4-33:記憶の再現
いつもご覧いただきありがとうございます。
「そんなにわたしのことがすきかね?」
幼いままの神様に顔を覗かれ、ツカサはぼんやりと瞬きをした。ぺちぺちとこどもらしい手つきで頬を叩かれ、起きることを促され、腕に力を入れて体を起こした。もはや見慣れつつある自身の精神世界、眩い輝きは時折流れ星を伴って、まるで大きな流れを持っているかのようだった。今日の精神世界は少しだけ明るくて、星の数が多いように思えた。
隣にちょこんと座り込んだ時の死神は未だ幼く、膝を抱えて座る姿は少しだけ不安そうだ。丸くなった横顔を見ていれば時の死神はこちらを見て、こどもらしく笑った。
「いまだこどものすがたでいることがきになるか。おんぞんに、おんぞんをかさねているのだ」
「じゃあ、戻ろうと思えば戻れるの?」
「あぁ、けれど、もどそうとするのも、そのときはすこしちからをひつようとするのだ」
「そうなの? 無事ならいいけど。そうだ、あのさ、聞きたいことがあったんだ。【命の女神の欠片】を集める時、不思議なことが」
とん、と肩を叩かれて驚き変な声が出た。ここにはツカサと時の死神しかいないと思っていたのだが、振り返れば髪の短くなった少女がにこりと笑い、ツカサの顔を覗き込んでいた。
「君……、キスクの世界の理の女神だね?」
少女は偉そうにふんぞり返り、頷いた。うむ、そうである、というユキヒョウのような声が聞こえる気がした。少女は唇を動かして何かを話していたが、言葉がわからずに首を傾げる。音が出ていないことに自分で違和感を覚えたのか、少女は悔しそうに腕を振り、それから息を吸った。喉の奥から空気が潰れる音や、舌が詰まりそうな音がした。大丈夫かと立ち上がって手を伸ばせば、少女は自分でできると言いたげに少し離れた。少しの時間を掛けて、少女の喉からバリっという音がしてツカサはびくりと飛び上がった。
「きみがあのとき、こえをだせるようにしたから、まなんだのだ。ことわりにひびくおとではなく、おのれのこえをな」
息を切らせ、少女は自身の喉を押さえて蹲った。駆け寄ってそっと肩を撫でれば少女は強がって笑った。その姿がホムロルルや蛇と被った。あの土地神たちも辛い顔を見せたくなさそうに、強がり、飄々としていた。少女は喉から掠れた息を何度も零し、音が出ないことにむくれてどこかへ走っていってしまった。取り残されたツカサの手は何かを追うように伸ばされた後、そっと戻された。
「自由すぎるよ」
「はははは、そんなものだ。うむ、いいかげん、はなしにくいな、どれ、すこしつかうとするか」
立ち上がった時の死神はゆるりと歩き始め、それに伴って成長した。一歩、二歩、三歩。元の年齢に戻ると足を止めて深呼吸をし、ゆるりとツカサを振り返った。伏せがちな藍色の瞳、にんまりと笑うふてぶてしい顔、元通りではないだろうがそう見える大人の時の死神に笑みを返し、ツカサは手招きに応じて隣に立った。
「【命の女神の欠片】が重いだろう。それは本来、人の身で持ってはならないもののひとつなのだ。今はこうして君の中に私や彼女がいるから、そこは神を置ける領域に変わっているだけだ」
「前も思ったけどさ、勝手に人の精神世界いじらないでくれる?」
「ふふ、いじったことはないさ。ただ、君がそれを受け入れられるように【変わって】いるのだ」
「……【変換】? 使った覚えはないよ」
そうだろうとも、と時の死神は星空を見上げ、目を細めた。
「私が先ほど言った言葉は、ヴァンにも言われていたのではないか? 君の【変換】は本来、人が持つべき力ではない。【変換】を使う度、君は無意識にその力を行使できる体に、自分自身を【変えて】いっているのだと思う。生きるための本能だ」
「だから、使った覚えは」
「でも、君は少し人の言葉を素直に受け取りすぎるきらいがあるよね」
聞き覚えのある声で聞き覚えのあることを時の死神が言った。声に視線を呼ばれて横を見れば、そこに居たのはヴァンだった。風もないはずなのにふわりと柔らかい金糸が揺れ、透明な水色の目が星明りの下で輝いていた。
