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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新 終章 旅路

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4-59:捨てていくもの

いつもご覧いただきありがとうございます。


『ね、だから、一緒に行っていいよね?』


 嬉々としてこちらに戻ってきた青年があれこれと言い訳めいたことを並べ立てて、最後に機嫌を窺うように肩を縮こまらせて尋ねてきた。

 よく言う、そんな伺いを立てる前に既に方針は決まっているだろうに、こちらを怒らせたくない、嫌われたくないというのが丸わかりだった。そうして気を遣われなければならない関係性であることに、少しだけ苛立ちも覚えた。

 打ち出された()()に異を唱えていない時点でこちらが了としているのもわかっているだろう。それでも、明確に了承を得たいということだ。ラングは小さく息を吸い、ゆっくりと吐いた。


『好きにしろ』

『やった! ありがとう、ラング!』

『私は何もしていない』


 謙遜ではなく事実だ。ラングは自身が提案したことでもなければ、考案したことでもなく、最初に問い掛けがあった時にも同じ言葉を返した。その結果がどうなるかというのは少しだけ不安だったが、そういう色は見せなかった。少しでも見せれば変なところで勘のいい青年が迷うからだ。こちらの顔色を基準にしないでほしいのだが、いったいこいつの【兄】とやらはどういう教育をしたのだろう。未来のお前だと皆は言うが、どうにも信じられない気持ちが未だにあった。


『アルとシュンに伝えてくる!』

『好きにしろと言っているだろう』


 うん、とツカサは鷹・ホムロルルをラングの肩へ預けたまま、二人の方へ駆けて行った。

 ツカサが「シュンと冒険がしたい」などと言いだした際、正直、こいつはまたおかしなことを考えているな、と思った。聞けば、あの一戦だけではなく数度、道を違えたり争ったりしていて、結果殺したのは【ラング(お前)】だ、らしいのだが、記憶にない未来のことまで責任を負わされてたまるか、という気持ちも変わらずあった。不思議な赤い石で見た光景すら自身の知る記憶まで辿れていないので、真実かどうかは妖精の夢に消えてしまう。ラングは深く息を吐いた。


 ここに至るまで理解のできない会話が多く、断片的に理解はしていても全容がわからない。それでも、ここまでの旅でこいつが言うことなすこと、だいたいは意味のあることだとはわかっていた。確率としては八割、残りの二割の「実はただの我儘」に分類されるのなら一言、言いたいこともあるが、それすらも面倒になった。

 ダンジョンに行くメンバーの中で多数決をするとしたら、自分の方が少数意見であることは鍋の中を覗くよりもわかりやすい結果だったからだ。


 それに、アルとかいう、先立っての戦いでもその強さを見せつけてきた槍使い。誰よりも先陣を切り、その槍で文字通り斬りひらく。その手立てがなければ、ツカサの魔法障壁を砕いた炎の威力を殺すことも、あのシュンとやらを倒すことも難しかった。


 認めよう、確かに、強い。どういう経験をしてきたのかは知らないが、()()()()()()()()()()に強く、槍を手放さない胆力は大したものだ。そして、その実力を見せびらかさないのは素直に好感を抱く。悪い奴ではないのだろう。だが、その言葉の多くが通訳を通しているため、中途半端にあの男の声が自身に響かないのが難点だった。通じる言葉を本人の口から、その声で届けられるというのは、相互理解の大事なところでもある。


 だからなのだと思う。シュンとやらを連れて冒険に行けると喜ぶツカサの気持ちも、安堵と寂しさと嬉しさで肩を組むアルの気持ちも、ラングにはわからなかった。先の戦いで殺し合った相手と手を組むことなど、ギルドラーであればよくある話で、そこに異論はない。

 ただ、そう、言ってしまえば寂しいのだろうと思った。


『寂しい?』


 自分で気づいた気持ちに首を傾げた。そちら側の肩に乗っていたホムロルルがシールドに押しやられ、オイオイ、と嘴で押し返してきた。


『なんだよ、何すんだ。邪魔か?』

『いや、すまない。考え事をしていた』


 素直に首を戻し、ラングは小さく息を吐いた。物事に対し、人に対し、感情を持つことはいいことではない。


 ――いいか、ラング。感情は刃を鈍らせる。切っ先に殺気が乗れば、相手は軌道が読めるからな。肌にヒリヒリ来る、ここに来る、ってわかっちまう。お前はガッと頭に血が上ることも多いけどな、感情を押さえ込んで、風のない湖みたいな時の剣は、俺でもちょっとドキッとする時がある。その剣をいつも使えるようになれ。つまりだ、あー、冷静であれ、それが強みになるんだ。わかったな?


