4-63:覚悟は密やかに渡され
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泣き虫もいたが、食事は始終穏やかな雰囲気で終えた。食器を洗い、残った豚汁は明日の朝食にするためツカサの空間収納へ。ものが傷むことを考えなくていいのは本当に便利な青年だ。
大きなたらいに湯を用意して体を拭い、ツカサとシュンは筋肉の付き方の差に勝ち誇ったり悔しげであった。そこにアルが脱いで鍛えた槍使いとしての筋肉を見せつけ、ワッと盛り上がっていた。
ギュッと引き締まった筋肉は筋骨隆々というわけではなく、見せる筋肉ではなく、使う筋肉だ。ラングはその在り方にリーマスを思い出していた。
ラングは浄化の宝珠があるので当然、混ざらなかった。顔を拭えるだけの湯を貰い、手拭いを入れて顔や首を拭っていればシールドの中が見えないかとシュンに覗き込まれた。盛大に舌打ちをすればブツブツ言いながら離れていった。ツカサやアルの懐が如何に広く深くとも、同じものを求められる謂れはないのだ。
癒しの泉エリアなるものが安全地帯だと言われても、ここがダンジョンであるということを考えるとラングはそこまで本気で休もうとは思えなかった。ツカサが、魔法障壁を張っているからちゃんと寝てね、とラングに言いつけてすぐにスヤスヤ眠り始めたことには呆れた。
「オルファネウルも見ててくれるさ」
とは槍使い。いっそ、確かに人よりも信頼ができる槍なのでそれに少しだけ肩の力を抜いた。
だが、その安全地帯の中にいるもう一人が問題であった。ギルドラー同士手を組むこともあれば臨時パーティを組むこともある。その際、背中はできるだけ預けず、食事も毒を疑い、眠る時は寝込みを襲われないように注意しなくてはならない。ソロでの行動をとっているラングにはそれが当然なのだ。
だというのに、随分と甘い奴らだな、と言葉にはしないが胸中で呟く。そうしたことを不思議な杖は読み取るらしく、小さく笑われた気配がした。壁際に寄って剣を抱き、杖は横になるように着けたままだが、勝手に胸中のぼやきを拾われるのは不愉快だと思った。そうした考えも通じるのか、わざとじゃないの、と慌てた少女の声がした。
聴きたくなくても聞こえるのなら厄介だな、と苦労に寄り添ってみれば、聞きたくないこと、見たくないものは見ないようにできるよ、と胸を叩く気配がし、それならばなぜ聞いている、と眉を顰めれば、しまった、と笑ったような声がした。そこから少女は喋りたそうにソワソワとした気配をみせた。
杖に眠るという概念があるかはわからないが、ずっと話続けていればそれはそれで休めない。ラングはシールドの中で目を瞑り、休むぞ、という姿勢を取ろうとした。そこで近づいてくる気配を感じ、剣の柄を握った。
『おい、剣握るなよ……なんもしねぇって、信頼はねぇだろうけどさ』
両手を前に出し、こちらを宥めるように、シュンがツカサやアルを起こさないように声を潜めながら言った。ラングは膝をぐっと曲げいつでも飛び掛かれるぞ、というのを示した。シュンは少し怒ったような声を出した。
『なんもしねぇって! あいつら起こしたくないんだよ』
ラングの気配感知上、アルはまだ起きている。ラングがわかりやすく視線を送り、シールドでアルを指し示したことでシュンも気づいたらしい。さすがに二人から視線を注がれれば壁に寄り掛かっていたアルはパチッと片目を開け、苦笑を浮かべた。
「困りごとなら間に入るけど」
「いや、いいんだ。悪ぃけどサシで話してぇんだわ」
「そうか。じゃあ、オルファネウルの通訳もしないでもらっておくな」
アルはひらりと手を振って槍を床に置き、ごろりと寝転んだ。ホムロルルがその腹の上に降り立ち、ごそごそ羽を整えて巣にして眠った。会話に交ざらないことは理解し、ラングはゆっくりとシュンを見た。
『私の言語を扱っているな』
『あー、たぶん、この体を貸してくれてる女神様のおかげだ。ツカサの前で話すつもりはねぇけど』
