4-61:そして会話を楽しみ
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ラングの故郷における魔法の在り方に困惑と恐怖を抱きながらダンジョンを進み続けた。組み合わせを変えて会話が続いたり、時に沈黙が続いたり、ツカサにとっては息苦しくない道中ではあった。ダンジョンはそういうものだと教えられ、そういうものだと経験をしていることが大きい。
一方、シュンは落ち着かない様子で、恥じ入る時間が終われば饒舌であった。
「王都マジェタで初っ端詐欺に遭いかけて、その時にカッとなって魔法使ったのが最初だった」
振り返ったら異世界だった、のパターンでリガーヴァルに渡ったシュンは、運よく王都マジェタ近郊の道のどこかにいたらしい。見慣れない衣服にどこの農民だ、いや、それにしては綺麗だな、と商人が拾ってくれ、ラノベにありがちな幸運な出会いか、不運な出会いかとちゃんと警戒していたそうだ。
そしてうまいこと王都には入れた。ここがもし本当に異世界ならば、と期待したのはツカサと同じだったという。
「まぁ、ほら、憧れるよな?」
「うん、わかるよ」
いくつになっても憧れのシチュエーションというものはある。多くの物語や作品があるからこそ、もしかしたら自分の知る何かのゲームで、物語で、もしそうならば未来がわかれば有利に行動ができるだろう。けれどリガーヴァルは違った。聞いたことのない国、聞いたことのない王都。これは初見でやらねばならないな、とシュンはあっさり切り替えたそうだ。
「今思えば、どうして帰りたいって思わなかったのか不思議なんだよな」
「あぁ、それは、全ての理の神の償いらしいよ。もう……、帰れないからさ」
イーグリステリアは消滅している、と言おうとして、喉が詰まる感覚がなかった。気づき、ツカサは慌てて言葉を変えた。
おかしい、沈黙の誓いは命の女神の名の下にしたものではなかったか。今の命の女神に何かあったのか、いや、何かあるのはわかっているが、この状況、果たして大丈夫なのだろうか。
逆に不安に襲われたツカサは胸を押さえ、シュンはその背中に眉を顰めた。
「帰れないって、どういうことだよ? 一方通行なんかよ?」
「まぁ、そう、らしいよ」
「底の蓋ってのを外せば、そいつは帰れんのに?」
「それは、神様のお手伝いがあってこそ、だからさ」
ツカサが苦笑を伴って返せば、ふぅん、とシュンは明らかに疑っている様子で相槌を打った。
「お前なんかはおうちに帰りたいって言いそうなタイプなのにな」
実際、ジュマのダンジョンでロナが瀕死になった際、時の死神に帰りたいと叫んだことを思い出して居た堪れなくなった。ツカサは前を向いて乾いた笑いを零し、シュンはあまり気に留めずに話を続けた。
「とにかく、王都に入った後、その商人、俺を奴隷にしようとしてよ、やってられっかって思うだろ。そしたらこう、魔法がな」
殺しはしなかったものの、暴発に近い形で炎が巻き起こったらしい。そうして警吏としての騎士、冒険者の暴挙かと駆けつけた冒険者ギルドの関係者がシュンを取り囲んだという。自身の権利の主張という点で俺の声は大きかった、とは本人談だ。
奴隷になんてなってたまるか、という強い意思がその時はあった。だから、こいつが悪い、というのを盛大に叫んだ。真実の宝玉なるものを用いてシュンの主張は真実であると証明され、身を守るための正当防衛が認められた。ヴァロキアにおいて、表立って奴隷の使用が許可されていないのも守られた理由だった。
何かしらの罪があって奴隷になるのならともかく、罪のない状態でというのは、外聞が悪いのだ。
商人をやっつける形で使われた魔法は周囲の数人も巻き込んだが、そのあたりは頭に血が上っていてギルドや国がどう対処したのか覚えていないらしい。
「それで、冒険者に?」
「そういうこと。魔法が使えるっていうんで、惜しまれたんだろうな。ほら、ヴァロキアはよ、ダンジョンたくさんあっただろ。魔導士は攻略の要のひとつだし、国からの詫び、ついでに専属になって攻略しろって感じだったな。さすがに断れなかった」
