4-62:食事は郷愁を誘う
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ツカサはシュンの指示した食材をとりあえずざくざくと切っていった。簡易竈はラングに譲ったので、ツカサは魔法障壁を床に竈の形で置き、そこに炎魔法を置いた。これにはシュンが呆れていた。
「器用なことするな、お前。なんつーか飯にかける労力と気合が違うっていうか」
「せっかくなら美味しいの食べたいじゃん。俺、旅を始めて、このままラングについていこうと思ったの、たぶん、ご飯が美味しかったのもあるし」
「クソウケる! 餌付けかよ!」
本当にゲラゲラ笑われてツカサはシュンを睨んだ。火に鍋を置いておいて、と拗ねた口調で言えば一応素直に置いてはくれた。
「いやぁ、でも、ラングの飯って美味いんだよな」
壁に寄り掛かったままのアルが言えば、シュンはへぇ? とラングの方を見た。ラングは木の器に小麦粉と塩、水、軽くオリーブオイルを入れて混ぜていて、ツカサはまたパンでも作るのかと思った。生地が塊になったあと一度置いておかれ、豚肉を切り、叩き、ミンチにし始めた動作をつい見守ってしまった。
「ツカサ、手ぇ止まってるぞ」
「あ、そうだった」
アルに言われ、ツカサは鍋に刻んだ野菜を放り込んだ。キャベツ、ネギモドキ、芋、ニンジン、干しキノコをどっさりと。トマトは最後の方で、とシュンに止められたので切るのもやめた。そこに日本酒を入れ、具材に火を通しつつアルコールを飛ばすらしい。
「酒ってのも旨味成分があるからよ」
「それもバ先知識?」
「そう、これが寒い日には効くんだよなぁ」
鰹節などの出汁がない状態でどんな味になるだろう、とツカサは鍋の中を不思議そうに覗き込んだ。離れたところでコトコトとまな板を叩く音がして振り返った。ラングが豚肉をミンチにしていたので、ツカサは豚肉をナイフで薄切りし、小間切れにして鍋に入れた。時々豚肉の灰汁をすくっていれば、シュンがあんまり灰汁を取りすぎるとキノコの出汁が、と言っていたので途中でやめ、ラングの調理の見学をすることにした。
ミンチにした豚肉にタマネギも刻んで入れ、スプーンで混ぜ合わせる。そこに塩と刻んだハーブ、ハンバーグをつくる時のような、独特の粘り気のある音がして、つい、両手でぺちぺち叩きたくなる気持ちになった。なんのハーブなのだろう、と身を乗り出せばラングのシールドがこてりと傾げられた。
『なんだ』
「あ、いや、なんのハーブ入れたのかなって」
『マゼラム、パセ、少しだけナトメグだ。皮は卵がないので少し硬いかもしれない。中身は硬くなったパンを削ってつなぎにすると量も増えるんだが、豚肉を多く使わせてもらっているからな』
「もちろんいいよ! どんな料理になるんだろう」
炎魔法を調整し吹きこぼれないようにしてからツカサはラングの隣に座り直した。
ラングは皆からじぃっと見られながらも迷うことなく手を動かしていく。包むものらしく中のタネがしっかりと混ざり合った後、ラングはまな板に小麦粉を軽く伸ばし、先ほど置いておいた生地を八等分にしてぐいっと広げ、そこにタネを乗せて畳み、四角い形で整えた。なんだか餃子みたいだな、と思いながらツカサはその作業を楽しく眺め続けた。
八つの包みができたらラングはフライパンを手にし、そこにたっぷりのオイルをひき、じゅわっと包みを焼き始めた。熱されたフライパンでふわっと香りを弾けさせたオリーブオイル、そこで香ばしく焼ける小麦粉の香り、じゅうじゅうと中の肉が焼けて摘まんだところから堪えきれずに溢れる肉汁。そこに混ざるハーブの香りと少量でも感じるナツメグの存在感。あぁ、美味しいだろうな、という確信を得た。
ラングはツカサへ首を傾げた。
『コメは?』
「あ!」
すっかり作業を見守ってしまったので忘れていた。ツカサは慌ててもう一つの魔法竈を作り、そこに米の入った鍋を置き、炊き始めた。ラングは焚火の火を調整して弱火に変え、じっくりと焼く方針にしたらしい。出来上がりに時間を合わせてくれるのだろう。
