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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新 終章 旅路

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605/610

4-44:キスクの戦い

いつもご覧いただきありがとうございます。


 ユキヒョウに励まされながら降り立った広場では、神子だ、という声がパラパラと聞こえた。ユキヒョウに乗った灰色のマント。守護騎士(パラディン)・ルシリュたちと築き上げた偶像。いつもなら隣にルシリュたちがいて、そうでなければ黒いスライムだった先生がいて、何かあれば守ってくれるという心の支えがあった。ヴァーレクスなる男はいつの間にか消えていて、どこに居るのかわからなかった。

 この時、キスクは初めてユキヒョウと二人で人前に出たのだ。


「みんな、命を捨てるのは待ってくれ。それは救いじゃない」


 見渡すようにぐるりとユキヒョウが動いてくれた。人ひとり乗せられるサイズのユキヒョウはそれなりに大きく、神獣の登場に改めて膝をつく市民もいる。

 今目の前で女、カナーリヤは死こそ救いであると語り、複数人がその大穴に落ちたこともあり、言われた言葉の相違、困惑が人々の顔にあった。カナーリヤはキスクを覗き込んで微笑を浮かべて言った。


「まぁ、偽物の神子ってあなたのことなのね?」


 偽物、またか、と落胆していく人々の声。キスクは帽子の下でカナーリヤを見据え、それから顔を上げた。


「どうして偽物って言うんだ? 君の言葉こそ偽物だろ、カナーリヤ。ドルワフロへの交易都市、地下の酒場の娘じゃないか」


 酒場の娘? 神のしもべではなく? 何を信じればいいのだ。

 嘆きの声がする。キスクはまずカナーリヤの身分を暴くことから始めることにした。真実をひとつ明かせば、偽証を示せると考えたからだ。カナーリヤは瓦礫の上、小高い位置で表情を強張らせていた。美しい衣に綺麗な肌、自身こそが神に愛されたのだという空想の中で生きていたいのだという気持ちがキスクには見えた。その気持ちはわかる。土地神・神獣と呼ばれるユキヒョウ・シャムロテスと友であるキスクは、愛されているという自負がある。だが、その想いに胡坐をかいてはいけないのだと、ツカサを見て知っている。

 対等である関係性というのは、お互いを尊重してこそ成り立つのだと、あの兄弟を見て学んだのだ。


「婚約者が待っている、カナーリヤ。人を唆して死なせるような馬鹿な真似はやめて、故郷に帰るんだ」


 そっと差し出したロケットペンダント。それはカナーリヤの目を揺らがせて後ずさりさせるには十分はものだった。受け取りに来ないカナーリヤに、キスクはそれを握り締めて、震えないように大きな声で、ゆっくりと話した。


「首都・レワーシェはもう安全じゃない。守護騎士(パラディン)・ルシリュが先導し、別の安全な場所へみんなを案内するという話は知っているだろ? 俺も、この不思議な力でみんなを導く。俺を導いてくれた先生のように。この間の火事を消した、見ていた人もいるだろ」


 キスクがいくら言葉を重ねたところで証人がいなければ言っているだけだ。座り込んでいた人々の中で数人が頷き、見た、と言った。そうだろう、とキスクはその人たちに頷いて返した。


「ここは戦場になる。偽神子を討たんとする勇者たちがこれから戦いに行く。生き延びるんだ、生き残るんだ。生き延びた人しか、この先を見ることはできない」


 しんとした、崩落した広場でキスクは帽子を外した。その下の顔にカナーリヤの横に居た青年が驚きの表情を浮かべた。


「クィースクじゃァないかァ! 訛りがねェから気づかなかったァ!」

「久しぶりだなァ。再会できて嬉しいよォ。……改めて名乗る、俺の名前は、クィースク・トゥア・マー・ドルワフロ。東の雪山、ドルワフロを治める若頭だ。そして、真実を知った者だ」


