4-32:三つ目の欠片
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ツカサたちに緊張が走った。キスクはそれを鋭く感じ取り、おそるおそる声を掛けてきた。
「先生? 大丈夫か?」
「逃がしたい人を首都・レワーシェから逃がすべきだよ。ドルワフロの女性たちとか、商会の非戦闘員とか、できるだけ遠く。ドルワフロでいいと思う」
「聞きたくねぇけど、理由はよ」
ツカサは木の皿を取り出し、それをそのまま落とした。ガコン、ゴロゴロ、と音がしたそれを皆が見ていた。
「首都・レワーシェはこれなんだ。俺たち、この場所の底を覗いてきたけど、黒い命が泉になってるんだ。ここはいつでもひっくり返るし、支えを失って、崩落する皿の上なんだよ」
しんと沈黙が下りた。皆の視線はカタカタと揺れて落ち着いた木の皿に注がれていた。黒い命が泉になっている、それがどこまでイメージとして伝わるかはわからなかった。ただ、不味いのだということだけわかってもらえればいい。
「キスク、ドルワフロの女性たちはどうなったのかな」
「あ、いや、あぁ、うん、ええと、トロッコの道もあるから、帰りたいってやつが半分はいて、あの」
「落ち着いて。結論は?」
「出ようとしたところで、神子、シュンが出さないように厳命を出したんだ。だから、まだいる」
一歩間に合わなかったか。ツカサは腕を組んで唸った。逃がすべき人を逃がす、それはこの状況では大事なことになってくる。何かあって大地が全て呑まれた時、魔法障壁を首都・レワーシェ全体に張るわけにもいかず、もしそうなった場合、ツカサは戦力外だ。ホムロルルの背中に乗れる人数にも限りがあり、そこで一番動けるのもアルだけだ。さて、どうする。ツカサはちらりとラングへ視線をやった。つい、こういう時の突破口を求めてしまう。
「なんだ」
「いや、アイデアがないかなって」
ラングは腕を組み、ツカサの姿を見て腕を解いた。前に自分が逆のことをやったように思え、ツカサもそっと腕を解いた。少しの時間を置いてラングが口を開いた。
「言葉、不自由。伝える任せる、いい?」
「うん、いいよ。話して」
『崩落したことを広めよう、不安を煽る』
まず一言目からツカサは驚き、そのまま通訳を行った。守護騎士たちがぐっと拳を握り締め、グルディオが声を発する前にルシリュが制した。ラングが地図を求め、テルタは慌てて取りに行き、テーブルに広げた。各々が地図の端を押さえて作戦会議室のようになり、覗き込む。
『シュンに従うことに慣れているからこそ、出るなという厳命を人々は守っている。事実、それは今まで人々を守ってきたのだろう。だが、人という生きものは、秩序と規律がひとたび乱れた時、踏み出した足を止めることはできない。だからこそ守護騎士は首都・レワーシェ内の秩序を守るために、活動していた』
「そのとおりだ。それをわかっていて乱すというのか?」
『ここで考えなければならないのは、首都・レワーシェの秩序ではなく人命だ』
すっと背筋を伸ばしてラングが静かな声を出した。
『命があればあるほど、シュンは力を得る。生き残る者がいなければ、守ったところで何も残らない』
ルシリュはラングの黒いシールドをじっと見据え、ラングはゆっくりと薄い唇を開く。
『勝利の先を見据えて動かねば、本当の意味での勝利には繋がらない』
だから、崩落の事実を伝え、首都・レワーシェに暗い底があることを広める。そして、群衆により扉を開かせるのだという。
