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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新 終章 旅路

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603/606

4-42:零れた青年

いつもご覧いただきありがとうございます。


 シュンがどういうつもりで人々の命を黒い命に変えさせているのかがわからない。黒い命は穢れ、確かに、拮抗していた魔力と理の均衡は崩れてきていた。ここを魔力で埋め尽くして、次は何をするつもりなのか? 考えられるのは大きな魔法の行使だ。あの黒い命の泉にシュンが意思を持って潜んでいるのだとしたら不味い。


 階段を見つけ、黒い命を眠らせ、上り、また上る。徐々に階段に辿り着くまでが短くなり、最後は螺旋階段を上り、シュンと顔を合わせた階層までついに辿り着いた。上がってすぐ真正面に厳かな黒い重そうな扉があった。派手な装飾品もないが、いい木が使われているのか、なぜだかそれが重要なものだとわかる。

 魔法障壁を確認してからラングとアルが扉の横につき、息の合った様子で頷き合って扉を蹴り開いた。鍵などが壊れた様子もなく、蹴り開けられた扉はバゴン、と重い音を立てて内側へ開いて揺らめいた。攻撃がないことを確認し、ラングが入ろうとしたのを止めて、ツカサが先に入った。


 あ、いやだな、この入り方だと俺がリーダーじゃん、と場違いなことを考える余裕はあった。


 けれど、先に話したいと思った。ゆっくりと視線をやって部屋を見回した。天井には天文図、床には魔法陣のようなもの。壁には紫色に光る不思議なランプ。さらにその奥、先ほど顔を合わせたベランダがあり、シュンはそこで外を見ていた。ベランダの扉はシュンの魔力圧で壊れており、無残にも破片となって転がっていた。【鑑定眼】で魔法陣を視れば読めない文字だった。神の言語だと気づき、なぜこんなものが、と思う。じっと探っていれば痺れを切らしたのかシュンが息を吐いた。


「警戒心の強さだけは一丁前だよなぁ」


 ゆっくりと振り返ったシュンは悪態を吐きながら部屋の中へ戻ってきた。ラングが双剣を構え、アルが槍を構えた。この世界に来てから常に先陣を切っていたラングでも、床の魔法陣が気に掛かるらしく飛び出すようなことはしない。ホムロルルと大鷹も部屋の中には入らなかった。


「お望みどおり、階段を上がってきたよ」

「案外早かったな、本当、なんなんだよお前」


 シュンは部屋の真ん中、魔法陣の中央に立った。ツカサは魔法陣の端を踏んだ。

 少しの間睨み合い、ツカサは疑問に思っていたことを尋ねた。


「シュン、何がしたかったんだ?」


 死にたくないと願ったことも、それを拾った女神がいたことも理解している。

 だが、どうしてシュンは【千切ったパンの欠片(ドッペルゲンガー)】を生み出し、それを様々な世界に置いたのか。どうやってそれを成し得たのか。手を貸している女神がいることもわかっている。ただ、その意図がわからない。

 素朴な疑問を問い掛けたからだろうか、毒気を抜かれた様子でシュンは盛大な溜息をついた後、腰に手を当てて面倒そうに口を開いた。


「お前さぁ、こう、最終決戦前にして言うことがそれかよ?」

「ごめん、でも気になって」


 思わず謝ってしまい、シュンは眉を顰め、それから苦笑を浮かべられた。シュンは呆れた様子でポリポリと頭を掻いた。


「幸せになりたかったんだよ」

「どんな幸せ?」


 純粋な好奇心からさらに尋ねたツカサに対し、シュンは武器を構えたままのラングとアルを見遣ってから視線を戻してきた。


「RPG系のゲームすげぇ好きだったんだよな。レベルを上げりゃ上げるだけ強くなれるタイプのやつ。こっちのレベルが上がると敵も上がるのは嫌いだけどよ。頑張ればそれだけ、結果に出るっつーの? そういうの」

「うん」

「それに、ラノベも。コミカライズされたもんを読む方が多かったけど、無双系あんじゃん、ああいうの好きなんだよな。そうやって、結果出して、仲間を得て、馬鹿やりながら楽しくて、可愛い女子に囲まれたりして……、お前もそういうの憧れねぇの?」