 両手の上に氷を創り出し、昔、金細工を作った時のようにそれを削っていく。出来上がった氷のユキヒョウを掲げてきらりと輝かせた。その美しさに、不思議さに人々の目が少し輝いたのを確認し、キスクは友人にそれを放った。手にしたものの冷たさに驚きながら、その力の片鱗に友はキスクを呆然と見ていた。


「首都・レワーシェは崩れる。この下には救いなんてない。逃げよう、それは罪じゃない。ここを出た先で寒い夜があるのなら、俺が温かい湯を作る! 人が、人らしい営みができるようになるまで、少しだけ力を貸す! 一緒に行こう、首都・レワーシェを出るんだ!」

「馬鹿なことを言わないで! だったらなぜ神は声を届けたのよ!」

「勇者を殺すためだ! 騙されてたんだ、俺も聞いたからわかる」


 でも、とキスクは大きく息を吸った。


「真実を知った。神様にも会った。人を守ろうと、生かそうと、厳しくて、苦しそうで、それでも、誰も諦めていなかった! だから、人が諦めるわけにはいかない! 苦しくても辛くても生きるんだ! 必ず冬は終わり、暖かな春が来る!」


 あぁ、うん、だからさ、キスクはゆっくりと広場の人々を見渡した。


「春を探しに、一緒に行こう」


 隣同士顔を見合せ、ひとり、またひとり、よろりと立ち上がった。キスクは彼らと目を合わせると頷き、カナーリヤを振り返り再びロケットペンダントを差し出した。


「カナーリヤも、帰ってくることを待っている人がいるんだ。さぁ、こっちへ」

「いやよ! あんな汚い場所になんて戻りたくない! 酒場の娘だからって触っていいもんじゃないのよ! 汚いのよ! 酒臭いのよ! 触らないで! 私は選ばれたの! 神の声を届ける、私が、私は特別なの!」


 叫んだカナーリヤからぐっと魔力を感じた。この場所を包み込んでいるもの、ツカサが掴んで魔法に変えたもの、キスクはそれを受けてぶわっと汗をかいた。不味い、いけないやつだ、どうすれば。


「カナーリヤ! だめだ、よせ!」

「キスク、危ないのである!」


 ユキヒョウが背中で身を乗り出したキスクを後頭部で押し返し、姿勢を低くして飛び上がろうとした瞬間、何かが円を描きながら飛んできて、カナーリヤの胸に刺さった。女のくぐもった悲鳴、何事かと倒れたカナーリヤを支える友の姿。手から落ちた氷のユキヒョウ像がカシャンと綺麗な音を立てて崩れた。

 支えられたカナーリヤの胸には何もなかった。


「あれは、先生の言う、待ち針……?」


 あの暗い酒場の中、キスクを貫いたものを思い出した。屋根を見上げればツカサが腕をもう一度持ち上げていた。その横に一歩踏み出して出てきたアルが息を吸ったのが見えた。


「うおおぉぉ!」


 ビリビリと空気が震え、ユキヒョウの尻尾がぶわわと広がった。声に、発されたものに、皆が屋根の上を振り返り顔を上げた。それを待ってましたと言わんばかりにツカサは腕を振り下ろし、その度に瓦礫の上で神のしもべをしていた者たちが倒れていく。そうするとキスクに汗を流させていたものが消えていく。助かった、と本能的に理解した。


 だが、それを知らない人々が恐怖に震えあがるのも道理だ。ここからは俺のやるべきことだ。


「怯えるな! 彼らは俺の仲間だ! この人たちも生きてる! ただ、みんなに危害を加えようとしたことに気づいて、止めただけだ! 見ろ! 視ろ! 自分の手を! 隣の人の顔を! 手を握れ、顔に触れ! 生きてるんだ! 死んで何になる! 逃げるなら首都・レワーシェの外に行こう! 俺がみんなを連れて行くから!」