あの日、エフェールム邸の一室で話した時と同じ姿で、その目がツカサを射抜いた。言葉を失い、ツカサは色の違う両目でそれを見つめ返した。それを受けて微笑む目元が優しかった。
「僕の姿を扱うのだとしたら、きっと、言いにくいことがあるんだろうね? もしくは、知恵を求められているのか……。彼はツカサの記憶から抜き出した僕に、何をさせたいのだろう?」
どういうことだ。ツカサは唇を開き、問う言葉を忘れて息を零した。ヴァンはあはは、と笑い、周囲を見回した。
「綺麗な場所だね。空気の澄んだところで空を飛んだ時と近しいものを感じる。こういう空を飛ぶとね、僕は自分が随分とちっぽけなものに感じるんだよね」
「あの、待って、セルクス? これは」
「違うよ、僕はヴァン、本名はラス。混乱するのはわかるよ、ツカサ」
ツカサは自身の頬を揉んでつねって現実かを確かめた。そもそも精神世界なのだから話したいと思う相手が出てきたり、幻を見たとしてもおかしくはない。しかし、それならば世界の秘密を知り、魔法を知る世界を見守る者の方が心強い。なぜ、ヴァンなのだろう。目を眇めたり腕を組んで覗き込んだり、そこにあるものを確かめようとするのが面白いのか、ヴァンは堪えきれずに笑った後、ぽんと肩を叩いてきた。
「とりあえず話してみなよ。今、君には何が起こっているんだい?」
ツカサは考えることに疲れ目の前の現象を紐解くのも面倒になり、肩に置かれた温もりを信じてみることにした。
――説明は少し長くなった。ラングとの喧嘩などツカサの中で隠したいことは置いておいて、事象についてはきちんと話せた。ヴァンは顎に手を添えてじっと動かず、ツカサはそれをいつものように待っていた。
時間にして十分程度だろうか。ツカサはそろそろかな、と紙とペンを取り出してヴァンの前に置いた。ペンを探したヴァンの手がそれを掴むと、あっという間に紙にはヴァンのメモが広がっていく。この人のこの作業は見ていて面白い。基本は文字の並びなのだが時に線が走って境界を作ったり、曲線を描いたかと思うとその先で再び文字を書いたりと、不思議と地図のように思える時がある。ただ、その言葉は自身にしかわからないように省略されていたり、いわゆる速記文字のような形になっているものが多い。これは秘密を保持する目的もあるのだろうな、とツカサが見ていれば、最後にトン、とペン先を置いてからヴァンは顔を上げた。
「お待たせ。なるほど、随分と大変なことになっているようだね。君の会った、君を知らない僕が柔軟でよかったと思う」
「うん、それは本当に。ヴァンとシェイさんが持たせてくれたものがあったから、身分も証明できたし、ありがとう」
「どういたしまして。今の僕には何を渡したのか……あぁ、僕が忘れていった紹介状かな? ちゃんと渡せたんだね」
そうだった。あれは結局結婚式で貰ったもので、家の話の前には受け取っていなかった。ツカサは確かめるように尋ねた。
「ヴァン、なんだよね?」
「そうだとも。僕も前にやられたことがあるから、混乱はわかる。話の前に僕の状況についても教えてあげるよ」
ところでお茶はないかな? と問われ、ツカサは紅茶をイメージして差し出した。ぽん、とコミカルな漫画のような音を立ててティーセットとクッキーが並び、ヴァンはいいね、と笑った。ついでにテーブルとソファもイメージしたのでアルブランドー邸のリビングが再現された。強制的に座らせられ、ツカサは自分で想像したものにもかかわらず驚いてしまった。一口紅茶を飲み、ヴァンは微笑んだ。
「あぁ、僕の領地の茶葉だね。君がこれを知っているのは嬉しいよ」
「俺もご馳走してもらったから」
お茶というものは場の空気を和ませる力がある。どうしたって意識をティーカップに向け火傷をしないように口に含む必要があり、飲み込めば香りがふわりと抜けていく。その瞬間、ホッと息をつきたくなるものだ。