混乱が生じるだろうと誰もが思った。どこへ逃げればいい、ここを出て生き延びてどうすればいい、暖かな気候の首都・レワーシェの外は冬、この近隣に雪はなくとも、同様に食べられる小麦もない。人は食料を奪い合い、それはそれで争いが起きるだろうとグルディオが懸念した。ラングはこてりと首を傾げた。
「パラディン、秩序。民、導く。なぜやらない?」
はっ、と息を吸ったのは何人だっただろう。狭い範囲での秩序を守ることに慣れていた者たちは、広義の意味で秩序を守ることをやったことがないのだろう。そのための練習はしていたにもかかわらず、思いつかなかったらしい。ルシリュが小さく笑った。
「神殿が、フォートルアレワシェナ正教が導けないのならば、せめて体制を整えられるまでの間、我らが先陣を切るしかあるまいな。グルディオ、フィエルタ、ついてきてくれるか。私が進むのは道なき道、白銀の雪世界だぞ」
ぐっと上がったルシリュの顔には覚悟があった。グルディオが膝をつき、フィエルタが恭しく礼を取る。ツカサの眼にはルシリュの失われた役職が光を取り戻すのが見えた。
導き手。
今、ルシリュは民の導き手としてその運命を受け入れたのだ。キスク個人ではなく、ルシリュの守るべき民のためにその輝きは発揮されるだろう。ツカサは自然と胸に手を当て、新しい同胞の誕生に敬意を表した。ルシリュはその動作を不思議に思ったらしく、少しだけはにかんで笑みを返した。
「民のことは任せてほしい。首都・レワーシェの近郊には捨てられた街々も多いのだ。少なくとも屋根があれば人は眠ることができる。人手があれば木を伐採し建てることもできる。知恵ある者がいれば頼り、技術を持つ者がいれば登用しよう」
「んじゃぁ、俺も手伝ってェやるかねェ」
ここまで難しい話に沈黙していたトルクィーロが胸をどすりと叩いた。土地神・タルマティアの力があれば、穴を掘って仮暮らしの部屋を作れる。その考えには賛成ではあるものの、ツカサは言いにくそうに視線を逸らした。
「親父はだめだ」
キスクがはっきりと言った。その厳しく、冷たい声に驚きの視線がキスクへ集まった。呼吸が肺を震わせるせいかキスクの体は小刻みに揺れた。けれど、目を逸らさなかった。
「親父の体は、女神様の欠片で動いてるだけだ。それは、先生に、ツカサに誘ってもらわなきゃならないものだ」
「でもよォ、こんな状況だァ、もう少し手助けしてやりてぇじゃねェかァ! ルルだってェ無事で嬉しいしよォ、お前ェとも落ち着いてからァ、もっとォ……」
「逃げないでくれよ!」
キスクの叫びにトルクィーロが言葉を失った。キスクは震えながら何度も息を吸い、堪えきれず、涙を浮かべて叫んだ。
「死んでるんだ、親父はもう死んでるんだァ! 神様の力で、優しさでェ今もまだここにいるだけだァ! それが間違ってるってェ、黒い命を知ってりゃァわかるだろゥ!?」
キスクが一歩、トルクィーロへ踏み出した。
「俺はァ声を聞いたってェ、ドルワフロを長く出てたァ。その間ァ親父と話せばよかったってェ今だって思う! でも、その分の時間はァ、短いけど……もうもらったんだァ……!」
トルクィーロの前に立ち、キスクは大きく息を吸った。
「なァ、親父……。死にたくないんだよな、わかる、俺も死にたくない、親父に死んでほしくない。でも、じゃあ、どこまで生きればァ満足なんだ、ってなっちまうんだァ……」
「クィースク、お前ェ」
「未来のこたァ、生きてる奴が考えるもんだァ、なんだろゥ?」
顔を上げたキスクの表情は穏やかなものだった。ツカサは目がじんと熱くて痛くて堪らなかったが、目を逸らすことはなかった。
「親父、頼りない息子だけど、もう大丈夫だァ。チュチュだってェ、ロトリリィーノ叔父だってェ、ドルワフロはァ、俺が守る」
