4-50:涙は溢れど
いつもご覧いただきありがとうございます。
旧都・レワーシェには三日間滞在して状況を見て回った。魔法障壁にへばりつく黒い命を眠りに誘い、アルが地下へ潜り込んだ瓦礫の隙間を案内され、土魔法で入り口を補強、目印を作っておいた。
穀物の回収もある程度済ませた。取り切れない分はこの世界の理や命が戻った時に、ここで芽吹き、新たな種を残すはずだ。
いまだ溢れる豊穣の剣からの放出も空間収納へ、戻り次第大きな倉庫を作ってほしいと依頼する予定だ。旧都・レワーシェで無事な家屋があればと思うのだが、この状況では無理だろう。
「【時の死神】様のお部屋は? あぁ、いや、無事ならだけど」
戻って早々、旧都・レワーシェの状況を尋ねてきたキスクに状況と倉庫が欲しいことを伝えた際、返ってきた言葉だった。キスクは首を傾げながら言い、ツカサはその手があったかと手を叩いた。あそこに入れるのはキスクが招いたことのある者だけ。【雑貨屋・イーグリス】の主要メンバーである三人と、それを運び出すメンバーを選定さえすれば、そこは不可侵の倉庫になる。しかも記憶が保たれる形で置かれているので、持ち込んだ穀物も傷まないはずだ。言わば家型の時間停止収納庫だ。もしかしたら、【時の死神】はそれを見込んだうえで鍵をキスクに譲ったのかもしれない。
実際確かめに行ってみた。ラングとツカサは大虎に、アルはホムロルル、キスクはユキヒョウに乗って移動した。ヴァーレクスと蛇は朝から姿が見えないので置いてきた。
記憶の家は外側が崩落してしまっていたが、なぜか扉だけがぽつんと宙に浮いていて、明らかに不審なものとなっていた。ツカサは土魔法で底を埋めるようにして大地をつくると皆でそこに降り立った。
「すごいな、これだけの範囲、足場を作っても先生、ふらつかないのか」
「魔力だけはあるからね」
キスクがすごい、と目を輝かせてくれることが面映い。しかし扉だけがしっかり建っているのもおかしいので、大きな鷹になったホムロルルに瓦礫を掴んで周囲に落としてもらったり、大虎に押してきてもらったりと【ここにあったものが崩れました】を装った。こういう小細工は大事だ。
ここまでしておいて扉の先も崩れていれば無駄なことだったが、上手くいった。開いた扉の先は綺麗な家で、あの時皆で駆け出て行った時のまま、食事も傷まずに残っていた。想定通り、ここにあるものは時間が進まないらしい。
少し邪な考えが浮かんだ。キスクたちがここで生活をすれば、他の人たちよりも長生きできるのではないか。人が眠るのは一日の三分の一程度、睡眠をここで取れば、それだけの時間長く生きられるのではないか、と考えたのだ。こそりとラングとアルに伝えれば、かなり真面目な様子で腕を組まれた。会話の通訳はオルファネウルだ。
『ありかもしれない』
『え、マジで? 何を言ってるんだお前は、って怒られるかと思ってた』
「キスクはまだ若いし、神獣が一緒にいるってのも認識されてる。シュンと違ってじわじわ年だって取るだろ、ここまでいろんなもんが壊れちゃ、少し長く統治するのも視野に入れた方がいいかもな」
ただ、とラングから注意点が指摘された。
『ここを倉庫として扱うのならば、家にするのは危険だろう。週に何度か、といった様子で回数は気をつけるべきだ』
「いや、そうでもないぞ? もし命を狙われたってキスクはここに逃げ込めば、家を焼かれてもこの記憶の家は焼かれないんだ」
『だからこそ危険だと言っているんだ。そうなってしまった場合、キスクはこの家から出られなくなる。出たら命を狙われるのだからな。家から穀物を大量に、何度も出し入れするのも【独り占め】を疑われるだろう』
「うーん、そうかぁ、それもあるか。キスクは人も好さそうだし、倉庫兼家に人を入れるのは危ないか……」
将来、軍師を前に方針を提示するだけの知恵者となるラングと統治者の家出身のアルはツカサをそっちのけで会話を進めている。それに少し拗ねる気持ちが顔を出した。学生に教えるなど少しは経験値も上がっているのだ、混ぜてくれたっていいだろう、という気持ちだ。だから、随分拗ねた口調でぼやくことになった。
『単純に、家も建てて、その裏に大きな倉庫っていう張りぼてを作っておけばいいんじゃないの? 実際はキスクがこの記憶の家で生活して、過ごして、穀物もこっちでさ。倉庫には空の樽とか置いといて、必要に応じて記憶の家から取り出す感じで……。それなら、盗人が入っても樽とか空っぽだし、【盗人に食べさせる穀物はない】みたいに、理の女神様を利用するだけしちゃってさ』
