4-49:崩壊した旧都・レワーシェ
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首都・レワーシェに残った者たちというのもかなりの数がいたそうだ。ラング曰く、こういう時、六割が逃げれば上出来らしい。数の正確な把握はできていないが、ツカサはそうであってほしいと思った。
命を使った爆破魔法の余波で死んだ者、降り注ぐ雷で撃たれた者、そして崩落に巻き込まれて落ちていった者。中には運よく瓦礫の隙間で生き残った者もいただろう。しかし、身動きが取れないところを、先に亡くなった者の黒いどろどろに呑まれたようだった。そうして、シュンが集めきれなかった彼ら彼女らが黒い命となり、首都・レワーシェをうろつき始め、そこは遺体なき死の都と化していた。
ツカサはその光景に思うことはあれど、何も言わなかった。逃げないことを選択した者の末路、いかに素晴らしい魔法の力があったとしても、全てを救うことはできない。有用だが万能ではない、その言葉が常にツカサの胸にはある。
加えて、降り注いだ穀物を我先に得ようとした者たちもまた同じような末路を辿った。危険を周知されていたとしても、自分は大丈夫だとなぜか思うらしい。
瓦礫は崩れやすく、今はどうにか形を保っていたものが運悪く崩れて降ってくる。夢中になって穀物を拾っていれば黒い命に呑み込まれる。そうして戻る者のいない場所へ、ようやく来る者はいなくなった。それはツカサとラングが十分な穀物を配り歩いたことも理由だ。人は足りないかもしれないと思うと恐怖を抱き、過剰にものを抱え込む。ツカサはぼんやりと薄れつつある記憶、地球での買い占め行動を思い出していた。
黒い命になれば勝手に向こうから出てきてくれるからやりやすいだろうぜ、とはトリニクの定められたホムロルルの弁だ。ツカサとラングとアルが首都・レワーシェに立てば、それだけで温もりと解放を求め、黒い命が姿を現す。それを剣で、槍で、魔法で切り刻めば泡となって消えていく。
「今はこれでいいけど、新しい命は生まれないって言うし、逃げた奴らだっていつか寿命で死んじまう。その時まで、俺たちずっとついてるわけにはいかないんだよな」
首都・レワーシェの瓦礫となった木材を剥ぎ取り、焚火にしての野営。夜、周囲を照らすランタンはなく、空は黒く、焚火のオレンジの明かりが鍋を温めている。
たった一日、数時間で廃墟と化した首都・レワーシェ、いや、旧都・レワーシェは風が吹き抜け、保たれていた暖かさなどどこにもなくなっていた。風は瓦礫の隙間で声を持ち、亡者のように唸り声を上げる。未だ焦げた臭いがその声に乗って届き、鼻の奥に煤を感じた。魔法障壁で寒さも臭いも防ぎながらツカサはくつくつ言い始めた鍋をお玉で掻き混ぜた。今日は根菜と葉野菜と豚肉のミルクスープだ。誰かがいると気になってしまい、こういう場所でもないと、野菜も存分に食べられない。穀物があるだけ人は飢えないが、栄養の偏りは生まれてしまう。
それぞれの器に取り分けて、いただきます、と手を合わせる。さらりとしたミルクスープはほんのり甘くて、少し乳のにおいがする。塩っ気を利かせた味とだからこその甘み、とろりと溶けた葉野菜が抱え込んだスープを、はふ、じゅる、とはしたなく啜ってしまい、ラングに睨まれる。仕方ないでしょ、食べたかったんだから、とツカサは視線を逸らし、気をつけた。豚肉の脂身も甘い。赤身の部分はぎゅっとした歯ごたえで噛み応えもある。少し歯に挟まりそうな繊維質がまた美味い。芋を崩しながらミルクスープといただくのはなんちゃってポタージュにも思えて幸せだ。二人からも美味い、と言ってもらえて満足した。パンも取り出してスープに浸し、自分でパンを千切れること、食べたかったものを食べられる幸せにツカサは暫くじんと浸っていた。
ラングと街々に穀物を届けてから、アルとホムロルルに声を掛けられての旧都・レワーシェでの殲滅戦の最中、その小休憩。ずるりと魔法障壁にへばりつく黒い命のせいで星空が見えなくなり、ツカサは風魔法を使った。しゅわ、と風に飛んでいくその最期に黙祷を示したツカサにアルが声を掛けた。
