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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新 終章 旅路

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4-54:見たことのあるもの

いつもご覧いただきありがとうございます。


 この世界に来て早々、出会った村人の言葉をそのまま利用して、そう、そこから落ちてきたんだ、などと誤魔化したことを思い出した。


 先の見えない崖(レ・トルヴァ・デア)。その言葉のとおり、崖下から上を見上げたところでその先が見えることもない高い崖。こどものような言いざまだが、本当に高すぎてよく見えないのだ。ホムロルルの背中に乗って飛んできていた時も、先の見えない崖(レ・トルヴァ・デア)の上の方は不思議と雲か霞が掛かっていて明瞭には見えず、【鷹の目】のアルをもってしても見えないと言っていた。


 そこに掛かるものを、ツカサは【迷宮のようなもの】なのではないかと考えていた。自身を【命の女神】の眼から守ってくれた濃い霧。あれがホムロルルの言うとおり迷宮を創り出して隠すという方向で機能していたのならば、先の見えない崖(レ・トルヴァ・デア)の先には【迷宮】があるのだろうか。


 だとするのならば、なぜそこに迷宮があるのか。なぜ【9】や双子は先の見えない崖(レ・トルヴァ・デア)から出てきているのか、そうした点が気に掛かる。ツカサは大虎の後ろを行きながら振り返り、尋ねてみた。


「そういえば、どうして【9】さんと双子は先の見えない崖(レ・トルヴァ・デア)から出たの?」


 双子は保護者に許可を取るようにそろりと【9】を見た。そちらで頷きを得てから双子は嬉しそうにツカサへ答えた。


「あ、あんまり、覚えて、ねぇ」

「おで、たち、き、気づいたら、地下に居た。その、槍ん人と、ワインが、こっちだって言って、外、出た」

「はじめて、そと、見た。そ、空、見たぁ、広い! ふかふか、すごい!」

「うん、きれぇ、だったぁ!」


 【9】に守られ、アルとヴァーレクスに保護されて初めて地下から出た後、双子は暫く呆然と立ち尽くして空を見上げていたらしい。幼い頃に見た記憶もないということだろうか。


「じゃあ、赤ちゃんの時に先の見えない崖(レ・トルヴァ・デア)を出て、連れてこられたのかな。【9】さんは?」

「後ほど、お話しします」


 【ラング】と同じだ。話すにも、その情景や場所はこだわりたいのだろうと思った。暫くして突き当りに辿り着いた。青い波がきちんとここまで届いていて、けれど時の死神といた最奥とは違い、光り輝いてはいない。ハズレの道だとわかる場所だ。大虎は壁をふん、ふん、と嗅いだ後、腹の底まで響くような低い声で鳴いた。何か共鳴をするように洞窟の壁がたわんで揺れる。液状になるような様子に身構えていれば、突き当りの壁がさらりと溶けて消えた。その先には不思議な光を発する魔法陣があった。

 ツカサは大虎を越えて素早く駆け寄り、その魔法陣の紋様を覗き込んだ。その行動が好奇心からのものとは思えなかったのだろう、アルが心配そうに尋ねてきた。


「ツカサ? どうした」

「これ、ビースト・ハウスとかの転移魔法陣と一緒だ……」

「そうなのか? 俺全然覚えてないわ。よく覚えてるな」

「イーグリス学園の地下にこれと同じのがあったんだよ。その時にじっくり見る機会があって」


 マジか、とアルが目を丸くしていたのでシグレは手紙には書かなかったらしい。話したことを責められないといいな、とツカサはアルから魔法陣へ視線を戻した。

 いくつかのポイントをチェックする。アッシュがイーグリス学園の地下にあったものをメモして見せてくれた特徴と類似していた。それが淡く輝いていることからこの転移魔法陣は機能している。


「大猪がここを閉じたのは、これができたからかも。ということは、この先はダンジョン? でも【9】さんはここを通ってきたんだよね?」

「如何にも。神子様の言うダンジョンが何かはわからないが……我々の故郷はこの先にある」


 正しく、この道を通ってきたのだと肯定され、ツカサは立ち上がって腕を組んだ。そしてホムロルルを振り返った。


「トリニクの未来を頼って悪いんだけど、わかることを教えてほしいな。俺の知っているこの魔法陣は、ダンジョン、迷宮が魔獣を抱えきれなくなって外に出す、緊急排出口、っていう認識なんだよね。それは、あってる?」

「トリニクって言うな! それはオレ様だけが言っていいんだ! ったく、まぁ、そうだな、緊急排出口たぁわかりやすい言い方をしたもんだぜ。あながち間違いでもねぇな」


 ホムロルルは賢者さながらに翼を整え、できるだけ威厳のある声で、敢えて日本語で言った。


『【迷宮の種】を持ってるからなんとなくわかってんだろうけどよ、迷宮ってのは世界を守るためのちょっとした回避策のひとつなんだ』


 うん、そうだろう、とツカサは頷いた。ラングは聞き慣れない言語に腕を組んで沈黙に徹し、アルは秘匿されたと理解してか肩を竦め、ホムロルルの止まり木として存在することを決めたようだ。キスクはユキヒョウに甘えるのである、と押し倒されて顔を舐められ、なすがまま、好きにさせていた。話が終わる頃にはキスクはべしょべしょになっているだろうが、まあいい。