にこりと微笑んだキスクはついに堪えきれずに涙を零した。トルクィーロは髭面をぐしゃりと歪ませて涙を堪え、息子を強く抱きしめた。
「でっけぇ男にィ、なりやがってよォ……! ほんのちィっとばかし、離れただけだってェのによォ!」
「親父の子だァ」
「あァ、そうだなァ! クィースク、お前ェは最高の息子だァ!」
トルクィーロは声を震わせ絞り出すように叫び、それでも涙は流さなかった。それは戦士の顔だとツカサは思った。そっと肩をアルが掴んでくれた。思わず見上げたアルの表情もまた、戦士を見送るような真剣なものだった。
キスクの嗚咽は少しの間続いた。父親の胸で泣くというのはどんな感じなのだろう。ツカサにはもう、経験のできないものだ。ぐす、と鼻を啜りながらキスクが強く握っていた父親の服を離し、互いの体も離れた。それ以上の言葉は要らないようで、キスクはツカサの方へ移動し、静かに膝をついた。
「先生、待たせた」
「うん」
何も言わなくてもラングが双剣を一本抜いた。守護騎士にやや動揺は走ったものの、ツカサが微笑んだことで踏み出そうとした足が戻された。
「キスク」
「あぁ、うん、なんだ、ラング」
「歌え」
思わぬことを言われたらしく、キスクの目が見開かれた。ラングは剣で肩をとんと叩くと肩越しにキスクを見遣った。
「父、送る。吟遊詩人の息子の歌、いいだろう」
ツカサは小さく微笑んでキスクを立たせると勝手に手を繋いだ。またぼろりと涙を零し、キスクは小さく何度も頷き、息を吸った。
ラングは足音もなくトルクィーロの前に立つとその巨体を見上げ、尋ねた。
「いいな?」
「あァ、いいぜェ。満足だァ……いい最期だァ」
「そうか」
ふわりとラングのくすんだ緑のマントが揺れた。双剣はするりと、かつてトルクィーロが命を失った原因となった傷へ刺さり、抜かれ、血を落とさなかった。そこには命がないのだ。
傷口から解けて光の粒に変わっていく。さらさらと軌跡を描いてキスクを撫でるようにそれが吹いた。トルクィーロの穏やかな顔は苦痛を感じてはおらず、ただキスクを見つめていた。
父の目を見つめ返しながら、キスクの柔らかい歌声が響いた。
旅人よ 今 ひと時の 安息の眠り 揺れる舟の 揺り籠で その身を 癒すがよい
水の流れは 時の流れ 喉を潤し 渇きを癒し 焼けた骨の 熱を 冷ますだろう
その眼が 再び 世界を 見る その時まで 静かな水辺で 旅人に 微睡を与えん
おやすみ おやすみ
旅人よ おやすみ
「おやすみ、親父」
あァ、おやすみィ。
訛った男の満足そうな声、にぃっと笑う豪放な男の笑みが見えた気がした。ツカサは自身の内側へ誘われたトルクィーロの命と、土地神・タルマティアの残滓、そして【命の女神の欠片】を抱きしめるように、手を胸へ置いた。
胸の奥底でカチリと何かがはまったような音がした。そこからふわりと風が吹いて心地よさに目を瞑る。快晴の丘を可憐な花を揺らし、一気に駆け上がるような風。暖かく、冬の寒さを追い払うそれは不思議なことに窓や建物を越えて首都・レワーシェの中へ広がった。
「ツカサ!」
「止めろ!」
「小僧!」
三者三様の声に引き戻され、ツカサは気づけば床に倒れていた。しっかりと三人の腕に押さえつけられ、ヴァーレクスなどタルワールが首元に置かれていた。若干肌にぷっつりとめり込んでいるような感触があり、ヒュッと喉が鳴り、細くなった。アルが慌ててヴァーレクスを諫めた。
「ヴァーレクス! 剣を退けろ! ツカサ、だよな?」
「そ、そうだけど、本当なに? 俺もしかしてまた何か?」
タルワールが退いてアルに顔を覗き込まれ、ツカサの眼が不安に揺れた。その眼をアルが確認し、息を吐いた。
「大丈夫、ツカサだ」
