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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新 終章 旅路

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618/623

4-56:頼る、頼って、頼られて

いつもご覧いただきありがとうございます。

謎解き完全版。


『ツカサ!』

「ツカサ、目ぇ見せろ!」


 ぼんやりと黒いスライムの理の女神とホムロルルの再会を、よかったなぁ、と眺めていたツカサは、ラングに顎を掴まれ、アルに瞼を引っ張られ、悲鳴が喉で潰れた。アルの黒い目がじぃっとツカサを覗き込んでから、安堵の色を浮かべて離れていった。ツカサはまた自分の眼の色が変わっていたのだと気づいた。


「戻ってる?」

「大丈夫、戻ってる」


 三人で肩から力を抜き、黒いスライムを取り囲む土地神たちで見えなくなった理の女神を覗き込んだ。


「よかったのである! よかったのである! ずっとずっと会いたかったのである!」

「御無事で……! おぉ、なんという、このような奇跡が……! 皆喜びましょう……!」

「お嬢ぉ……! こ、声が聞こえる……!」

「みんな、ごめんね、よく頑張ってくれたね。ツカサがいなかったら本当にダメだったかも……」


 土地神たちから一斉に視線を浴び、ツカサはびくりと背を震わせてしまった。理の女神はぽよ、ぽよ、とツカサには懐かしい体で懸命にこちらへ近寄ってきて、ハァハァと息を切らせていた。ツカサはしゃがみ込み、微笑を浮かべて手を差し出し、手のひらに理の女神を乗せた。炎のように熱かった体は少し熱いかな、くらいまで熱を冷ましていた。それだけで前よりも随分と状態がいいことはわかったが、十全ではない。


『無理はまだしないで。動くのにちょっとコツが要るのはよくわかってる』

『ありがとう。ツカサが居ることを許してくれたから、お父様の加護から少しずつお力をもらえたんだ。私の世界は断絶されてしまって、お父様の風も届かなくて、どこからも傷を癒すための力が手に入らなくて……』


 あとは熱を増して、抱えた命を自身の消滅とともに道連れにするだけだった。互いにそれを言葉にはせずとも、覚悟はわかり苦笑を浮かべあった。体を貸した側、体を借りた側、不思議な繋がりが感じられた。


『制約に触れない程度でいいから、この転移魔法陣について聞いてもいい?』

『もちろん。でも、だいたいみんなで話していたとおり。ここは元神殿地下の【迷宮】に繋がってるの』


 ラングとアルを振り返れば、言語はラングのものなので通じており、アルはオルファネウルを腕に抱いて壁に寄り掛かっていた。ツカサは再び手のひらに居る理の女神を見遣った。


 理の女神はようやく得た声が嬉しいのか、よく話してくれた。アルの肩に戻ったホムロルルは本当に嬉しそうに目を細め、アルに何度も嘴を寄せて喜びを伝えていた。

 ユキヒョウは理の女神が話すたびに「素敵な声なのである!」「もっと話してほしいのである!」と自慢と要求がうるさく、最終的にキスクがユキヒョウの頭を腕に抱え、撫で続けて黙らせるという手法を取らされていた。

 大虎はそっと【9】や双子に寄り添い、飽きないように体を触らせていた。


 理の女神が話すことは自分の部屋のことを紹介するような形だったため、制約には触れなかったらしい。


 予想通り、【9】と双子は理の女神がやってはいけないことと知りながら、この世界の命をぎゅうっと強くして生み出した命なのだという。【新しい命の女神】を守るため、それを持ち、守る者を【神子】として守る。そのための存在だ。ツカサを慕う理由は正しかった。

 アルがこの世界に渡ってきた時間のズレのように、この世界にラングとツカサが渡ってくる予兆を感じた理の女神は【迷宮】とともに【9】と双子を手放した。


 その際、せめてどちらかが無事に生き延びられるよう、場所を変えて【迷宮】から外に出したのだそうだ。双子はその衝撃でぱくりと割れて二つの命になり、双子となったのだという。そのせいで赤子として地下牢近くに落ちてしまった。牢番が拾い、憐れみから育て、今に至るというわけだ。


 【9】の方は青年の状態でこの青い洞窟に姿を現し、近くの村でここが【先の見えない崖(レ・トルヴァ・デア)】であると知り、己の故郷があの先にあるのだろうと思ったらしい。崖の上に何かがいるという言い伝えから、自分はそこの一族の者なのだと、ぼんやりとした記憶に刷り込まれたのだ。

