4-65:はぐれて、再会して
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巨人が一人豊穣の剣に刺されてこの穀物量、ポソミタキとともにシュンを倒した時に比べればまだ少ないが、やはり多用はできないと思った。今回はツカサが水のショートソードで腕を先に落としていたから、ラングが剣を刺していたから、多少は命が刈られ、かつ、【時失いの石】の範囲だったのでそのままそれらが無に還っていたのもあったというのに、これだ。
ラングに掴まれた腕を掴み返したツカサは空間収納への回収を諦め、穀物に押されて巨人の群れの隙間を縫って流されていた。これは魔法障壁があるうえで、ツカサの体を引き寄せて抱え込んだラングが気配を読みながら巨人や壁を蹴って抜けてくれたのが大きい。ある程度流されたところでざらぁっと穀物の坂を滑り落ち、ラングは即座にツカサのベルトを掴んで立ち上がらせた。わかってるって、と口答えしたい気持ちもあったが素直に顔を上げたツカサはその先の光景に目を見開いた。
『うっ最悪……!』
淡い光を放つ床や壁、天井がここにはなく、くすんだ灰色の壁が待ち構えていた。そしてここには大量の巨人がいるではないか。どうも巨人の隊列のど真ん中に追いやられてしまったらしい。腕が多いもの、足が多いもの、首が多いもの、なかなか多種多様な歪みを見せつけられ、ぐっと喉が詰まる。
即座に魔法障壁の強化、ツカサは続けて風魔法を撃った。
『風よ、斬り裂け!』
全力の魔法を込めた風魔法はズドンと重い音を立てながら巨人たちを切り倒した。ずるりと崩れていく体。泡には変わらない、つまり、アルとはかなり離れてしまっている。となれば歌うしかない。ツカサは感ずるものを騎士のように前に構え、キスクが音をつけてくれた誘いを口にしてその命を金色の光に変え、自身の胸へ誘った。
ラングはその時間を稼ぐために前に出た。光に変わっていく同胞の体を踏みつけて前進してくる巨人たちの体を斬りつけ、そうして欠けたところからツカサが誘う形になった。ラングに当てないように風魔法を放ち、誘いを繰り返していれば、ラングがぴくりと反応した。そうして振り返り戻ってきたラングの意図を汲むようにツカサは氷魔法で壁を創った。ぐいっと奥の方へ押し込むような形で創る氷の壁は手慣れたものだ。
ラングは穀物の壁がある、流されてきた方へ向かった。
『流された時に越えてきた奴らが来る。挟まれては面倒だ』
『穀物、回収しながら戻って、合流しよう。氷の壁は奥に向かって分厚くしたから、暫くはもつはず!』
『いい仕事だ』
褒められると嬉しい。にま、と口端が上がりそうになってしまい、自分で両頬を叩いて押さえた。
さっと腕を前に出して通路を塞いでいる穀物を回収しようとすれば、ラングに首根っこを掴んで引っ張られた。後ろに下げられた理由はそのあとすぐにわかった。
『褒めた途端にこれだ』
ザバァ、と穀物の壁から巨人が飛び出てきて、関節のおかしい腕が振り下ろされ、先ほどツカサがいたところに打ち付けられた。飛んできた穀物に魔法障壁で当たらないとわかっていても、つい目を庇ってしまった。シールドのあるラングはそれが防いでくれると体が知っていて、即座に戦闘態勢に入った。
ラングは素早くツカサを蹴り飛ばすと前に出て、横薙ぎにされた長く太い腕を跳び越え、下から巨人のふくらはぎあたりに剣を振り抜いた。当然、太い体を斬り落とすことはできない。そこに鉄板の仕込まれたつま先を器用に打ち込み、剣に勢いをつけ斬り落とした。足を失い、ズシリと落ちてきた巨人の肩に乗り、後ろに向かって口笛を吹き、その後ろからさらに出てきた巨人の一撃でふくらはぎを斬り落とした巨人の頭を潰させる。
頭が潰されて動きが止まった巨体にラングが双剣の一本を刺し、もう一本でさらに来た巨人へ相対した。そこにあるものを利用する戦い方は見たことがある。
『よく思いつくなぁ……!』
『誘え!』
ツカサは歌い続けながら背後の氷の壁に手を添えて壁を守り続けた。巨人を五体もそうして誘えば気配が氷の向こうだけになり、安心して穀物の回収が行えた。空間収納へ吸い込むようにして足を進め、代わりに背後には氷の壁を置き、慎重に進む。途中、落ちている豊穣の剣の鞘を見つけ、拾った。さらに進んだところでツカサが首を傾げた。
『どうした』
『おかしいんだ。俺たち、穀物に真っ直ぐに流されたと思うんだけど、二人につけてる魔法障壁も、絆の腕輪も下を指してる』