 逆に尋ねられ、ツカサは腕を組んで唸った。


「俺も好きだし、正直魔法には憧れてた。ドーン、とか、バーン、とかさ。俺、リガーヴァル、あの世界に転移した時に魔法とか戦闘スキルが何もなくて、魔法の穴を開けてもらって覚えたんだよね」

魔法の女神(マナリテル)教徒だったのかよ」

「ううん、違う。そこでは適性があるだけで魔法使えないよって言われてた。魔法の穴を開けてもらったことには感謝はしてる、けど、教徒じゃなかった」


 はぁ? どういうことだ、と訝しまれ、ツカサは苦笑しながら腕を解いた。


「俺はね、シュン。転移した時、死にかけたんだよ」


 サイダルの近くの森に転移し、熊型の魔獣に襲われ、冒険者に救われ、そして酒場で働き始めたこと。冒険者になっていつか冒険するんだ、と思いながら、働けど働けど金は貯まらず、日常化し始めたところで【ラング】と出会ったこと。

 戦う力も技術も無く、【ラング】から教えられてひとつずつ身につけたこと。

 魔法の穴を開けて、魔法を覚え、ようやく異世界で冒険が始まると思ったこと。

 だが、目にするものの多くが、人の遺体が、傷ついた体が、瀕死の友達が、ここは現実なのだと突きつけてきたこと。


「そんな毎日だったから、無双なんて夢のまた夢、とにかく目の前のことを、毎日を生きることで必死で、シュンみたいには考えられなかったんだよ」


 転移時、魔法などのスキルを得られなかったことで遅いスタートだったことは伝わったらしく、ふぅん、と少し考え込んだシュンは視線を逸らしていた。その視線がじろっと戻ってきた時には対抗心と敵意が含まれていた。


「でも、お前はそれで、覚悟してうんたらかんたら、いろいろできるようになったってわけだ」

「まぁ、そう。斬られて死にかけもしたし、ひとつひとつに覚悟を問い掛けてくる厳しい人たちばっかりだったからね」


 ふぅん、ともう一度シュンが鼻から音を出した。ツカサは再び問い掛けた。


「シュンの考える幸せって、ラノベみたいに生きることだったの?」


 サルムは穏やかな生活を、ショウリは血のつながりはなくとも愛しい家族を、仲間を得た。

 ツカサは【ラング】に名を貰い新しく生き直す機会と、家族と居場所を得た。


 どの人生にも苦痛はあった。誰の人生にも穏やかな幸せはあった。ずっと、永遠に、ただ幸せを享受できる人など存在せず、大なり小なり失い、その手で掴めるものを大事にして、生きているだけだ。

 全てを得られる人など存在しない。それはツカサにとっての真実であり、教えられ、見つけたものだ。そう、神であっても、完璧な幸せなどどこにもない。


「シュン、その幸せは、冒険は、ひとりで得るものなの?」

「黙れよ」


 シュンからぶわりと魔力圧が放たれた。ツカサの魔法障壁はそれを防ぎ、背後でラングとアルの闘気が高まるのを感じた。ツカサは構わずに話した。


「サルムの話を聞いたよ。小さな幸せを手に入れて幸せになってたって。その形だってシュンが言った冒険じゃないけど、確かに幸せだったはずだよ。サルムはなんだったんだ」

「俺の中の迷いだ、弱い部分だ。だから捨てたんだ」


 ギチ、とアルが槍を握り締める音がした。


「ショウリの生き様を見たよ。たったひとりでも、肩を組んで、手を取り合える友人がいたから、ショウリは家族を得たし、仲間を得て、幸せだった。ショウリもなんだったんだ」