 【9】が尋ねたその村はツカサたちが一番最初に見つけた、既に滅んでいた場所だったのかもしれない。


 それからいろいろあって、【9】は地下闘技場の守護騎士(パラディン)に。

 双子は半ばそれが当然のように地下の門番に。


 【9】は双子に近しいものを感じ、時々、覗きに行っていたらしい。だからこそシュンと戦ったあの時、たまたま転がり落ちた先で扉を押さえ続ける双子を守ったのだろう。

 疑問が解けていく。いつものように謎を解くような快感はない。ただ、そうだったのか、という史実を受け入れる時間だった。そうなってしまったことにも誰かの願いがあって、想いがあった。それだけのことだ。


『双子が出た方の転移魔法陣は?』

『もうどこにもないの。黒い命をあちこちに移動させるわけにはいかないから、そういうのに触れたら消えるように創ってあったんだ。たぶん、シュンが触れて消えたんだと思うんだけど、あれを【命の女神】の知恵を借りて転用してて、私も驚いたんだ。塔の上にあったでしょう?』


 なるほど、あれはやはり踏んで、封じておいて正解だったらしい。あの時、シュンが転移魔法陣を起動すれば、あの場所から黒い命の泉がツカサたちを濁流として襲い、レワーシェどころか大陸中に降り注いだのかもしれない。塔の崩落とともに崩れ去った転移魔法陣はもう使えない。


『つまり、ここが最後の抜け道なんだね』

『そう。ドルゥムはいろんなことを考えてここを隠してくれてたんだと思う。賢者みたいに落ち着いている子だったから……』


 壊すべきか、壊さぬべきか。理の女神が声を発せない間、誰に答えをもらうこともできぬまま、ドルゥムは悩んで悩んで、最善を選んでくれたのだ。

 短い黙祷があった。事情も理由もわからない中、襲い掛かってきたのでこちらも応戦せざるを得なかった。知っていたのならばもっと、敬意を払って剣と魔法を向けただろう。

 目を開き、ツカサは尋ねた。


『……この先に居るのは、【命の女神】?』


 ツカサが真実を問えば、ぷる、と理の女神の体が震えた。それは否定だった。


『違うの? じゃあ、いったい? だって、ホムロルルは言ってたんだよ。理の女神以上の何かが蓋をしてるって』

『同等でもまた視えないものがあるの。だって……、そこを塞いでいるのは私の体なのだもの』


 通訳を受けたアルが、言葉の壁のない土地神たちが目を見開いた。ラングもまたシールドを下げるように唇を強く結び、その言葉の意味に難しい顔をしているようだった。

 思えば、理の女神はツカサの精神世界でだけ、その肉体を象っていた。時の死神は肉体ごと顕現をし、姿を見せ、会話ができるほどであったものの、理の女神はこうして黒いスライムの体でここに居る。それは肉体そのものを失っているからなのだと気づき、汗が流れた。

 ここにいる理の女神は剥き出しの魂の状態なのだ。


『この世界の命たちが時の死神の管轄を離れた時、私、初めて声を上げたの。お父様、ここにいます、って』


 命が(いざな)われないことの重大さに声を上げた瞬間、理の女神の喉へ押し込まれたのが他の世界の命と願い、祈りと悲しみ、怒りと恨み、そして【命の女神】の歪んだ微笑だったらしい。その時の辛さがツカサには少しだけわかるような気がした。


 時の死神の代替わりの一瞬、【命の女神】が命を愛するがために(いざな)いを奪われた世界。理の女神は多くのものを奪われる寸前、様々な予防線を張ったらしい。掠れた声で歌を響かせ、迷宮を生み出し、一分、一秒ごとに生まれ死にゆく命が腐る前に抱え込めるように。一分、一秒でも長く世界を延命できるように。

 そうして、理の女神の喉は焼け爛れた。治すための力も届かず、治らない怪我を抱え続けた。


 声を出さなくとも意思疎通のできる、近くに居る土地神たちとどうにか世界を守るために奔走しているところへ、キラリと四つの欠片が降り注いだ。なんということか、それは【砕かれた命の女神】の欠片で、慌てて世界に隠す場所を創った。そして、最後の一息で歌を歌い、聖域を知らせ、それがホムロルルの聴いた最後の声だった。ここで理の女神の喉は完全に潰れてしまった。聖域を創り、土地神たちにここに居ると示すことすらできなくなった。


