4-35:時間は刻一刻と
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ふっ、と意識が浮かび上がった。それなりにしっかり眠ってしまったらしく窓の外は暗かった。部屋を見渡せば広いベッドの上に転がされており、隣に牡鹿が足を畳んで眠っていた。日本人として足をきちんと拭いたのかが気になったが、ちらりと見たところ綺麗だった。
体を起こして部屋を見回せば扉の前にヴァーレクス、フロアソファで足を投げ出し、ホムロルルに腹の上で巣を作られたアルが寝ていて、ラングは窓辺に立っていた。こちらの起床は最初の身じろぎで気づいていたらしく、黒いシールドがツカサを見ていた。
『おはよう、体はどうだ』
『うん、おはよう。大丈夫、悪くないよ。それに時の死神と、助っ人と会話できて、かなり道が見えた気がする』
『お前はいつも不思議なことを言う。奴らを起こせばいいのか?』
『そうしたいけど、いつから寝てる? 体を休めてからでもいいとは思う』
ヴァーレクスはタルワールを腕に抱いて頭を預けており、その姿勢から一定距離まで近づかなければ起きないだろうとわかる。それに、寝起きは悪い男だ。わざわざ起こして機嫌を損ねるのも面倒だ。アルはわかりやすくぐっすり眠っているので起こすのは忍びない。窓辺に立っていたラングは哨戒していたのだろうか。
『ラングは? 寝た?』
『多少、だが、街中の空気が落ち着かない』
言って、再び黒いシールドは窓の外を見た。ツカサはベッドから降りてその隣に立った。窓の外、暗闇の中で煌々と街は明るく輝いていた。音が少しだけ変わっていて笑い声や音楽はなく、緊迫感を持っているように感じた。
『雑貨屋・イーグリス崩落の件を通達した』
『それでなんだね』
今、人々は逃げる準備をしているのだ。守護騎士が捨てられた街々へ人々を案内し、居場所を確保する。その際の決まり事や長に立つ者を急ぎ選定し、班分けをしているのだという。避難訓練などもしていない人々は、どうすればいいのかわからず、手間取っている状態らしい。
道を示し、安心させ、部下に明確な指示を飛ばす人の横顔が浮かんだ。
『こういう時、本当にヴァンはすごかったんだ』
『ヴァン?』
『俺の故郷の軍人兼冒険者の人。前に話したけど、俺がここに来る前、話を聞いてくれた人で、【ラング】とアルと一緒にシュンを倒した事変でも、治安維持に務めてくれてた人なんだ』
『なるほど、有能な男だったのだろうな』
『それはもう、【ラング】が一目も二目も置くような人で、とにかく知識量と知見が凄かった。考古学が大好きで、世界の不思議を知りたがる人でさ、今回もいろいろお世話になったよ』
ラングは話の繋がりがわからないらしく首を傾げ、ツカサは眠っていた間のことを話した。時の死神が記憶を呼び起こすという点であの隠れ家を見ていないラングには少し通じにくかったが、とにかくツカサの記憶の中の人物が知恵を貸してくれたのだとごり押した。案外、とにかくそういうものだと思って、と話を切り上げればラングは諦めてくれる。いや、こいつに聞いても無駄だと判断されるだけかもしれない。悔しいが説明は難しいので目を逸らした。
理の詳しい話や神話、逸話などは置いておいて、単純に欠片が揃い、【新しい命の女神】が生まれる際にこちらが提供できる呪い品があることを思い出したと話した。それが何かと問われ、ドラゴンの血、と言ったものの、やはりラングには想像もできない品だったようだ。一応説明を求められたがツカサにも未知のもので、物は試しなのだと補足すればラングは肩を竦めた。
『一先ず、わかった。ショウリから欠片を預かる時に答えもわかるだろう』
『うん、そうなると思う。そういえば、キスクとユキヒョウと、ショウリは?』
ショウリは別室だとしても、キスクとユキヒョウは同じ部屋で雑魚寝していてもおかしくはない。けれど、ここにはいない。ラングは窓をコツンと叩いた。
『ユキヒョウの姿は神のしもべとしていい象徴になる。灰色のマントを着けて、キスクはその背中にいる』
父、トルクィーロの遺志を継いで守護騎士の手伝いをしているわけだ。
