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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新 終章 旅路

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4-58:勧誘

いつもご覧いただきありがとうございます。


 我ながら最低なこともした。本当に人としてクズで、取り返しのつかないことばかりしてきた。


 わかってたんだ、こんなことをしたって何もいい方向には転がらないし、それどころか恨まれ、恐れられ、人が離れていく一方だってことくらい。左腕にあった鎖が逃げられなくしていたとしても、諦めずに自分が変わっているのだと、違うのだと示すことができれば、時間は掛かっても誰かが理解してくれたかもしれない。今となっては【たられば】で、変えようのない結末がそこにはあるだけだった。


 でも、いい最期だとは思ったんだ。千切れたパンの欠片(ドッペルゲンガー)とはいえ、俺が誰かと築き上げた信頼と友情が剣となってこの胸を貫くのなら、魔王の終わりにしては綺麗だろう。無理矢理命を爆発させれば自身を封じていたものだって弾き飛ばせた。それでもそうしなかったのは、ここいらが潮時だろうと、幕引きにしたいと心から願ったからだ。

 ショウリではないのに、ポソミタキの知っているシュンではないのに、あいつもまた目を見て名を呼んでくれた。一人では逝かせないと笑ったポソミタキが穀物に変わっていく様を見て、この抱え込んだ命が何かの役に立てるのだと理解し、言われたとおり償いができると思った。


 とても穏やかな終わりだった。もうあの女に利用されることもなく、ただ静かに眠れるのだと、安堵が胸を占めていた。それが最期の記憶だった。


 ――ぺち、と頬を叩かれ、その不愉快に瞼が震えた。

 もう一度、ぺちぺち、と叩かれ、次は苛立ちにそれを振り払った。ゆっくり眠らせてくれ。


「シュン」


 聞き覚えのある声だ。うるさいことをギャンギャン叫んで、いつも誰かが周りにいる少年、いや、もう既に青年というべきあの男の声だ。終わった後まで付け回してくるなよ、と背を向けるために寝返りを打とうとした肩を誰かが掴んだ。


「起きろって、シュン」


 ハッと目を開いた。最後まで信じて、最期まで自分を貫いたカッコイイ男の声には応えたかった。青い光が目に少し痛くて、暗がりに波打つように流れていくそれに目が慣れた頃、そろりと確かめるように周囲を確認した。

 自分を覗き込む顔は四つ。一緒に冒険がしたいと望んだ男、いつも周りに人がいる妬ましい青年、幾度となく剣を向けてきた黒仮面、それから、こいつは自分が厄介だと思って殺そうとした青年か。さらにその周囲に虎とユキヒョウとでかい奴らがいて身構えた。


「どういう状況だよ。私刑(リンチ)?」

「違うよ。説明するから、立てる?」


 手を差し出され、その手と、実際はまったく違うものの人畜無害に見える青年の顔を見比べてからゆっくりと掴んだ。ぐっと引き起こされ少したたらを踏めばアルが腕を掴んで支えてくれた。改めて周囲を見回せばここはどこか特別な場所らしいことはなんとなくわかった。

 戦った大きな虎や、自身が地下で痛めつけてきた双子、【9】がいて居心地が悪い。特に、麻袋を外した双子の顔が腫れて歪んでしまっていることに罪悪感を覚えた。すぐに壊れない、死なないのをいいことに、随分と体のいい八つ当たり先にした自覚があったからだ。

 すっとアルが視線に割って入ってくれて、それに小さくありがとう、と言えば二ッと笑う顔があった。


「で、どういうことだよ?」

「俺たち、これからこの転移魔法陣を使って、神殿地下にある【迷宮】に行くんだ」

「あぁ、泥水……黒い命の底に在ったやつか。俺は入ったことないから知らないぞ。そもそも俺がどうしてこんな……」


 誰かに囁かれるように記憶を再現しているのだと言われ、不思議な感覚がした。これは本当の肉体でもなければ魂でもなく、ツカサが最後に会った自分を再現されたのだと知り、寂しい感情が浮かんだ。泡沫の夢なのだ。けれど、手を掴んで立たせてくれたツカサの温もりも、腕を支えてくれたアルの温もりも感じられた。一応、尋ねた。