『なぜだ』
『だって、あんたと二人だけの言葉なんだろ? そこに入るほど野暮じゃねぇよ』
こいつは何を言っているのだろう。ラングは言われた意味がわからずこてりと首を傾げた。
『わかってなさそうだけどいいや。あんたと、少しだけサシで話してぇんだわ』
頼むよ、とシュンが素直ではない顔で言い、ラングは腕を腰に回し、マール・ネルを横に置いた。触れていなければ通訳はラングに届かない。男が恥を忍んで懇願していて、言葉も通じるのならば、対等であろうと思った。
『いいだろう。なんだ』
『情緒ってもんがねぇんだけど?』
まぁ、いっか、とシュンはラングの前に座った。すぅすぅとツカサの寝息がここまで届く。少しの間、互いに沈黙していればアルもまた寝息を零し始めた。槍も杖も触れていない。焚火の明かりもなく、今は癒しの泉エリアが元から持っている淡い光だけだ。ラングの方から話したいことはない。なので、じっと言葉を待った。
あー、とか、その、とか、何度か切り出そうとした言葉はあったものの、シュンが言葉を形にできるまで時間が掛かった。ラングは焦れるわけではないが、眺め続けているのも緊張感を与え言葉が遠くなると思い、自前の三脚コンロを取り出した。いつもならそこに入れる炭が今はない。三脚コンロをシュンへ差し向けた。
『ここに火を置けるか。湯を沸かす』
『あ? あぁ、魔法か』
目の前に置かれた三脚コンロにシュンは火魔法を丸くして置いた。ラングはその間にポットに水を入れ、その上に乗せた。ポットの底からちろちろと舌を伸ばす火を見ていると、ツカサが柔らかい炎であるのならば、こいつは少し勢いの強い、意地っ張りな炎だな、とラングは思った。
湯はすぐに沸くだろう、ラングはポシェットから革袋を取り出し、紐を解いてその中身をシュンへ見せた。それを床に置いて、コップを並べ、同じように茶葉を入れる。革袋を片付けて湯が沸くのを待ち、ポットを持ち上げてトポトポと注ぎ、シュンへ一つを差し出した。
『あぁ、お茶か、どうも……』
ふぅ、と吹いた息で湯気が揺れる。シュンはラングを窺いながら一口飲んだ。ラングも同じように一口飲み、コップを置いた。
『私はお前を知らない。ツカサやあの男ほどお前に思い入れもない。何を話すという?』
『いや、そうなんだけどよ。わかってる、あんたが俺の首を斬った男じゃないってことくらい』
斬った覚えがないのでそれはそうだ。でも、とシュンは何度か唇を舌で濡らしてから言った。
『この先、成長したあんたが俺の首を斬るんなら、どういう気持ちで人の首を斬るのか、聞いてみたい』
『お前の首を斬ったのは私ではないと、先ほどお前が言ったはずだ』
『そうだけどよ、想像とかあるだろ。というか、今の歳で首は斬ってこなかったのかよ?』
ラングは溜息をついた。想像などで話して何が答えになるというのか。何かしらの答えが欲しくての問いかけであることは明白で、恐らく、それは【ラング】であれば持ち得ただろう答えであり、自分ではない。だが、一つは答えられる。
『斬った』
『初めては何歳?』
『答える義務はない』
『斬った時、どういう気持ちだったんだ?』
面倒になった。答える義務はないと言っただろう、とラングはコップを手に取り茶を飲んだ。これはレトキアからの輸入品の茶葉でそれなりにいいものなのだ。コップに顔を近づけるとふわりと花のような香りがするのだが、味はさらりとしていて独特の渋みが遠くにあり、残るのはすぅっと消えるような茶葉特有の清廉な香り。リーマスが自慢げに出してきた一品を、こっそりと手に入れたものだ。だから、リーマスの前では絶対に飲まない。
『俺は、魔法で人を殺したことがある』
ラングからの回答がなく、焦れたのか、語りたかったのか、シュンが口を開いた。
『剣でやるよりも間接的で、手を汚すって感覚が少なくて、罪悪感が紛れやすいっていうか、いや、それこそ、それは魔力酔いに救われたのかもしんねぇけど。俺はそうだった。でも、あんたは剣だろ?』