ツカサは豚汁の仕上げにもかかった。シュンの指示でまずは味噌、トマトを入れてひと煮たち。味見をして驚いた。口がどうしても昆布や鰹節を求めてしまうが、これはいい出汁の豚汁に思えた。
「味が足らねぇなって思ったら醤油入れんだよ。それも旨味だし、味噌と材料一緒だからよ」
「なるほど」
少しだけ物足りなさを感じていたのでちょっぴり醤油を入れた。ふわっと濃い豆のにおいが追加され、そこにコクを感じて満足げに頷いた。その先でシュンはニヤッと笑ってどうだ、言っただろ、と言いたげだ。
さて、食卓は整った。木の皿にラングの作った焼き物が二つずつ、同じところに炊き立ての白米。そしてスープとしてツカサとシュンの合作の豚汁だ。豪華な食事になった。
それぞれがスプーンを持ち、ツカサが手を合わせた。
「いただきます!」
皆で挨拶、ホムロルルも言って、スプーンが動く。ツカサはまずラングが作ってくれた焼き物を食べた。成人男性の手を広げた時ほど大きい、四角い焼き物。スプーンでひと口大に切ってみれば中から透明の肉汁がじわじわと流れる断面図がもう美味しい。繋ぎもなくミンチにされた肉はひと塊になっていて、柔らかくはない。最初に焼いたものは少し冷めていて、作った本人がそれを引き受けてくれている。焼きたては簡易竈と食材の礼だ、とツカサがもらっているのだ。
ふぅ、ふぅ、ぱくり。皮はラングの言うとおり少し硬いかもしれない。けれど、中の肉汁でもちっとした部分を感じた。焼かれた両面はパリパリ、オリーブオイルの香りに豚肉の甘い肉汁が混ざり、ふわっとハーブが香った。パセの少し不思議と薬臭いにおいがまず来て、それから苦み、それを助けるようにマゼラムの柔らかい香りが中和し、ナトメグが顔を出す。舌に残るハーブの香りと混ざった肉汁が不思議と野性味を持つ、それが美味しくて、んふー、と鼻から息を抜く。
「美味しい!」
「なんつーか、あれ、餃子だな、ハーブ系の餃子」
「だよね、でも餃子じゃないこの不思議」
「だなぁ、わかる」
シュンが首を傾げながら言い、ツカサは頷いた。そうかも、と思っていた感想が重なるのは嬉しい。餃子に比べればもっと大きいし、味も違う。けれどイメージはそれだ。塩がきちんと効いているのでご飯も進むかもしれない。はぐっと白米を入れて口の中で混ざり合うのを確かめる。白米はなんでも受け止めてくれるが、ツカサには少し慣れない組み合わせになってしまった。恐らくラングの作ったこの料理、おかずではなく一品料理なのだ。そこに豚汁を入れた。うん、ちょっと喧嘩するかもしれない。ツカサはふふっと笑った。ラングも豚汁を飲んで少し唇をむすりとさせていた。
『すまない、そちらのスープの材料を聞くべきだったな』
「ううん、これも冒険のご飯の醍醐味だよ。それに、各々食べたいもの作ってるしいいんじゃない?」
そうか、とラングは口直しに白米を食べるようにして食事を進め、皆が同じように食べていた。どちらも手を掛けている料理だ、合わない、変な味、などと誰も言わなかった。
改めて豚汁だ。ツカサの知る豚汁とは具材も出汁も違うがこれはイケると思った。最初のひと口はトマトの酸味を真っ先に拾ってしまい、「味噌汁か?」と眉を顰めてしまったが、二口、三口と進めるたびに舌が旨味を拾い始めた。
しいたけっぽいキノコの戻った時の出汁か、いい香りがして奥に日本酒と味噌、醤油から織り成される旨味があった。ニンジンと芋の懐かしい安心の味と香り、豚肉の出汁の味、そしてトマトからのさっぱりとした酸味がなんということか、味噌の発酵美味さとこちらもよく合うではないか。隣のドヤ顔を見たくなかった。
「ラングの包み焼きも、豚汁も美味いなぁ!」
アルが豚汁で白米が進む様子を見せてくれて、思わずツカサはシュンと目を合わせて笑った。ホムロルルはアルの皿から勝手に包み焼きを摘まみ、白米を摘まみ、嘴に弁当をつけていた。ツカサはちらりとラングを見た。静かに食事をしているラングは豚汁の器を傾けてそのスープを飲んでいるところだった。感想を待つツカサの沈黙に釣られて、シュンもまたラングを注視していた。包み焼きとの食べ合わせはそれはそれとして、豚汁の感想は知りたい。
