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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新 終章 旅路

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4-45:最初で最後の覚悟

いつもご覧いただきありがとうございます。


 少し、意識を失っていた。全身の痛み、やっぱり、間近で受けるもんじゃない、とツカサは目を開いた。魂をひとつ、いや、二つ、それどころか三つも使ったのではないかという爆発は魔法障壁を越えて体を痛めつけてきた。しかもこの世界の命ではなく、リガーヴァルからの命だ。そうでなければここまでの威力にはならなかっただろう。ツカサはヒールを使い、まずは自分の怪我を治し、周囲を見渡すために体を起こした。手のひらにぐにっとした感触があり、呻き声が二つ。


『ラング! 大虎さん!』


 ツカサを守ったラングを守った大虎、という図式なのだろう。ツカサは自分の中の魔力がかなりなくなっていたので、空気中の魔力をぐっと掴んで、キスクの魔力を借りた時のようにそれを使ってラングを治した。体を起こしたラングは砂埃を払い、大虎の体に手を置いてそっと撫でた。


『とんでもない一撃だった。大虎の手当ては』

『魔力は合わないだろうから、不思議な水で』


 癒しの泉エリアの水を手のひらに出せばラングが大虎の口端をぐっと引っ張って開かせた。飲んで、と声を掛けながらバシャバシャ飲ませ続ければ、大虎も唸りながら目を開いた。


『ヒトの命を斯様なものに扱うとは、なんたることだ』

『アルと、ホムロルルは?』


 ツカサは周囲を見渡して絶句した。神殿は半分が綺麗に消し飛んでいて、今にも崩れそうな外郭だけが残ってはいた。瓦礫は魔力と理のせめぎ合いで宙に浮いていて、重力がおかしくなっている。

 街は神殿側からドミノ倒しでもあったかのように瓦礫の山となり、それらが爆風で奥の方、城郭側へ押しやられており、今もまだ少しずつ、ガラガラと崩落を続けていた。外さずに済んだ魔法障壁(マーカー)がこちらへ向かってきている気配がした。魔力と理に感覚が鈍る。しかし、ということは、キスクたちは無事なのだと思うことにした。


『シュンはどこだ』


 ラングがぐるりと周囲を見渡し、それでも見つからないシュンの姿を探っていた。そちらも魔力の圧に邪魔されるのか目視で探す羽目になっているようだった。いや、まだこのラングは理にも疎いのか。

 絆の腕輪を胸の前に置き、ツカサはその軌跡を探した。


『あっちだ、行こう!』

『乗れ、運ぼうぞ』


 大虎の背に乗り、ツカサは癒しの泉エリアの水を飲んで魔力を戻しながら、ラングにも飲ませて体力を戻しながら、アルの下へ急いだ。


 ――あぁ、無茶するもんじゃねぇよな。


 魔法障壁があったって、シェイフォンドとかいう魔導士の最高峰がいたって、そうだよ、あの時も痛かったもんな、とアルは息を吸い、ゲホゲホと咽た。

 焼けた石の臭い、熱された空気が息をし辛くさせ、魔法障壁を越えて体を叩いた衝撃に、どこか骨も折れているのがわかる。指は動くか、手は動くか、腕は上がるか。ひとつずつ確かめてアルは右腕をどうにか持ち上げた。左腕が何かに引っ掛かって持ち上がらず、そちらを見ればじりじりと煙を立てるホムロルルがいた。


「ホムロルル……! うぅぅ……!」


 引っ張る左腕が重くて痛い。大鷹の下から腕を抜けば、その振動で目を覚ましたのかホムロルルはしゅるる、と小さくなった。肩に乗るサイズまで縮むと、ピ、と力なく鳴いた。あの大爆発の際、アルを庇って焼けたらしい。

 アルは瓦礫で擦って血だらけの左腕でホムロルルを腕に抱いた。


「馬鹿野郎、香ばしくなりやがって。トリニクどころか、美味そうな焼きトリじゃねぇか……」


 うるせぇ、黙れ、助けてやったんだ感謝しろ、と言うかのようにホムロルルの鉤爪は力なくアルの胸を蹴った。動くことを確認した右腕で腰のポーチから小瓶を取り出す。蓋を歯で噛んできゅぽりと外すと、慎重にホムロルルの嘴へぽたりと赤い色の液体を落とした。