元々、キスクはショウリたちとともに反旗を翻す役目を担っていた。本来の目的に立ち返ったということだ。ツカサは少しだけ寂しく、少しだけ安堵していた。教え子が巣立っていく寂しさもあれど、戦場となるこの場所からキスクが離れるのであれば身の危険はなくなるだろうという考えだ。この足元がいつ崩落するかわからない中、懸念点は少しでも減らした方がいい。ツカサが拳を握り締めて窓の外を見ているのを横目に見遣った後、ラングは同じように窓の外へ視線を動かした。
『朝が来る』
『うん。もしかしたら最後になるかもしれない朝で、もしかしたら続くかもしれない朝だね』
『ツカサが目を覚ましたら、ショウリが話したいと言っていた』
ショウリは宿の中にいるのか。ラングがゆっくりと体の正面をツカサに向けて、言った。
『今日か、明日か、それともまた次の明日なのか。決められた別れとはいえ、いつ別れがあるのかわからない状況というのは、辛いはずだ』
本人がというよりは、周囲の者たちが、だ。
『お前が奇策を得ているのならば、楽にしてやるべきだろう』
『そうだね。……そうだね』
それ以上会話はなかった。徐々に白んでいく空を眺め続け、ツカサは複雑な気持ちを何度も噛み、呑み込み、息を吸っていた。
――朝が来て、まずヴァーレクスが起きた。相変わらず不機嫌に暫くぐったりとした後、ぬらりと立ち上がって顔を洗いに行った。ヴァーレクスが戻った頃、アルがいきなり伸びをして起床を告げ、空いた洗面所で顔を洗いに行った。ホムロルルはフロアソファに残され、未だピヨピヨと寝言を零していた。戻ってきたアルがトリニクのように足を掴んで腕に抱き直し、驚いて目を覚ましたホムロルルに少し噛まれていた。その間に牡鹿はツカサの前に立つとゆっくりと頭を垂れ、優雅な挨拶をした。片角となった牡鹿の角のない部分が気になって触れば、ざらざら、さらさら、なんとも不思議な感触だった。それは牡鹿を撫でる動作と受け取られたらしく、感極まった様子で牡鹿は膝から力を失っていた。憧れのアイドルの前で崩れ落ちるファンのような恰好だった。
そうしたひと悶着が済んでから朝の挨拶だ。
「おはよう、よく寝てたね」
「おう、おはよう。やっぱ地面とは違うよなぁ。ツカサの体調は?」
「かなりいいよ。いろいろと気づきもあったしね」
そうか、それならなんか飯出して、と強請られ、ツカサは空間収納からサンドイッチや茹で芋、串焼きをパッと皿に出して並べた。ツカサが先陣を切っていただきます、と言えば、ラングとアルも言う。そしてついにヴァーレクスにも挨拶が移りツカサは勝ち誇った。
朝食の席で軽く精神世界でのことを共有し、ショウリと会話し、【命の女神の欠片】を引き取ることを話せばアルの表情が曇った。バクバクと食べていた食欲は急に落ち着き、手にした肉串を下ろし、じっと目の焦点が合わない。何かを考え込んで、黙り込んだアルにツカサはそっと声を掛けた。
「アル、時間が必要なら、もちろん取るよ」
「いや、俺が何を話したところで変わることはないからな。それに、話したいのはショウリじゃなくて、サルムであり、シュンだ」
ツカサの肉体を持っていた時の、ということだ。ツカサは芋を齧って、咀嚼し、呑み込んでから尋ねた。
「体を取り返してそのまま、詳しく聞けなかったけど、シュンはどう過ごしてたの?」
「どうって、魔法の練習したり、ちょっと手合わせしたり、温泉に入ったり、あとは……」
アルの手が何かを握り締めるように動き、ツカサは微笑んだ。
「シュンはシュンなりに、いい時間を過ごしてたんだね。それなら少し救われるかも」
それは何気ない一言だった。アルがこうして考え込むのだから、シュンは決してアルをぞんざいに扱うことはなかったのだろう、ツカサはそう考えてのことだった。アルは黒い瞳をじわりと滲ませて二ッと笑い、頷いた。
「あぁ、そう思う。きっと、そうであってほしい」
でもな、とアルはツカサとしっかり目を合わせて言った。
「ツカサを失わなくてよかった。俺の役回りは大変だったけどな!」
わはは、とアルは頭を摩り、最後にラングとヴァーレクスを睨んだ。殴った中身の本人と、殴った体の元の持ち主は何食わぬ顔で食事を続けていたが、視線でお前が悪いと責任を擦り付け合っていた。その光景に呆れてしまい、ツカサはどっちも悪い、と思ったが、そもそも入れ替えを提案したのが自分なので黙っておいた。二人がツカサを責めなかったのはただただ優しかったからであり、一人はどうでもよかったからだ。食事が中盤に差し掛かってから蛇がヴァーレクスの服から顔を出し、残ったものを全て平らげた。