ブツブツとツカサが文句を言うようにぼやけば、アルに肩を掴まれた。
「ツカサ、ありだ! そうか、俺は神様云々がどうも浮かばないし繋がらないんだよな。ポーツィリフたちも来てるわけだし、さくっと建てさせればいいかもな」
『資材ならばその辺に崩れて転がっているのだからな、ツカサの魔法でこの辺りの大地を固めておけばいいかもしれん。牡鹿もいるだろう』
いい知見だ、とラングからも肩を叩かれ、ツカサは自分の機嫌が簡単に直ることを自覚し、少し恥ずかしくなった。
『何より、ここは墓地に近い。この近辺には住みたくないだろうからな。土葬か火葬か知らないが、死体が埋まっているかもしれない場所には寄り着かないはずだ』
「土地は広く取れそうだな」
それもそうだろうとツカサは思った。しかし、一番の問題は穀物を置く場所だ。なんとなく、豊穣の剣からはまだまだ穀物が出る気配がしている。ツカサの空間収納へしまった分を考えても、旧都・レワーシェを埋め尽くすのではないか、というほどだ。ここにあった命を全て吸い込んでいるのだから途方もない。それを相談すれば、一緒に来ていた大虎が渋くていい声で言った。
『では、我ら土地神が預かるのはどうだ。我らの部屋でも穀物は傷むまい。逃げた獣たちにも食うものがいる、分け与えられれば嬉しいのだ。そうした部屋を作れる土地神も、我と、シャムロテス、トルトンテ、ポットポスのじい様くらいではあるが』
『蛇とホムロルルはだめなの?』
『ホムロルルは制約を冒し過ぎておる。エンケポルも先の戦いで力をほとんど使い果たしたようなもの、だったはずなのだがな』
ううむ、と大虎は言い淀んだ。そのまま蛇に関しての言及はされないまま、一先ずここにいる土地神で預かる方針となった。トルトンテはようやく叱られる覚悟ができたらしく、大熊に会いに行っており不在だ。大虎が独特の声で鳴き、声を届けてくれたので、戻って来る時は大熊も来るだろう。
「我はドルワフロがおうちなのである。ここではそんなに大きな部屋が作れないのである」
「お嬢が復活さえすりゃあ、な」
その復活のために行く先が地獄の可能性を思い出し、皆が沈黙した。その重い沈黙にキスクが困惑し、どうした、とツカサの顔を覗き込んだ。
「いや、実はさ、その【理の女神】とか【命の女神】とかを、どうにかするのに、地下に行かなくちゃいけない雰囲気で」
あぁ、うん、とキスクが首を傾げてから頷いた。
「そのまま戻ってこれなくなるかもしれないから、お別れと戦う可能性を見越して、準備をしなくちゃねっていう……」
「そ、そういうのもっと早く言うもんだろゥ!?」
「考えることが多くて、つい」
豊穣の剣、できればこの世界に還元したいそこから出てくる穀物のこと、【理の女神】、【時の死神】、【命の女神の欠片】【狂った命の女神】。地下に行って迷宮だったものがきちんと機能するかどうか、それが機能したとして、その先に居る者を考えると腰が重いのだ。
神殺しのできる【理の加護】は誰にもついていない。ちらりとキスクも覗いた、ここに来る前に顔を合わせた【雑貨屋・イーグリス】の三兄妹も覗いた。けれどその誰にもらしいものはついていないのだ。
それがツカサたちにもついていないのは、この世界の【理の女神】が既にその座を追われている状態でこの世界に来たからだろう。加護を与える者が不在であれば、加護など存在しない。その状態で地下に向かうのはあまりにも無謀ではないか、という声もツカサの中にはあったりするのだ。
ふと右目を撫でた。シュンとの戦いを経て、白くなった右目の中心はさらに金色の輝きが強くなっている、とアルに言われ、鑑定もした。【人間をやめかけた男】の表記はそのまま、いまだ人間であることは確認できている。そのことにどれほど安堵したかわからない。
「可能性としては、ひとつ方法がありそうな気はしてるんだよね」
一歩間違えれば誰も居ない世界に放り出される【変わらない】という特性を持った男がいる。その特性が【理の外】のものであるというのなら、【神殺し】をしても【変わらない】のではないだろうか。本人は神殺しをさせろだとか、剣を振るわせろなどと言っていたので、誘えば喜びそうではある。
それから、もう一つ。ツカサはその方法を取るべきかどうかを悩んでいた。そのためにも【時の死神】と相談がしたかった。その会話を待ってからなら、決断できる気がしていた。ふるりと頭を振ってツカサは心配そうなキスクに視線を戻した。
