4-57:それぞれのエゴ
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そう長い時間ではなかった。ワッと感情を吐き出して、バッと泣いて、アルは即座に涙を拭った。膝をつくこともなく、ものの数分、アルもまた腕のいい冒険者だ。いつまでも泣くことはなく、自分のなかで折り合いをつけて即座に顔を上げる。そうでなければ冒険者も生き残れない。若い頃からダンジョンにソロで挑んでいた男は強かった。
スン、と鼻を鳴らしながら離れる際、アルはツカサの背中をポンポンと叩いて礼を示し、ツカサも同じように叩き返した。ツカサは自身の肩が少し濡れていてアルの涙が夢幻ではなかったことに安堵した。
「わり、ありがとな」
「ううん、たまにはね」
「はは、立派になって」
ゴツ、と胸板を叩かれてツカサは笑い、少し目元の赤いアルに胸を張った。
「まぁ、あれだ、で、どうするんだっていうところの解決にゃなってないけどな」
「その件でちょっと、アイデアがあるんだ」
ツカサがそう言えばアルは顔をひきつらせた。なんだその顔は、と眉を顰めればアルは頬を掻いた。
「いや、ツカサの奇策ってちょっとこう、えげつないからさ」
「そんなこと!」
ないよね? と同意を求めるために振り返った。リガーヴァルの言語だったので問い直せばラングの口元が歪んだ。
『入れ替わるのはもう御免だ』
『い、いや、次は違うから!』
『お前の奇策は碌なことがない』
『あれは最善策だったと思うよ!? 次は違うから! 入れ替わったりしないから!』
本当か? と疑うようにシールドがこてりと揺れ、ツカサは目を逸らした。その先で【9】と双子を見て、置いてけぼりにしていたことを思い出した。
「【9】さん、この転移魔法陣の先、確かにあなたの故郷みたいなんだけど、ちょっといろいろ状況が変わってるみたい」
「そのようですな」
「あの、どうして俺を連れて行きたかったのか、今聞いちゃだめかな」
アルの首を回ってホムロルルの翼に抱かれた理の女神は、その羽毛に埋もれているところを【9】に見られ、ぽよん、と首を傾げていた。
「……私はずっと、何か大事なものを忘れている、そんな気がしていたのです」
うん、とツカサが頷いて続きを促した。
「皆が先の見えない崖のその上に、その向こうに何かがいると言っていました。私は、自分が皆と違うことを知っていた。ドルワフロが故郷なのかとも思いもした、だが、ルシリュとも、トルクィーロとも、議会場を建てたポーツリィフたちとも、私は違った」
体の大きさ。力の強さ。頑丈さ。ドルワフロの民であるルシリュを前にしても、トルクィーロがいたとしてもその体は大きいのだから、そうだろう。
「仲間を……同族を知りたかったのです」
仲間に会いたかった。キスクがトルクィーロと接するように、親というものを知りたかった。ルシリュのように、友と仲間と呼べる者と会いたかった。
「私は、あなたを守るのだという強い気持ちがある。そして、あなたを案内すれば何かがわかる、という確信があった」
それは恐らく、理の女神が【砕かれた命の女神】の欠片を守るように創ったからだ。そしてツカサの内側に理の女神も居たからだ。
「しかし、その全てが違うのだと、今はわかる」
言語はラングの故郷のものであったり、リガーヴァルのものであったりはしたが、ふたつに分かれることもなく、完全体であった【9】には、自身を生み出した理の女神の声であれば理解できていたらしい。
ツカサは申し訳ない気持ちが浮かんできた。わかるはずもないだろうと思い、かなり赤裸々に会話をしていたことを思い出したのだ。【9】はゆっくりと青い光を放つ洞窟の天井を見上げた。
「私の同胞など、故郷など、なかったのだな」
「双子がいるのである」
ユキヒョウがキスクの腕から離れ、怒ったような声で言った。
「仲間はいるのである! 双子がそうなのである! それに、女神様が創ったなら、我らも仲間なのである!」
