4-55:真実を語る声
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ツカサは紙にイラストと文字を書き込んでいった。
ゴルドラル大陸全体を大きな丸で描いた紙、北側は先ほど何度もなぞったので分厚くなっており、そこに線を引いて【迷宮】と書き込んだ。
その下あたりに描いた星マークに、これはなんだ、というラングからの質問があり、星と答えれば眉を顰められた。転移魔法陣の目印、と言えば、ラングはそういうものと思うことにしたらしい。
ツカサはゴルドラル大陸の中央に円を描き、そこをレワーシェ、さらにその中に黒く塗りつぶした丸を描いた。これが黒い命の泉だった場所だ。
さて、準備は整った。ツカサは改めて二人に説明した。
【迷宮】は理の女神が命を守るために創りあげたものであること。
この世界の【迷宮】の目印として、靄や霞、雲のようなぼんやりしたものが発生する前兆であること。これらがはっきり迷宮という形になっていないのは、恐らく、この世界の理の力自体が弱くなっているせいだろうこと。そして、迷宮の靄が掛かっている高い崖は、その上が、もしくはその裏側が既にないかもしれないということ。
「大陸の崩壊を防ぐために、ってことだな。それはわかった。いや、でも、やっぱりわからないな。なんで転移魔法陣が地下に繋がってる可能性があったり、ここが先の見えない崖じゃないって話になるんだ?」
「うん、ちょっと、説明する前に、確かめたいことがあるんだよね」
ツカサは言いながら紙を覗き込んでいたキスクを見上げた。
「キスク、讃美歌を歌ってもらえる?」
「あぁ、うん、いいけど」
キスクは驚きはしたものの、歌を求められるのは嬉しいらしく、すっくと立ち上がり息を吸った。
忘れるな 黄金輝く この場所を 我らが帰る地を
淡く輝く 導を辿れ その先にこそ 眠る場所がある
空腹は要らず 悲しみは要らず 選ばれし幸運に 胸を張れ
柔らかな風は 汝を必ず 輝く生へと 導くだろう
おぉ 名を呼べぬ 我らが主 貴女の御許へ
言葉はわからずともその歌声が素晴らしいものだと思ったのだろう、アルが拍手を贈り、ツカサも、ラングも、双子も大きな手を叩き、【9】は聞き惚れていたのかゆっくりと頷いた。キスクは照れながら吟遊詩人として礼を取った。
ツカサはその歌を書き取り、翻訳し、紙をラングとアルに渡してから再び顔を上げた。
「ありがとう、キスク、先の見えない崖については、何か歌を知らない?」
「先の見えない崖か? あぁ、うん、あるけど、ちょっと、難しい」
「聞かせてほしいな」
「ちょっと下手だぞ、ええと、じゃあ」
コホン、とキスクが咳払いし、リュートを構えようとしてそこに楽器がなく、少し落ち込んだ。なくても歌えるらしいが、音を取るのにもある方がいいらしい。ユキヒョウはそれを壊したのが自分であると思い出し、慌てて顔を洗い髭を落とし、大虎の髭を噛んで抜き、尻尾でふかっと包み込んで見事な氷のリュートを作り上げた。キラキラとしたクリスタルのような透明度、ひんやりとしているように見えて、意外とそうでもないとキスクは言った。
「あげるのである!」
「シャムロテス、言ってからやらんか!」
大虎は抜かれた髭の場所を痒そうに大きな前足で整え文句を言った。言ってからならいいんだ、とツカサは思ったが言わないでおいた。キスクは神獣製のリュートに少し顔を引き攣らせていたが、ポン、と弾いた弦の感触と音に嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう、シャムロテス、大虎さんも」
「いいのである!」
「シャムロテス、……まぁ、よい、よい、聴かせるのだ」
改めて咳払い、キスクは弦を押さえ、弾いた。
柔らかい声で歌う季節の歌や街の歌、讃美歌を聞き慣れていたのでキスクの低音には驚いた。低く、けれど苦しくはない、喉の奥に引っ掛かるものもなく、心地よい振動を与えるような歌声に、ツカサは思わず、ほぅ、と息をついた。
キスクのそれはこの世界での古語だった。難しいと言っていたのは、言葉の音はわかっても、意味を知らないのでどこに強弱をつければいいのかわからないからなのだろう。
一度はそのまま聴いた。次はツカサがその言葉をメモし、三度目で聞き洩らしたところを埋めた。
「できた」
ツカサはそれをリガーヴァルとラングの故郷の言葉で書き直し、二人に見せた。一通り読んでからちらりと視線が交わされ、ツカサへ戻ってきた。
「なるほどな」
『この世界ではこういうことが多すぎる』
ツカサは苦笑を浮かべ、内容を知りたがったキスクに通訳をしてあげた。
忘れるな この場所を 忘れるな 我らが帰る地を
淡く輝く 導を辿れ その先にこそ 眠る場所がある
底の見えない 先の見えない 崖の縁に立ち 目を瞑れ
柔らかな風は 汝を遠く 次の生へと 導くだろう
先の見えない崖 深き崖 女神の御許へ
「……これって、讃美歌のもとになった歌だったのか……。誰かが何かの思惑を入れていけば、徐々にその様相を変えていく……、こういうことなのか」
まったく言葉も違う、音色も違う、だからこそキスクも知らなかったらしい。出だしの音の低さだけは似ているが、讃美歌はもっと高らかに歌われる音と内容だった。
歌の軌跡を知って感動したり青くなったりしているキスクを置いておいて、三人は本題へ戻った。
