4-60:まずは平穏な道を
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アルと二人、先に入った転移魔法陣の先は真っ暗闇だった。魔法障壁は展開済み、ツカサはトーチを点けてまずは明かりを確保した。なんだかおかしな空気だ。トーチで照らされた壁は、まるで真っ黒な溶岩が上からどろりと流れてきたような形で丸みを帯びて固まっていた。通路もそのせいでぐっと狭い。アルは槍の穂先でコツ、と壁や床をつついた。
「おかしいな、黒い扉の先で見た鉱石でもなさそうだ。西の山で見たやつに似てる」
「これがお嬢の力を失った場所ってこった」
アルの肩でホムロルルが悪態を吐き、ツカサは迷宮の加護を取り出した。リィン、と鈴の音が鳴り響き、一度光の波が黒い壁を伝っていった。けれどそこから大きな変化はない。
「迷宮の機能を取り戻すと思ったけど、変化がないのは迷宮の管理人が居ないせいなのかな」
【黒のダンジョン】ではこどもの姿で【迷宮そのもの】が居て、言葉はなかったが意思疎通ができた。ということは、だ。ツカサが後ろの転移魔法陣を振り返ったタイミングでシュンが来た。途端、ツカサの手のひらにあった迷宮の加護とシュンの肉体である理の女神が鈴の音を立てて共鳴し、先ほどと同じ光の波がここから奥まで、何度も広がっていった。
鈍い音を立てて迷宮が揺れ、振動に合わせて黒い壁や床にひびが入る。崩落かと備えたが、それらはざらざらと崩れ砂へ、さらに光の粒となって舞い上がった。光の波が奔る。黒いものが風に舞い上げられて光の風となり、通路は淡い水色の美しい輝きを持った鉱石の姿をそこに現わした。
狭かった通路はアルの槍を横にしても余裕があり、どろりと黒いものが垂れ下がっていた天井は金の彫刻細工が施されていて、そこからキラキラと金粉のようなものが降り注いでいた。手のひらに触れればまるで雪のように溶けて消え、再び天井を見上げたところで声がした。
『美しいな』
合流していたラングが呟き、ツカサはうん、と答えた。迷宮がダンジョンになり終わったのか、降り注いでいた金粉がなくなり、ただ、天井には変わらず彫刻細工があった。ツカサは【鑑定眼】で通路を確認した。【理の女神の部屋・ダンジョン】。元々、理の女神の部屋で、黒い命を集めていた場所。姿を取り戻した、とある。無事に想定通り攻略できるものに変わってくれたらしい。
「えっと、そしたら、相談し損ねてたけど、陣形は?」
「索敵のできるラングが先頭、トーチ役のツカサが二番目、シュンは魔法がどこまで使えるか確かめるところからだし三番目、俺が殿でどうだ?」
ラングの索敵能力はこの年齢の時から離れていたキスクやヴァーレクスを感知するほどだ。魔法障壁のこと、トーチのこと、シュンの今の幅がわからないので異論はない。ツカサは頷き、どうかな、とラングとシュンに尋ねた。
「あぁ、まぁ、妥当なんじゃねぇの?」
『構わないが、道をどう決める』
ラングがこてりと首を傾げ、ツカサは皆から視線を注がれて腕を組んだ。そうだ、この攻略には地図がないのだ。地図のない攻略は【黒のダンジョン】以来だ。あの時はヴァーレクスがイーグリステリアの加護を逆手に取って辿ったのだったか。ラングの理を感じ取る力も今は頼れないしな、とシールドの奥の眼をちらりと見遣れば、その視界の端でシュンがむずりと体を動かした。変な動きに視線がそちらへ集まった。
「あー、なんか、道案内、できるかもしんねぇ」
「そういえば、シュンの体は理の女神だったな。じゃあ、右、左、真ん中って言えよ」
『ラング、シュンが案内してくれるから、行き先の単語だけ教えるね』
ツカサはラングの隣に立ち、右を指しながら「右」、真正面を指しながら「真ん中」、左を指しながら「左」、とリガーヴァルの単語を伝えた。ラングはすぐにそれを声に出し、指差し確認までしてくれた。方針が決まればラングを先頭に移動を開始するだけだ。ラングは一度大きく息を吸い、長く息を吐いた。それから足音もなくゆっくりと歩き出した。
ツカサはトーチをラングの前にするりと出し、自身の腰の位置、アルの、シュンの、同じ位置にも置いた。ツカサの出したトーチをつん、とつつき、シュンは片眉を上げた。