 さぁ、行けよ、任せてくれ、とキスクは人々の目を自身に向けさせながら大きく腕を振った。意図は正しく通じてツカサたちはホムロルルの背に乗って神殿へと向かっていく。


「勇者にあとは任せよう、俺たちはただ、生き残ることで戦うんだ! 立てない者があれば手を貸してやってくれ! 彼らも、偽神子に騙されただけだ!」


 瓦礫の上に倒れたカナーリヤと友人、キスクはそれを見捨てなかった。恐る恐る、彼らを下ろしてくれた人々に礼を言い、荷台を持ってきてくれた人にも礼を言い、キスクは一度神殿への空を見上げた。時間がない気がした、急ごう。


「大門を開けよう! さぁ、ついてきてくれ! シャムロテス、頼む」

「行くのである! 我が走ってやるのである!」

「あぁ、いや、歩いて? 追いつけないから」

「む、そうである?」


 ユキヒョウの首を撫でてやる気を起こさせつつ、駆けていこうとするのを留めながら、自信満々に歩くユキヒョウを止めはしない。人々がそうだ、財産を、とか、食料を、とか思い出す前に、逃げさせるしかない。ユキヒョウは理の力というのを感じ取るらしく、足元にキラキラとした氷が舞う。軽やかなユキヒョウはそれでも少しだけ速くて、時々立ち止まり人々の合流を待ちながら、少しずつ大門へ進んでいった。


 その途中、テルタとテルマ、商会長代理のニテロと、守護騎士(パラディン)・ルシリュたちと合流した。そちらはそちらで多くの人を連れており、これから逃げ出そうという人々が増えたことは、この行動が正しいのだという安心感を与えたようだ。背後で息を切らせている人々がホッと息をついたのがわかる。ルシリュたちの方にはドルワフロの女たちもいて、キスクはぐっと泣きそうになったのを堪えた。

 テルタと一瞬目が合った。言外に父、ショウリのことを問われたような気がして、キスクは僅かに俯き、瞑目をもって弔いを示した。テルタがテルマの肩を抱き、テルマの頭をニテロが撫でて、兄妹で支え合う姿にキスクは微笑んだ。ふと首を傾げた、ショウリは還ったものの、ポソミタキが居たはずだ。彼はどこに居るのだろう。ホムロルルの背中にいるようには思えなかった。

 視線に割り込む形でルシリュが飛び込んできて、明るい幼馴染の少し低められた声に違う笑みが浮かんだ。


「クィースク!」

「ルシリュ! よかった、このまま首都・レワーシェを出よう。ここが戦場になるんだ」

「あの大きな鳥、ツカサ殿たちか」

「あぁ、うん、そう」


 そうか、とルシリュはユキヒョウの上のキスクを一度抱きしめた。相変わらず鎧が痛くて顔が引き攣る。けれど幼馴染の抱擁が嬉しくてキスクも腕を回した。それだけでキスクと守護騎士(パラディン)・ルシリュの親密さもわかり、人々はさらに安堵したようだった。

 ルシリュは振り返り、人々に叫んだ。


「神子と合流もできた、行こう! 大門を開けさせる!」


 おぉ! と人々は一気に高揚し腕を振り上げた。

 ユキヒョウの先導は変わらず、大通りは人が埋め尽くして正面の大門を目指す。背後でドォン、と鈍い音がした。振り返れば神殿の最上階付近で炎が爆発するように何度も見えていた。戦いが始まったのだと思った。人々は我先に逃げようとユキヒョウを通り過ぎていく。


「待て! 危ない、先に行くな! 守るから!」


 さらに神殿を取り囲むように竜巻が起きて人々は恐慌に陥り、悲鳴がキスクの声を掻き消していく。

 こういう時こそ、あの力だ、と思った。


「落ち着けえぇぇ!」


 叫ぶ声は少しだけ音色を伴って、大通りの家々を凍らせていく。冷たい冷気、いきなり凍った家、駆けだしていた人々は驚きに我に返り、息を切らせていた。その先頭にユキヒョウと共に戻り、キスクは言った。


