4-43:空は燃えて
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シュンは叫びながら魔法陣を起動しようとした。だが、それは動かない。当然だ、ツカサは魔法陣を踏んでマール・ネルとともに封じているのだから。
「ぁあ!? また何かやってんな……!」
舌打ちをするシュンに向かって話す間待っていてくれた仲間たちが武器を向けた。ひゅるりと風のようにラングのくすんだ緑のマントが軌跡を描いて双剣を叩き込み、アルの槍が振り下ろされた。シュンの魔法障壁がそれを防ぐと舌打ちがふたつ。
「味方の魔法障壁は有難いもんだけど、敵が使うとほんっと厄介だな!」
物理が通らないとなればシュンには余裕ができたのかツカサに向かって魔封じや様々な魔法を使ってきた。この部屋自体にもそういう設置型のものを置いているらしい。破魔の耳飾りはなくとも一度受けたものだ、気づかないわけもない。ツカサは魔力圧と【変換】を用いて魔封じをずらし、防ぎ、それが効果のないものであると示した。
「効かないよ!」
「クソガキがぁ!」
身を乗り出したシュンの視界にラングの双剣が差し込まれ、ガキンッ、と音を立てた。その剣戟に顔を庇い、目を閉じ、怯えを見せるあたり、魔導士らしい近接の不慣れ感があった。ラングはラングでその魔法障壁をどう掻い潜るかを剣を振るうたびに試行錯誤しているのがわかる。魔法を斬ろうという考え自体が凄まじいものだが、いつかやってのけそうだな、とツカサは考えて笑った。その笑みがまたシュンの癇に障ったらしい。
「いい、わかった、そうだよな、ここでお前らを殺すにしても、奪うにしても、これが最後なんだ、やってやる! 後悔しろ!」
魔法陣に拘るのをやめたシュンはベランダへ逃れ、空に浮いた。
「ホムロルル! 翼!」
「大虎さん!」
シュンが部屋から出て、土地神が魔法陣を飛び越えてベランダへ顔を出した瞬間、地鳴りがした。今までで一番大きなものだ、ベランダへ出たメンバーは首都・レワーシェの地面がじわじわと崩落し、闇に呑まれていっている様子に目を見開いた。アルがクソ、と悪態を吐いて叫んだ。
「崩落してる! ヤケクソになりやがったな!」
『塔も崩れる! ツカサ!』
『魔法陣が……!』
気になる、だが、瓦礫に呑まれるわけにもいかない。魔力も理も、命を器用に留めていた神の知恵、それを与えたのも【命の女神】だろうと思うと怖いのだが、ええい、ままよ。ツカサはラングとアルの差し出した手に向かって、ベランダへ駆けた。走って、蹴ったそばから床が抜けていく。一足先に空へ舞い出たホムロルルはシュンの魔法を躱しながらベランダへ急降下し、その背に飛び乗ったアルを受け止めてさらに旋回した。ツカサとラングは大虎の背に飛び乗り、空へ逃れた。
先ほどまで居た塔の最上階が崩れ、神殿の一部を削りながら落下していく。瓦礫が途中で落下をやめ、ふわりと浮いた。ツカサは全身が高揚と重さと熱さと冷たさで忙しくなり、ひとつ呼吸をして収めた。感ずるものが今までにないほど光り輝き、光を失い、光り輝き、と忙しい。
『魔力と理が暴走してる!』
『嫌な空気だ、重くて、軽い』
「なんかすげぇ体痒い感じがする!」
魔力が強いツカサには属性の暴走のように感じられ、理の属性のラングには寄る波によって違うようだ。一応、多少の魔力を持つアルにはそう感じられるらしい。それぞれの感想に思いを馳せている場合ではない、シュンからの魔法攻撃が激しい。炎、風、天候すらシュンの指先一つで黒い雲を描き、ピシャンと雷が降り注ぐ。周囲にある魔力を利用して広大な範囲に降り注ぐそれは、崩落していく首都・レワーシェの破壊にも繋がった。
「集まれ、集まれ! 命ども! 扱い方は知ってんだ!」
「やめろ!」
風魔法に風魔法を撃ち返し、相殺。余波の暴風にホムロルルとアルが翻弄され、少し離れた。ラングはリトの弓を取り出して矢を番える。その矢がシュンの魔法障壁を砕くことができれば、死角に移動したアルの槍が届くはずだ。こうしようと話したわけではないが、アルならそれに気づく。【イーグリステリア事変】でも、ダンジョンでも、戦闘の勘は非常にいい男だ。仲間を信じられる。
