える。シュンとアルを中心に設置魔法は半径二メートル、そのくらいあればかなり余裕をもって吹き飛ばせる。
「アル! 向こうからでっけぇのが来る!」
五十メートルという制約があるらしい鷹が上から叫んだ。向こうってどっちだ、とシュンは周囲を見回したが、アルはそれなりに付き合いがあるらしく素早く一点を振り返った。
「おっと、やばそうだ! 避けろ!」
ぐいっとアルに引き寄せられ、勢いよく跳んでそれに引っ張られた。うっ、と肺から空気が押されて呻き声になった。先ほどまでいた場所、他のなりそこなった巨人たちも巻き込んで何かが地面を叩き、ぶわっと血の臭いが広がった。アルがいるのでじわじわとそれが泡に変わり、臭いも消えていく。しかし一度嗅いでしまうとそこに血が流れていたのだと認識してしまう。
「んなこと考えてる場合か! なんだよあれぇ!」
自分自身にツッコミを入れ、シュンは叫んだ。ずぞ、と何かを吸うような音がした。
ぶよぶよの体、大きな赤ん坊のようなそれは目も開かず、ぷっくりとしたまぶたの下、眼球がそこに埋もれていることを想像させた。ぽってりとした歯のない口は近くに居る巨人を何本もの腕で掴まえてはずる、ずぞぞ、と音を立てながら呑み込んでいく。巨人たちはのろのろした動きでアルとシュンを追ってくるが、それを片っ端からオヤツのように食べている。その度に成長することなく、ボコボコ音を立てながらそのまま質量だけが増していく。皮膚を突き破り、背中に何本もの腕が生え、毛虫のようにすら見える。
「シュン、ちょっとこれは本気でやらないと不味い」
アルの声がここに来て初めて緊張感を持っていた。下ろされ、そっと横を見ればただ一点、敵を見据えている手練れが立っていた。白いランタンの明かりとシュンの照明魔法に挟まれたアルの表情は陰影がつき、黒い瞳がぎらりと光っているように見えた。
ゆっくりと前に出て行くアルの背中に掛けられる声がなかった。ここからはお前に構っていられないぞ、と言われた気がして、魔力になるものを出し惜しみできないだろうと思った。
くるり、ひゅん。アルが槍を回して手に馴染ませ、腰を落とした。槍を握った右腕をゆっくりと横へ、後ろまで回し、距離を測る。シュンが見てきた冒険者の中でも圧が違う。その背中にふと深緑のマントの影が映り、あいつもバケモノだったよな、と場違いな感想を抱く。
ある程度巨人を食べたでかい赤ん坊は距離を取っていたアルとシュンに気づき、濁った声で笑い声を上げた。赤ん坊特有のきゃぁ、という、本来であれば微笑ましい音。いくつも重なった老若男女の声でそれがあればぞわりと来るというものだ。
「来るぞ!」
アルの雄叫びにびくりと震え、シュンは魔法を展開した。設置型の魔法をあの戦いで会得した、指先で操作する方法で赤ん坊に叩き込んだ。風魔法が肉を切り刻みながら弾け、土魔法が石つぶてを飛ばしながら弾け、氷が動きを止めるように広がり、炎魔法が指向性を持って爆発した。飛び散った肉片がしゅわっと消えていく。痛い、と泣き叫ぶ赤ん坊の声に言い知れない罪悪感が浮かぶ。
「構うな! でないと俺たちがやられる! やるか、やられるかだぞ!」
大きく横薙ぎにしたアルの槍で赤ん坊の腕が一本斬り落とされる。どさり、ぶよん、と震えたそれが泡に変わり、同じ場所に腕が生える。
「なぁ! これで勝てんのか!?」
「こういうのは削って削って、コアになってるもんを壊すんだ! 俺がひらくけど……!」
ちら、とアルの視線がシュンを見て、上を見た。
「できれば剣が欲しいな!」
ツカサとラングだろう。シュンは赤ん坊が食べないままこちらに向かってくる巨人の対処に追われることになっていて、アルの背中を守っている状態だ。アルはアルでシュンに目がいかないように雄叫びを上げながら赤ん坊と、周辺の巨人を槍で斬り払い続けた。
それなりに時間が経っていた。アルは叫び続けて喉が枯れ始めている。シュンはこんなに長時間戦い続けた記憶がなく、動き回っているわけではないが、息切れを感じた。まさか魔力切れか、と汗が流れる。内側から焦るような声で、がんばれ、がんばれ、と聞こえた気がしてイラっとした。