『讃美歌になったのは古語を誰かが理解できて、歌って、それをもとに転用したのかも』
ラングとアルから頷きを得て、ツカサは次へ進んだ。
『理の女神が創りあげた、レワーシェ地下にあった【迷宮】が、本当の意味での先の見えない崖だったんだと思う。その深さを利用して、シュンが黒い命の泉をつくった』
「それか、元々そこに黒い命の泉ができ始めてて、じゃあ、利用しようって感じかもな」
わざわざ作り上げるよりも、そこにあるのなら使おう、の方か。アルの言葉にツカサはその可能性もあるなと思った。そこに死体を放り込めば命が彷徨うこともない。シュンが【神子】として立つにはもっとも簡単で効果のあるパフォーマンスになったはずだ。
そうかも、とツカサが苦笑を浮かべながら言えば、アルも同じような顔を返してきた。
『話を戻すけど、理の女神が地下に迷宮を創ったの、黒い命を一手に引き受けるためだったんじゃないかとも思うんだ。だから、死者を先の見えない崖へ落とさせるような、そんな歌をつくった』
ホムロルルが、アッ、と首を絞められた鶏のような声を上げながら羽ばたき、アルの顔を打った。
「お、お嬢! まさか全部抱え込んで消滅するつもりだったってのか!?」
「可能性はあると思う。だって、おかしくない? そりゃ、情報のやり取りができる方がいいのはわかるよ? 会わなければ争いだって起きないだろうからさ、片側からしか開かない扉は人の争いにはある意味有効だよ。でも迷宮側から開けない扉を、神様が創るかな」
次はアルがハッと息を吸った。
「そうか! もし目論見が失敗しても、扉を開かなければすぐには被害がない。だからヒト側に主導権を持たせたのか! ただ、百年前の乗っ取りで理の女神の自己犠牲は失敗した」
「うん、可能性はあるかなって」
『……私には馴染みのない話だ、疑問も残る。その地下迷宮からなぜ、双子と【9】は追い出されたのか。追い出された場所が違った理由も、そもそも、なぜそこで生活ができていたのかも気に掛かる』
うん、とツカサは双子と【9】を振り返った。三人についた共通の職業【神子守り】。先の見えない崖生まれ、ツカサはここに来てひとつ思いついたことがあった。
『掻き集めたんだと思う。まだ、命になれるものを、少しでも強く生き残れるものを。でも、居場所を奪われて、力が持たなくなった。体が焼けて、溶けて、黒いスライムみたいになって、最後に残った【迷宮】の権限も保てなくなって……逃がしたのかも』
それが双子と【9】だったのかもしれない。彼ら三人はダンジョン産の武器をもってしてもその皮膚の薄皮を一枚裂けるかどうかの強さを持っている。【偽神子】に長年痛めつけられた双子も怪我という歪みはできてしまったが、強い肉体を持っている。どうにか世界を存続させるため、必死だったのかもしれない。
ツカサを守るためにその身を差し出す理の女神だ、やりかねないと思った。
加えて、ツカサが【神子】と呼ばれ、【9】が付き従う理由もわかった。
『この世界を守るためにもっとも必要なのは【新しい命の女神】なんだ』
ラングが腕を組み、アルは眉を顰めてツカサの言葉を待った。
『【迷宮】は命を守るために、それから、【新しい命の女神】の欠片を守る何かを創りあげるために用意されたんじゃないかな。強い命を生み出して、できるだけ長く持たせ、守らせるつもりだったとか。それが【9】さんたちなら、欠片を持っている俺のことを【神子】として慕ってくれるのが、納得できるんだ』
ツカサが瞑目し、ゆっくりと目を開く。白い右目、左目は海を思わせる鮮やかな青い目に。さざ波を打つように深い青と薄い水色とが入れ替わり立ち代わり、引き込まれるような色合いを皆に見せた。
『そう、力がもたなかった。守れなかった。暗闇と苦痛の中で一筋の光を見た。それはとても若くて、けれど目を離せず心を惹きつけて、強く輝いていた光。それを追って優しい温もりがここを目指すのもわかった。託すしかないと思ったんだ。せめてこの子たちが力になれますように。この世界を見届ける者として、欠片を守れる戦士として。そして、【迷宮】への扉を開く者として』
優しく一同を見渡したツカサの体から金色の輝きが粒子となって散った。それは螺旋を描きながらひとつにまとまって、パッとその光を弾けさせた。
『力のなかった私には、あなたたちに渡せる加護なんて何もなかった。突然この世界を託して、ごめんなさい。でも、あなたたちが、この世界に生きる私の家族と、ともだちと、言葉を交わしながら考えてくれたことに、心からの感謝を、伝えたいの』
愛らしい少女の声。あの時、まだ話せなかった少女は随分と頑張ったようだ。
『ありがとう、ツカサ。ありがとう、ラング。そして、アル』
皆が目を瞬き、それを見て、言葉を失っていた。少女はアルの肩に居るホムロルルを見上げて微笑んだ。
「ごめんね、ごめんね……! ひとりに背負わせてごめんねぇ、ホムロルル……!」
「お、お嬢ぉ……!」
ホムロルルは肩から飛び降りて少女に飛びついた。その翼で抱え込むようにしてホムロルルは嘴をすり寄せてボロボロと泣いた。その涙を受けながら、少女は糸くずのような腕でぎゅうっとホムロルルの翼を抱きしめていた。
【理の女神】は長い時を経て、いまだ細いままの腕で、黒いスライムのような体で、それでも家族を抱きしめられる姿で、ようやく顕現した。
ぽよん。