降り注ぐ雷が家々を崩し、地面の崩落に呑まれて人の営みが落ちていく。ツカサは雷を魔法障壁で防ぎ、こちらへ襲い来る炎を氷魔法で打ち払う。
『まるで天災だな』
『まさしく』
ラングの言葉に大虎が返し、空を駆けてシュンと一定の距離を取ってくれていた。一手を決めきれない。ホムロルルとアルもまた、魔法障壁があるとはいえタイミングを計りかねているようだった。それはそうだ、ホムロルルとアルは離れられない。何かあって振り落とされてしまえば攻撃どころではない。
『焦るな、時は来る』
ラングの冷静な声に頷く。ツカサはとにかくシュンの魔法の相殺に集中した。
そうしていればシュンの方が焦れた。周囲を駆けまわり飛び回る二匹の獣にも、魔法を丁寧に防いでくるツカサの魔法にも苛立ちが募ったらしい。
「お前は、本当に、どこまでも、俺の邪魔を!」
シュンが両手を持ち上げて空気中の魔力を集め始めた。地鳴りは続く、首都・レワーシェの崩落は加速していく。神殿は戦闘の圧で崩れ、崩落とは逆に瓦礫が持ち上がっていった。
「キスク……! 頼むから無事でいてよね!」
マーカーは無事だ、それがそのまま首都・レワーシェの外へ逃れてくれることをただ信じる。大虎は瓦礫を踏みながら移動を続け、ツカサは指にナイフを持つようにした。あれだけの魔力を爆発させられても困る。ツカサたちは魔法障壁で守られるとしても、首都・レワーシェは無事では済まない。
『ラング! やろう! 魔封じの弓矢!』
『言っていることがよくわからないが、あれを抑えることは理解した』
『細かいなぁ!』
ぐんっと弦を引いたラングのベルトを二人乗りした時のように掴み、ツカサは【変換】で矢を魔封じができるように変え、ダメ押しでその矢じりの先に先ほど持ったナイフを添えた。雷の隙間、暴風の隙間を縫って、一瞬、ラングは矢を放った。
真っ直ぐに飛んでいく矢はシュンのもとへ。一度その矢を魔法障壁で防いでいる余裕からシュンはそれを悠々と眺めていた。だからこそ上手くいった。
矢じりがシュンの魔法障壁に届いた瞬間、まずそこにあったナイフが魔法障壁をパチンと弾けさせた。
「えっ」
嘘だろ、とシュンの目が見開かれ、次に矢じりそのものがシュンの胸に刺さった。放出されていた魔力がギュンッとシュンの内側に吸い込まれるようにして押さえ込まれ、荒れ狂っていた魔法の数々が姿を消した。
「うおおぉぉ!」
その隙を逃さず、アルがホムロルルとともに急降下し、シュンの背後から襲い掛かった。左から右へ、大きな横薙ぎ。空気を斬りひらくアルの一撃はシュンに届き、ひらいた。だが、その体を真っ二つにすることはなかった。
斬られた体は泡を、黒い液体を飛び散らせはした。風にふわりと消えていく泡とは違い、黒い液体は空中で丸い粒になって浮遊し、落下することはなかった。そもそも、魔封じを受けたシュンはその体を重力に任せ落ちることもなかった。
「どういう……!?」
「そりゃぁ、俺が一人じゃねぇからだよ」
ずる、と矢が押し出され、落ちていく。アルとホムロルルが素早くそこを離れる前に、シュンから黒い触手のようなものが現れて襲い掛かった。ツカサが魔法障壁を広げて盾を創り出して防ぎ、その間に難を逃れた。
シュンの姿は【黒のダンジョン】で会った時のように黒く、どろりとしたローブを纏った。
「忘れんなよ、あの時、お前らに殺されたのは俺だけじゃねぇんだよなぁ。毒だったんだってな? 汚ぇ手を使いやがってよぉ!」
膨れたシュンのローブが弾け、黒い液体が魔法障壁にへばりつく。それはそのまま重くなり、それぞれが落下していく。ラングは黒い液体を斬り、ツカサは誘う。五十ロートル向こうではアルが黒い液体を槍で払い、泡に変えていた。だが、多い、重い、ホムロルルのピェーという悲鳴と、大虎の苦しそうな声がその重さを知らしめる。
『斬れ!』
『やってる!』
ラングの双剣とツカサの風魔法で振り払い、ようやく視界が確保された。その間にシュンは再び空気中の魔力を集めて魔法の行使を整えていた。
「お前らは無事だろうけど、これはどうかな!」
「やめろ!」
ラング、もう一度、と腰のベルトを掴み、ラングは矢を番えた。ぐんっと引かれていく弦がスローモーションで見え、ツカサは先ほどと同じものを矢に乗せる。撃たせるな、使わせるな、何度だって防いで、突破口を切り開くんだ。