「ホムロルルにはすげぇ効くと思うぞ、ちょっと嫌な味だけどな。手当てしたら、オルファネウルを探さないと」


 ついでにアルもそれを口に含もうとして、背中を蹴り飛ばされた。小瓶を手放すことはなかったが倒れた拍子に中身がとろりと零れ、瓦礫に染みた。しまった、気配を探っていなかった。アルはホムロルルを庇いながら倒れた瓦礫の上で後ろを肩越しに振り返った。


「お前が厄介なのか、武器が厄介なのか、どっちかだと思うんだよな」


 その手にオルファネウルを持ったシュンがアルを睥睨していた。ホムロルルを庇うように背を丸め、アルは笑みを浮かべてみせた。


「俺の、槍を拾ってくれて、ありがとな。どうも」

「誰が返すかよ」


 シュンの手には随分と重いだろうに、それを器用に魔力圧で持ち上げて、アルのふくらはぎが貫かれた。歯を食いしばって大きな悲鳴は上げなかった。鼻から息を抜いて、涙が出そうになるのを脂汗に変えて、アルは浅い息を繰り返して耐えた。こういうのは、刺される時より、抜かれる時の方が痛いのだ。


「あの仮面野郎が一番面倒だと思ってた。でもあれな、あいつ若いから、あの時ほどの技量がねぇんだな。じゃあ怖くねぇわってことで」


 槍に寄り掛かるようにして抉られ、背筋に力が入り、仰け反る。それから背を丸め、拳を握り締めてアルは震えた。シュンはその様子に槍を揺らした。オルファネウルの怒号がアルには聞こえていた。


「ツカサの魔法だって器用なもんだけど、さっきみたいに威力で押せばどうとでもなる。つまり俺が一番どうにかしなきゃなんねぇのはお前なわけ」

「へ、え、そりゃ、光栄だな」


 左腕の出血、ふくらはぎの痛み、全身の打撲、骨折はどこだ、クソ、体中が痛い、と思いながら強がることは忘れない。こういう奴は、とことん痛めつけてから、心を挫いてからとどめを刺したがる。拷問なら甘んじて受けてやるさ、とアルは笑みを崩さない。絆の腕輪が動いてこちらに来ているという心強さもあった。


「何持ってんだ?」


 アルが庇うものに気づき、シュンはそちらを甚振る方針へ変えたらしい。おっと、これは不味いぞ、とアルは左腕で抱えたものをさらに隠した。


「瓦礫で擦って、腕が痛いんだ。お前、治癒魔法は?」

「誰がかけるかそんなもん」


 よいしょと槍を引き抜かれてアルはさすがに叫んだ。抜くならひと息に抜けよ、と思った。しかしこれもまた不味い、塞いでいたものが抜ければ、血が流れ始める。足っていうのは血が多いんだぞ、とアルは小瓶を口元へ持っていく隙を窺った。

 シュンは槍をかっこよく振るうつもりがオルファネウルの抵抗を受けて上手くいかないらしい。その隙に小瓶を口元へ持っていき、舌を差し込む。ほとんどが流れ出てしまっていて、あまり口に入らなかった。それでもじんわりと痛みが引いてくるのだからとんでもない代物だ。


「なんだそれ、ポーションか?」


 肩を踏みつけられて倒れたアルの手から小瓶を奪い、中を覗き、嗅ぎ、鉄の臭いにシュンはそれを投げ捨てた。


「あ! この、何すんだ!」


 瓦礫の隙間を転がり落ちていく軽い音がしてアルは青くなる。手当てができなくなることよりも、それを失くしたということを、あとで叱られるのが嫌だった。くそ、と右腕を瓦礫についてずりずりと体を移動させていく。


「いつも魔法でばばーっとやっちまうから、武器使ってってどうすればいいんだろうな」


 悠々と後ろから二歩で追いついたシュンが再びアルの肩を踏みつけ、地面に顔を叩きつける羽目になった。ここでいい。アルは額をつくようにして角度を直した。


「さっさと、殺すなら、首を狙う。苦しめて、殺したいなら、胸や腹を狙う」

「ははは! ご丁寧にどうも! で、ご希望は?」

「どっちも、御免だ……!」


 背後の笑い声、肩を踏みつける屈辱的な行為、それを好きにさせながらアルは地面を啜った。石に染み込んだものを吸うせいで、じゃりっとしたものも口の中に入る。じゅうっと吸った地面と血の味は美味いとは言えない。ただでさえ生理的に嫌なものだというのに、埃っぽさも相まって、呑み込むのにだって、嫌悪感がある。少し場所をずらして、じゅるりと啜る。まさしく泥水を啜り、そこにある僅かな水を求めるようにしてアルはそれを摂取し続けた。