体よく使われる感は否めなかったが、その時、金を持っているわけでもなかったので乗っかったという。さらに商人から慰謝料をちゃっかり奪い取り、数日の宿も確保したそうだ。細かいというかがめついというか要領がいいというか、ツカサは手際のいい処世術に感心してしまった。シュンもまた、貰えるものは貰っておこうの精神なのだろう。
そんなこんなでシュンの冒険は始まった。とりあえず、魔法が使えるのならば武器に余計な金をかけることはない。登録で行った冒険者ギルドで情報を集めてから、シュンは単身ダンジョンへ挑んだそうだ。
「まぁ、正直魔法もあったし超楽だった。マジでゲーム感覚」
そうだろうとも。王都マジェタのダンジョンはとにかく火力さえあれば、通路は罠もなく遭遇する魔獣を誰彼気にせず燃やして倒せばいい。ボス部屋も同様だ。
そうしてシュンはかなり序盤から無双をする形でダンジョンを攻略し、素材を一気に集めたのだ。魔力の状態だけはよく把握し、不思議な泉で体力を回復し、ビースト・ハウスで手に入れた肉なんかもいい値段で売れたらしい。あっという間に金に困らなくなり、ランクが上がり、それはそれは目立ったはずだ。
「そこからいろいろあって、天狗になっちまっての、アレだ」
「なるほどね」
ツカサとは随分スタート地点も違えば、攻略の方法も違うことに驚いた。ツカサは力を持っていなかったため、ラングに一から叩き込まれ、丁寧な攻略を教えてもらった。【真夜中の梟】と行動をともにできたことでリガーヴァルでの冒険者の常識も教えてもらえた。一歩一歩確実に、レベル1から鍛錬したのがツカサであるならば、シュンは最初からレベル100の新人だったという感じだ。
「でも、きっとシュンも運がよかったんだね」
「何がだよ、最終的にはお前の方が」
「だってさ、何かひとつ間違えれば、ダンジョンであっという間に死んでたよ?」
たとえば、魔法が通じない魔獣が居たとしたらどうだろうか。炎魔法での快進撃は相手に魔法が通じるからこそできることだ。武器に予算を使わず、防具を買わず、そのまま行ったというのも魔力酔いで気が大きくなり、冷静に判断できなかったからだとツカサは考えた。そうした【たられば】の例を挙げていけば、シュンは徐々に勢いを失くした。
「ツカサの言うとおり、運がよかったな」
殿のアルに肩を叩かれて、シュンは舌打ちこそしなかったが悪態を吐いた。再びポンと肩を叩かれ、盛大に息を吐いてシュンは言った。
「そうかもな」
「おぉ、成長したね」
「偉い偉い」
「なんなんだよお前ら!」
笑い声が響いた。笑い合えることの喜びと希少性を味わいながら、道中は安全に進んだ。
ダンジョンに入って六時間ほどか、見覚えのある場所が見えた。入ればふわっとした風を感じ、体がここは安全地帯だと認識する。壁際にはバードバスのようなものを頂点にした噴水があり、綺麗な水が滴っている。部屋は全体的にほんのりとした緑に光っていて目に優しく、天井からさらさらと淡い黄緑色の光の粒が降り注ぎ、やはり手に触れる前に消える。どうしても掴めないことに多少の惜しさを覚えながら、息をついた。
「癒しの泉エリア、あるんだ」
「黒い扉の向こうにもあったからな。よかった、水は潤沢だな」
我先にホムロルルがバードバスのような形の頂点に降り立ち、バシャバシャと羽を濡らし、整えた。形からしてもホムロルルはよく似合っていた。シュンはうへぇ、と言いたげに口元を歪めていた。
「羽が散ってんじゃん、水、汚れたんじゃね?」
「ピェー! オレ様がきたねぇわけがねぇだろう!」
「はいはい、でも俺たちも水を飲みたいから占拠はやめてくれな?」
アルがホムロルルを持ち上げて言えば、羽ばたいて水しぶきを飛ばしながらその肩へ戻った。ラングは指先につけた水を舐め、それがきちんと飲めるものであることを確認した。相変わらず警戒心が高い。それからパチリと懐中時計を確かめてラングが振り返る。
