4-48:クスモニエラ
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いや、これは不味い。不味い。そりゃ抱えていた命もいろんなものも多かっただろうけども。ツカサは自分の体を押し流していく穀物の波に溺れそうになっていた。
豊穣の剣は今まで見たこともないほどの輝きを発し、その身に受けた穢れ、いや、魔力を一気に穀物に変えていて宙に浮いたまま暴走状態だった。止めるにしても剣を掴む必要があり、ツカサは穀物の川を必死に泳いだ。しかし、量がすごい。押し流される。
後になって考えれば風魔法で飛べばよかったのだが、あまりのことにそんなことは思いつきもしなかった。
「うっ……! 無理!」
ドバァッと流されていくツカサの体をホムロルルの鉤爪が掴み、持ち上げ、豊穣の剣に向かって放り投げた。
「やべぇ! アルが流されてる! トリニクになっちまう! 早いとこ止めろ!」
「豊穣の剣! 止まってえぇ!」
柄を握り締めてツカサは豊穣の剣を鞘に収めた。そのままザンッと穀物の中に落ち、ぷはっと顔を出した。
「いてて、ちくちくする! 服の中に入った! 痒い!」
手当たり次第に空間収納へしまい、ツカサはとりあえず地面という名の瓦礫に足をつけた。壁のような穀物を見上げればホムロルルの飛んでいく影があった。そちらにはアルがいるだろう。ツカサは魔法障壁の位置を辿って穀物を片付けながらそちらへ進んだ。区画をごっそり収納した際、ざらぁっと雪崩れて出てきたのはヴァーレクスだった。ぺっ、と穀物を吐いて口元を拭い、マール・ネルをツカサへ放り投げてきた。慌てて掴まえ、ツカサはホッと息をついた。
「ありがとう、ヴァーレクス。でも、女の子を放り投げるのはどうかと思うよ」
「我儘娘の世話は二度と御免だ」
文句を言うマール・ネルを撫でて宥めながらヴァーレクスに治癒魔法をかけ、シュンの抵抗で受けた細かい傷と裂傷、誤魔化しながらのヒールで治しきれなかった骨折を治した。傷口に入り込んでいた穀物がぬるりと出てきて目を逸らす。この状態であれだけ悪態を吐けるのだから、我が師匠の一人ながらたいしたものだと思った。
それから穀物に埋もれたユキヒョウとキスクを回収し、無事を確認した。ツカサが手を差し出せばキスクは苦笑を浮かべながら掴み、よろよろと立ち上がった。
「戻って来るなんて思わなかったよ、ありがとう、キスク」
「あぁ、うん、いや、その、足手まといかと思ったんだけどな、できることをみつけて、できるならって思って。……無茶だった」
それはそうだろう。ツカサのように戦うための魔法を扱って来なかったキスクが戦闘の最前線に立つなど、無謀以外のなにものでもなかった。攻撃が痛いものだと知らない体に様々な攻撃の余波が届き、正直、そうしたショックで死んでいてもおかしくはない。生き延びたのはキスクの強さとユキヒョウのおかげだろう。火に対し、時に弱いのも水だが、基本強いのも水なのだ。ユキヒョウの属性が爆発からキスクを守ったのだとツカサは思った。
「キスクが魔力を集めてくれなかったら、ポソミタキさんたちが来るまで持たなかったと思う。ありがとう」
もう一度礼を伝えれば、キスクはじわっと涙を浮かべ、擦り寄るユキヒョウを抱きしめて少し泣いた。二人して、怖かった、怖かったのである、と言っていたので、本当によく頑張ってくれた。
キスクとユキヒョウを慰めながらさらに行ったところで大虎に抱え込まれたラングを見つけた。シールドの中にまで穀物が入り込んでいたらしく、ざらりとそこから穀物が出てきた姿に申し訳ないが笑ってしまった。手を貸せ、と腕を揺らされたので引き起こし、マントや衣服から穀物を払うのを手伝った。フードの中にも入り込んでいて、できるだけ空間収納へ回収はしたが、あとではたいてもらうことにした。
『酷い目にあった』
『体は大丈夫?』
『重くて動かない』