「お前みたいな奴はさっさと殺しておくか。これでツカサが合流なんてしたら面倒だしな」


 地面を啜り続けて息が切れる。口周りは血と砂でざらざら、気持ちが悪い。ツカサじゃないけど風呂に入りたいな、と思った。オルファネウルはずっしりと重くなったのだろう。シュンがよろめく気配がした。もう少し血があれば足の傷が塞がる。もう少しだけ啜れば、体の奥で痛む骨が治る。あと少しなんだ、せめてあと一滴あれば、とアルは何かを探し求めてポーチを探った。


「無駄な抵抗はよせって、みっともない」

「うああぁぁ!」


 振るうのではなく、オルファネウルを魔力圧で持ち上げて落とす。それだけできつい一撃になってしまう。オルファネウルの叫び声がアルの中に響く。右腕を刺し貫かれ瓦礫に縫い付けられる。槍が抜け、血が流れる。そういえば、血は創れないってツカサが言っていたな、とアルはぼんやり思い出していた。

 シュンに足蹴にされて仰向けに転がされる。右手でポーチの中をあさり、触れていたものがピンと弾かれて横に落ちた。左腕に抱いていたホムロルルはころりと転がってぴくりとも動かない。さっき飲ませたよな、大丈夫だよな、と横を向いたアルのその腹に向かってオルファネウルが落ちてきて、突き刺さる。ゴウゴウとした風の音の中、アルの悲鳴は響き渡った。


「お前の体も黒い奴に奪わせたっていいんだ。そうだな、そうしたら仲間内で瓦解するかな?」


 ずるりと抜ける穂先、どくりと流れ出ていく血。不味いって、とアルは霞んでいく視界を瞬き続け、意識を保とうとした。


「まぁ、それなら死体でいいしな。まず一人目、じゃあな?」


 やめろ、止せ、とオルファネウルの絶叫が響いていた。


「お前の、せいじゃ、ない……」


 俺が弱かっただけだ、とアルは消えていきそうな意識を瞬きで引き留めながらシュンを見ていた。そこにぼんやりと、青年が見えたような気がした。


「お守り……文字、わかんね……まま……ごめんな……」

「お守り?」


 槍を持ち上げていたシュンが興味を惹かれた様子で眉を顰めた。ホムロルルとは逆に転がっていた薄い鉄の板。なぜだかそれが何なのかを無性に知りたかった。ちらりとアルを見て、すぐに殺せることを確認してから板を拾い、見た。メタルスタンプで埋め込むように書かれた文字を読んだ。


 ――アルがいたから、救われた。ありがと、生きて、死なないで。


 この鉄の板からは自分の欠片を感じた。シュンは片目を手で覆った。そうっとその欠片を拾い上げれば、見えたのはこちらへ向けられた明るい笑顔ばかりだった。

 仕方なさそうに笑って髪をぐしゃぐしゃにしてきたり、真剣にこちらを叱りつけてきたり、複雑そうな顔をして苦笑を浮かべていたり。それでも多かったのは心からの笑顔だった。優しくて、広くて、あったかい、そういうものを受け取って、シュンは揺らめいた。


「どうして、わかってたんじゃねぇのかよ」


 ツカサが元の体に戻り健在であることから、ツカサに成り代わっていざという時に備えてあったものを看破し、取り戻したのだろう。

 逃げろ、と叫ぶこの男が長身の男に殴り倒され、逃げていく欠片の姿があった。


「なんで信じたんだよ。おい! なんでだよ!」


 槍を放り投げてシュンはアルの胸倉を掴んだ。うつらうつらと瞬きながら、アルという男が言った。


「……仲間、だから……。俺が信じ、ないで、誰が……信じるん、だ」


 シュン、と名を呼ばれ、アルの黒い目が閉じられ、シュンは腕から力が抜けた。


「どうして、そこまでわかってて仲間だなんて言いやがるんだ……! 俺はお前の仲間を、奪って……! 知ってんだぞ! イーグリスはお前の故郷なんだろ! そこだって、あの仮面野郎がいないだけで、めちゃくちゃに……なって……」


 この感情をどうすればいいのだろう。ゴウゴウと流れていく焦げ臭い風の中で、シュンは道標を失った子供の背中でアルを眺めていた。瓦礫の上に横たわるアルはついに意識を手放し、腹部からの血はその場所を赤く染めていく。


 奪いたいものはある。手に入れたいものはある。壊してやりたいものだって、殺したいほど憎い想いもある。この体をつくっている者の中には今すぐに殺せと叫ぶ声もある。主導権をシュンが持っているからこそ、留まっているだけだ。

