4-31:首都・レワーシェの底
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首都・レワーシェへは簡単に戻れた。ショウリに言われていた、入りやすく出にくい、は城郭をその肉体ひとつで越えられるメンバーにとっては難しいことではなかった。今もまだ人が入るだけ入って、出るのは禁じられているのだろうか。
城郭をよじ登るかと会話をしていれば牡鹿が胸を張り、大熊が開けたという穴を再び開き、城郭の下を通ってすんなりと入れた。出る時もそれでよかったのでは、と首を傾げれば、牡鹿は目を逸らした。遠回しにいろいろと言っていたが、どうやら失敗の記憶を思い出すので嫌だったらしい。面倒なので深くは問わなかった。
相変わらず寂れた墓地に人はいない。神殿の管理があまりにも杜撰すぎる。ちらりとトンガリ屋根を見上げ、それから地面を見た。地下闘技場もどうなっているのだろう。大穴を開けて逃げ出した後、いろいろあったはずだ。
ふと思い返せば、そこから生き延びている人がいるからこそ、灰色、神子、などの話が市井に出回っているのだからあの場に居た者たちは無事だったのだろう。逆に不安だ。なぜシュンはそれを許したのか、黒い命の泉にいたシュンはどうなったのか、シュンサイドの謎はまだ多く残っている。
「ほら、行くぞ」
アルに肩を叩かれて顔を上げ、アーチ形の扉をいくつか抜け、市街地へ出た。
道中、ラングとアルが決めただろう隠れ家を見つけたことを伝えた。ツカサとヴァーレクスは既に中へ入り込んでいるので時の止まった家に入れるが、ラングとアルは入れないらしく、扉を入ってお互いを認識できないという不可思議な現象に見舞われた。ラングとアルが招かれれば、これは非常にいい隠れ家になる。追手がいたとしても時がずれるので追いつかれないのだ。家そのものを破壊された場合が気にかかるが、そうならないようにしたい。キスクに依頼すべき事項が増えた。
再び牡鹿は肉のふり、アルはホムロルルを腕に乗せてペットのように扱い、蛇は再びヴァーレクスの服の中で動かないように注意していた。【時失いの石】が便利だなんだと言いながら、やはり同じ属性は心地いいらしい。ヴァーレクスは蛇を押し付けられなかったことに盛大に舌打ちをしていた。同族嫌悪だろうと思った。
ラングはツカサに灰色のマントを外すように言った。情報共有をした時点で、灰色、という目印が【神子】を指すのであれば、厄介だろうと言われたのだ。人々を混乱させることもないという意図だった。ツカサはトレードマークにもなっていた灰色のマントを空間収納にしまい、代わりに水のマントを取り出した。何かしら羽織っていないと落ち着かない体になっていた。
賑やかな通りまで辿り着いた。ルシリュの演説が効いているのか案外落ち着いており、人々は変わらぬ享楽を貪っていた。現実逃避は健在であった。
ヴァーレクスの肩にいる牡鹿が大人気で、いくらで買おう、という声掛けもいくつかあった。先約済みだと断って歩き続けるがしつこい奴はいるもので、昏倒させるかと思った瞬間、牡鹿が首を上げひと鳴きした。死体が動く、黒いもの、危ないもの、という理解があったからこそ、しつこかった商人は悲鳴を上げて逃げて行った。代わりに警吏を呼ばれては困るので足早にそこを立ち去った。
ホムロルルの誘導に従って進み、ツカサがスライムボディだった時に滞在したアラビアンな宿に辿り着いた。ここにユキヒョウが、キスクがいるらしい。ルシリュたちもいれば話は早いがどうだろうか。ツカサは先陣を切って宿に入った。受付で声を掛けようとした瞬間、パッと出てきた男と目が合った。
「あっ、神子っち! 無事だったのかよ!」
ばったり、といった言葉が相応しく、【3】の守護騎士・フィエルタと再会した。今は鎧を外しておりかなりの軽装、それでも弓を背負うことは忘れないあたり、危機感はある。
「フィエルタさん! そっちも無事だったんだ。あと神子じゃないって何度言えば」
「こっちはルシリュ様もグルディーも、髭のオッサンと【9】も無事だぜ。って、腐ったワインの処刑人! あんたもまだいんのかよ!」
牡鹿を担いだヴァーレクスは眉を顰め、通訳をツカサに求めた。蛇がやらないのではっきりとわからないのだ。腐ったワインの処刑人が自身を指すということだけは認識しているらしく、ヴァーレクスがフィエルタを改めて見た。
「神子っち、マジでこれが師匠なんかよ?」
「そうだよ、それから、兄さんと仲間のアルは初めてだよね?」
「神子っちの兄さんは……あんたか? よろしく」
フィエルタは颯爽と黒髪のアルに右手を差し出し、アルはわからないながら手を握り返し、二ッと笑った。ツカサはラングのマントを引っ張って示した。
「違う、兄さんはこっち。そっちがアル」