「落ち着け! ここで慌てたら、誰かを押しやったら、偽神子の思うつぼだ! 悔しくないのか! さぁ、行こう」


 キスクは返答を得る前に再びユキヒョウの首を撫でて先頭を歩き始めた。ルシリュがその横へ駆けていき、並んだ。


「やるじゃないかァ、クィースク。見違えたよォ」

「先生の、ツカサのおかげだァ」


 ルシリュがキスクの背中を軽く叩き、激励を送る。グルディオとフィエルタはその後ろについて顔を見合せ、少しだけ笑った。キスクはその小さな笑いに振り返り、守護騎士(パラディン)の数が足りないことに気づいた。ひそりと隣のルシリュへ尋ねた。


「【9】の人はどうしたんだァ?」

「うむ、ツカサ殿の下へ行くと、途中で離脱した。こだわりがあるのだろうとは思っていたがァ、よほどの何かがあるのだろうなァ」

「あぁ、うん、でも、わかる」


 なんだかポヤポヤしているように見えるのに、急にキリッとしたり、的確に物事を決めたり、かと思えば自身の失敗談を苦笑交じりに語ったり、兄が大好きであったり。なんというか、普通の青年で、いい人なのだ。そんなことを話しながら進んでいれば、ルシリュの隣へ駆けてきた【3】の守護騎士(パラディン)・フィエルタが言った。


「ルシリュ様、俺は列の最後を見てきます」

「そうか、注意するのだぞ」


 だめだとも引き留めもしない。ルシリュは信じてフィエルタにそれを任せた。フィエルタは列から外れ、人々がキスクたちについていくのを眺め続けていた。

 大門まであと少し、というところで大地が揺れた。広場が崩落した時のことを思い出し、皆が身構える。


「ゆ、ゆ、揺れてるのである! 嫌な感じがするのである!」

「シャムロテス! 下がって!」


 あわ、わ、とユキヒョウがぴょんぴょんと跳ねて下がる。これから目指すべき大門への道が大きな音を立てて崩れ、崩落し、真っ黒い闇に呑まれて消えた。凍っていた家々も崩れてザラザラと呑み込まれ、人々は絶望の表情を浮かべた。別の場所からも崩落している音が聞こえていた。人々の様子を確認するために振り返り、キスクは神殿の上に大きな燃える炎を見た。それを見ればまた人々は命を捨て始めるだろう。それはだめだ、不味い。前を、大門を見続けさせなくては。キスクは息を吸い、叫んだ。


「み、道を創る! 大丈夫だ、待ってて!」


 キスク、どうするのである? とひそひそユキヒョウが尋ねてきたが、やめてくれ、今は話し掛けないでくれ、創ると言ったからにはどうにかしなくては。キスクは祈るように両手を結んだ際、その手に持っていたぽよんとしたものを思い出した。手を解き、両手で受け皿を作る。そこで糸くずの腕をぶんぶん振り回す先生が見えたような気がした。


「歌、長さ、長い……、俺の魔力は、足りないから……」


 糸くずの腕できゅっと掴んでいた光景。顔を上げる。首都・レワーシェは魔力が満ちているとツカサが言っていた。掴めるだろうか、違う、掴むんじゃない。


「俺にできるのは、合わせること」


 合わせ方はツカサが見せてくれた。キスクの魔力を操って教えてくれた。

 できる、できないじゃない、やるんだ。キスクは息を吸って、吟遊詩人として、歌った。


 それは少し前、屋根の上で歌った讃美歌だった。低く静かな始まりから徐々に高音へ、キスクの声は周囲の魔力を探るように歌い続けた。そして、重なった。ここだ、と思った。


 周囲の魔力がキラキラと氷の結晶を創り出し、輝いていく。遠く、大門の方からこちらの方へ、暗闇の上に氷の大橋が掛かり、人々の足元も通り過ぎて隆起する。落ちないようにしっかりとした手すりが、その向こう側も氷がパキパキと音を立てながら走っていき、様々なものを凍らせていく。

 足元は確保された。キスクはその氷が砕けないように歌い続け、ユキヒョウの首を撫でて進むことを促した。ユキヒョウもまた理の力を使い、その氷の大橋にキラキラとした輝きをつけていく。

