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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新 終章 旅路

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602/608

4-41:神殿の今

いつもご覧いただきありがとうございます。


 竜巻に巻き上げられてホムロルルの背から飛ばされた際、率直に不味いと思った。自身のこともそうであるし、あの暴風の中、ラングがツカサを掴まえるためにホムロルルの背を離れたことに喜びと怒りが複雑に内在していた。


 互いに腕を伸ばして掴んだ後、リガーヴァルのように精霊にどうにかこうにか頼み込んで空を飛ぶわけにもいかず、神殿を剥ぎ取って飛んでくる瓦礫の破片などは防げるものの、落下の衝撃はどうなるのかと半分冷静に考えてしまった。ラングだけではなく、ツカサも生きねばという想いが思考を鈍らせた。

 結果として大虎・エントゥケの参戦があり、難を逃れた。あの日ラングとともに世界に感動した日を少しだけ思い出した。


 さて、改めての合流である。最上階で待つ【魔王】を倒す【勇者】となるか、【国】を攻める【魔王軍】となるか、宣戦布告をした状況と仲間の()()()()からすれば後者だろう。相手の防衛手段も魔王さながらではあるがお互いに全力でやろう、という謎のスポーツマンシップさえ胸にあった。


 だが、戦いなど汚いもので、互いにもうやめようとならない限り終わりは来ない。以前の【イーグリステリア事変】同様、譲れないものがある限り、それはどちらかが死ぬまで終わらないだろう。もうやめよう、謝る、と言われたところで振り上げた剣を鞘に納められる段階はとうに過ぎているのだ。あまりにも奪いすぎた。あまりにも逆鱗に触れ過ぎた。それもまたお互い様ではあるだろうが、だからこそもう止まれない、戻れないところまで来ている。


『もう一度上まで行くかね』


 大虎に尋ねられ、ツカサは首を振った。


『ううん、時間がないのはわかってるけど、あいつの物語(わがまま)に少しだけ付き合いたい。人のいなさそうなところに入り込もう』


 ベランダの大窓を大虎が爪を持って砕き、飛び込んだのは神殿の三階。

 アルがひらいた竜巻は既になく、高く舞い上げられた破片が市街地へ降り注いでいる最中だ。それを振り返る時間もない。キスクがどう話をつけているのかわからないが、できるだけ多くの人々が逃げられる時間を稼ぎたいとは思った。自暴自棄になったシュンが首都・レワーシェの地面を崩した瞬間、絶対的な不利に陥る。そこから溢れる【黒い命の泉】がどうなるかという不安要素と、ツカサは仲間の安否に気を取られる。

 こうして攻め込んだ今、即座にシュンが首都・レワーシェを崩落させていないのも何か理由があるのだろう。なんにせよ、時間との戦いになりそうだ。


 人がいないという理由で飛び込んだ三階の一室は酷い臭いだった。甘ったるくて、酒の饐えた臭いがして、思わず鼻を覆った。よくよく見てみれば見覚えのある部屋だった。ここはシュンが享楽に耽った部屋だろう。果物は萎び、グラスに注がれていた酒は乾燥してカピカピになったものが残っていた。飾られている花は無気力に項垂れて茶色になったものが花瓶の周りに散らばっていて、手入れを感じなかった。

 風魔法で空気を外に追い出し、少しだけ呼吸を整えた。水のマントはひんやりとして心地いいが、ここまで来れば灰色のマントに戻してもいいだろう。ここから先、ツカサの最大の戦力は魔法なのだ。ばさりと装備し直し、魔力が一度ふわりとマントを揺らし、落ち着いた。


