4-30:振り回されるひと
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セルクスは目に見えて落ち込んだ。ミルクスープに浸したパンをもしょりと口に運び、せっかく話そうとしたのに、と盛大に拗ねてもいた。知っているんだぞ、聞いたら最後、巻き込まれる。そういうところだぞ、神様。
ともかく、気になりはしても今謎を解くことでもなければ答えを出すことでもない。ツカサは優先順位の低いそれから目を逸らしてラングを見た。
『ごめん、ちょっと違うこと考えてた。キスクとショウリと合流するの、俺も賛成。この世界の命からでも、まともに巡るようになるなら、【命の女神の欠片】を集めることにも賛成だしね』
その分、別れを経験させることは確実なのだが、それは借り物である、という話も繰り返ししてあるので大丈夫だと思いたい。まずはラングの持つ欠片からだろう。
『【命の女神の欠片】ってどうすればいいの? ラングの中にあるから、ラングが集めるのもありだけど、それがあると【理の女神】もセルクスも楽になるんだよね?』
問い掛ければセルクスはすっかり拗ねており、口の中を食べ物でパンパンに膨らませて喋ることを拒否した。ミルクスープを行儀悪くズズズと音を立てて啜り、入れすぎたパンを柔らかくしていて、若干の自業自得でもあった。はぁ、と溜息をついたのはラングだ。
『集めるのはツカサの方でいいだろう。動けない者が居るのなら、合わせてやった方がいい』
ラングがさくりと方針を決めた。ツカサの中の【理の女神】は眠っていて動けないのだからそれもそうか。【命の女神の欠片】はそこにあるだけで大きな力なのだ、ツカサが持てば【理の女神】にも悪いことはないだろう。
黒い命の泉の解決策はまだ見えないが、ひとつひとつ解決していくしかない。どこかで勝機が見えるはずだ。このメンバーなら手繰り寄せることもできる気がした。
ようやくセルクスが口の中のものをごっくんと呑み込み、ハーブティーでつっかえたものを流し込んでいた。
「大丈夫?」
「……うむ」
肉体にでも引きずられているのか、随分幼稚な答えだった。幼稚、と思い、よく見てみれば、セルクスがまた縮んでいるような気がした。
「待って、もしかして、そんなに余裕ない?」
「うむ、そうだな、ないかもしれない」
空になった器を置いて、セルクスは背後の牡鹿に寄り掛かった。途端、するすると手足が短くなっていく姿にさすがに全員が立ち上がった。少年は小学校低学年くらいになった。
「セルクス……!」
「トリニクの決まってるオレ様と違って、【時失いの石】の中だからっつっても、時の死神様は喋るだけで消耗されちまうんだな」
「ホムロルル、そういうの早く言えって!」
「だってよぉ! 必要なんだろうなって思ったからよぉ!」
袖に隠れた腕がゆらゆらと揺れて諍いを収め、ツカサとラングが手招かれた。一瞬視線を交わし合ってからセルクスに近寄り、挟むようにして座り、顔を覗き込んだ。
『わたしはこのあと、すこしやすまなければならない。けれどよいか、ときがきたら、そらのみえるところで、わがなをよぶのだ。きけんなときは、そらからにげることだ』
『時が来たらって、いつ』
『おのずとわかるであろう。あゆみをつづけるのだ。いのちはいきればこそかならずしぬ』
『絶えず死を友として生きるのだ。さればこそ私は導くことができる』
ツカサが言葉を引き継いで呟き、セルクスは満足そうに笑った。ツカサに向かって持ち上げられた手をそっと握れば、あの青い光に満ちた洞窟と同じような現象が起きた。ぽろぽろと崩れていく体を零さないようにツカサの手がセルクスの腕を辿った。
『リオネイール、セオドア、わたしだって、うしないたくないものは、ある』
ツカサの手がセルクスの頬に辿り着いた時、少年はにこりと微笑み、それから、あの力ある藍色の目を見せた。
『任せたぞ』
『わかった』
ツカサは迷いなく答え、さらりと光の粒となった時の死神を再びその体で受け入れた。胸に向かって軌跡を描いたそれを最後まで追って、ぎゅうっと手を握り締めた。
いつだってそうだ、失いたくないもの、守りたいものを、命を懸けて戦う羽目になる。話し合って解決に至ることの貴重さを痛感した。奪われるのだから、奪い返す。どこでこれが終わるのだろうと思い、ツカサはラングを見遣った。
『……どうやって集めればいいのか、聞きそびれちゃったな』
『思いつくことはある』
立ち上がり、ラングは双剣を一本抜いた。アルが慌ててツカサとラングの間に割って入ったが、ツカサには理解できた。命の欠片をラングの剣で刈り、ツカサが誘うのだ。
「アルが居たら危ないかな? 【時失いの石】、どこまで作用するんだろう」
「これ離れておいた方がいい感じか? 剣抜いてるけど大丈夫なのか?」
『ラング、指先をちょっとにしておこう? 上手くいかなそうだったり、危なかったらアルには離れてもらう感じで』