穀物の激流に流され、どこか横道に入ってしまったのだろうか。いや、ここに戻って来るまで珍しく分かれ道もなかった。つまり直線を流されたはずだ。迷宮の加護は罠なども解除してくれるはずだが、もしやその範囲から出れば対象外なのか。
『穀物に押し出されて、アルとシュンは分かれ道を流されて、どこかに落ちた? 迷宮の加護が効果を発揮しなかった?』
『いや、それはおかしい。穀物を空間収納にしまいながら来て、ここはその終点と言っていい。距離を測っていたが、分かれ道もまだ先だ。それに、シュンの体はここの主だろう。罠にかかる道理がない』
あ、そうか、とツカサは頬を掻いた。巨人を喰らった豊穣の剣が前にも後ろにも穀物を出したことは確実で、それをしまいながら歩いてきて、今、ここはその終点、ツカサは全ての穀物を回収したことになる。
『じゃあ、どうやって下に行ったんだろう』
『……理の女神の部屋があるのだと、ホムロルルが言っていたな』
『そうだね? ……まさか、シュンの体になってる理の女神が、慌てて自分の部屋に逃げ込めるようにしたとか、そういう?』
『わからない。だが、その腕輪は同じ階層を指していないのだろう?』
ツカサはこくりと頷いた。確かに、可能性はあるかもしれない。
『あの男のことだ、あいつの手を離すことも、見失うこともないだろう。こちらからその腕輪と魔法障壁を辿り、合流した方が早い。その剣、理の力を感じ取りやすいのだったな?』
『そうだけど、そしたら、これはラングが持ってほしいな』
ツカサが差し出した感ずるものをラングは見た。それからシールドの中の視線がツカサへ戻り、意図を確認をするようにシールドが揺れた。
『俺にとって感ずるものは感じ取れない理を感じ取るための相棒のひとつなんだよ。でも、お気に入りでも、根本が魔導士だから実際の相性は悪いんだ。ラングは魔力が一切ないから、もっと感じやすいはず』
『理由があるのなら』
双剣をしまい、すんなりと受け取ってもらえてツカサは微笑んだ。ラングが感ずるものを持つと、迷宮の加護のようにリィンと軽やかな音を立てた。淡い光を持った感ずるものはツカサが持つ時とは違う顔を見せているように思えた。自分の武器なのに少し妬ける、と思ったことを、一度首を振って振り払った。ラングは不思議そうにシールドを傾げて尋ねてきた。
『迷宮の加護とやらで道が開くことは?』
『わからない、それも出しながら行こうか。向こうの奥の方までこのダンジョンらしさがなかったのも気になるし、少し戻ってみよう』
『そうだな。警戒し、奴らが道を戻ったところで何かあったとも考えられる』
二人で頷き合い、来た道を戻り始めた。
先頭を走るラングは感ずるものを手にして剣の訴えに耳を澄ませているようだった。ツカサは迷宮の加護の共鳴音に注意してダンジョンを戻る。シュンの道案内で越えた分かれ道まで戻ったところで不思議なことが起きた。
『あれ、ここ、道がおかしいね?』
『あぁ、行きは三つの道から選んだはずだが』
来た道がない。真ん中の道を進んできたので、この分かれ道にあるのは来たはずの正面と左右に一本ずつ、三本の道があるはずだ。それが正面の道がなくなり左右だけになっている。明らかに道が減っている状態だ。迷宮の加護はリィンと鳴ってはいる。罠にはまったような感覚もない。しかし、これは。
『……経験があるかも』
ツカサが顎に手を添えて呟けばラングが振り返った。
『これも【黒のダンジョン】だったんだけど、迷宮の主が動きやすいようにダンジョンの通路を長くしたり、短くしたり変えてたんだ。ラングの言うとおり理の女神が何かした可能性が高くなったかも』
『その時はどうやって攻略したんだ』
『迷宮の主に案内してもらったんだよ』
『なるほど、今は無理ということだな』
ツカサは頷いた。その迷宮の主とその体を借りている青年がいないのだ。
『感ずるものは?』
『左に強く何かを感じているな。不思議な感覚だ』
『行ってみよう』
再び頷き合って走り出した。
ラングと感ずるものの案内で駆け続けた。淡く輝いていた壁が徐々に色を失い、灰色の通路に変わっていった。これもまたツカサの知るダンジョンカラーではあるが、迷宮の加護と理の女神の共鳴でできたダンジョンから出たと思うと不安に苛まれた。