 わかっている。何事も冷静に。そうだろう、リーマス。

 だから、今気づいた、抱いていたこれもまた、削ぎ落して地面に捨てていく。ラングはゆっくりと足を踏み出して自身の感情を踏みつけ、ツカサたちの下へと近づいていった。


『話は済んだのか』

『うん、ダンジョンに行くのはシュンもいいって』


 ね、とツカサが問えば、シュンは何かをぶつぶつ言った後、頷いた。ホムロルルはアルの肩、定位置に戻った。やっぱこれくらいの硬さがいい、とホムロルルは止まり木にこだわりがあるようなことを言っていた。


「底にあるっていう蓋は、まぁ、そこまで【記憶()】がもつならやってやるよ。最後に英雄になるのも悪くねぇし」


 内容はよくわからなかったが、ツカサは、強がってるけどやる気はあるみたい、とラングに通訳した。それを受けてからラングは腕を組んだ。


『通訳を毎回頼むのは少々手間に思える。お前たちで会話が成立すればそれで』

『あ、そうだね、じゃあ、マール・ネルにお願いしてみようか』


 ツカサはショウリからもらったベルトと共に白銀の杖を取り出し、どうかな、と尋ねた。杖から不思議なフゥゥという了承らしい音がして、ツカサはラングへ差し出してきた。不承不承、マール・ネルを受け取ってラングはベルトをマントの下で着けた。これは少女だと聞いたことを思い出し、一応声を掛けた。


『すまないが頼む』


 任せて、と少女の声が聞こえ、ラングはシールドの下で眉間にしわを寄せていた。


 一通り話がまとまったところで今後の動きについてだ。会話はツカサとアル、シュンがわかる言語、リガーヴァルの公用語なるもので進められた。


「ここまで来てるんだし、このまま行くか? 食料もツカサの空間収納頼みで悪いけど、問題ないだろ」

「そうだね、そうしたら、今ここにいる土地神たちの部屋に穀物を預けて、行くとしようか」


 キスクの【記憶が固定された】自宅兼倉庫の建設は依頼済み、そこに収めるための穀物を土地神が預かるという話だ。ここならば自身の土地であるから、と大虎が胸を張った。軽く吠えて小さな窓を創り出し、そこに部屋を開いた。ツカサは豊穣の剣を取り出してその中に腕を突っ込み、鞘を外し、溢れる穀物の圧を必死に耐え、それを握り締めていた。


「すっげぇな、これがこの世界の命だったってわけ?」

「一応、そう」

「たぶん、お前が持ってきたリガーヴァルの世界の命も混ざってる。あの爆破魔法、こっちの命じゃあんな威力出ないんだろ?」

「まぁな。あの時はお前らを殺せって怒ってる命ばっかで、お前を殺して俺も死んでやる、って命を使ったんだ」

「聞きたくなかったな、それ」


 物騒な会話をしながら、アルとシュンは苦笑を浮かべ合っていた。ラングはツカサが大虎、ユキヒョウと同じことを繰り返しているのを眺めていた。

 時間は掛かった。もしかしたらこのまま別れることになるかもしれない、それならば出せるだけ出そうとツカサが言ったからだ。ツカサが豊穣の剣を握り締めているだけでも圧がすごく握力がやられ、もはや起動に魔力などなくても穀物を吐き出す剣を、代わる代わる持って土地神の部屋を埋めていった。


 ようやく豊穣の剣が大人しくなったのは二時間後だった。コツン、と大麦が転がり落ちて沈黙し、皆がほっと息を吐いた。


「やっと出し切ったみたい」

「すごいな、大虎の部屋なんてどこにも隙間ないぞ」

「まぁ、よい、よい、部屋で眠らなければならない、などという規則もないのでな」


 大虎は少しだけ重そうに立ち上がり、ツカサに近寄って頭突きをした。それを受けてツカサは顎の下から撫でて顔を抱きしめていた。大虎の毛並みをお気に召していたツカサのことだ、それを堪能できるのならばいくらでも、だろう。名残惜しそうに離れ、大虎はキスクたちの横へ行った。