ラングの弦が引き絞られる前に、雄叫びが響いた。
「――うおおぉぉ! ひらけ、オルファネウル!」
大きな翼で重力を振り払い、再度上昇したホムロルルとアルが、黒い液体を半分ほど抱えたままシュンの頭上を取り、槍を振り抜いた。
シュンが頭上にこれ見よがしに持ち上げていた何かがひらかれて、パッと弾けた。その先にあったシュンの腕も半分ほどがひらかれ、槍に触れた部分がしゅわ、と泡になっていた。無に還した命が別の命に補填され、それはすぐに腕を取り戻していたがシュンの苛立ちに燃えた視線はアルを捉えた。
「お前、ちょっと厄介だわ」
シュンは自身の胸からひとつ黒い塊を取り出すと、握り潰した。
予備動作のない命の爆発。それはオーリレアの南側で受けたものと同じで、非常に威力のあるものだった。ツカサはあの日、シェイとロナと防いだそれを、歪みの生きものを円形魔法障壁で抑えるように、大きく包み込んだ。
爆発の赤い炎と黒い炎。腕にビシリと衝撃を受けてから轟音が響いた。まるで交通事故に遭ったかのように全身が痛い。魔力がぐんぐんと持っていかれる。揺れたツカサの体をラングの腕が支え、大虎が余波によろめきながら距離を取っていく。
腕が震える。指先が痺れる。爪先から燃えていくような感覚があった。熱くて、痛くて堪らず、叫び声を上げた。
『ツカサ!』
守るんだ。ラングを、アルを、土地神を、自分自身を、そして命を。そっと誰かが手を添えてくれた気がした。
――こういう時のために貯めておいた力だ。
ふっと声が消えていく。僅かな時間ではあったが負担が軽くなり、それはやがて消えた。再びずしりと襲いかかってくる圧にツカサは腕がひび割れ、裂けていくのを感じながらも魔法障壁を張り続けた。ラングが名を呼んでくれる。案じて、心配して、もういい、よせ、とツカサの体を支えながら。
ねぇ、兄さん、その手の強さに、温かさに、優しさに、ずっと俺は守られてきたんだ。肉体がってことじゃなくて、心がね。だからこそ俺も守りたいと思うんだよ。だって、兄さんがいたから、異世界で生き延びて、強くなって、居場所を得られた。俺が得たものだけじゃなくて、兄さんが得たものを俺は守りたい。
『大丈夫、任せて』
穏やかな心地でラングにそう言い、ツカサは微笑んだ。ラングは一瞬言葉を失い、それからひとつ頷いてくれた。
魔法障壁が白くひび割れて、ツカサは魔力をさらに注ぎ込んでそれを直した。それをさらに押すように爆発の威力が増した気がした。シュンがまたひとつ命を握り潰したのだとわかった。酷い奴だ、いや、それほどまでにあの時の命たちがツカサたちを憎んでいるのか。
殺された者が、どうして殺してこないと思うのだろう。ツカサだって奪われたから取り戻そう、奪おうとしているというのに。鼻血が零れた。頭の奥が熱く焼けていく。歯を食いしばり、ツカサは腕がばしゃりと血を零しても手をかざし続けた。
あぁ、そうか、シェイの腕はこうして傷ついたのだな、と悟った後、ついに魔法障壁が砕け散った。
空はまるでそこに太陽があるかのように赤くて、眩しくて、熱くて。朝焼けを間近で見たよう気持ちだった。
ラングがマントでツカサを包み、守ろうとしてくれた。あの時もそうだったよね、と少しだけその腕に頭を預けた。
守れなかったのか、終わりなのか。
幸せな未来にみんなを戻してあげたくて、頑張ったのにな。
目から涙の代わりに血が流れ、ツカサは真っ赤な世界の奥に白いものを見ていた。
走馬灯のように皆の顔が見えて、ツカサはもう一度血に濡れた腕を持ち上げた。
『あき、らめて、たまるかあぁぁ!』
「うおおぉぉ!」
黒い影が飛び出てきて、太陽の前にバッと翼を広げた。命の大爆発がこちらへ向かってくる前に、大地を襲う前に、再び、神器を手にした太陽のような男がそれを振るった。
音のない一閃。爆発を縦に斬りひらく十八番の一撃。振り下ろされたそれは太陽を真っ二つにひらき、ツカサを、ラングを、大虎を、そして首都・レワーシェを守った。
しかし、爆発の轟音が響いた後、耐えられるものはなく、皆が吹き飛ばされていった。