 ルシリュが足を踏み出した。ドルワフロの女性たちがそれに続いた。さらに釣られて皆が氷の上を歩いていく。


「綺麗……奇跡だわ」


 誰かの声が、前向きな音が広がっていく。キスクの歌う讃美歌に声を重ねていく者が増えていく。大門に辿り着けば、何も言わなくても兵士が門を開いた。キスクは門の内側で立ち止まり、ルシリュを先頭に民を外へ促した。

 あと少し、もう少し、みんな、神殿の方を振り向くな、と思いながらキスクは歌い、氷の大橋を守り続けた。遠くで何かがピシャン、と落ちて街を崩していっていた。それは嵐の夜に木を燃やす神罰のひとつだった。見れば心の挫ける者もいるはずだ、絶対に振り返らせるな、とキスクは無理矢理笑顔を浮かべて人々を促し続けた。


 最後の老人が大門を抜けた後、キスクは神殿を見た。


 真っ赤な、オレンジの、白い大きな光がそれを留めていたガラスのようなものを砕いた。あぁ、爆発する、と思った。大門からまだ近い、キスクはユキヒョウとともに内側に入り込むと、大門を閉じるために取っ手を回し始めた。


「クィースク! こちらへ!」


 ルシリュの呼ぶ声がした。


「キスク! 危ないのである! 逃げるのである!」

「門を閉じなきゃ! あんなのォ、みんな吹っ飛んじまう!」

「キスクも逃げないとだめなのである!」


 ガラガラ、ガラガラガラガラ。片方の扉を閉じたところで、両扉が閉じなければ強度はない。もう片方を誰か、しかし、巻き込むわけには。


「閉じりゃいいんだな!? 殿(しんがり)しといてよかったぜ!」


 逆側の扉の取っ手を【3】の守護騎士(パラディン)・フィエルタが掴んで回し始めた。


「二人とも! 早く出るのだ!」

「いいからァ! 行け! ルル!」

「ルシリュ様! それよりも民を連れて離れてください! あなたが導くんでしょう! 覚悟はできてます! グルディー! あとは任せたぜ!」

「フィエルタ! 見事だ! ルシリュ様!」


 グルディオはルシリュの腕を引き、あなたが導かねば誰が導くのですか、と叫び、ルシリュの後ろ髪を切った。ルシリュは光に震える民の前に立ち、叫んだ。


「首都・レワーシェから離れよ! とにかく遠くへ走るのだ!」


 閉まっていく大門。逃げることを選択した民たちの背を押し、ルシリュもまた駆け出した。

 ゴドンッ、と鈍い音を立てて分厚い大門が閉じ、次の瞬間、遠くで光り輝いていた光が二つに割れ、爆発した。


 光の爆発は凄まじかった。神殿から市街地、城郭まで届き、爆風と熱風で家々を吹き飛ばしていく。その波が迫りくる。


「あぁ、こりゃぁ、ダメかもしんねぇなぁ」


 フィエルタは随分と冷静にそう考え、ぽり、と頬を掻いた。


「ま、氷の大橋を渡るなんて貴重な経験もして、ルシリュ様も逃がせて? 民もその気のある奴は逃がせたし、上々じゃねぇか? ぇえ? フィエルタさんよ」


 なぁ? と自らに話し掛け、諦めを受け入れる。最期は痛くねぇといいなぁ、と目を瞑ったフィエルタの前にユキヒョウと共にキスクが立った。


「っておい! 何してんだ! お前、その獣と一緒に逃げろ!」

「キスクがお前も一緒にって聞かないのである!」

「乗って!」

「ま、間に合わないのであるぅ! キスク、死んだらだめなのであるー!」


 ユキヒョウはぶわっと尻尾を広げるとキスクを包み込み、フィエルタの後ろに隠れ込んだ。


「ちょっ!? ええい、どうにかなりやがれ! 女神様よぉ!」


 全てを吹き飛ばしながら迫ってくる砂を纏った爆風にフィエルタは腕を前に差し出して盾になった。

 目を瞑って衝撃に耐えたフィエルタは、ザシ、と地面が音を立てたことに気づけなかった。耳の少し離れたところでゴウゴウとすごい音がしていて、死ぬ時って痛くねぇのか、とフィエルタは死後の世界を見るためにそろりと目を開いた。