『食べなれない味だが、美味い。豆のいい味がする』
「よかった」
味噌と醤油になった大豆をよく感じ取るらしい。酸味についても塩漬け野菜のスープなどを食べている人だ、食べ物として気にならないようだった。
そういえば【ラング】が作ってくれた故郷の味、というのも豆のスープだった。レシピは習ったものの、案外工程が多くて実はまだ作ったことがない。豆をすり潰し、ペースト状にしてそれをミルクで伸ばすポタージュタイプのため、手が掛かるのだ。
「それを、片付けで大変だった後に作ってくれたんだよね」
食べてほしい、知ってほしい。これが最後になるかもしれないから、と【ラング】が伝えてくれた味。
あれはそう、【赤壁のダンジョン】から戻って、家に家具を運び込んで、組み立てて、疲れ果てて座り込んでいる時に黙々と作ってくれていたものだった。あの時、皆の手を渡ってスープが配られ、ワイワイと食卓が準備され、それから。
「みんなで食べて……美味しかった」
温かな空気。美味しいね、と顔を見合わせて笑う。その日帰還した冒険の話、家具の話、これからのこと。たくさん話した。たくさん笑った。【ラング】もまたお茶を飲みながら、きっと、口元は微笑んでいて。
ツカサは急に寂しくなった。祝福であり呪いだった【適応する者】はもう、ない。
いくらでも思い出せる。豆は栄養価が高い、体調を整える、気に入ったようで何よりだ、と言った【ラング】の声も、覚えたいと一緒に声を上げたモニカの声も。エレナの妹、マリナ家族を見送った時の、家族であっても難しい人間関係の話も。皿の片づけをしながら話した苦手な話も。
――私とてただの男だ。ただの人だ。お前が感じるようなことを、私も感じる。それだけだ。
うん、そうだ。【ラング】だって完璧ではなくて、目立たなかっただけで失敗だってしていたのだろう。
――お前も忘れるな。お前もまた、人だ。
誰よりも先にツカサの変化に気づいていての言葉だったのかもしれない。しっかりと刺された注意と覚悟。そうだ、【ラング】はセルクスから【変換】があらゆるものを変えられるスキル、と聞いた時点でその危険性を正しく認識していた。ずっと、何度も、ツカサがツカサでいられるように、その力に溺れないように、腰のベルトを掴んで引き留めるようなことをしてくれていた。
「ツカサ? おい、なんだよどうした」
スプーンの止まったツカサにシュンが声を掛けた。ツカサは自分でも気づかないうちに涙が零れていて、慌てて拭った。
「ごめん、なんか、懐かしくなっちゃって」
「味噌汁だもんな」
そうではないのだが、ツカサは頷いて返した。隣に座っていたラングがツカサの腕を掴んだ。
『この先でまだ戦いがあるのだとすれば、お前の心は強く持つべきだ』
知っている、これは叱責じゃない。ツカサはラングを見遣り、眩しそうに目を眇めた。
『今は好きに惜しめばいい、泣けばいい。それはお前の長所だろう、泣き虫』
「慰め方、本当、ラングだよね」
『どういうことだ』
「何でもないよ」
へへ、と笑い、ツカサは腕に置かれたラングの手に手を重ねた。
「ラングと兄弟でよかったなぁ、って思ったんだよ。ありがとう、兄さん」
『それは【ラング】に言え』
「素直じゃないんだからなぁ」
腕から退いたラングの手が、ぐしゃ、とツカサの頭を撫で、それから食事に戻った。ツカサもまた鼻をすすってから包み焼きを食べた。ハーブのいい香りで鼻が通り、それをまた有難いと思いながら、もう涙は流れなかった。
シュンはそれを眺めながら、自分が奪ったものが何であったのかをじっと、考え込んでいた。
いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。
TOブックス様の公式Xにて告知出ました!
3巻は電子書籍になりますが、紙を諦めたわけではありません……!
引き続きがんばってまいりますので、どうか旅路をお楽しみいただけますように。