大虎に懐いている双子を尻尾で指し示し、ユキヒョウは胸を張ってふんふんと鼻を鳴らした。
「確かに、お主はちょっともふもふしていないのである。空も飛べないし地面も速く走れないし、ちょっと手が掛かるのである。でも、女神様がこの世界のためにお主を創ったのなら、それは我らと同じなのである!」
ユキヒョウはふんすと鼻息を荒げ、満足気な顔で言い切った。【9】は少し困惑していたようだった。きっと、この人の言う仲間は同じような見た目の同胞を求めているのであって、魂の在り方の問題ではないのだろう、とツカサは気づいていた。その点に相違があればこそ、ユキヒョウが如何に正論と懐を見せたところで、【9】が頷くことはないように思えた。
『言葉はわかるのか』
ラングが声を掛けた。自身に向けられていることはわかるらしく、【9】はゆっくりとラングを見遣り、首を傾げた。ふむ、とラングはアルに近寄るとオルファネウルを奪った。
「あっ、ちょ、いやわかるけど、声を掛けろ!」
『借りるぞ』
「やる前に言え!」
ラングにはズシリと重いらしい槍を、それでも片手で【9】に差し出した。理の女神に頼まないのも何か理由があるのだろう。ツカサはぶつぶつ言っているアルの腕を叩いて宥め、ラングの動向を見守った。
【9】が槍を受け取り、困惑しながらラングを見つめた。
『己の在り方に納得がいかないのであれば、納得のできる在り方を自らで見つけるしかない』
シィィ、と優しいオルファネウルの音がした。わかる言葉で槍から囁かれ、その驚きから【9】は体を揺らしたが槍を落とすことはなかった。
『誰かがこうしろと言ったことをお前の生きる導にするな。生き方がわからないのならば、見つければいい』
「私は、長いこと、こうして生きてきたのだ。簡単に言うな」
ラングもまた槍を握り、オルファネウルはどちらにも声を届ける役目を担ってくれていた。ツカサはぼんやりとラングと【9】の間に立つ、優しい顔の青年が見えたような気がした。
『そうだ、他者からの言葉など軽くて、無責任で、勝手で、わかっていない。そういうものだ』
吐き捨てるように言ったラングの言葉に含まれた怒気がどこから来ているのか、ツカサにはわからなかった。
『こうすればいい、ああすればいい。その責任を背負わない位置からの言葉など、なんの価値もない。道端の石を拾い、これは宝石だと差し出されるほどに無意味で、詐欺師のような言葉だ。そうだろう?』
「そう、思う」
【9】はラングが否定しなかったこと、そのまま愚痴のように続けたことに面食らった様子で素直に頷いた。ふん、とラングは頷きながら鼻を鳴らした。
『結局、自分で選び、決めて、足を進めるしかないんだ。その結果、やはりどうしても折り合いがつかないというのであれば、いっそ役割など捨ててしまえばいい。あまり使えないらしいが、本人がいいと言えば【変えられる】奴もいる』
シールドがツカサを向き、【9】が釣られて視線をやってきた。ツカサは職業を変えるくらいならできそうだな、と頬を掻き、内側から呆れたような息も感じたが無視をした。ラングは槍を揺らして【9】の視線を呼び戻した。
『お前にはいざとなれば受け入れてくれる奴らがいる。隣に来ればいいのだと言ってくれる奴らがいる。それだけは忘れてやるな。それにな、言っておくが、姿かたちの似通った同胞など、私にも存在しないぞ』
ラングはコツン、と指先で黒いシールドを叩き、槍をぐいっと引っ張って【9】の手から奪った。それをアルに放り返し、腕を組んだ。アルはラングへ注意した。
『お礼、言うする、しましょう』
『礼を言うぞ』
『どういたしまして』
やり取りに少しだけ笑う。ツカサはやや呆然と、ラングの言葉を咀嚼している【9】に近寄り、その腕に触れた。
「同じような人たちに会いたいのもわかる。俺も、故郷をぽんと追い出されて、旅の先で同じ故郷の人たちに会って、やっぱり嬉しかった。……俺は、その人たちに背を向けて、別の名前と生き方を選んでるけど」