蛇の丸呑みともいえる食事が終わり、小休憩、胃が落ち着いたところでショウリに声を掛けてもらうか、と立ち上がった時のことだった。ゴンッ、と遠くで大きな音がして、宿全体が叩かれたように震え、地震だ、とツカサはまず扉を開けに走った。しかし、揺れはその一度きり、他三名はやや足を広げて揺れに備えた体勢のまま、外を見ていた。視線の先を追うようにしてツカサはその間を通り抜けてベランダへ出た。夜の間眺めていた喧騒のど真ん中だろう、そこから煙が上がっていた。ツカサがベランダを飛び降りる前にアルに肩を掴まれ止められた。
「俺が行く。ホムロルル!」
「任せとけ!」
風を纏い、くるりと一回転、大きな体に戻ったホムロルルの背にタイミングを合わせてアルが飛び乗り、空へ飛んでいった。確かに人の足で屋根を駆けるよりは早く、【鷹の目】を持つアルならば全体を見ることもできる。ここでじっとしていることも大事だとはわかるが、ツカサは自分に魔法という力があるからこそ、怪我人が居たらとも思うのだ。そうしたある程度万能の力を持つツカサの焦燥を感じ取ったラングにも肩を掴まれた。
『不思議な腕輪があるとはいえ、こちらが動けばあの男もまた迷う。それに、お前が出ては、キスクを立たせた意味もない』
治癒魔法のコツは教えた。それを形にできるかどうかはキスク次第なのだ。本人が怪我をしていないといいけれど、とツカサは煙の方角を見つめ、アルの帰還を待った。
高いところで何度か旋回した大鷹は煙に空を見上げる人々にも目撃されただろう。それを指差し噂するほどの余裕があればそれでいい、神のしもべが増えるだけだ。暫くして戻ったアルは鷹サイズに戻るホムロルルとともにベランダに降り立った。ツカサはすぐさま駆け寄った。
「どうだった?」
「あちらさん、随分考え無しになってきたみたいだぞ」
アルが苦虫を嚙み潰したような顔で首を摩り、扉の向こうからバタバタと足音がした。ノックをする時間も惜しいと言いたげに開かれた扉からテルタが駆け込んできて、叫んだ。
「また首都・レワーシェの地面が崩落した! あんたたち、誰も行ってないよな!? いるな!?」
ツカサは目を見開いて言葉を失い、アルを振り返った。
「ユキヒョウの上にキスクとショウリは見えた。守護騎士って呼ばれてた奴らも見えた。ただ、でかい穴だ、落ちた数はかなりいると思う。……時間、やばいかもな」
イーグリステリア事変の時にも感じたことだったが、最終決戦はすぐそこまで迫ってきているのだと、ツカサは拳を握り締めた。
いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。
GWいかがお過ごしですか? 最終日、もしかしたら本日から仕事の方もいらっしゃるかもしれません。
まだあと少し時間があるな、ということであれば、ぜひ、この機会に、例のブツ(ファイアドラゴンシリーズ)を手に入れたところを読み返すなどご提案できれば幸いです。
<3巻お知らせ 電子書籍>
TOブックス様公式「X」にてURLリンク付きの投稿がしていただけました!
そちらのURLをご参照くださいませ。
今回の書き下ろしは3本あります。
①真夜中の梟の続編(電子版でSS連載になっているもの)
②TOブックス様公式Xアカウントで行ったアンケートSS(ツカサとラングの話)
③第三者視点から見たツカサとラング
すべての電子書籍に①②はついており、今回、ブックウォーカー様がイベントに乗ってくださって、③が追加でついているのはそちらだけです。
重ねてお伝えしますが、今回は電子書籍のみになりますので、各電子書籍サイト様で直接ご予約をお願いいたします。
お好きな媒体でお選びいただいてもよいですし、特典を狙ってもよいです。
どうか、続きを加筆山盛りてんこ盛りでお届けできるよう、何卒ご助力、応援のほどよろしくお願いいたします。
お手元に届ける書籍に関しましては、最高のものをお届けさせていただきます。
よろしくお願いいたします!
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2巻書影
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