「この世界の命を巡らせるためにも、リガーヴァルのためにも、【命の女神】はどうにかしなくちゃならないんだろ? 【時の死神】は何か言ってないのか?」
「特に何も。記憶降ろし、結構無茶だったのかもしれない。ヴァンの時は【時の死神】が自分に降ろしてたし、それを他者に、ってなると負担が大きいのかも」
あの戦いの後、ラングは動けるようになってから【命の女神の欠片】を改めてツカサへ返し、ツカサはそれを受け止めた。大きな力の片鱗が来たにもかかわらず、その時も【時の死神】からは声掛けもなかった。【ラング】の記憶降ろしやシェイの記憶降ろしで疲れているのだろうと思い、ツカサは強く声を掛けることはしなかった。【理の女神】もまた、スヤスヤと眠っている気配はあれど起きる様子がなく、どちらも少し時間が必要な気がした。
「ま、【時失いの石】のおかげで俺らの時間も進まないわけだし、いいんだけどさ。このまま百年はちっときついぞ?」
「そこまでは俺もさすがに。そういえば、俺とラングが穀物を届けて回ってる間、アルは首都・レワーシェの調査してたんじゃないの?」
「あぁ、あれな」
穀物の配達についてこなかったアルはホムロルルとヴァーレクスと蛇と共に地下の調査に行ったのだ。やることがないし、暇だから、との理由だったが、単純にラングからヴァーレクスを引き剥がす口実だった。
あの時、ヴァーレクスはしっかりと【ラング】が居たことを把握しており、戦いが終わればと思っていたところ、【深緑のマントの男】は消えていた。ヴァーレクスはまるで愛しい恋人を失くしたかのように【くすんだ緑のマントのラング】を睨んでいたのだ。我ながら気持ちの悪い師匠だとツカサは白い目でタルワールを眺めていたことを思い出した。
そしてこのラングの血の気の多さもあり、一度は売られた喧嘩、決着をつけたいのならばと剣を抜きそうだったのをツカサが引きずっていった形だった。
アルの調査はそうした理由から始まったものだったが、そこで驚いたのは地下にある黒くて重い扉が、その先の道が崩落に巻き込まれずに残っていたことだ。その向こうには戦い以前の黒く溶けた命たちがまだ残っており、あの双子がその扉を閉め続け、その双子を【9】の守護騎士が守っていてくれたらしい。【9】の守護騎士は崩落に巻き込まれたその先で、たまたま地下牢へ転がり落ち、そこで、という状況だったと後で聞いた。
三人を見つけた時に黒い扉を開いてもらい、アルとヴァーレクスと【時失いの石】で無に還し、ようやく、地下は綺麗になったらしい。
とにかく双子と【9】が無事でよかった。三人は今、キスクたちが喧々諤々している場所の一室で体を癒している。先の見えない崖の話も聞きたかったので、不思議なその道と、扉の頑丈さにも感謝した。
今はそれとは別の掃除をしているというわけだ。
「地下さ、特殊な石でできてるんだぜ、ってホムロルルが言ってたから、あの道は命を溜めてた場所とはやっぱ、ちょっと違うんだろうな。あれって結局なんなんだよ?」
アルは胡坐をかいた足に巣を作っているホムロルルへ尋ねた。パンとミルクスープに入っていた芋と肉で満腹らしいホムロルルは少し眠そうにしながら言った。
「元々は迷宮の一部だったんだ。迷宮ってのは……」
「ダンジョン? 不思議な空間のこと?」
ツカサが食い気味に問えば、ホムロルルは驚きながら頷いた。ツカサは次いで【迷宮の加護】を取り出してみせた。
「なんつーもんを持ってんだ、これは、【迷宮の種】じゃねぇか!」
「種? 【迷宮の加護】じゃないの? 冒険者を守るアイテムだと思ってたんだけど」
――迷宮の加護。迷宮の慈悲。罠が所有者を避ける。隠された物を見やすくなる。
何度も読み上げた効果を伝えれば、ホムロルルは少しの間唸っていた。続きを待ち、その間にハーブティーを淹れておいた。やがてホムロルルは考え疲れた様子で溜息をつき、ツカサを見遣った。