「そうだ、魔封じへの対抗策も着けておかなくちゃ」


 エレナからもらったヨウイチの形見、破魔の耳飾り。右耳にいい加減着け直そうとして空間収納から取り出し、絶句、壊れていた。


「そんな! 魔封じで壊れる前に空間収納にしまったのに!」


 決戦を前に心が揺らぐ。大事にしていたもの、壊さないようにしていたものが壊れていたことはツカサの心の柔らかいところを締め付けた。そっと、誰かが耳元で囁いた。


 ――それがあったから、我々が力を顕現させる隙が生まれたのだ。


 ハッと振り返る。そこに居たのは眉を顰めるアルとその肩に戻ったホムロルルだった。ツカサは手の中で粉々になっている破魔の耳飾りを握り締めた。

 呪いや魔封じなどの直接の被害から、悪意のある念や悪霊も祓える。それが破魔の耳飾りの効果だ。ツカサの体を蹂躙しようとした命は悪意あるものだった。それから守ってくれたのだろう。そうして、その一瞬の抵抗の隙をついて【時の死神】たちはツカサを取り戻した。


『本当に、守られてるなぁ、守られてきたなぁ』


 じわりと滲んだ涙を呑み込むように一度俯き、ゆっくりと顔を上げた。


『次は俺が守るんだ』


 生きてほしいと願ってくれた人、一緒にいたいと願ってくれた人。

 甘やかすなと厳しいことを言ってくれた人も、丁寧に物事を教えてくれた人も、近いけれど遠いところから見守ってくれる人も、お手伝いさんも、同僚も、生徒も、そして。


『どうした』

「大丈夫か?」


 兄も、仲間も、自分自身も。ツカサは息を大きく吸い、破魔の耳飾りを大事に空間収納へしまい直した。


『大丈夫。魔力は上から感じるから、塔の上まで行こう』

「ショウリと守護騎士(パラディン)たちの言葉が正しいなら、兵は敵じゃない。問題はどんな妨害があるかだな」

『魔法は俺が防ぐ。でも、アルとオルファネウルにはひらいてもらうこともあるかも』

「任せとけよ」


 ドン、と胸を叩くアルが頼もしい。ラングはゆっくりと部屋を見回して不審なものがないかをチェックしていた。その背には矢筒があり、手には弓がある。弓が収納のポシェットにしまわれ、ツカサは思い出したことを伝えた。


『ラング、次に矢を射る時は俺にも協力させて。魔封じみたいなものを矢に纏わせれば、シュンの魔法障壁を砕けるかもしれない』

『ほう、それは有益な情報だな』


 すぅ、ふぅ、と一度深呼吸、ツカサは仲間を見渡して頷いた。


『行こう』


 言葉はなく、ただ頷きだけが返ってきた。扉の前に行き改めて人の気配がしないことを確認し、開く。部屋の外は赤い絨毯が敷かれ、灯はともっていないが壁にランプも多い。使われている蝋燭もかなりいいものに見える。右、左、威勢よく言ったものの進むべき正しい道がわからない。きょろりと首を巡らせていれば、左頬がひりついた。ラングを見れば左頬を二回、紋様だ。


『大穴の近くに居ても出てなかったのに。それより近いところに黒い命がいるんだね。だとしたらそっちの方かも』

『敵の足止めをするのならばそうだろうな』


 ツカサは黒い命を辿るように右へ向かって走り出した。廊下を走れるサイズになった大虎はそれでも大きい。三階まで運んでくれれば十分、あとは身の安全を、と言ってはみたものの、大虎は離脱しなかった。


『なぁに、ホムロルルとも長い付き合いなのでな。損な役回りばかりさせておるし、そちらの青年と離れられないのであれば、ツカサとラングは我が運ぼうではないか』

『助かるっちゃぁ助かるぜ』


 天井付近を悠々と飛んでいるホムロルルの声はまんざらでもなさそうだった。そういうことなら頼らせてもらおう。


 暫く走り、階段を見つけ覗き込んで驚いた。階段を封じているかのように黒い命が粘着質なものがべったりと壁のように膜を張っており、呻き、脈打っていた。【鑑定眼】で視ればノイズだらけだ。ラングが即座に前に出て双剣を振るい黒い命を斬り裂いた。ツカサは感ずるもの(フュレン)を胸に(いざな)いの歌を口にしてそれらを自身の内へ導こうとしたが、黒い命はしゅわ、と泡になり消えていく。驚き、思わずアルを見てしまった。