「勝手なこと言うなよ! 俺が一番わかってんだよ! だいたいこの状況、お前のせいだろ!」
ぴっ、と音の鳴る玩具を握り潰した時のような音がして、胸の奥底で涙を浮かべた少女が見えて、罪悪感から目を逸らした。違う、豊穣の剣を使わないのか、などと余計なことを言った自分のせいだ。
「悪い」
拗ねた口調でぽつりと零せば、物陰からそうっと覗く少女の潤んだ目が見えた。巨人の接敵もあってそれ以上そこに構う余裕がなくなった。
アルが削り続けた赤ん坊は徐々に、少しずつ体積を減らしたような気がした。赤ん坊は突然、盛大な駄々をこね始めた。何本もの腕を振り回して地面を叩き、巨人を潰す。それらは泡に変わり消えていく。腕から逃れるようにアルが飛び退いてシュンのそばへ戻った。
「くっそ、しぶといな! シュン、魔力は!?」
「ちっとやばいかもしんねぇ」
「わかった、温存でいい、そのへんのも俺がやる」
「でも、まだ横穴から出てくるぞ」
騒ぎを聞きつけてか、赤ん坊の抱え込んだ命に反応してか、それとも。ハッとアルが振り返り、シュンは嫌な予感に確信を抱く。
「俺が、理の女神の体を持ってるから?」
「かもな」
そうであれば赤ん坊に目もくれずこちらへじわじわと迫ってくるなりそこないの巨人たちにも理由がつく。
「じゃあ、逃げよう! あのでかい奴は通路には来られないだろ!?」
「だめだ、通路に入れば合流が遅くなる! だったらここで耐えた方が早い!」
「でも、俺が魔力温存するなら、アルが一人で大変なんだぞ!」
「大丈夫だ!」
何が、と問う前にアルが振り返ってニッと笑った。
「あいつらなら絶対来る」
確信のある声だった。信じろ、と言われるよりも納得してしまう、そんな音。シュンはぐっと逃げ出したい気持ちを握り締めて留まった。
「アル!」
鷹の声に顔を上げる。上は真っ暗闇で何も見えないのに、今のシュンなら感じ取れるものがあった。遠く、キラリと輝く何があるような、そんな予兆だ。見えてもいないのに不思議な希望がぐっと胸に沸き起こる。
「シュン、コアまでの道を示してやってくれ」
「ま、マジ? 俺が?」
「頼んだ!」
すぅー、ふぅー、と呼吸を整えてアルは全身に力を入れた。槍を馴染ませ、そして叫んだ。
「行くぞ、オルファネウル!」
右に、左に、槍の斬り払いで巨人が真っ二つになり距離ができた。時間稼ぎは十分、アルは地面を強く蹴って駄々をこねる赤ん坊へ一直線に走っていった。鷹が空を飛び回り、赤ん坊の気がそちらへ逸れた一瞬、走りながら槍を上段に構えた。
「ちっくしょ! 頼むからマジで来いよな!」
シュンはトーチを暗闇に投げ、上から下へ、空港の滑走路のライトのように道を創った。これでいいのかなどと誰かに確認することもできない、ただ、周囲でじわじわと迫りくる巨人と、赤ん坊と対峙する鷹とアルとを交互に見遣る。
「頼む頼む頼む、いいから早く来い……!」
キラリ、ちかり。何かが暗闇の中で輝きを持っている。んなことはどうでもいいから。
「早く来いって、何してんだよ! ツカサ! ラング!」
「うわあぁぁ!」
キン、という高い金属音に重なって悲鳴に近い雄叫びが届いた。次の瞬間、周囲の巨人を一気に叩き潰すようにどでかい氷の柱が降り注ぎ、潰していく。何十枚ものガラスが割れて降り注ぐような音がして、飛び散った氷片がアルのランタンの光をきらきらと反射させた。
「ひらけ、オルファネウル!」
アルが上段から槍を一気に振り下ろした。音もなく振り下ろされたそれに続き、激しく何かが吹き飛ぶような音がしてドパンッと大海が割れるように赤ん坊の体が割れた。その中心にあった輝く玉。恐らく命の塊か何か。その輝きに目を奪われた一瞬、何かが凄まじい速度で落ちてくる音がした。マントが風の抵抗を受けて鳴る音。パチンとそれを外しさらに加速して落ちてくる何か。
シュンの用意した光の軌跡を辿り、黒いシールドに視界を守られた男が真っ直ぐに虹色の玉へ剣を投げ、突き刺した。しかし硬い、切っ先が刺さった程度、まだ足りない。男は空中で体を回転させ、その剣の柄頭をつま先で蹴り飛ばし、剣が深いところまで一気に突き刺さった。