「……記憶の再現?」

「そう、あの戦いのときを最後にした、記憶」

「ひっでぇことすんのな。もうやっと寝れる、解放されるって思ってんのに、お前に引き留められるとは思わなかったわ」


 皮肉めいた言葉で、口元を歪ませて文句を言えば両肩を後ろからぐっと掴まれた。振り返ればアルが苦笑を浮かべていた。


「悪いな、賛同したのは俺もなんだ」

「……なんでだよ?」

「ちょっと、明らかに態度変えるのはよくないんじゃない?」


 ツカサが文句を言うその背後で黒仮面がその肩を掴んで止めていた。だってラング、とそちらへ不平不満を零すツカサを放置してアルを振り返った。来いよ、と促されて少しだけ喧騒から離れた。肩に居た鷹はごゆっくり、と言いながら騒ぐツカサの肩へ移動して驚かせていた。

 少しだけ歩いた。ツカサたちの会話の声が聞こえるかどうかの距離感で立ち止まって向かい合った。青い光の波がテーマパークの仕掛けのように流れていく。この先に乗り場でもあるんじゃないかと誤解しそうになる。ちらちらと天井を、壁を眺めて光を目で追っていれば、とんと胸を拳で軽く叩いて意識を呼び戻された。


「気分はどうなんだ?」

「あぁ、うーん、なんか、当たり前だけど居心地悪ぃ。殺し合いしてた奴らばっかだし、俺が酷いことをした奴だっているわけだし」

「まぁ、そうだよな」


 困ったような顔で笑い首を摩るアルに釣られて苦笑を浮かべ返した。


「でもよ、マジでどういうことなんだよ。俺は神殿地下の【迷宮】だって、そこがダンジョンじゃねぇのは知ってたから行く気も無くて、なんかあるなーくらいで知らないんだぜ? なんのために記憶だっつっても俺をここに?」

「説明するって、ツカサほどの上手さは期待するなよ」


 アルは一度深呼吸をして、顔から笑みを消した。真面目な話なのだということはわかり、こちらも少し姿勢を正した。


「最初に言っとく、嫌なら断ってくれていい。お前にだって思うところはあるだろうし、さっき言ってたけど居心地の悪い思いだってするだろうしな。ここまではいいな?」

「あぁ、まぁ、大丈夫」

「よし。シュン、一緒にダンジョンに行かないか?」


 はぁ? と思わず聞き返してしまった。前置きがあったのでかなり重要な話かと思えば、ダンジョンに行かないか、だと?


「ちょっとよくわかんねぇんだけど」

「あー、ツカサ、ツカサ! やっぱり説明して」

「はいはい」


 鷹を黒仮面に任せたツカサが駆け寄ってきてコホンと咳払いの後、説明があった。

 そこで言ったのは同じこと、曰く、一緒にダンジョンに行かないか、だ。

 黒仮面を元の世界に戻すため、蓋になっているものを外すために【迷宮】に移動する。その先で蓋を外す際、それがこの世界の神様の抜け殻なので、自分たちでは手が出せない、だから、代わりに助けてほしい。

 いろいろと説明はあったがシュンの頭に残ったのは、せっかくだからそこに行くまで一緒に冒険しないか、という誘いの言葉だった。


「利用するようで悪いけどさ、それでも、一緒に行けたらなって」

「相変わらずのお人好しかよ。あんだけドンパチやって殺されそうになったのに、そんな相手によくそんなことが言えるよな」

冒険者(ギルドラー)はさっきまで殺し合ってても、すぐ手を取れる柔軟さがあるんだよ」

「何の話だよ」

「気にすんな。とにかく、もう敵対してないだろってことだ」


 アルにまとめられ呆れてしまった。確かに、自身の中にもやり返してやろうとか、寝首を掻いてやろうとか、そういう乱暴な気持ちはもうなかった。あの時、お互いに出し切った感じがあったからだ。勝っても負けても納得のできる戦いだったと思った。