「えぇ……、わかるかよ……」
フィエルタは恐る恐るラングにも手を差し出し、小さくシールドを傾げながらもラングはそれを握り返した。グダグダの挨拶をしていればグルディオが階段を下りてきた。
「フィエルタ、どこで行商をして……、君は、君たちは! 無事だったか」
「グルディオさん、そっちも」
ホッと笑う苦労性の顔にこちらも微笑を浮かべて返し、ツカサはその名を呼んだ。土の中で別れ、キスクを【神子】に仕立て上げるためにやった時はスライムボディで認識されなかったが今は気づかれる。それだけで嬉しかった。
「ルリシュとキスクと、ショウリと、とりあえずみんなと話したいんだけど、どこにいるの?」
「それならこっちだぜ。腕のいい医者を探してんだけどよ、そういうのは全員神殿が抱えてやがるから……」
「誰か怪我をしたの?」
「商会長代理がな、【雑貨屋・イーグリス】がなくなっちまってよ」
ツカサはアルを見て、アルは【イーグリス】という言葉にツカサを見た。ツカサは一歩踏み出して自分の胸を叩いた。
「俺が手当てできる、案内してくれる?」
顔を見合わせた守護騎士たちは【神子】を丁重に案内してくれた。
【雑貨屋・イーグリス】。シュンにとって馴染みのある名前であり、わざとつけられた店名。階段を上りながらラングが言うには、あそこはシュンの手勢に攻められてもいい場所、混乱を生じさせる場所としてショウリも考えている場所なのだそうだ。そうであれば怪我をすることも想定のうちだろう、とも思い、違和感が拭えない。それはラングも同じだと言った。
『最小限の人員に留めていた場所、逃走経路なども十分に把握しているはずだ。怪我を負うような状態に陥っているのはおかしい』
『あの人、よくは知らないけど、キスクにマントを用意したりするところを見ると、そういうところ気をつけそうだもんね』
ラングから頷きを得て開かれた扉をくぐった。心配そうに商会長代理を覗き込むショウリがまずこちらに気づき、救いの手が来たことに涙混じりの笑みが浮かんだ。次いでテルタが顔を上げ、ハッと目を見開き、駆け寄ってきた。ツカサはテルタを手で制してからゆっくりと足を進めた。この発芽を、花開く瞬間を邪魔してはならないと思った。ツカサの色の違う両眼は、ユキヒョウに寄り添われるキスクの背中を真っ直ぐに見ていた。
「治れ……治れ……! 感覚はわかってるんだ、先生に教えてもらったから、でも、どうやって治せばいい!? どう魔法を使えばいいんだ……!」
ふわふわと放出された魔力が部屋に満ちていた。冷たくて、熱くて、絶妙にせめぎ合う圧がツカサの眼には視えていた。そっと、今まさに蕾から大輪の花を咲かせようとしている青年の背後に立った。覗き込んだ向こうでは大やけどを負った商会長代理が息も絶え絶えに唸り声を上げ続けていた。
「頼む、頼む! 死なせたくないんだ……!」
――頼むよ、治癒魔法があるんだろ、助けてよ。
願うように、祈るように、キスクは両手が白くなるほど握り合わせて懇願した。その声がかつての自身と被り、いっそのこと穏やかな微笑を浮かべてしまった。
ツカサは感覚で扱えてしまったがために魔力でどう体を治しているのかは理解していない。ただ、補う、治す、というイメージだけが適合し、扱うことができているだけだ。言葉で教えることのできないことを教えるのならばやはり実体験だ。
ツカサはそっと手を差し出し、部屋中を満たす魔力を掴んだ。それを通してキスクの体内の魔力へ干渉し、目を閉じた。補う、癒す、人体のダメになった場所へ新しいものを入れる。そこから肉を通わせて、治していく。そうして補った部分が本当の肉に馴染むまで、人は時間を要する。
血は創れない、命だからだ。
キスクは魔力を体中から放出するのではなく、誰かに手を添えられているかのように握り締めた手を開き、迷いなく商会長代理へ触れ、ゆっくりとやけどを撫でた。キスクの手が触れた場所から、ぐずぐずになった皮膚がすぅっと滑らかな肌に変わっていく。溢れた魔力がキラキラとした白い光になり、部屋中に舞った。
部屋にいた人々がそれを見上げ、唇を閉じることも忘れていた。落ちてきた白い光を握り締め、ルシリュが呟いた。
「奇跡だ……」
グルディオが頷き、フィエルタが口笛を吹く。部屋の隅に居た【9】の守護騎士はやはりツカサに視線を置きながら膝をついた。
「ニテロ兄さん!」
双子が駆け寄り、やけどを確かめるように優しく肌を撫でた。当の本人はようやくというかのように深い息をついて眠りに落ちていた。ふらりと立ち上がったキスクは汗だくで、よろりよろりと足を下げ、たたらを踏んだ。それを抱き留め、手を握り、ツカサはにこりと笑った。
「よくやったね、キスク」
「せ、先生……!」
「次は人の姿で、約束は守ったよ」