【時の死神】による記憶降ろしのせいだろう。ツカサはその肉体に神の片鱗を多く持っていたこともあり負荷が少なかったらしく動けるが、ラングは珍しくグラグラと揺れるほど疲弊していた。ラングに手を貸し、大虎の背に乗せてあげればそのまま四肢を投げ出してぐったりとしていた。これも【ラング】では見られない光景なんだよな、と少しの間見守っていれば、アルを拾ったホムロルルが戻って来た。地面に落ちたアルにもヒールをかけ、ニッと笑う顔に笑顔を返した。
カポ、とご機嫌な足音が瓦礫の上からして、牡鹿も下りてきてビシリとポーズを決めた。
「トルトンテとヒトの子、ポソミタキがやりました」
牡鹿は大変なドヤ顔であった。キリッと表情をつけてポーズを変え、褒められ待ちだ。事実、牡鹿がポソミタキと共に戻り、豊穣の剣を手に飛び掛からなければああはならなかった。シュンがかつて、ショウリの目を通し、ポソミタキという男を知っていたからこそ、なんだかんだ受け止めたのだろう。
シュンが築いたものが、結局、シュン自身を止めたのだ。欠片を通してはいても友達に止めてもらえるのなら、幸せだったのではないかとツカサは思った。それはどこまでいってもツカサの希望であって、シュンの真実ではない。そしてそれをわかるはずもない。確認することもできない。
ツカサは牡鹿の折れた角の部分をそっと撫でた。牡鹿はご機嫌になって軽やかに蹄の音を鳴らし、跳びはねていた。
「そうだ、フィエルタさんは? 矢をくれた人」
「ここだよぉ」
間延びするような聞き覚えのある声に呼ばれ、皆で瓦礫を登っていく。瓦礫の隙間に穀物とともに詰め込まれたフィエルタの足が、どこぞのホラー映画のように飛び出していた。穀物に押し流された先で綺麗にハマってしまったらしい。その足首に白い小さな蛇が巻きついていて、よろよろと首を揺らしていた。
「エンケポル! 無事だったのかよ!」
「もぉーだめかと思ったぁ。隙間を移動してとりあえず逃げようとも思ったんだけどぉ、このヒトの子が瓦礫登れなくて困ってたからさぁ、運んでやってさぁ。さすがに消えちゃうかと思ったよぉ。大門の前でも結構力使っちゃったしぃ、ねぇ? ペリエヴァッテェ」
するる、とヴァーレクスの体を登って首元に行きながら蛇はのんびりと話し続け、振り払う手を無視して掻い潜り、再び服の中に入った。盛大な舌打ちに苦笑を返しながらツカサは穀物を空間収納へしまい、フィエルタを掘り起こした。編み込んだ髪のあちこちに穀物が挟まっていて取るのは一苦労だろうなと思った。
「よぉ、神子っち……、俺生きてるか?」
「生きてる生きてる。フィエルタさん、矢をありがとう」
腕を掴み、窪みから救出して笑い合う。はぁー、と息をついたフィエルタの見上げた先、空を同じように見上げた。最初、爆発のように飛び散った穀物が今も空を覆い尽くし、バラバラと風に乗りながら散っていっていた。それを太陽の光が照らし、空一面、黄金の夕陽に輝いて、黄昏を思わせた。金色の絵の具を垂らして角度を変えて煌めくような、そんな美しい空だった。
「地下、どうなってるんだろう。全部、シュンが抱えてたと思うけど……」
「あぁ、扉がな、そういや……。いや、これどうなんだろうな? 下手すりゃ地下、瓦礫で埋まってないか?」
アルが瓦礫の下を覗き込み、神殿の地面が、首都・レワーシェが凹んでいるのを見て眉を顰めた。首都・レワーシェのいたるところに隠し通路があり、それがあの黒い命の泉に繋がっていて、死体を捨てられていた。その上部であった街がごっそりと抜けているので確かに埋まっていそうだ。魔法や土地神の力で通路をつくりながら行くしかないかもしれない。
あぁ、でも、とりあえず。襲ってくるものがないのを確認し、ツカサは空を仰いだ。
「お風呂入りたい……」
ツカサはばたりと倒れ込み、黄金の空と覗き込んで笑ってくる仲間たちの顔に目を瞑った。
映画やゲームならここで一度エンディング、クレジットで製作者やスタッフの名前とともに時間経過や復興のワンシーンなどが流れるだろう。その後、短い映像でみんな幸せになりました、というかのような示唆映像があるはずだ。