「キスク、そうしたらちょっと行ってくる。シュンのことは秘密でね、みんな困惑するだろうし、テルタたちがね」

「あぁ、うん、わかってる。……先生、気をつけてな。これが最後じゃなくて、また戻ってきて、改めて宴をしてからお別れにしたい。ドルワフロの宴、まだ見てないだろ?」

「そうだね、まだだね。ありがとう、頑張る。キスクも暫く頑張ってて」


 あぁ、うん、とキスクは苦笑を浮かべ、それでもツカサに駆け寄るようなことはなかった。じっと、己の足で立って、横にいるユキヒョウに温もりを分けてもらいながら、もしかしたら今生の別れを、そうではないように振る舞っている。ツカサはその姿に微笑を浮かべて返した。軽く握手、ゆっくりと離される手はお互いに青さを感じられた。


「ラングも」

「あぁ、元気で」


 キスクに手を取られて、ラングはゆっくりとそれを握り返した。ぐっと力を入れ、感謝を示したラングにキスクは嬉しそうに笑って、離れた。それからキスクはアルを振り返り、恐る恐る握手のための手を差し出した。言葉も不自由、肉体言語のみで関わってきたアルとどんな顔でどんな別れをすればいいのかわからないのだろう。わざわざ関わらなければいいだけだろう、とラングは思ったが、動向を見守った。


「あんたも、気をつけて」

「あー、ありがとう!」


 気遣われたことはわかった、この世界で覚えたお礼を言い、アルはその手を握り返して二ッと笑った。キスクはほっと笑って、そろりとシュンを見た。


「あぁ、いや、悪さするなよ、その体の人、ちゃんと見てるから」

「はいはい」


 この世界の言葉も操れるらしいシュンは面倒そうに肩を竦めただけだった。内心では率先して殺そうとした青年に声を掛けられるとは思ってもみなかったのだろう。気まずそうに視線が泳いでいた。


「それじゃ、行こうか。ダンジョン」


 ツカサがぎゅっとベルトを締め直し、トントン、とその場で軽く跳ねてそれらを馴染ませる。ラングは追加で腰につけることになったマール・ネルを確かめ、その滑らかな触り心地を撫でた後、すぅっと姿勢を正した。


 転移魔法陣の前に立った。何かあれば魔法障壁を張るから、とツカサとアルが先頭で転移魔法陣へ足を踏み入れた。中央に行くにつれて体が薄くなり、最後にはふっと消えた。


「ドキドキすんな、こういうダンジョン入りは初めてなんだよな……。お先に」


 シュンは一度拳を握って気合を入れた後、ラングに軽く手を振って同じように転移魔法陣の中へ消えていった。自然と殿(しんがり)になったラングが足を踏み出そうとしたところで、キスクが素っ頓狂な声を上げた。何事だと振り返れば、キスクの腕が上下にバタバタと振られていた。本当に何事だ。


「ラ、ラング! あぁ、うん、あの! ヴァーレクスさんは……?」


 あっ! 忘れてた! と慌てた声を上げたのは腰の杖、マール・ネルだった。このままダンジョンを進んで、底にあるものを外せて、無事にラングが元の世界に戻れるとしたら、未来がどう変わるのかは知らない。ツカサたちからしてみれば【戻る】らしいが、ラングは知らない未来なのでその程度だ。そしてその時、共にいないあの男がどうなるのか。


「知らない」


 ラングは素直に答え、呼び止めるキスクと腕を引いて押し留めるようなマール・ネルを無視して転移魔法陣へ入っていった。

 自分の命を狙うような男だ。面倒なので関わり合いたくなかった。知らないところで勝手に死んでくれるのなら重畳。しかし、ラングは知っていた。ああいう手合いは何故か自然と、自分の獲物へ辿り着く。

 それなら、放っておいても来るだろうという自信が何故かあったのだ。


 困惑するキスクと土地神、双子と【9】の前に小さな光の粒子だけが残っていた。



いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。

3巻まであとすこし。書影がきませんねぇ、パニッシャー。

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