キスクはぎゅうっと涙を堪え、唇を震わせてから情けない笑顔を浮かべた。ツカサがとんとキスクの脇腹を叩けば、膝に力が入って自らの足で立った。そっとキスクを離してからツカサは部屋の中を見渡し、各者各様の反応を受け止めた。再会を喜ぶ時間はあまりない気がしていた。この世界に来てからこういうことは多い。借り物の命を持つ者たちは特に緊張しているように見えた。ツカサはショウリへ切り出した。
「ショウリ、【雑貨屋・イーグリス】がなくなったって、どういうこと?」
「戻ってきたことくらい一言あってもいいんじゃねぇの? ……崩落したんだ」
ツカサは小さく首を傾げて続きを促した。ショウリは拳を強く握り締め、答えた。
「でっけぇ穴が開いた。【雑貨屋・イーグリス】の中身が地面ごとごっそりと落ちたんだ。その時の地響きで物が倒れて、爆発して、ニテロは巻き込まれちまった。何人かそのまま死んでる」
「地面ごと?」
ラングが通訳を求めてツカサの肩を掴んだ。単語を拾いはしても、内容の正確さに不安があるらしい。この世界の言語でやり取りされているのでアルを見遣れば背中の槍に視線が、ヴァーレクスを確認すれば服の中から蛇を取り出し、守護騎士たちをぎょっとさせた。ツカサはマール・ネルをラングへ差し出し、必要なところを教えてあげて、と依頼した。マール・ネルからは胸を張る雰囲気が伝わってきた。
「崩落、そんなに騒ぎになってないよね? いつのこと?」
「数時間前だ。地震があったわけじゃねぇんだよな。なんつーの? 建物の中身が引きずり落とされるみてぇに、ごっそり落ちたっつーか。そいで、爆発して、燃えたから、火の不始末って思われたっつーか、そうしたっつーか」
「地面、落ちる。大きい問題。炎、生きる使う。よくある問題」
「あぁ、そっか」
大地が崩落するという話は、出ることを許されていない人々にとって恐怖を与えるだろう。だから、誤魔化したということだ。だとしてもあまりにもピンポイントだ。
本来、ショウリたちの想定では白兵戦を想定していた。店を取り囲み、入り、蹂躙される。それに対しての対策が店を囮に相手の数を減らす、店そのものと相討ちさせる覚悟の策だった。だが、店はごっそりと抜け落ちたという。ツカサは床を見た。この首都・レワーシェの底にあるものを想像し、ひやりと背中が流れた。
槍の、杖の、蛇の通訳を受けた男たちがツカサへ視線を注いだ。ツカサはゆっくりとそれを振り返り、確かめるように呟いた。
「入るだけ入って、出ることのできない都市って、もしかして」
「ここにある命は全部、底にあるものの匙加減で喰われるための」
「食料、糧、罠」
「悪趣味なものですねぇ、あの女にも負けていません」
首都・レワーシェは大きな皿の上の料理のようなものだった。
いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。
今日から連休の方もいらっしゃるのでしょうか、GWですね。
よい休暇を! そのお供になれますように。
さて、3巻の予約が開始されておりますが、ご予約状況はいかがでしょうか?
発売日は7/10です。
今回は電子書籍のみですので、予約は旅人諸君が足を運ばねばならず、お手数をおかけしています。
しかし、ちらりと伺ったところによると、どうやら旅人諸君の熱意をリサーチしているらしく……。
何がどう転ぶかわからない状況ゆえに、きりしまは繰り返し発信させていただきます。
以下ご参考にぜひ、お早い予約をいただければ幸いです。
今回の書き下ろしは3本あります。
①真夜中の梟の続編(電子版でSS連載になっているもの)
②TOブックス様公式Xアカウントで行ったアンケートSS(ツカサとラングの話)
③第三者視点から見たツカサとラング
すべての電子書籍に①②はついており、今回、ブックウォーカー様がイベントに乗ってくださって、③がついているのはそちらだけです。
重ねてお伝えしますが、今回は電子書籍のみになりますので、各電子書籍サイト様で直接ご予約をお願いいたします。
現在、予約受け付けを開始しているのが確認できたのはこちらのサイト様です。
Amazon kindle
ブックウォーカー
楽天ブックス
紀伊國屋書店
Apple books
ヨドバシ
……などなど。
お好きな媒体でお選びいただいてもよいですし、特典を狙ってもよいです。
応援の意味合いを込めて複数媒体でお手に取っていただいてもよいですし……!
小躍りして喜びます!
どうか、続きを加筆山盛りてんこ盛りでお届けできるよう、何卒ご助力、応援のほどよろしくお願いいたします。
お手元に届ける書籍に関しましては、最高のものをお届けさせていただきます。
よい旅路をともに歩みましょう。
よろしくお願いいたします。
きりしま