 ツカサは少し首を傾げた。この世界に【砕かれた命の女神】の欠片が降り注いだと知っていれば、時の死神はもっと早くここをどうにかしようと思ったのではないか。そう疑問を呈したところ、理の女神は目を逸らすようにぷるんと震えて答えた。時の死神は仕事を継いだばかりで頼りなく、刻の神(クロノス)に相談し、秘匿することを決めたのだという。


『命を(いざな)ったところで、運ばれる先がどこかは知ってるでしょ? 命をどんな形でもいいから生かしたくて私の世界に手を出した【命の女神】だから、それはそれでまた何かすると思うと……。かといって時を止めると【命の女神】にそこに何かがあるとも気づかれちゃう。だから、耐える方を選んだの。刻の神(クロノス)様はすまないって言って、【命の女神】にバレないように帰ったんだ』


 そうして欠片を守った後、運命の百年前は来た。【命の女神】の慈悲でシュンが来たその時、【命の女神】と再会を果たしてしまったという。


『欠片を守らなくちゃって思って、とにかく私が抱えている命を敢えて隠さなかったんだ。私の世界の、みんなの命をおとりにしたんだ』


 理の女神がぎゅっと拳を握ったのがツカサにはわかった。糸くずの腕では難しくて、自身の体をもどかしく思うのも理解できた。理の女神はぷるっと震え、()を振って気を取り直した。


『命を抱えているのね、って、あの人は言った。私は抱えた命を奪われまいと戦った』


 でも勝てなかった、と理の女神はぽろぽろと涙を零した。

 それはそうだろう、理の女神もまた命があればこそ【命の女神】には敵うまい。人知の及ばぬところで神は戦い、そうして敗れた戦いも、守ったものもあるのだろう。


『ここで死んだら、みんなと守ってきたものが全部ダメになる。私が隠しているものが露呈する。そうしたら、あの女はもっともっと、多くの命を、私の兄弟も傷つける。……あんまり、兄弟と交友はないけど、私はこの子たちと家族だから。なんとなく、大事なの』


 理の女神は糸くずの腕で涙を拭い、土地神たちを見渡し、またツカサを見上げた。


『だから、肉体を捨てたの。命がそこになければあの女は興味がないから。鍵があっても扉が開いて流れださないように、世界を少しでも長くもたせるために、【砕かれた命の女神】の欠片を守るために、……ううん、違う……私は逃げたの』


 恥ずかしそうに、悔しそうに言い、少しの間ぷるぷる震えた後、理の女神は()を上げた。


『……捨てた肉体をこの世界の蓋にして、黒い命が外の世界へ溢れないようにしたの。黒い命を抱え込んだ私の体は穢れで染まって、土地神のみんなには許せない存在になってるの。視えなくても、わからなくても、憎くても仕方ないの、わかってる』

『そうだったんだ。……それをどうにかしないと、俺はラングを戻せないわけだね。穢れに染まってたら、君は肉体に戻れないしね』

『ごめんなさい……、結局、それを頼むしか』

『事情を知れば、仕方ないと思う』


 ぺしょりと理の女神が落ち込んで手のひらに広がった。ツカサはそれをそっと慰めるように撫でた。

 沈黙。聞いた話の処理に皆が時間を要していた。土地神たちもまた、自身が協力できる範囲を越えてしまい、知らないうちに理の女神が戦っていたことに言葉もない様子だった。

 理の女神の席に座った奴がいんのさ、許すことはできない、と土地神たちは言っていた。それも全て自身がお嬢と敬愛する理の女神の決死の対応策であったと知って、自らの言葉を恥じているような空気の重さがあった。

 ゴトリ。ラングのブーツが鳴った。皆がぼんやりとそちらを見遣れば、双剣の柄を握ったラングが凛然とした姿勢で立っていた。


『いくつか確認をしたい』


 ツカサの手の中で、ぴっ、と理の女神が姿勢を正し、ラングに向き合った。


『この先、そこの転移魔法陣なるものを利用し、【迷宮】に行くとして、道中の状況は?』

『シュンが先の見えない崖(レ・トルヴァ・デア)、黒い泉に溜まっていた命は持っていったけど、逆に【迷宮】に留められていたものが襲ってくるかも』

『わかった。【迷宮】の底にお前の肉体がある。そうだな?』

『そうよ』

『それを壊していいのならば、壊す方法は?』

『どうにもならないものだから、壊してほしい。ツカサが持っている豊穣の剣で刺し貫けば、穢れは浄化されて穀物に変わると思う』


 よかった、大立ち回りはしないで済みそうだ、とツカサが小さく息を吐いたところで、ラングが聞きたかった本題を切り出した。


『それを誰がやるんだ』


 ツカサは、あ、と間抜けな声を出してしまった。ラングはシュンとの戦いの最中、自分がやると豊穣の剣を手にした際、アルに止められたことをきちんと把握していたのだ。そこに理由があると理解したからこそ、その役割を誰が担うのかが気になったのだろう。