「俺は別に、自分で明かりくらい出せっけど」
「時の死神の詫びでどのくらい魔法を使えるかわからないし、こういうトーチとか魔法障壁とか、常に出しておく消費魔法は俺がやるよ。今はマントにもフルで魔力があるしね」
「ま、楽ができるに越したことねぇわな」
軽口は変わらず、シュンは淡い水色に輝く壁をきょろきょろ見ながら一定の距離感で歩いてきた。即座に戦闘にはならなかったので、分かれ道で行き先を指す以外は案外気楽な道中に思えた。そうすると盛り上がるのは雑談だ。
「お前ら、どんなダンジョン攻略してたわけ? 最初から三、四人だったのかよ?」
「ううん、最初は俺とラングの二人だった。エレナがジュマで、アルはジェキアでパーティ入りしたんだよね。俺とラングはジュマのダンジョンが初めてで、ちょっと経験値とお金稼ぎに行って、異常事態に巻き込まれて、迷宮崩壊だってわかって、一回街を逃げ出したんだ」
「そこでも逃げたのかよ!」
「目的地は隣の大陸だったし、イレギュラーにお金も稼げちゃったしね。だから、我関せずで逃げるはずだった」
でも、とツカサは懐かしい夜を思い浮かべながらシュンを振り返った。
「【真夜中の梟】のカダルさんって人が、馬で迎えに来てさ、協力してほしいって言ったんだ」
そこから、【真夜中の梟】との冒険譚が広がった。行く前に宿で話し合い、その時にもラングの厳しい物言いで争いになりかけたこと。結局はエルドが方針を受け入れ、認識を改め、仲間を一番に考えて行動することになったこと。手分けして買い出しを行い、妬みや嫉妬に直接晒されたこと。
「有名人といるってこういうことなんだなって思った。あの時、俺とラングは世界のこともよく知らないまま、ラングが強いから助力を求められたようなものでさ」
「お前は完全にオマケだったわけだ」
シュンに揶揄われるように言われ、ツカサは素直にうん、と頷き毒気を抜かせた。
事実、声を掛けられた当初はそうであったし、ダンジョン内で機転を利かせたのもラングだ。ダンジョン内でツカサも魔法で奮闘はした、活躍と言える機会も与えられた。けれど自らの手で掴み取ったものではなかったと、今なら冷静に分析ができる。あの時、【ラング】はツカサがジュマで生活する可能性を考慮し、何もしなかった冒険者ではなく、実力を示した冒険者として立てるように背中を押してくれたのだ。ドルロフォニア・ミノタウロスなどは絶対にそうだ。あれも、これも、思い出せば丁寧な下準備だった。
「もしジュマに残ることになってたら、それがなければ、俺は冒険者でいられなかっただろうしね」
ツカサの話にシュンはふぅん、と言って、大人しくついてきていた。
「そっちはどんな冒険してたの? 魔力酔いもあっただろうけど、王都マジェタでは結構強気だったじゃん」
「お前、ちょくちょく人の黒歴史掘り返すよな……。その魔力酔いってなんだ?」
あぁ、そうか、こちらのシュンは知らないのか、とツカサは説明をした。魔力酔いというものの内容を聞き、シュンは苦虫を嚙み潰したような顔をした。ショウリに対し、元々の性格の悪さかも、などと揶揄いはしたが、どちらのシュンも思い当たる節はあるらしい。少しの間だけ恥じ入る時間を与え、ツカサはラングの隣へ並んだ。
ツカサを隣に置きながらもラングは黙々と進んでいく。特に交戦もなく、迷宮の加護が罠をなくしている可能性もあるが足元に不自由もない。不謹慎な考えだが、歩くだけのダンジョンは暇だ。時折シュンが右、左、真ん中というのを聞きながら進む方向を変えた。暇過ぎてツカサはラングに声を掛けた。
『魔獣、モンスター、いなさそう?』
『遠いだけだろうな。何かいるような気はする。恐らく、理の女神が抱え込んでいた深部に溜まっているんだろう』
『そっか、抱え込んでた場所から散らばる感じなのかな。通路も狭かったし』
『話しておくなら今の内だ。……かなり数が多いか、大きいか、音の反響もないから判断に困る』
それはひとたび遭えば戦闘が続く可能性、休みがない可能性を示唆していた。ツカサはうん、と頷き、尋ねた。
『ラングの故郷のダンジョンって、どうなの? こういう感じ? あの、一度だけ自分の意思で入ったダンジョンがあるって聞いたんだけど。年齢は聞かなかったんだ』