 大虎もまたううむと考え込むように唸りながら転移魔法陣を眺め、ホムロルルを眺め、やはり制約に触れることでもあるのか口を噤んだ。ツカサは【9】と双子に少し待っていてほしいと伝えてからホムロルルへ視線を戻し、同じように日本語で返した。


リガーヴァル(俺の故郷)ではいろいろあって、多くの命が世界に降り注いで、あの黒いどろどろみたいなのがやっぱり人を襲ったんだって。その時、世界が世界を守るために創り上げたものがダンジョン、迷宮って聞いてる』

『誰から聞いたんだ、お前にそれを教えた奴、世界の真理に首突っ込んでやがるな……。よほど神に近いか長い間世界を見て歩いたかだぜ?』

『俺の師匠も師匠から聞いて、っていう伝聞なんだよ。この世界とはダンジョンの成り立ちが違うのかと思ってたんだけど、もしかして大枠は一緒なのかな』


 精神世界で記憶を垣間見たことはあったとしても、直接会って話したわけではないので事実だ。ホムロルルはツカサをまじまじと眺めてから会話を続けた。


『迷宮、お前の言葉に合わせてダンジョンって呼ぶけどよ、ダンジョンってもんは必然性を持ってそこに生まれんだ。お前の故郷じゃ世界を守るため、この世界じゃ、お嬢が命を守るために生まれた』


 【理の女神】の慈悲なのか。ツカサは自身の胸をぎゅっと掴んだ。

 トリニクの運命・ホムロルルは、言語こそ日本語ではあったが臆することなく語ってくれた。これが真実を伝える最後になるだろう、この言葉を残すのは最期になるだろう、そんな覚悟がひと鳴きずつこもっているように思え、ツカサはホムロルルの遺言を受け止める覚悟でそれらを聞いた。


 この世界で迷宮が出来上がったのはそれこそ二百年ほど前、【時の死神】の代替わりに際し、この世界を隠され、見失い、権能が届かなくなってからだという。神殿地下の【理の女神】の部屋を有する場所も、同時期に生まれたそうだ。


 元々【理の女神】は人懐っこく、ヒトと出会うことも厭わない性質だったらしい。むしろヒトに扮して市井に繰り出し、その生活に触れて楽しんでいるような人だったそうだ。

 自分の世界が【時の死神】の権能から外れてしまったことにいち早く気づくのは、世界の管理者であるからこそ、そうして生まれたのが【理の女神】の部屋に付随する、地下迷宮(ダンジョン)だった、というのがまずひとつの答えだ。


 出来上がった当初は神殿、要は【理の女神】を神格化した宗教ともある程度会話出来ており、装飾品などは人が奉じたものだったそうだ。

 特にあの黒い扉、コングマ鉱石特別製と書かれていた重い扉は、両側から開くと争いのもとになると考えられ、片側からしか開かない特別なものだという。そこには【理の女神】の力が少しばかり入っていて、そういう仕組みらしい。


 出会わなければ争わない。【理の女神】はそうした根本を知る者だったのだろう。しかし、それだけだろうか? ツカサは少しだけ引っ掛かった棘を忘れずに摘まんだ。


 ここまでアルに話さなかったのは、あの時、ツカサのこともあって時間が惜しまれたからだとホムロルルは言った。それだけ急いで西を目指し、戻ってきてくれたのだと思うと面映い。


「迷宮はお嬢があれこれいじりやすいって理由で創られたんだ。ついでにお嬢の部屋もって感じでよ。アルたちにもチラッと話しはしたんだけどよ、遠く離れたヒトたちが行き来できるようにして、情報がやり取りできるように、ってのが最初だった。命が腐り始めてからは、それを利用して、黒く溶けた命がヒトの領域に入らねぇように、お前らの言い方じゃあ、癒しの泉エリア? ってのを置いて、蓋をしたりよ」


 ほう、とツカサが興味深そうに首を揺らせば、お喋りなホムロルルは興が乗ったのかいろいろと話してくれた。移動も困難となって会話も減っていたのだろう土地神だ。【理の女神】がそうであるように、土地神たちも恐らくヒトが好きで、そしてお喋りなのだ。たくさん話を聞きたい気持ちはあるのだが、待たせている人たちもいるのでツカサは何度か本題へ戻しながら話を聞いた。