「俺の中の抵抗だ、邪魔な部分だ。だから捨てたんだ!」


 ツカサが手を強く握り締めた。胸の内側で一度は感じた悔しさがじくりと痛んだ。けれど、わかった。

 サルムは想いを寄せる人を得るために、迷い、悩み、苦悩しながらその気持ちを得たのだろう。

 ショウリは今のままではだめだという思いを抱えながら、ポソミタキと手を取り合ったのだろう。

 彼らもまたシュンの一部であり、正しくその感情の一部だった。ラングを襲ったものが何かはわからないが、ツカサを襲ったものが憧憬であることは確実だ。俺の考えた最強の、というショウリの手記からもそう読み取れる。ツカサの体を奪ったものは願望だろう。

 今ここに残ったものは、怒りか、憎しみか、それともそれを演ずるだけの何かなのか。いや、それを捨てたと思い込みたい本人なのか。


「シュン、何がしたかったんだ」


 もう一度問い掛けたツカサの声は静かだった。迷える生徒を前にしたような、(いざな)いと導きを得てここまで駆け上がってきた男の芯のある声だった。


「黒い命を集めて、何をするつもりなんだ。【命の女神】と何を約束したんだ」


 発されていた魔力圧がふっと霧散した。沈黙。誰も、何も言わなかった。ただ待った。こんな高い塔の上まで、人々の微かな叫び声が届くことに頭のどこかで驚きを得ながら、待った。

 シュンは悪いことを見つけられた子供のように少し俯いたまま、何度も息を吸い、自身を落ち着かせていた。やがて諦めを伴って顔を上げ、淡々と告白した。


「信じても信じなくてもいいけどよ、神様ってのは、望みどおりに願いを叶えちゃくんねぇんだよ」


 ゆっくりと腕を持ち上げたシュンは神子として着たその豪華な服の袖をまくり、左腕を露わにした。そこにあったものは神の文字がまるで重い手枷のように、蛇のように、ぐるりと螺旋を描いて刻まれていた。ツカサの頭の奥がチリッと焼け付き、見続けてはならないような気がして目を逸らした。


「確かに、俺は死にたくねぇと思った。幸せになりたいだけだって叫んだ。でも誰だってそうだろ?」

「うん、そうだね」

「そいつに殺されて、次に気づいた時には暗い場所にいた」


 光も、出口もない暗闇で、先ほど殺された恐怖と痛みに叫び声を上げていた。そうしたシュンの背に柔らかい女の声が届いたらしい。甘い囁き、一筋の光のように思えてシュンはそちらへ向かった。


 ――待て! 行ってはならぬ! こちらへ戻るのだ! (いざな)いの舟はこちらだ……! 零れるな……戻れ――!


 誰かが叫んだような気もしたが、ぼんやりと見えた光にシュンは縋ったのだという。

 辿り着いた小さな焚火のような明かり。その周りには多くの人々がいた。苦しい、痛い、悲しい、辛い、怖い、そんな声が溢れていて、シュンも同じ気持ちを抱いていたのでホッと胸を撫で下ろしたそうだ。

 焚火だと思ったものは光り輝く女だった。ぼんやりと金色に光っていて、長い金髪は水に浸されているかのように、常に波打っていた。ほっそりとした手足、身に纏う衣は白く、金と赤の細かな装飾と刺繍がこれでもかと施されていて美しく思えたという。

 女神だ、と縋りついた。近づいてその光に手を伸ばせば、向こうから柔らかな動作で手が差し伸べられ、握り締めた。


 かわいそうな子。大丈夫、もう、痛くないわ。怖くないわ。苦しくないわ。さぁ、いらっしゃい。


 とても温かかった。そうして温もりに触れると、自分がとても冷えていたことに気づいた。溶けるような錯覚を覚え、シュンは目を瞑った。そうして夢心地に落ちた際、シュンの中の感情が零れていく感じもあったらしい。


「女神は言ったぜ、そんな怖い思いをさせたやつを懲らしめてあげるって。でも、かわいそうだからその子の命は消させない、だけど、選ばせてあげる。ヒトはそうして生きているのでしょう? ってさ」


 女神が両手を持ち上げてシュンの体はどこかへ飛んでいった。思い浮かべていたやりたいこと、殺されたことで要らないと思った弱いものが千切れながら、どこかへと飛んでいく。そうしてシュンはこの世界に来た。