『パーティメンバーの名は?』
『えっと、ガイナー、ポアキス、ルード、だったかな』
ふむ、とラングが少しだけ思案の色を見せた。
『あれが私の意思で入る最後のダンジョンだとするのならば、随分早く終わったのだな』
既に入っている、つまり、かなり若い時のダンジョン攻略だったのだろう。ラングは首を傾げるツカサをシールドの中で横目に見遣り、少しだけ話してくれた。
『その時入ったのは、フィオガルデ北東にあるダンジョンだ。見かけは普通の洞窟なのだが、こうした場所とは雰囲気が大きく違う』
うん、とツカサは続きを促した。ラングの話は冒険の内容というよりはダンジョンそのものについてだった。冒険の内容は今はまだ消化しきれていないのか、大事なものなのか、詳細はなかった。
曰く、昔はダンジョンという呼称ではなく、あの世だと言われていたらしい。水溜まりのような入り口、洞窟に不思議な膜が張ってあって、境界になっている。そんなところへ人が消える、誰かが死ぬ。そこから聞こえる声に怯えた誰かが、そこに居る何かを鎮めようと様々な命を投げ込むようになって、呪われた場所だと言われてもいたらしい。誰かが迷い込み、そこから命からがら逃げ延びて、そこに住まう魔物が外に出られないことを知り、人々の反撃は始まったという。
『魔獣、じゃなくてモンスター、外に出られないんだ』
『出ない。だからこそ逃げるなら入口へ行けと言われてる』
『面白いなぁ、俺の故郷はダンジョンから魔獣、モンスターも出られるからさ』
『いつまでも追いかけてきそうだ』
想像したらかなり怖かった。実際、ダンジョンから出てきた魔獣たちが魔獣暴走となり、国境都市キフェルの道中まで来ていたのだ。ツカサが、追われたことがあるよ、と返せば、ラングは口端を引き攣らせてこてりと首を傾げた。
『防衛が気になるところだな』
『結構大変だったみたい。あの時は、俺もまだ駆け出しだったせいで、馬車に乗せられてさ。【ラング】とアルが殿を務めてくれて、逃げられたんだ』
ルフレンに必死でヒールを掛けながら、エレナの手綱で、荷台にいる男女を守りながらよくやったと思う。
『【ラング】とアルはグリフォンって魔獣に捕まって空に飛びあがって、大きな山と国境を越えて、エルキスって場所に降り立ったんだって』
『ほう』
グリフォンとは、と尋ねられ、大鷲の翼を持つ、獅子の体で、爪が鋭くて、と説明に手間取った。いくつか特徴を挙げていけば、あぁ、とまるで思い至ったかのようにラングが頷き、もしかして音が違うのかと気づいた。
『ラングの世界にも行ってみたいな。俺の故郷と違って整ってないとは言われたけど、魔法があれば衛生面はいくらでもね』
『水に困らないのはいい。だが、その魔法とやら、多用すれば狩りの対象だぞ』
『大袈裟なんだから』
『事実だ。以前、不思議な力で怪我を治す金の亡者がいると話しただろう』
ツカサは記憶を掘り起こすように視線を右斜め上に持っていった。
『えっと、全ての命の救済を掲げる治療集団で、独自の女神を崇めてるっていう、ラングが神官って呼んでた人たち?』
『そうだ。奴らは同じような人種をどういうわけか見極め、その集団の中で子を成し、数を増やそうとする』
ツカサは嫌な記憶も思い出して思わず足を止めた。後ろのシュンにどうしたと問われ、ううん、と言ってから再び歩き出した。
『奴らは治癒という方法でしかそれを使わないが、お前のように幅広く扱える男ならば、種馬としては優秀だろう』
『……ラングの故郷に行くのはやめておこうかな』
『推奨はしない』
ラングは渡り人の街のことを知らない。ただただ事実を述べただけで悪気はないだろう。その声に揶揄いもなければ憐憫もない。けれど、だからこそ危機感が正しく伝わってくる。
どんな世界で生きてきたのだろう。聞くだけではわからないその日々を、少しだけ隣で見てみたいとツカサは思った。
いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。
3巻発売までついに2週間を切りました。
ドキドキしますね……。
記念SSをどうしようか悩んでいます。
シーンを今に合わせるか、懐かしい過去に合わせるか。どうしましょうねぇ、パニッシャー。