「もしかしたら地下に行っても拍子抜け、やっぱり戻ってきました、なんてことにもなるかもしれないけどさ。ちゃんと話して、お別れして、それから行きたいんだ」
「先生……、俺、別れが多くて辛いよ」
「うん、ごめんね。でもさ、たとえばさ、キスクが誰かと心を通わせて、こどもができて、その時に、ちゃんと命があるようにしたいんだ」
ドルワフロの新しい命が生まれなかったことを思い出したのか、キスクは泣きそうな顔でツカサを見た。それを慰めるようにツカサはキスクの両肩を掴んだ。
「だからさ、そのためにも頑張ってきたいんだよ。またいつか会える、でも、一度はかっこいい背中をキスクの目にも残したいとも思うんだ」
「何言ってるんだ、先生はァ、いつもかっこいい背中を見せてェ、くれてらァ」
「あはは、嬉しいなァ!」
「ドルワフロ訛り、移ってるゥ、先生」
本当だァ、とツカサは笑い、キスクはぐず、と涙を浮かべながらゆっくりと腕を広げ、ツカサを抱きしめた。
「う、うわあぁ、どうしてェみんなァ、いなくなっちまうんだよォ……! 親父もォ、ショウリもォ、ポソミタキだってェ……! もっと話したかったァ!」
「うん」
「なんでェこんなァ、辛いことばっか続くんだよォ! もっと見せたいもんだってェ、食わせたいもんだってェ、聞かせたい歌だってェ、あんのによォ!」
「うん」
うぅ、と膝から力の抜けていくキスクが倒れないよう、ツカサはその体を支えながらゆっくりと合わせて膝をついた。ぐす、ぴす、と泣きながらユキヒョウがツカサの背中側からのっしりと乗ってきた。
「そうである! 我も、我もまだツカサに見せていない力があるのである! ドルワフロの雪山で、雪を滑る遊びとかもしていないのである! 氷の湖でシャーって滑るのもやってないのである! ぽかぽかの春の野原で、おなかをだしてひなたぼっこもしてないのであるぅ!」
うん、うん、とツカサは頷き、肩に乗せられたユキヒョウの顔に擦り寄った。髭が思いのほかチクチクして少しだけ笑う。
「ともだちになって、これからなのである……! わかっているのである、でも、でも、五年くらいは遊んだって怒られないのである!」
「い、いや、五年はァやりすぎかもしんねェけどォ……」
「我には一瞬なのである!」
ユキヒョウが叫びながら体重を掛けてきたのでついに耐えられずツカサもキスクも横に倒れた。ユキヒョウに押さえ込まれて二人揃って顔を舐められながら、涙が拭われて、また零れて、笑いが起きた。
やれやれと微笑ましく眺めてくる大虎、笑いながら肩のホムロルルを撫でるアル、マントの中で腕を組みながら僅かに微笑を浮かべているラングに見守られながら、ツカサは思い切り笑って、思いきり泣いた。
別れを惜しんでくれる友がこの世界でもできた。それがどれほどに幸運で、幸せなことなのか、ツカサは知っている。
そして、だからこそ守りたいと思うし、故郷の友も救いたいと思うのだ。
この時ばかりは強欲だった。絶対に、全てを取り戻すのだとツカサは改めて心に誓った。
いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。
3巻発売日(7/10)がじわじわ近づいてきていてドキドキしています。有給取りました。
X上ではちょこちょこ話しているのですが、1巻の製作秘話など。
1巻に加筆されているラングとキース隊長のシーンは、もともと書下ろしSSでした。
こんなシーンあったんですよ、と出したところ、担当さんから「これは本編にいれましょう」とのことで、ぐいっと差し込むことになりました。
「この時ってどんな話を端折ったんですか?」という担当さんの質問から、「こういうことがあったんですよ」と答え、「入れましょう」ということも多かったです。
2話目のラング視点なんかはそういう流れで組み込まれています。
引き出しに入れてそのままになっていたシーンをたくさん引っ張り出していただいて、有難いことでした。
そんな大量加筆、シーンは書籍オンリー。そして今段階で増刷の話もないので紙書籍はもはやレアもの。
(そもそも、最初からそんなに多く刷られていないのです。)
後々手に入るのが電子のみになる前に、よろしければお手元に迎えてやってください。
面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やリアクションをいただけると励みになります。