シュンがダンジョンに入る前、迷宮の加護だけではダンジョンにならなかったことを考えると、この場所は迷宮の加護と理の女神が揃っていてこそ、ダンジョンであることができるのだろう。そしてそれは全体が一気に変わるのではなく、その二つを中心にして変わる可能性が高い。こちらは理の女神がいなければ道を失い、向こうは迷宮の加護がなければ道を失うだろう。
『早く合流しなきゃ』
有言実行、言葉に責任を持つ、持たせる。ツカサが【ラング】やエレナ、アルから学んできたことを、あとに残るわけもないのにシュンに経験させようとしたせいでこうなった。ラングもアルもそれに異を唱えなかったので、似たような考えではいてくれたとは思うが、少々予想外の出来事に見舞われている。
『グズグズ考えるより、合流して、そら見たことか、と鼻で笑うくらいでいればいい』
ツカサの思考をしっかりと把握してラングが言い、ツカサはくすんだマントの背中に小さく微笑んだ。【ラング】ならそれを言わない。それを言ってくれる若い兄の背中が優しかった。お前のせいじゃない、ここは予想を上回る不思議な場所だ、という慰めも聞こえた気がした。
『そうだね、そうする』
ツカサは強く頷き、床を蹴った。それ以上の会話はなく、ひたすら走り続けた。暫くしてラングが足を止めた。ツカサのトーチはラングの向かう方向にゆらりと動くが、その先を覗き込んで驚いた。
『土壁? これ、もしかしてダンジョンの外じゃない? どういうことだろう』
『剣がこの先だと示している。そちらの魔法障壁と腕輪は?』
『この下だね……、待って、これも記憶にある』
地下闘技場を脱した際、ヴァーレクスと歩いた道とよく似ていた。感ずるものの指す方へ二人で進めば、底の見えない深い崖、正真正銘の先の見えない崖だ。
『黒い命の泉があった場所だ』
『理の女神の部屋の隣、だな』
『魔法障壁もこの下……』
つまり、下りなくてはならない。ホムロルルはアルと共に居るであろうし、大虎なども今は北にいるはず、加えてリガーヴァルと違い、理の力が薄いここでは彼らでも移動時間を要される。どうするか。
『誘いの青年ではないか!』
聞き覚えのある声がした。顔を上げれば崖っぷちに見たことのある片角の牡鹿がいて、短い尻尾をぷるぷると震わせていた。
『牡鹿!? なんでここに!』
『お嬢様のお声がしたので、走ってきたのです! 北からしたと思いきや、こちらに感じたので、えぇ、即座に!』
軽やかな足取りでこちらに合流した牡鹿はビシリとポーズを決め、ツカサに撫でろと言いたげに顔を寄せた。いい加減学んだらしく角の折れている方を差し出してくれたので撫でてやった。嬉しそうに首を振ってから牡鹿は首を傾げた。
『青年からお嬢様の気配がしないのですが如何されたのか。ホムロルルはいずこに?』
『これから合流しないといけないんだ。ちょうどよかった、牡鹿、この崖、下りられる?』
先の見えない崖を示せば、牡鹿はポーズを変えた。
『造作もございません。トルトンテのお背中に乗りますか?』
『助かるよ! ラング、乗せてもらおう』
『あぁ、すまないが頼む』
『よいとも!』
大虎と共にゴルドラル大陸の中央部を駆け回っただけあって、牡鹿は今やラングにもとてもフレンドリーだ。ラングもまた、牡鹿が変に気取らなくなってからは少し歩み寄りを見せてくれている。牡鹿は一人称も我からトルトンテになっており、こどもっぽさが全開ではある。しかし、とても心強い遭遇だった。
『最初の出会いからは考えられないよね』
『何がです?』
『なんでもないよ』
牡鹿が足を畳んでくれてツカサが前に、ラングが後ろに乗って、ぐいっと体が起こされた。
『掴まっていてください、トルトンテがお運びします!』
ツカサがぎゅっと牡鹿の首に腕を回し、ラングはツカサのベルトを掴んだ。
『参ります!』
ケーン、と牡鹿は高らかに鳴いて先の見えない崖へ身を投げ出した。
底の見えない崖への落下、ツカサは体中がぞわっとし、腹と下半身がきゅうっと縮み上がり、大きな声で悲鳴を上げた。
いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。
3巻がついに、今週金曜日、7/10。日付けが変わったら配信されます。
今からSNS上での感想が楽しみです。7/9に投稿する予定の記念SSに感想を投げていた抱いても嬉しいです。
SNSの場合は追えるように #パニ譚 をお忘れなく……!
どうか、ただひたすらに、旅人諸君に楽しんでいただけることを祈っています。
楽しみですね……!