当然のことながら、【イーグリステリア事変】の時と同様に、戦いが終わればそれで終わりという話ではない。むしろここからが始まりだった。
なにせ国として中枢であったものが盛大に崩れ、崩落し、政権が機能していないのだから困った。【イーグリステリア事変】では軍人であるヴァン、改め、軍師ラスが陣頭指揮を執り、ツカサの創り出した【旅人の温泉】からイーグリスとの調整、軍の再編まで文句を言いながらこなしていた。
それを、じゃあ、誰がやるのか、というのが大きな問題だった。
個人、学生を教えることはできても、各国の成り立ちなどテスト勉強で点数が取れる程度の認識だったツカサも、実家を出奔し冒険者になったアルも詳しいことは知らないと首を振り、なぜかラングに注がれた視線。ラングは黒いシールでこいつがやるのだろうと示し、その先のキスクに視線が集まり、キスクは緊張の面持ちで頷いた。
ちなみに感ずるものはあっさりと見つかった。土地神に探したいと言ったところ、蛇がさくりと隙間から拾ってきてくれた。代わりにこの小瓶を食べたい、と見覚えのないものを強請られたので、おなか壊さないでね、と答えておいた。
ツカサが感ずるもの捜索中、アルとホムロルルが飛び、ドルワフロの女性の護衛に当たった。彼女らの帰還ついでに国を治める知識のあるロトリリィーノが連れてこられたのだ。洞窟を行くトロッコでは随分楽しそうだったという。
自爆魔法の起爆はドルワフロまで届いていなかったらしく、ツカサはロトリリィーノに断りを入れてから一度魔封じを刺し、その力を失くさせた。もはや起爆指示をする奴もいないが、念には念を入れた。ロトリリィーノに、キスク同様、シュンの声が聞こえていなかったのか、と問えば、当時、ロトリリィーノは忙殺されていて、ついにおかしくなったかな、と思って気にしていなかった、と返ってきて苦笑が浮かんだ。もしそれを真面目に捉えていたのなら、キスクとともにロトリリィーノも何かしていたかもしれない。
トルクィーロのことは問われなかった。ここに居ないのだから、そうなのだろう、と誠実に、静かに受け止めていて、ロトリリィーノは実に見事だった。
女性たちの帰還にドルワフロはそれはそれはお祭り騒ぎだったらしいが、生まれているはずの娘息子がいないことに追悼もきちんとされたそうだ。子が生まれないことを知らない彼らは、これからの季節が春であること、最愛の人と再会できたことでとても前向きだったというので、次の子らがこの世界を見るまでにはどうにかしたい、とツカサは自身の胸を撫でた。
首都・レワーシェの大半が崩落してしまっていることもあり、急遽近くに小屋が建てられ、臨時の議会場となった。ここで腕を振るったのも、ロトリリィーノと共に来たポーツィリフを始めとする鍛冶師たちだった。
人々は崩落と爆発のあった場所から離れたい気持ちと、そこで暮らした郷愁との板挟みで精神的にかなり疲弊しており、当初の予定通りルシリュが廃村や街を巡り、人々を割り振り、そこで生活をさせた。
その際、首都・レワーシェから降り注いだ穀物が各地へ届いていたことが功を奏した。彼らはそこを祝福の地として受け入れ、多少のいざこざはありながらも混乱を落ち着けていった。いまだ季節は冬、首都・レワーシェでは感じたことのない白い息を手指に吹きかけながら、人々は来年の春に蒔く種を残し、降り注いだ穀物を糧に、その日その日を生き始めた。
簡単に楽を手放すこともできず、突然取り上げられた享楽に我慢のできない者たちもいた。治安の悪化は改善より早く広がる。ツカサはこういう時の対処法を知らない。裁こうにも法すら崩れてしまっている状況下では信賞必罰しか思いつかず、やるしかないのか、とツカサはキスクやルシリュを守るために魔法を使うことを覚悟した。
しかし、ここで前に出たのが未来の処刑人であるラングだった。任せてほしい、とルシリュとキスクに言い、数日、アルを連れて消えた。ツカサはその行動に顔を覆ったが魔法障壁があったので慌てはしなかった。