赤ん坊の体がぶるっと震え、そして間髪入れずに弾けた。この広くて深い底を埋め尽くすほどの血の海。シュンは足を取られて転び、血の海にだぷんと沈んだが、それはすぐに泡となって消え、ただ地面に転がる羽目になった。
破裂の勢いで落下の勢いを殺し、平然と着地をしたらしい男が赤ん坊から弾き飛ばされた双剣の一本を拾った。泡になって消えていく血だったものを拭い、黒いシールドの男は上から降ってきた自身のマントを掴んで悠々と着け直しながら、まるでコンビニで会った隣人のように尋ねてきた。
『何をしている』
シュンは息切れしていて、ハッと息を吸った。それから、安堵か、呆気に取られてか、何かが零れた。アルが軽やかな足取りでシュンに近寄り、手を差し出した。
「な? 言っただろ、絶対来るってさ」
渇いた笑いを零し、シュンはそれを掴んで体を起こした。途端、リィン、と体が鳴ったような気がした。闇を見上げればそちらからも共鳴音が返ってきて、横穴の向こう側がダンジョンだった時と同じ輝きを持った。この底はダンジョンじゃないのか、などと考えていれば、壁を走る何かがいた。
「うわっ、うわっ! ちょちょちょ、まってっ! うっ!」
壁を蹴りながら牡鹿とツカサが降りてきて、氷柱の隙間に降り立った。
「トルトンテがお運びしました」
ビシリとポーズを取るその背中でツカサはぜぇはぁと息を切らせ、軽く手を上げて角のないところを撫でた。アルは驚きにぱっちりと目を見開いた。
「牡鹿じゃん、お前なんで」
「お嬢様に会いに来たのです。トルトンテは若いから耳がいいのです」
ぐったりしたツカサを乗せたままシュンに歩み寄り、角のない方ですりっと擦り寄られた。野生動物に触れ合うこともなく来たので、これは嬉しいというよりは驚きだった。そして自分が慕われているわけではなく、この体の持ち主だということも、わかった。
「うぅ、すごい、人生でこんなに落下することないんじゃないかってくらい落ちた」
牡鹿の上からずるりと降りたツカサは地べたに座り込んで顔が真っ青だった。その状態であれだけの氷魔法を放ったのならば、ヤケクソだったのかもしれない。それでもシュンやアルの位置をしっかりと把握するだけの冷静さがあったのかと思うと、まぁ、褒めてやってもいい。
「わはは! これでもう、落下は怖くないな」
「二度とやりたくないよ」
アルに腕を掴んで引き起こされながらツカサは泣きごとを言う。
『来るぞ』
ラングの言葉で皆が息を整えた。ツカサは敢えて氷を砕いて細かい粒にし、視界を確保した。横穴からずる、ずる、と改めて出てくる歪んだ命たち。ツカサの治癒魔法が全員に渡り、シュンの背中に手が置かれた。
「なんだよ?」
「師匠から習った技」
温かいものが背中から全身へ流れてくることに驚き、横の青年を見遣った。魔力を分けられていると気づかないほど鈍くはない。ツカサはにこりと笑い、シュンの背中を叩いた。
「道標ありがとう、わかりやすかった。行こう、シュン」
前衛に立ったアルとラング、その背中へ駆けていくツカサを、シュンは見送ってしまった。
牡鹿に背中を押され促された。それでも駆けてこないシュンを振り返り、首を傾げ、ツカサはほら、と手招いた。
「何してるの? 早くおいでよ!」
昔、公園で出会った警戒心のないこどものように。当然のように輪に呼ぶその青年に、シュンは泣きそうな笑みを浮かべた。
「お前に勝てなかった理由が、わかった気がする」
「何?」
「なんでもねーよ! 今行くって、うるせぇんだからな、ツカサは」
「ちょっと、態度悪いよ! シュン」
惜しいなぁ、これが記憶でなければ。
お前らと一緒に冒険できていたら、きっと、俺の人生は違うものになってたはずなんだぜ、ツカサ。
いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。
日付がかわり7/10になったらついに3巻が配信されます。
お楽しみに!