『そうだよ、肉体だけっていってもそれは理の女神、神のものだから……』

「神殺しは一人、一回。ラングにだけはさせちゃだめだな」


 将来のイーグリステリアとシュンのことがあればこそ、ツカサはアルと頷き合い、ならばと息を吸った。


『俺が』

「お前もやめとけ、ツカサ。ただでさえ【変換】だなんだで巻き込まれがちなんだから、あんま背負うなよ」

「でも、アル。俺はアルにも背負わせたくないんだよ」


 思わぬことを言われた、とアルは目を見開き、ツカサの色の違う両目を真っ直ぐに見ていた。


「サルムのこと、ショウリのこと、シュンのこと、全部背負うつもりでいるんでしょ? だったら全部、この世界のことも背負ってやるって思ってるんじゃないの?」


 目を逸らすことはなかったが、アルは涙を堪えるように瞼へ目を少しだけ隠した。


「俺は、戦い始めてからほんの数年だし、俺の言葉で伝えるにはまだ下手くそだけどさ。貰った言葉を大事にして、それを誰かに伝えていくことはできる」


 ツカサは理の女神を手に持ったまま近寄り、片手でアルの胸板に手のひらを当てた。


「仲間を頼ってよ。そのための、仲間でしょ」


 当てていた手を握り締め、【ラング】がしてくれたように、アルの胸板へ拳を当てた。


「俺のことも頼ってよ。もう、守られるだけの少年(こども)じゃないんだ。魔獣暴走(スタンピード)があったって隣で戦える。【ラング】とアルの背中を守れるほどの冒険者になってきてると、俺は思ってるよ。アルの肩を支えるのに、俺はそんなに頼りない?」


 アルはゆっくりと息を吸って、二ッと笑った後、口端が震え、ぎゅうっと唇を噛んだ。槍を握った腕でそのままツカサを抱き寄せるともう片方の腕で頭を抱え込むように抱き、涙で湿った息を零した。


「クソ、辛いなぁ……! はは、幸せになりたい、ただそれだけ、そう、それだけのことなのになぁ……!」


 ツカサはそっと腕を回して、自分よりも大きくて強い槍使いを抱きしめた。ぽよ、と【理の女神】もまたアルによじ登り、その頬を糸くずの腕で撫でていた。ホムロルルも嘴を寄せて寄り添った。


 ツカサがラングとの時間を取れるように、言葉はわからなくてもラングが困らないように気遣ってくれた。キスクとユキヒョウの関係を眩しく眺めながら、サルムの遺志を継いでシュンと対峙し、誰よりもアルはシュンの願いを真正面から受け止め、信頼と笑顔を見せた男だった。

 シュンとの別れだって、【異邦の旅人】の中で一番思うところがあったはずなのに、後悔も文句も愚痴も言わず、この世界の再建にそれとなく手を貸してくれていた。

 そんなアルがどこで叫ぶことができたのだろうと、今更ながら思い、ツカサはアルを強く抱きしめた。


「うわあぁ、こんちくしょう! 誰にぶつけりゃいいんだよ! 誰か教えろよ! 神なんてくそったれだ!」


 くそったれ、と喉の奥から吐き出した音が震えていた。

 アルが泣くのを見るのは初めてと言ってもよかった。慟哭というに相応しい声を上げて、全身で悲しみを示し、涙の熱を発する。ツカサを抱きしめる腕は強くて少しだけ苦しかったが、ツカサは受け止め続けた。

 誰かが立てない時、支えるように隣にいてやりたい。いつだってそう考え、強くて明るいバランサーとして、自身の役割を判断して行動してくれるアルに感謝をしない時はなかった。


 ――いいよな? ラング。


 ツカサを守るべき対象として魔獣暴走(スタンピード)の戦線から離脱させた時だって、出会ってそんなに多くの時間は経っていなかった。それでも、アルは仲間を守るために【ラング】同様、最善を選ぼうとしてくれる。


 【ラング】がいたらもっと上手く相棒を支えてくれただろう。ツカサがこうして言い聞かせるまでもなく、自然と吐き出せるようにしてくれただろう。


 ごめんね、こどもで、とツカサは申し訳なさを感じながら、アルの涙が落ち着くまで、ぎゅっとその震えを抱きしめ続けた。



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