 どうだろう、とわかりやすく表情で窺ってくるツカサと、できれば、と言いたげなアルの半分申し訳なさそうな笑みを交互に見遣り、息を吐いた。


「確認させてくれ、そこの転移魔法陣の先のダンジョンに行く。んで、その先にこの世界の蓋がある。あってるか?」

「そう。その蓋を外しに行って、ラングを元の世界に戻すのが最終目標」

「で、そのために必要な蓋外しに俺の力が必要?」

「そういうことだ。そこにあるのが神様の抜け殻だっていうから、俺たちには手出しができないんだ。だから、卑怯な話で悪いけど、力を貸してほしい」


 アルが両手を上げて、まさしくお手上げ、というポーズを取った。ふぅん、とシュンは自身の有利性を理解して腕を組んだ。


「俺の協力がないと、あいつ帰れねぇんだ?」

「シュンが嫌ならキスクに頼むだけだよ?」


 ツカサが同じように腕を組み、すぱりと返してきた。ムッとすれば、ツカサはふふん、と少し胸を張った。アルが二人の間に手を差し込んでそれぞれの肩を押して体勢を崩させ、腕を解かせた。


「シュンが俺たちに協力する理由は確かに無い。ここにいるお前は記憶であって、その記憶を持ってどこかに行けるわけでもないって聞いた。でも、俺はいい機会だなって思ったんだ。記憶でも、一緒にダンジョンに行けるなら悪くないってさ」


 アルは二ッと笑った。真っ直ぐに笑みを向けられるとむず痒くてたまらない。この男が心からそう言って誘ってくれていることもわかるので、嬉しい気持ちと素直になれない何かが混在し、シュンは即答ができなかった。


「でも、俺は、ダンジョン行ったってなにもできないんだぜ? 体に魔力を感じねぇし」

「あ、それは、その体が理の女神のものだから。貸してくれるって」

「誰のもんだって?」

「理の女神」


 シュンは記憶を辿り、この世界に辿り着いた時に【命の女神】がちょっと行ってくる、と追いかけた少女を思い出した。悲鳴も上げずに、ただ負けてたまるか、と両拳を握った情けないファイティングポーズ。見ていられない、と目を逸らしてその後のことは何も知らなかった。胸の内から文句のようなものが聞こえた気がした。


「待てよ、じゃあ俺今美少女?」

「ううん、シュンはシュン。依り代にしていいよって言ってくれたんだ」


 ショートソードを引き抜いてそれを鏡代わりに差し出され、そこに映った自分に安堵するやらがっかりするやら。アバターであるなら性別を変えてみるのも楽しくはあるのだが、そこまでゲーム性はないらしい。


「理と魔力は対局だから、今のままじゃ使えないよ」

「使える方法があるってことな?」

「そう、シュンが協力してくれて、一緒にダンジョンに行くなら、これをあげる」


 ツカサが握った手を開けば、そこには金色のビー玉があった。大きな力の塊であることはわかる。


「時の死神っていう神様からもらったお詫びの品なんだ。これを使えば、魔法が使えると思うよ」

「本当にお前間抜けだよな、それを使って悪いことするとは思わねぇの? お前らを攻撃したり、逃げ出したり」

「その時はね、そうなるよ」


 ひゅぽっと情けない音がして急に視界がおかしなことになった。ツカサとアルがでかくて、天井が遠くて、混乱して周囲を見渡そうとして体がぐらりとよろけ、ぽよん、と音がした。


「ど、どういう……!?」

「言ったでしょ、シュンは今、記憶で、体を理の女神に借りてるって。それ、理の女神の今の姿だよ」

「やっぱりえげつない奇策だよなぁ。時の死神叩き起こして記憶降ろし。同意した俺も俺だけどさ」


 はい、とショートソードの鏡で確認させられて、体がぷるるっと震えた。真っ黒いスライム、糸くずのような腕、どこにも人間みなどなかった。ひょいとアルが摘まんで持ち上げ、手のひらに乗せてくれた。