『【時の死神】の権能より、【時失いの石】の方が強いんだ』


 【時の死神】も理の内、その理が存在しないのだから機能しないということか。アルは少し気まずそうに二歩下がった。五十ロートルなのだ、それだけでは到底足りないが気遣いは受け取った。


『構ってる場合じゃねぇぞ。もう、そういう姿になっちまってるってのも、そいつらが選んだ道なんだぜ』

『逃げる機会はあったはずだ』


 ホムロルルとラングに言われ、ツカサも腹をくくる。風魔法を撃って切り刻み、剣と槍でも払い続け、綺麗になった折り返しのある階段をひとつ上りきった。デパートのエスカレーターや階段のように連なってはおらず、また次の階段を探さねばならない。黒い命の気配は右、下で走ったとのは逆へ向かう。


『なんで同じ場所に連続でないんだろう』

『増築が繰り返されたからだろう。その際、建築上の耐久性に問題があり、位置をずらすしかなかったんだろう』

「へぇ」


 アルが感嘆の声を零した。べちゃり、と音を立てながら生者の温もりを求めてか、土地神を求めてか、完全なる消滅を求めてか、黒い命たちがゾンビのように立ち上がり、こちらへ腕を伸ばしている。先陣を切るのはラング、ツカサはラングに当てないようにしながら風魔法を撃ち、アルは少しだけ及び腰だ。ぐっと槍を握って耐えているが、どうもあの系統のものが苦手らしい。【黄壁のダンジョン】では随分頑張って戦っていたらしい。ツカサたちが進んだ道の後ろには何も残らず、ただ前へ走り続けた。

 反対側に辿り着き、階段を見つける。こちらにも黒い命がべったりと蜘蛛の巣のように行く手を阻んでいた。


 アルは五十ロートル前で足を止め、ホムロルルと共に待っている。ラングが躊躇なく黒い命の蜘蛛の巣に飛び込み、その糸を斬り裂いた。ひとつ斬れば連なっていたものがバサバサと落ちていく。ツカサは(いざな)いの歌でそれを光に変え、受け入れた。


 秋口に感じるような、少し冷たい風が吹き抜けた。いや、やめて、来ないで、という女の声がして振り返る。黒い生きものが女の手を引いていた男を包み込んだ。男の叫び声、入ってくるな、やめろ、助けて。黒い生きものが男の体を溶かすように呑み込んでいく。男は最期、女を見ると笑った。


 ――逃げろ。


 男の顔が消えた。男を呑み込んだ黒い生きものはどろどろの水溜まりのようになり、しんと動かなくなった。女は呆然とそれを見ていたが、ゆっくりと足を()()()

 ねぇ、あの人はどこに行ったの? 神子様を裏切ってあの人と逃げようとしたから? だからあの人はどこかに行ってしまったの? ねぇ、どこ、どこに居るの!

 訴えるように振り上げた腕で叩こうとしたもの、黒い水溜まりが女のことも包み込んだ。


 そうして何人も呑み込んであの蜘蛛の巣はできたのか。ツカサはぎゅうっと胸を押さえた。


 ザァザァとノイズのような音を立てながら、ところどころ明瞭に見える景色。慌ただしい神殿の中、逃げなくては、と叫ぶ人々の声がした。

 神子が偽物だった。地下闘技場で本物の神子が現れた。見たんだ、美しい光を纏っていた。炎を受けても怪我ひとつなかった。守護騎士(パラディン)・ルシリュが共に居た。腐ったワインの(ロ・ツヴァン・)処刑人(エクサーシュ)が手を貸していた。

 もしや、我々は過ちを犯していたのではないか。


『そっか、市井の治安が悪化して、止めるのがルシリュたちしかいなかったのは、神殿もそれどころじゃなかったからなんだ。ルシリュの言っていたことは正しかったんだ』


 先ほど経由してきたシュンの部屋の中で見た萎びた果物も、腐り、枯れた花も、そのままだった理由がわかった。シュンが皆を追いやったのではない。皆がシュンから逃げ出したのだ。