 シュンの決心は簡単に揺らいでいた。羨ましくて悔しくて、そういう矛先はやはりツカサに向いてしまった。もう、八つ当たりできる先がそこしかなかった。


「馬鹿みてぇじゃねぇかよ……。わかってんだ、戻れねぇし、もうやめられねぇ。俺かお前らが死ぬまで終わんねぇとこまで、来て」


 そっと上から退いて、自分の欠片が渡したお守りをアルの胸に置いた。血を流す腹部に手を当てて、体の内側の声を抑え込んで、立ち上がった。ピクリと動いた鷹が羽ばたいてアルの胸に乗ると、ピェー! とシュンに対して威嚇をした。そいつもまたボロボロだった。


「アルに何を、しやがった……! ピェ……ェ!」

「ツカサが来たな」

「おい……!」


 大きな虎に乗ってこちらへ向かってくるツカサは、シュンとアル、そしてホムロルルを見て怒りに顔を歪ませていた。


「シュン! アルから、離れろ!」

「言われなくても離れてやるよ!」


 ぶわりと浮かび上がったシュンは高いところからツカサを見下ろした。大虎の背を下りてアルに駆け寄るツカサと、こちらを見上げて警戒を続ける仮面の男。ツカサの治癒魔法が掛けられるのを確認してから、シュンは静かな声で言った。


「これで終わりにしようぜ。今更だけどよ、腹、括ったわ。お前の言う覚悟ってのを、決めた」


 治癒魔法を掛け終わって、ツカサが立ち上がるのを待ってやった。真っ直ぐにこちらを見上げてくるその眼もまた、シュンに対して常に向けられていたものだった。黒い仮面の男だって逸らすことはない。本当、こいつら、といっそ穏やかな笑みが浮かんだ。


「俺のことをよぅく見ておけよ。俺もお前らのことをしっかり見ておいてやる。どうにもお前らじゃ力不足だからよ、俺が手本を見せてやるよ」


 シュンは両手を持ち上げて大地を揺らした。小刻みに揺れる瓦礫の上、アルの胸から【お守り】が転がり、瓦礫の隙間を落ちていく。ラングはアルの腕を掴むとぐんと抱え上げ、槍を拾うと大虎の上に乗せた。ホムロルルをツカサが抱き、大虎が三人を乗せて空へ駆け上がったところで瓦礫は崩落、闇が口を開いた。


「こい! 集めた命ども! 俺の欠片を辿ってここまで上がってこい! 必ず【変換】を奪って鎖を外し、俺は、神になって生き直す! 俺の邪魔をする奴は、女神だろうと全員、殺してやる! その時は――」


 暗闇から黒いものが吹き上げた。地面が残っていればそれを崩し、柱のように噴き出したそれは土地神の力にも、【時の死神】の力にも、【次代の命の女神の欠片】にも惹かれてか随分としつこく後を追ってきた。ラングが斬り、ツカサが魔法で払い続ければアルの持つ【時失いの石】の五十ロートルが機能していくつかが泡となって消えていく。そうすれば諦めたのか黒いものは全てがシュンの下へ集っていった。真っ黒い球体になった後、パシャリと弾けて残ったものはシュンひとりだった。


 【黒のダンジョン(あの時)】とは違う。どろりとしたものを身に纏うのではなく、まだら模様に見える目もなく、ただ一対の黒い瞳が静かに空を見ていた。衣だって先ほどと何も変わらない。けれど、そこに存在する圧倒的な存在感にツカサは汗が流れた。

 凝縮された魔力。権能を行使する【時の死神】から感じる威圧感のようなものが確かにシュンから発されていた。ゆっくりとした動きでシュンが指先を動かした。無詠唱、即時発動、密度の濃い氷魔法が放たれ、ツカサはそれを盾魔法で角度をずらして弾いた。そうでなければ盾を貫通していただろう。びりびりと痺れる腕にその威力を思い知った。ツカサを狙うのではなく、大虎やラングを狙われれば女神の制約に引っ掛かることもない。

 シュンは厳かな声で言った。空気中の魔力を震わせ、理を追いやりながらその声は響いた。


「さぁ、抵抗しろ。倒してみせろ、抗ってみせろ。俺は、敵として、お前の周りにあるものを全部、奪い取ってやる」


 地下闘技場で言った言葉を繰り返され、目を見開く。ツカサはその声に覚悟と、なぜか悲しみを感じていた。




それは俺の立ち位置のはずなのに。どうして。


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