「とにかく、体を貸してる奴がちゃんと見てるぞってことだ。まあでも、お前、もうそんなことしないだろ」


 そうだろうと信じている真っ直ぐな目に、【たられば】で不安を煽ることも、悪態を吐くのも馬鹿らしくなってきた。そら、と手を傾けられ落ちるようにして体がぽんと音を立てて戻り、何歩かたたらを踏んでから再び立った。アルは言った。


「短い時間かもしれないし、お前にとっては偽善で、屈辱かもしれない。でもさ、俺は冒険に誘ってもらえて素直に嬉しかった」


 そう、この世界を【変換】したら、ダンジョンをたくさん作って、こいつと仲間になって冒険がしたかった。その気持ちに嘘はなかった。ボロボロ、血まみれ、それでも、楽しそうだ、と笑ったあの顔が眩しかったことだって記憶はしっかりと再現されていた。記憶だというのだから都合のいいように改変されていてもおかしくないものを、シュンが抱いた気持ちを全て、余すことなく持ってここに居させてくれている。その上で誘われているのだとわかり、懐の深さを見せつけられ、悔しさも覚えた。


「最期の思い出に、冒険に行こうぜ、シュン」


 アルから差し出された手を、少しだけ滲む視界で見ていた。息を吸っている鼻の奥がじんじん痛くて、目の奥にじわっと熱を感じた。素直になれないんだよな、と思いながら、シュンは顔を上げ、その手をぐっと握り返した。


「しゃーねぇから、付き合ってやるよ」

「まったく、素直じゃないんだからなぁ」

「うるっせぇな、ツカサ! 俺だって……」

「じゃあラングに話してくるね!」


 ツカサの呆れたような声に文句を言いながら振り返れば、ツカサもまた嬉しそうに笑っていてそれ以上の悪態が喉の奥に引っ込んだ。軽い足取りで黒仮面に駆け寄って報告している背中を眺めて、シュンは唇を噛みしめた。

 なんでお前らはそんな顔をできるんだ。殺そうとしたんだぞ。殺されたんだぞ。奪われたんだぞ。奪ったんだぞ。絶望に突き落そうとして、酷い目に遭わせたのにどうして。

 拳を強く握り締めたところでアルにぐっと肩を組まれた。


「お前がやったことは許されることじゃないし、俺たちがお前にやったことも許されることじゃない。神様って奴がどれだけ迷惑な存在かもわかってる。俺たちも巻き込まれてここまで来てるしな。そりゃ、敵対はした。だけど、今ここに居る記憶だけのシュンにはもう、神様は関係ない」

「そうだけどよ。腕に鎖もねぇし。だからって」

「俺からは言えなかった」


 申し訳なさそうにアルが言い、シュンは眉を顰めた。微笑を浮かべ、アルは黒仮面と言葉を交わしているツカサを眩しいものを見るように、目を眇めるようにして眺めていた。


「ツカサが言ってくれたんだ。少しの間、敵じゃなくてきちんと仲間として、言葉を交わす時間がほしい。シュンと冒険がしたい、って」


 叶えてやってくれよ、とアルが悪戯を企むような声で言ってきて、シュンは喜びと悔しさと恥ずかしさを誤魔化すように、噴き出すようにして笑った。


「あはは! そういうことじゃ、しょーがねぇな!」

「わはは! そう、しょうがねぇんだよ!」


 じわりと胸に広がったこの温かいものを、命として持っていくことができないとわかっているからこそ、ただただ惜しく思った。この温もりもまた、終わりに持っていたいと願うものだった。



いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。

旅人のこうであるといいな、というコメントを拝見する度に、きりしまはドキッとしていたりします。

終わりが決まっている物語、その先がどういったものであるのか。

今暫くお付き合いくださいませ。

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― 新着の感想 ―
長い長い時間をかけて、やっとシュンが報われるんですね。 ただ幸せになりたかっただけの彼が。とった方法はダメだけど、こうして一緒にダンジョンを巡る事が出来てよかったです(*^^*) そしてやっぱりツカサ…
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