「ごめん、俺に何があったの? なんか、気持ちいい丘の上にいたような感じだったんだけど」
「すげぇ気持ちいい風が吹いてたよ。ツカサがいたその丘っていうの、俺たちにも見えてた」
どういうことか、とツカサの表情が問いかけていたのだろう。ここで口を開いたのが【9】の守護騎士だった。
「神子様、やはり、あなたが神子様だ」
「いや、それはキスクで……」
「なぜあなたは頑なに彼を指し示すのでしょう」
いや、だって、キスクの職業に【選ばれし反逆者】とか【導きを失った者】とか、書かれていたから、とツカサは言葉にしようとして思い直した。何に対しての反逆者であるのか、どの導きを失ったのか、知らないからだ。
キスクと出会ったちょうどその頃、土地神との出会いもあって新しい知見が入り込んでいた時だった。現在のフォートルアレワシェナ正教は過去のものとは違い、この世界の神が挿げ替えられる事態もあった。だから、【選ばれし反逆者】はそれに対するものであると紐づけていた。
同様に自身が導き手であればこそ、【導きを失った者】を文字通り受け止めていた。導き手に関して得た情報はヴァンから聞いた、理の傍に現れる、だけだ。それがリガーヴァルの世界と規則も在り方も違うのであれば、別に、ルシリュとキスクの関係性にこだわる必要はなかったのではないか。
もし、根本が違ったら、どうか。
ツカサはアルの手を借りて立ち上がると、慎重にキスクを視た。
【クィースク・トゥア・マー・ドルワフロ(20)】
職業:ドルワフロの若頭 吟遊詩人 偽りの神子に選ばれし反逆者だった者(解放済み) 魔導士による導きを知った者
レベル:40
HP:--
MP:けっこう増えた
【スキル】
歌 お上手
魔法 まぁまぁ上手くなった
隠密 逆にダメになった
ツカサは急激な睡魔に体を揺らし、ラングの手が背中に触れたところでぷつりと意識を失った。
いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。
はやく3巻の書影を見せたいですね……。
以下ご参考にぜひ、お早い予約をいただければ幸いです。
予約数で4巻出るかどうか決まります!
今回の書き下ろしは3本あります。
①真夜中の梟の続編(電子版でSS連載になっているもの)
②TOブックス様公式Xアカウントで行ったアンケートSS(ツカサとラングの話)
③第三者視点から見たツカサとラング
すべての電子書籍に①②はついており、今回、ブックウォーカー様がイベントに乗ってくださって、③がついているのはそちらだけです。
重ねてお伝えしますが、今回は電子書籍のみになりますので、各電子書籍サイト様で直接ご予約をお願いいたします。
現在、予約受け付けを開始しているのが確認できたのはこちらのサイト様です。
Amazon kindle
ブックウォーカー
楽天ブックス
紀伊國屋書店
Apple books
ヨドバシ
……などなど。
お好きな媒体でお選びいただいてもよいですし、特典を狙ってもよいです。
応援の意味合いを込めて複数媒体でお手に取っていただいてもよいですし……!
既に「そうしてるよ」という旅人はありがとうございます!
厳しい現実の話、予約数で4巻が決まります。ドキドキしています。
どうか、続きを加筆山盛りてんこ盛りでお届けできるよう、何卒ご助力、応援のほどよろしくお願いいたします。
お手元に届ける書籍に関しましては、最高のものをお届けさせていただきます。
よろしくお願いいたします!
1巻書影
2巻書影
面白い、続きが読みたい、頑張れ、と思っていただけたら★★★★★やリアクションをいただけると励みになります。