腕に抱いたままの剣を指差され、ラングはシールドを少し揺らした。
『それって直接、斬った感触がわかるんだろ? あんたも、ツカサも、アルもさ』
魔法が主体であってもショートソードなども扱えるツカサと、槍それ一本で戦うアル。それぞれが感じることはラングにもわからない。
『何が言いたい』
『あんた、人を斬る時に、どんなことを考えるんだ?』
何かしら答えなくては諦めないだろうとわかった。ラングはコップを持った手を下ろし、再び溜息をついてからシュンを見た。
『何も』
予想外の答えだったらしく、シュンは目を見開き、飲もうとしていた茶が喉につかえ、咽込んだ。ゲホゲホとうるさいその背中を摩ることもなく、ラングはまた一口、喉を潤した。シュンは落ち着いてから、何も、本当に、と確認してきた。ラングはゆっくりと頷いた。
『だって、殺すんだぞ。人の命を奪うんだろ?』
『そもそも、私は私に剣を向ける者、敵対する者以外は殺さない。未来の私がお前を殺したというのならば、神殿での戦いのように、お前が私を殺そうとした、敵対したからそうなったんじゃないのか』
『そうだけどよ』
『ならば、それが全てだ』
サシで話したいことがそんなくだらないことであれば、会話もこれで終わりだとラングは茶を飲み干した。
『こうやって飯を食って、道をともにしても、それは変わらねぇの?』
声の雰囲気が変わったと思った。ラングは呷っていたコップを戻し、口端を親指で拭った。
『会話して、多少理解をした相手を、あんたは殺せるのかよ』
『殺せる』
はっきりと答えた。コップを置き、ラングは双剣にシールドをコツリと当てた。
『昨日戦っていた者と手を組めるのもギルドラー、酒場で酒を酌み交わし、笑い、友になった者を、翌日には殺せるのもギルドラーだ』
これにはシュンも言葉を失っていた。ラングは続けた。
『互いを知って、ツカサが、アルが、お前を殺せないと言うのであれば、たとえ記憶であろうと、私がお前を殺す』
だから殺すことに感情など何も抱くことがないのだ。殺さねばならないから殺す。自分が生き残るためにそれが必要ならば、殺す。
シュンは口を半開きにしてラングの言葉を受けていた。それから、ゆっくりと動きを取り戻し、安心したような顔で笑った。
『あんたは、なんつーか、頑固っていうか、一本筋が通ってるっていうか、あれだな、ブレないんだな』
言っている意味がわからずに何度目か、首を傾げるラングに対し、シュンはすっきりした顔で笑った。
『アルとツカサが、俺との時間や冒険を求めてくれたのは嬉しい。でも、こっちだって殺そうとして、殺されて、負けて、死んで、そういう忘れられない記憶だってあるんだよな』
その記憶を持たせたまま顕現させたのは、そうしたものもシュンである、とツカサとアルが考えた結果だ。ラングはじっと続きを待った。
『上から目線だけどよ、許してやりたい気持ちと、許したくない気持ちで、やっぱり複雑ではあんの。だから、誰か一人でも俺に敵意をきちんと持っててくれるの、今はすげぇ、助かる』
少しだけ憎しみの宿った目でシュンはラングを見た。
『ボーナスステージもらってんだ、裏切ったりはしない。何か変なことをしようとすりゃ、あんなスライムになるのもちゃんとわかってる。でも、記憶とはいえ命の女神に翻弄された俺だから、何があるかわかんねぇだろ? 何かあった時、冷静に俺を殺せる奴って、絶対ぇ必要だと思ったんだ』
長い深呼吸のあと、シュンはコップを置いて立ち上がった。
『あんたが、そういう人でよかった』
お茶、ご馳走様、と少しだけ笑みを浮かべ、アルの横へ行こうとした男へ反射的に声を掛けた。
『シュン』
『おわっ、なんだよ?』
『安心しろ、何かあれば必ず、私がお前を殺してやる』
『……そりゃ、どうも。……ラング』
んじゃ、おやすみ。シュンはラングの視線から逃れるようにアルの向こう側で横になった。
ラングは三脚コンロに残された火魔法が少しずつ小さくなり、ポッと音を立てて消えるまで眺め続けていた。