「まぁ、確かに【加護】だぜ。それがありゃ、迷子になることもねぇし、迷宮自体がお前を殺そうとすることもねぇ。そこに存在するものはわからねぇけどよ。でも、それは【種】でもあんだよ」
どういうことか、と詳しく尋ねれば、ホムロルルはやはり唸りながら教えてくれた。
どうやら、この【迷宮の加護】、迷宮の慈悲、という部分が非常に大きいらしい。罠が解除、遠のくのは当然として、さらには隠された物、要はこれが、宝や通路といった攻略にかかわるものだけに留まらず、隠された秘密や真実を暴く、という意味合いも持つらしい。
「それのどこが【種】なんだ?」
アルが首を傾げ、ツカサも抱いた疑問をさくりと口にしてくれた。
「所有者を守るために、そこに守れるだけの効果を発揮させるために、【迷宮の加護】が【迷宮】を創ろうとすんだよ。だから、【種】とも言えるんだ」
ツカサはハッと顔を上げた。ユキヒョウとトルクィーロに拉致されたラングを救いに行ったあの時、空に浮かぶ眼を見上げたツカサの周囲には深い霧が漂い、その姿を隠されていたように思う。同時、リィンと澄んだ金属音がして、まさしく『迷宮の加護が共鳴する時の音に似ている』と考えたことを思い出した。その時、この世界にある命の数などにも思考が飛び、すっかり忘れていた。
「そっか、あれは【迷宮の加護】が俺を眼から守るために、そこに簡易的な迷宮を創り出して【慈悲】を発動させていたんだね」
「なんか経験があんだな? ま、そういうこった」
「じゃあ、これを持つ俺が、その迷宮の一部だった地下に行けば?」
「それに共鳴して迷宮としての力を取り戻す可能性はあるな。もうトリニクになるから言っちまうけど、あそこは元々、その奥にお嬢の部屋があったんだぜ」
少しだけ寂しそうなホムロルルの声に、アルはその翼を両手で包んだ。
「その真横にあんなもん作られて、思い出すと腹が立つぜ」
黒い命の泉のことだ。ホムロルルからすればただただ許せない事態だっただろう。アルはホムロルルの後ろで少しだけ困ったような笑みを浮かべていた。それぞれに複雑な想いと受け取り方があった。互いにそれを否定することも、押し付けることもないだけ、皆が大人であり、戦士だとツカサは思った。
「そこに部屋があったなら、【理の女神】も回復しやすいかもね。その場所を借りられたら【時の死神】も【新しい命の女神】も、顕現しやすいかもしれないし。キスクたちに話して、地下、行ってみようか。扉を開けるのに双子の力も借りないといけないしさ」
つい、リガーヴァルの言語で話してしまっていたのでツカサはそれらをラングに共有した。ラングはそれを受けてひとつ懸念点を出した。
『大虎の言っていた、名を呼ぶことすら憚られる相手が見えていない。鷹の言う、世界に蓋をしたという存在も不明だ。シュンであったのならば、既にこの世界に蓋をする奴はいないはずだが、そうではないんだろう?』
『あぁ、そうだな。【理の女神】以上のなんかがまだ蓋をしてるぜ』
『神のことなど相変わらずわからないが、話を聞いた限り、蓋をして居る者は【今の命の女神】なんじゃないのか』
だとすれば、地下に行き、【理の女神】の部屋を取り戻した時、そこで会うものは。
「……別れと、準備を済ませておいた方がいいだろうな」
アルの真剣な声に、ツカサとラングは頷いた。
いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。
ここまでの激戦、感想はきりしまも胸熱な想いで拝読しております、ありがとうございます!
出会いがあれば別れもあるのは必然とはいえ、その心持ちは一言で表すことができない、ものです。
さて、旅人諸君が3巻を予約してくださっているはずのパニ譚web版は、更新の間が少し開きそうです。
なぜならヴァーレクスの話を書き始めており、筆がのっているからです。
ある程度話数が貯まりましたらドバっと出す予定ですので、パニ譚シリーズにご注目ください!
よろしくお願いいたします。