『休憩にしよう。時間も夜だ、鍛錬もせずに不思議な力に頼りきりの男が、そろそろ限界だろう』
ラングのシールドが真っ直ぐにシュンを指し示し、ツカサはそれを追って頷いた。
「そうだね、ご飯にして休もうか。ラングが、このダンジョンには気配が多い気がするっていうし、どこかで戦闘になったらなし崩しかもしれないからね」
「じゃあ、しっかり食べておかないとな!」
「どんなもん食ってんだ?」
ツカサは空間収納から簡易竈や三脚コンロ、薪、鍋にフライパンと次々に取りだし、ラングはその鍋に泉の水を入れた。ポットを出せばアルがそれに水を入れる。なんだかんだ役割分担ができていてシュンは手持ち無沙汰にツカサの向かいに座り込んだ。
そうだ、聞いてみようと思った。
「シュン、味噌汁の出汁ってわかる?」
「あ? ええと、粒状だしとか? 具材からとるなら昆布とか、煮干しとか、かつおぶしとか、あーしいたけ? グルタミン酸とイノシン酸とグアニル酸、まぁこのへんの組み合わせだろ?」
「なんて?」
思ったよりも専門用語が多くて驚いた。いや、うまみ成分の名称なのはわかる。しかしここまでしっかりとした答えがあるとは思わなかった。シュンはふふんと顎を上げて胸を張った。
「これでも大学は一人暮らししてたんだぜ? ちゃんとしたキッチンと材料さえありゃ、味噌汁くらいは作れるぜ。それに、バ先が味噌汁にこだわってて、教えてもらったんだ」
「へぇ! 俺普通にファミレスだったんだけど、なんのバイトしてたの?」
「おにぎり屋っての? 大学のそばの学生向けのでっけぇの握るとこでさ。まかない飯に惹かれてそこにした」
だいたいはおにぎりを買う人が多かったが、一人暮らしが続くと食べたくなるのが温かい味噌汁だったらしい。背中を丸めて懐かしそうに、寂しそうに食う奴もいた、と聞いて、味噌汁の魔力に深い頷きを返した。
「じゃあ、ここにあるもので味噌汁作れる? 昆布とか煮干しはさすがにないんだけど」
ツカサはどさりと食材を取り出し、シュンに見せた。ラングが少しだけそわりとした気配を見せたが、すぐにスッと消えてしまった。遠慮したのだろう、そのまま火起こしの手に回ってくれた。ラングに何か作るかと問う前にシュンはいくつかの食材をツカサに提示した。
「味噌あんの?」
「持ってる」
「すげぇな、イーグリスにあんのか? じゃあ、豚汁でどうよ」
キャベツ、ネギモドキ、芋、ニンジン、キノコ、トマト、豚肉、味噌、それに醤油と日本酒。
「え、トマト? 豚汁にトマト?」
「トマトと味噌って結構合うんだぜ? 酸味がちょっと混ざるのと、食感がどうだって好みはあっけどな。それに、トマトも出汁がとれんの」
「ほんとかな……」
「バ先の味噌汁には入ってたんだよ! 美味かったって!」
トマトもグルタミン酸の分類で、と説明をし始めそうだったので、わかったわかった、と材料を受け取り、さくりと米をといで少し吸水させておく。アルは槍を床に置き壁に寄り掛かって胡坐をかき、そこにホムロルルを置いて待ちの姿勢だ。
豚汁に悪戦苦闘するのが目に見えているので、ツカサはラングへ助力を求めた。通訳はマール・ネル頼みだ。
「ラング、スープは作るからさ、何か食べでのあるもの作ってくれない?」
『いいのか?』
「うん、食材そこにあるからさ、調味料も味をみながらで好きに作ってもらえると嬉しい」
ふむ、とラングは唇を尖らせた後、尋ねてきた。
『そちらの料理はどのくらいかかる』
「米が吸水十分、炊くのに二十分かなぁ、三十分くらい? スープはこれから試行錯誤だから同じくらいかな」
『わかった。この竈は私が使うがいいか?』
「もちろん、どうぞ」
ラングはぐっと袖を捲るようにして、小麦粉、塩、オリーブオイル、豚肉と玉ねぎ、ハーブをいくつか手にして陣取った。何が出てくるのか楽しみだ。
「よし、じゃあ豚汁だ。シュン、手伝ってよ」
ツカサもまた腕を捲った。
いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。