 地下闘技場での扇動は予想以上に効果があったらしい。ツカサという神の力の片鱗を見せる者の登場は「あの神子は本当に本物か、自分たちに何をしてくれたのか」を考える切っ掛けを与えたのだ。

 加えて、市井でキスクが見せた美しい魔法、神殿に住まう者たちからも信頼のおける守護騎士(パラディン)・ルシリュが膝をついた相手。迷う神殿の人々の背中を押すには十分な出来事だったのだ。


 「それでもあなたが神子だ」と誰かが言ってくれる期待もシュンにはあっただろう。いい思いをさせ、飲ませ、食わせ、快楽と娯楽を与え、唯一無二として心に入り込んでいたはずだ。だが、誰もシュンの味方として残らなかったのだ。


 シュンは絶望したのかもしれない。


 でも、よく考えろ、それはお前が俺にやったことだぞ。ツカサは通り過ぎていった記憶の欠片を終わらせるように目を瞑り、そして開き、顔を上げた。

 家族を奪い、生きてきた道を奪い、居場所を奪った。やられた側がどうしてやり返さないと思う。ツカサは息を吸い、じっと待っていてくれた仲間を振り返った。


『記憶が見えたよ。神殿にはもう、兵はいない。生活している人もいない。切っ掛けになった最初の黒い生きものがなんだったのかはわからないけど、ここで生活してた人は全部、黒い命の塊に変えられてる』


 (いざな)いを見守ってから近くに来ていたアルが、くそ、と吐き捨てた。生きている人がいたのなら、ここは戦場になる、逃げろ、と叫んだだろう。アルは王都マジェタの迷宮崩壊(ダンジョンブレイク)の際も通りすがりの隊商や冒険者に声を掛け注意喚起していたのだ。やらないはずがない。ラングは窓の外を眺めてからツカサへ視線を戻した。


『無駄な抵抗を受けないこと、(いざな)う対象が明確なことは戦闘においてはいいことだ』

『……そうだね』


 常に冷静なラングの言葉に拳を握り締めた。あれも、これも、守りたいものが増えれば、それだけ迷いが生まれていく。ツカサはひとつ覚悟を決めた。


「アル、もう離れないでいいよ。静かな眠りに、(いざな)うよ」

「わかった」


 初めからその覚悟を決めているアルは強く頷くだけだ。大虎とホムロルルは黙ってヒトの選択に寄り添い、ツカサが走り出せばラングが並んだ。


 人の気配のない神殿の廊下、通り過ぎていく黒い命たち。後に残るものは何もない。

 ただ、そばにいてくれる人たちがいる。ツカサはそれだけで強く在れるような気がした。




いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。


<3巻お知らせ 電子書籍>

TOブックス様公式「X」にてURLリンク付きの投稿がしていただけました!

そちらのURLをご参照くださいませ。

今回の書き下ろしは3本あります。


①真夜中の梟の続編(電子版でSS連載になっているもの)

②TOブックス様公式Xアカウントで行ったアンケートSS(ツカサとラングの話)

③第三者視点から見たツカサとラング


すべての電子書籍に①②はついており、今回、ブックウォーカー様がイベントに乗ってくださって、③が追加でついているのはそちらだけです。

重ねてお伝えしますが、今回は電子書籍のみになりますので、各電子書籍サイト様で直接ご予約をお願いいたします。

お好きな媒体でお選びいただいてもよいですし、特典を狙ってもよいです。

どうか、続きを加筆山盛りてんこ盛りでお届けできるよう、何卒ご助力、応援のほどよろしくお願いいたします。


1巻書影

挿絵(By みてみん)

2巻書影

挿絵(By みてみん)


3巻書影は7月頃になりそうです。


面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やリアクションをいただけると励みになります。

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