「なぜ、その道を選ばれたのだ」
うん、そうだなぁ、とツカサは饒舌に話したことを少しだけ恥ずかしく思っているらしい兄を見遣った。
「俺がどんな姿でも、ちゃんと俺自身を見て、受け入れてくれる人たちがいたから」
ツカサの言葉に黒いスライムの時のことをキスクは思い出したのだろう。強く、深く頷いていた。アルは【ラング】のことを思い出し、懐かしそうに笑っていた。
【9】は暫しの間沈黙し、小さな声で言った。
「少し、考えます」
「うん。俺が帰るまでに答えが出れば、必要なら手伝うよ」
ぺこり、と【9】が会釈をした。
ツカサはここに至るまで理の女神が言葉を挟まなかったことに感心していた。命を生み出した理由はあれど、理の女神が勝手に創ったヒトだ。そこに生き方の方針とレールを敷いたのは紛うことなく理の女神で、その責任を負うべきなのだ。だからこそ、彼女は「そのまま生きろ」とも「捨てていい」とも言わなかった。きっと、彼らが生き方を選んだ時は尊重するだろう。
さて、置いておいてしまったことも、少し時間が必要であるとわかった。とにかくこの転移魔法陣の先に行かねば事態は動かず、最終的な目標であるラングの帰還を果たせない。ならば行くだけなのだが、蓋を外さなくてはならない。
「奇策って?」
アルが話題を戻し、ツカサは目を泳がせながら振り返った。
「時の死神の負担がどのくらいあるか、っていう問題もあるんだけどさ。一人思いつく人がいて」
「誰だよ?」
「シュン」
ザッと皆が身構えたのがわかった。いや、そうだろう、正しい反応だ。ここにいるほぼ全員がシュンに殺されかけたのだからそうもなる。キスクは名前だけでビビり散らしていた。アルは驚くだけで警戒はせず、ただ、言葉を失っていた。
『それはどういう意図がある』
ラングだけは冷静に問い掛けてきた。ツカサはもじもじと指先を揉んで説明をした。
『俺もシュンには思うところがあるけどね。俺だって死にかけて、瀕死で、もうダメだってダンジョンで覚悟を決めるような時もあったけど、あったけどさ』
今のラングはリガーヴァルのダンジョンを知らない。ツカサもラングの故郷のダンジョンを知らないので認識の相違はあるだろうが、いずれ知ることなのでそこの説明は省いた。
『【ラング】の教え方は厳しかったけど、おかげで今まで生きてる。アルの指摘はグサッとくるけど、だから初心に返ることもできてた。エレナは見守る姿勢でいて、【ラング】とアルに怒られた後、エレナは変わらない味方で居てくれた』
あぁ、王都マジェタのダンジョンか、とアルの苦笑に微笑を返した。
『【黄壁のダンジョン】も、攻略理由が理由だったし【ラング】が毒であわやの事態だったけど、いろいろ話して、成長を見せてさ』
解毒魔法をきちんと習得できたのも、あの経験があったからだ。
『【黒のダンジョン】も、ダンジョンとの相性について認識したし、一歩間違えれば死んでたけど、今は頑張ったなって思える』
あの時、イーグリステリアもシュンも、一度終わったはずだった。
『【赤壁のダンジョン】は絶対忘れない。話したことも、俺の恐怖心に対することも、ひとつひとつ、大丈夫かどうかを確認されるような……、でも、肩を並べて、戦えたダンジョンで、楽しかった』
空など見えない青い洞窟でツカサは目を瞑り、情景を懐かしみながら思い出を語った。
「そう、楽しかったんだ」
目を開き、色の違う両目がラングとアルを見た。
『俺はシュンに、そういう思い出を持ってほしいって思ってる。これは俺の完全なる我儘』
胸を押さえ、ツカサはその内側にいる人に対しても懇願した。
『たとえ記憶の欠片でも、限られた時間の冒険だとしても、その経験がどこかに繋がることはなくても、残された人の胸に思い出は残ると思うんだ。失うばかりじゃなくて、たったひとつ、少しの間、敵じゃなくてきちんと仲間として、言葉を交わす時間が、俺はほしい』
すぅ、と息を吸って、ツカサははっきりと言った。
『俺は、シュンと冒険がしたい』