簡単なことだった。侵す、犯す、冒す、そうした行動をした者たちがすべて生首になって並べられたのだ。木に彫られた【女神は見ている。誠実に生きろ】の言葉とともに。
誰がやったのか、いつ、どこで殺されたのかわからない。バレないだろうと罪を犯した者は顔色を変え、誠実に生きようと態度を改めた。だが、既に犯した罪は消えはしない。そうして生首が増えていけば、誰かが見ている、神がやはり見ていて罰を与えている、と元々の信仰心を思い出し、皆が自身を律し始めたのだ。首都・レワーシェから逃げ出して、その先でわざわざ死にたい者はいない。
ここまで五日も掛からなかった。帰還したラングとアルを掴まえてツカサは呆れ混じりに言った。
『無茶苦茶じゃない?』
『元々、神に対し抱いていた恐怖心を快楽で誤魔化していた奴らだ。神殿という象徴、神子という偶像がなくなったところで、本来のものが無くなっていないのだとわかれば、いい薬だろう』
『だからって。俺はラングとアルが手を汚さなくてもいいんじゃないか、って言ってるんだよ』
「俺たちは捕まえただけだ。俺は【時失いの石】の所有者としてそこに居ただけだし。やったのはグルディオ」
驚いて詳細を聞けば、グルディオは全ての恨みつらみを背負う覚悟でいるらしい。ラングとアルに同行し、捕縛まではしてもらっていたが、その首を刎ねたのは全てグルディオなのだという。
「ルシリュを守るんだって気持ちが、今あいつを支えてる。守護騎士だって国を、居場所を失って、本当なら膝をついて、座り込んで息を整えたいだろうにさ。強いよな、この世界の奴らって」
ツカサはルシリュとフィエルタと笑い合うグルディオを見遣り、その苦笑を滲ませるような笑い方を、横顔を、忘れないでいようと思った。
一先ずの治安を確保し、キスクがロトリリィーノの助力を得て、テルタとニテロと、ルシリュたちと今後のことを協議している間、ツカサは大虎と牡鹿の足を借りて各地へ散った人々のもとを回った。首都・レワーシェの崩落の隙間にも穀物が大量に落ちており、豊穣の剣もまた、いまだ鞘から抜くと押し流されそうになるほどの穀物を出すので、そうしたものを箱詰めし、袋詰めし、各地に配っているのだ。これはこの世界の命のものだ。この世界の人々のために回すべきだろうと思った。ポソミタキがシュンに伝えていた伝言を、守りたかった。
病を訴える者がいればラングが診察し、ツカサの【鑑定眼】を頼りながら薬を作る。症状に合うものが知識になければ、【ラングの秘伝書】にも頼った。
争いがあれば双方の言い分を聞き、喧嘩両成敗にすることもあれば、どちらもその村や街を追い出して、別の街々へ移動させたりもした。土地柄が合わない者も中には本当にいる、とラングが言ったからだ。それでも騒ぎを起こすのならば、あとはルシリュに委ねることにした。一度治安を落ち着けたことで十分、この世界のことは、これからのことは、結局彼らがどうにかすべきだとラングが言い、ツカサも確かにそうだと思った。
不審がられないよう、大虎と牡鹿に荷物を持ってもらい、ラングと共に乗り、牡鹿を伴って、時に牡鹿に乗りながら、ゴルドラル大陸中央部を駆けた。滑るように風のように駆ける大虎の背中はやはり気持ちよくて、すごいね、と声を掛ければ、ラングは、あぁ、すごい、と返してくれる。それだけで嬉しくて、ツカサは空を見上げた。
淡い桃色に染まる空から注ぐ色は、不思議と淡い水色が強くツカサとラングを包み込む。これからさらに太陽が顔を出せばそれらが白に押しやられ黄色に変わり、朝が来る。
そうすればラングが言うのだ。
『おはよう』
だからツカサも返す。
『うん、おはよう、ラング』
世界はまだ、終わりに向けて今日をひとつ重ねただけだった。
いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。
ひとつの戦いが終わり、けれど解決をしていないことは多く。
少し朝焼けに思いを馳せながら、引き続きお付き合いください。
ところで3巻の予約は済んでいますか……!
そちらもどうぞよろしくお願いいたします!