 長身の男がこちらに背を向けて立っていて、その剣で何かを受け続け、斬り続けていた。独特の衣、それはキスクと共に屋根の上にいた一人で、紫鳶色の髪は地下闘技場で何度も見たものだった。爆風が止んで周囲が瓦礫の山と化し、大門が歪んで背後に残っている中、フィエルタとキスク、それを尻尾で包んでぶるぶる震えているユキヒョウのいる場所だけが何事もなかったかのように無事だった。


「お前……! 腐ったワインの(ロ・ツヴァン・)処刑人(エクサーシュ)!」

「うわぁ、大変だったぁ! さすがにもうぼくもヘロヘロ……」


 長身の男の首からにょろりと蛇が出てきて、へたりと肩に引っ掛かったロープのようになった。


「あの子がマホウショウヘキっていうのを、ぼくにもつけててくれてよかったよぉ。それがなかったらあぶなかったぁ……。追いかけてきてた黒いの、いっぱい斬ってきたけど、こっちまで駆けつけて正解だったねぇ」

「エンケポルゥー!」

「ヒトの子を盾にするのは酷いと思うよ、シャムロテス」

「こ、怖かったのである!」


 しょんぼりとユキヒョウが項垂れ、解放されたキスクが腐ったワインの(ロ・ツヴァン・)処刑人(エクサーシュ)に駆け寄り、腕を掴んだ。


「ありがとう! ヴァーレクスさん! 助かった……!」


 ぶんぶんと腕を振られ腐ったワインの(ロ・ツヴァン・)処刑人(エクサーシュ)は不機嫌にそれを振り払った。腐ったワインの(ロ・ツヴァン・)処刑人(エクサーシュ)が言ったことをキスクもフィエルタも理解できず、蛇がよっこら体を戻して言った。


「これから向こうの手伝いに行ってくるってぇ。ここまで来れば、出れるでしょ? って」


 爆風で歪んだ大門には人が一人通れるくらいの隙間ができていた。


「じゃあねぇ、ぼくもさいごまで付き合ってくるよぉ」


 ぴろぴろと尻尾の先で手を振るようにして、蛇は腐ったワインの(ロ・ツヴァン・)処刑人(エクサーシュ)の服の中へ潜ったらしい。爆風で崩れた氷の大橋はもうない。腐ったワインの(ロ・ツヴァン・)処刑人(エクサーシュ)は瓦礫を軽々登っていくとその上を走り、神殿の方を目指していった。

 残されたフィエルタは首を傾げながらもキスクの肩を叩き、出口へ促した。


「ほら、行こうぜ」

「シャムロテス、俺も行けるかな」

「おい! あんなのがまた来てみろよ! 次はダメかもしんねぇぞ!」

「できることがわかったんだ! 俺には難しくてよくわからないけど! ここにあるものを使えば、俺だってできることが見つかったんだ! ルシリュに伝えてくれ、後を頼むって」


 待て待て、とフィエルタは掴んだ肩を逃がさないようにしっかりと握り締めた。その手をそっと握り、キスクは笑った。


「大門を閉じるの手伝ってくれて、ありがとう」


 その笑顔にフィエルタは手を離し、キスクはユキヒョウの上に乗った。


「ヴァーレクスさん、拾っていこう」

「んえぇ、エンケポルには怒られそうなのである」

「あぁ、うん、もう怒られたじゃないか」


 気の抜けるような会話をしながら、氷をキラキラさせながらユキヒョウが瓦礫を駆け上がっていく。

 置いていかれたフィエルタは少しの間呆然とした後、クソ、とひとつ悪態を吐いてその後を追った。




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キスク...。 立派になって...(涙)
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