 話の脱線は幾度となくあったものの、結論、この転移魔法陣の先は予想通り迷宮(ダンジョン)である、と確信を抱いた。


「この先がどうなってんのかは俺にもわからねぇ。迷宮そのものがお嬢のモンじゃなくなっちまって、オレ様たちには視えねぇんだ。ここだけの話、秘密だけどよ、地下の通路もエンケポル、蛇の気配がなけりゃ出られなかったんだぜ……」


 あれはなかなかの博打だったのだと知り、ぎゅっと拳を握り締めた。それを言及するのも話すのも今ではない。ツカサはそれを呑み込んで、待たせている一同を振り返った。

 【9】の守護騎士(パラディン)はじっと待っており、双子は、優しく、優しくな、とキスクに言われながらユキヒョウを撫でさせてもらい、その毛皮のふわふわを堪能していたりとどうにか時間は潰せていた様子だった。

 ツカサはそっとラングとアルに近寄ると、水のショートソードの柄を握った。アルがオルファネウルを指し示し、ツカサは頷いてから言った。


『この先、やっぱりダンジョンみたい。ホムロルルもその中はわからないっていうから、もしかしたら魔獣とか黒い命がいるかも』

「眠らせる件もあるしな、俺らが先に入って安全を確保した方がよさそうだな」

『うん、そのつもり。それから、可能性があるから言っておくね。これ、地下の方の迷宮に繋がってるんじゃないかな……』


 ラングは小さく首を傾げ、アルは眉を顰めた。【9】が外に出るのにここを使った、と言うのだ、それは当然先の見えない崖(レ・トルヴァ・デア)の上を指すと思うだろう。しかし、ツカサはもうひとつの事例が気になっていた。


『双子がどうやって地下の牢番の手元で育つことになったのか、その謎があるんだよ』


 少しの沈黙の後、ハッ、と小さくラングが息を吸い、顎を撫でた。


『そうか、地上から地下に降ろされたのではなく、地下から地下へ移動しただけの可能性があるのか』

『うん、俺もそうじゃないかと思ってる』

「待て待て待て、俺にもわかるように話せ」


 ラングが勝手にオルファネウルを握り、アルはその振動で動作がわかり、ツカサに向き直った。ツカサはええと、と紙を取り出してしゃがみ込み、三人で座り込んだ。それを上から覗くようにして皆が影をつくるので手元がよく見えず、トーチを置いた。ツカサはペンを走らせた。


『全部、可能性の話だから、どれかが当たるといいなって感じだけど、ある程度、確信があるかな。この転移魔法陣がここだけじゃなくて、地下牢の方にもあったかもしれないなって思うんだ。この場所は、たったひとつの排出口じゃなくて、そのうちのひとつだったら、ってこと』

「……もう少し噛み砕いて」

『えっと、この世界の大陸がもう、今いるここ、ゴルドラル大陸しかないって話はしたよね?』


 あぁ、とアルが頷くのを待って、ツカサは紙に大きな丸を書いた。これがゴルドラル大陸のつもりだ。ツカサはその北側を何度かなぞり、縁の線を厚くした。


『この世界の迷宮は命を守るために【理の女神】が創った、ってホムロルルが言ったんだ。たとえば、命を守るために、大陸の崩壊を防ぐために、敢えてそこが迷宮であったなら、どう?』

「うーん、あぁ、そうか! ツカサは先の見えない崖(レ・トルヴァ・デア)の上にあった雲が、迷宮なんじゃないかって言いたいわけだ!」

「そう、で、たぶんアルは「それがどう繋がるんだ」って思ってるよね?」

「思ってる」


 あはは、と笑ってしまった。いやいや、真面目な話だ。切り替え、ツカサは転移魔法陣の目印として北側に星マークを書いた。


「俺も、双子と【9】さんを視た時に先の見えない崖(レ・トルヴァ・デア)生まれ、って書いてあったから、この上がそうだと思ってた。【9】さんも村の人たちも、街の人たちもここを指してそう言ってたし、疑ってなかった」


 でも、とツカサはラングを見た。


「誰かが、本当の意味を変えてしまったなら、二つも世代が替われば、本当の意味は失われる」


 アルはツカサの視線を辿ってゆっくりとラングを見遣り、続きを問うように首を傾げた。オルファネウルに手を添えて、ラングが言葉を紡いだ。


『【黒い命の泉】があったあの場所こそ、本来の先の見えない崖(レ・トルヴァ・デア)だったのかもしれない、か』


 きょとん、とした後、アルは腕を組み、唸り、髪をぐしゃぐしゃにした後、言った。


「もう少し嚙み砕いて」


 ツカサは苦笑を浮かべ、紙に書き込む作業を優先した。



いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。


きりしまのいつもの謎解きフェーズ。

この世界の真実に潜り込んでいきましょう。

4-56くらいまで。


そう言えば、売り切れになっていたTOブックスオンライン様の在庫復活したようです。

書籍をまだ悩まれている方がおられましたら、この機会にぜひ。

在庫がなくなるということは今回のことでわかったので……!

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