「女神は俺に約束をさせた。ひとり運命を変える代わりに、ひとり憎しみを捨てることを」

「【ラング】の運命を変えて、俺を【殺さない】ことを約束したんだね」

「そういうこと。俺が手を下さなくても誰かに殺させれば約束を破らねぇし。鳥を狙えば当たったしな」


 にやっと笑うシュンに小さく首を傾げて返した。口角を下げて笑みを消し、シュンは呟いた。


「俺はただ、幸せになりたかっただけだ。捨ててきた奴らが家族を得て、ダチを得て、幸せになった姿を見て、どうして俺はそうなれないんだって思った。そりゃ、この世界に来てすぐ、いろいろやらかしたけどな、それでも、俺だって歩み寄りはしたんだぜ?」


 ただ、その力の片鱗を知っているからこそ恐怖から心を開く者はなく、開いたように見せかけてその力を利用しようとする者ばかりだった。世代が代わればと期待もした。中にはきちんとシュンを見てくれようとした者もいた。だが、そういう者は他の権力者に疎まれて殺されてしまう。守っても守っても、負担になりたくないとか、ごめんねとか、そばには残らなかった。

 一度、いいから逃げよう、と笑って腕を引いてくれた友人がいた。それもいいかもしれないと思い、首都・レワーシェの外を目指した。だが、シュンはここを出られなかった。いつの間にか黄金の鎖が腕を掴んでいて、見えない壁に阻まれて、友人の手が離れた。神子を唆した大罪人として友人は目の前で殺された。殺した奴も殺した。出ようとしていた門も壊した。それでも出られないこの場所。


 もう、いいや、となった。もう、いやだ、となった。自由になるために全部壊してやる。


「だからな、【変換】が欲しいんだよ。ここから出るために、この腕を掴む女神の鎖を取るために! そのために俺は本当にそれが欲しくてたまらねぇんだよ!」

「渡すことはできない」

「そうだろうな! それに、女神の鎖を取るためにもかなり負担があるんだろ、それ。でっけぇ力だもんな! だから俺はここで命を集めたんだ」


 答えに辿り着いた。この魔法陣はイーグリス学園の地下にあったものと同じ効果があるのだろう。首都・レワーシェ全体が、命を留めるための結界なのだ。ツカサはシュンを見据え、言葉を待った。


「俺が自由になるために、ここに溜めた命どもを使って、俺は神になる。イーグリステリアがそうして女神になったように、俺をそうして産み落としたように! どうせ終わる世界なんだ、俺の役に立てよ! 【変換】を手に入れた後ならどうとでもしてやるからよ!」

「まだ生きてるよ、この世界の人々は、この世界は命があるんだ。その生きる人々の選択はシュンとは違う!」


 ツカサは息を吸った。救いを求められたのならばともに打開策を考えられた。手を差し伸べたってよかった。それが哀れみ、恵もうというツカサのエゴであるとシュンが嫌がらなければだ。そうした後、解放されたシュンをこの世界の人々に任せ、裁かせたってよかった。

 しかし、シュンが裏切らないという確証がどこにもなく、ツカサからそれを提案することはできなかった。一度体を奪われているという事実があるのだから、そうもなろう。

 加えて、【変換】の力の負荷を知っていて、それを利用するための対策を講じ、そのために長い間蓄えたものが事実、ある。それを前にして手を差し伸べることはできなかった。ツカサはこの世界の命を、生きようとする人々の姿を既に知っている。


「異世界に降り立った時から、俺たちはその世界に生かされてる。その世界の人々から居場所を分けて貰ってる。決して、俺たちが主役の舞台にはならないんだ」

「またそれかよ」

「だから、もう、終わりにしよう」


 ツカサは感ずるもの(フュレン)をシュンへ差し向けた。


「シュン、お前に響くまで、俺は何度だって同じ言葉を言う」


 シュンからの魔力圧に灰色のマントが揺れた。


「ここが異世界だってことくらい、わかってるだろ! いい加減、大人になれよ!」

「うるせぇんだよ! いい子ちゃんがよぉ!」


 決して仲直りのできない喧嘩が、始まった。





もう、ごめんね、は通じない。

もう、こちらこそ、も通じない。

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