そうした小休憩を入れてからヴァンが言った。
「時の死神は、記憶を呼び起こすことができるんだよ。それが空間であったり、ものであったり、こうして僕のように人の記憶のであったりね」
「俺の記憶からってこと? それなら、知識量は?」
「安心していいよ、君の記憶から抜き出されたとはいえ、その時点の僕、だからね。その先で学んだことはわからないけれど、ここまでの僕の知識と経験は全部あるよ」
有難い。それに、とてもすごいことが起きているのだとわかった。言いたいことがわかるのだろう、ヴァンは頷いた。
「時の死神が自身を依り代に僕の記憶を呼び起こしたのさ。不思議と、そうされている、という理解が僕にあるのも、時間を掛けないためだろうね。僕だからこうした事象には慣れているけれど、他の人なら混乱してそれどころじゃないかも」
「でも、なんでヴァンだったんだろう? 魔法のことならシェイさんだし、その、世界の不思議もたぶん、シェイさんの方が」
「うん、その点については答えがわかっているよ。理と神の話、だからだね」
ツカサにとっては理解がしにくい理の話。知識を疑うわけではないが、なにを話せばいいのだろう。ヴァンは穏やかに微笑み、星空を見上げた。
「【命の女神】が代替わりするところだなんて、知らなかった」
静かな声だった。微笑とは裏腹に、湖面に落ちた一滴の水滴のような、そこから広がる静かな波紋を思わせる声。ツカサは瞬きに合わせてゆっくりとヴァンを見た。視線に顔を下げ、ツカサへ戻った透明な水色は星空の光を受けて輝いているように感じた。
「それに、命が時の死神に運ばれるたびに、削り、欠け、やがて壊れるというのも知らなかった。君の考える竜の居た時代の浄化作用というのも、目から鱗だ」
「でも、それが本当かどうかはわからないよ。俺も思いついてのことだし」
「ここからは考古学、僕の本分のひとつの話になる」
ツカサはハッとした。そうだ、魔導士の口伝だけではなく、古代から遺されてきたものを、読み解くのはこの人だったと思った。
「少しだけ、授業を始めようか」
ヴァンの挑戦的な笑みにツカサは背筋を伸ばした。
いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。
はやく3巻の書影を見せたいですね……。
TOブックス様公式「X」にてURLリンク付きの投稿がしていただけました!
そちらのURLをご参照くださいませ。
今回の書き下ろしは3本あります。
①真夜中の梟の続編(電子版でSS連載になっているもの)
②TOブックス様公式Xアカウントで行ったアンケートSS(ツカサとラングの話)
③第三者視点から見たツカサとラング
すべての電子書籍に①②はついており、今回、ブックウォーカー様がイベントに乗ってくださって、③がついているのはそちらだけです。
重ねてお伝えしますが、今回は電子書籍のみになりますので、各電子書籍サイト様で直接ご予約をお願いいたします。
現在、予約受け付けを開始しているのが確認できたのはこちらのサイト様です。
Amazon kindle
ブックウォーカー
楽天ブックス
紀伊國屋書店
Apple books
ヨドバシ
……などなど。
お好きな媒体でお選びいただいてもよいですし、特典を狙ってもよいです。
応援の意味合いを込めて複数媒体でお手に取っていただいてもよいですし……!
既に「そうしてるよ」という旅人はありがとうございます!
どうか、続きを加筆山盛りてんこ盛りでお届けできるよう、何卒ご助力、応援のほどよろしくお願いいたします。
お手元に届ける書籍に関しましては、最高のものをお届けさせていただきます。
よろしくお願いいたします!
1巻書影
2巻書影
面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やリアクションをいただけると励みになります。