などと言っている間にすぱりと自身の腕を斬り裂くのがラングという男だ。差し出した腕でヴァイオリンを弾くように剣をすっと小さく動かす。腕の内側、血管をしっかりと斬ったためにだらりと鮮血が零れ、ツカサとアルの喉がヒュッと鳴る。牡鹿が鳴き、蛇が震え、ヴァーレクスは眉を顰めていた。
『ラング! 躊躇して!?』
「ばっ、何して!? ツカサ、ヒール!」
狼狽えるアルの横でその声に冷静になったツカサが誘いの歌を口にすれば、ラングの腕から零れる血が黄金に輝き、丸い光の玉となった。ツカサが腕を差し出し、両手でそれを掴まえて、胸に抱くようにした。ふっと輝きが消えてツカサを中心に風が吹いた。
まるで初夏に吹くファッシャルの風のようだとアルは思った。さあぁと音を立てて草木が揺れた。温かで、爽やかな青い風。それはあの日、黒い雨を払ったツカサが吹かせたものと類似していてアルは素早くツカサの腕を掴んだ。
「ツカサ!」
ゆっくりと振り返ったツカサの目は、右が白く、左が黒かった。両手で肩を掴み、その目の色に変わりがないかを覗き込んだ。
「どうしたの、アル」
「ツカサだよな?」
「そうだよ。あ、もしかしてまた目が変わってる!?」
「いや、大丈夫だ。体調に変わりがないなら、ラングの手当てしてやって」
くるりと回してラングへ向かって背中を押し出され、ツカサは即座にヒールを使った。ラングの腕の傷は跡形もなく消え、血を拭う。ふむ、と手を握ったり開いたりしたラングは、何を思ったのかツカサを突然殴ろうとした。右の拳が綺麗にツカサの頬に入り、ゴンッと重い音がした。咄嗟に張った魔法障壁が衝撃と激痛を防ぎ、それでも驚いてツカサはよろめいた。急なことに理解が及ばず、ツカサは苛立たし気に叫んだ。
『ちょっと! 何!? 何するんだよ!』
『思い出した』
『何を!?』
「あぁもういいから! 止せ! 頼むから! 喧嘩すんな!」
アルがオルファネウルの石突を差し込んでツカサを離れさせ、地面に強く槍を突き直した。
「ツカサはマール・ネルを持て! 俺は、お前を帰らせたいんだぞ」
「……ごめん」
「ラングもだ! 今殴らないで、未来で殴った方が威力あるだろ!」
「アル? どっちの味方!?」
「悪いな、モニカの味方だ!」
地団太を踏むツカサの横でラングは顎を撫でてから、それもそうかもしれない、と言いたげに頷き、マール・ネルをツカサへ差し出した。受け取りながらツカサは文句を忘れなかった。
『謝って』
『お前が地下牢で無茶をするからだ』
『ごめん』
謝罪を求めた側であるのになぜか謝罪させられた。けれど、無茶はしていなかった、と言い張ることができなかった。マール・ネルにお互い様、と喧嘩両成敗され、ツカサは腰の後ろに杖を戻した。
「で、お話しは済んだのですかねぇ」
座り直して膝に肘をつき、興味がなさそうにヴァーレクスが尋ねてきた。すったもんだのうちにすっかり鍋は空になっており、ヴァーレクスの服の中に戻った蛇が顔だけを出して、舌がぺろりと満足気に揺れていた。ツカサはおかわりを食べ損ねたことを思い出し、干し肉を取り出して齧りながら改めての方針を明確にした。
【命の女神の欠片】を集める。まずはこれだ。セルクスとラングの持っている分は、ツカサの中にある。トルクィーロとショウリの持つもので全てだというのなら、それで【命の女神】は新生する。命を誘う先が新たに生まれれば、時の死神が本領を発揮できる。
それから、黒い命の泉の対処法を考える。今は思いつかなくとも切っ掛けさえあればなんとかなる、という楽観的な考えだが、それをなせるだけの戦力がここにはある。ヴァーレクスは方針が決まったのならよいと言いたげに立ち上がり、ぐぅっと体を伸ばした。一先ず、この場所を離れて城郭の内側、首都・レワーシェへ戻ることにした。
焚火の火を消し、調理器具や器を片付けて歩き始めた時、アルだけが一度振り返り、そこで失われたものに短い黙祷を捧げていた。
城郭に辿り着くまでこのメンバーで何を話せばいいのかわからず、ツカサは先頭を行くラングのマントの揺れを延々と見続けていた。ラング、ツカサ、アル、殿はヴァーレクスで、ホムロルルはアルの肩、蛇はヴァーレクスの服の中、牡鹿はツカサの横にいる。このメンバーであればラングに一番土地神が寄りそうなものなのに不思議だった。少なくともヴァーレクスよりはラングだろうに、とツカサは後ろを振り返った。
「蛇、ヴァーレクスの服の中にずっといるけど、そんなに居心地がいいの?」
ぬるりと蛇が襟首から顔を出した。動かれるのが嫌らしく、ヴァーレクスは声を掛けたツカサを睨んだ。のんびりとした蛇はのんびりとした声で答えた。
「んー? いやぁ、居心地はそんなによくないよねぇ、このヒトの子、鳥肌っていうの? ざらざらしてるし」
ぶはっ、とアルが吹いた。ずるい、我慢したのに。
「でもねぇ、火が強いからねぇ、じんわりとあったかいんだよぉ」
「ヴァーレクスって火属性なの? ……水だと思ってた」
「いや、どう考えたって火だろそいつ。火ぃついたら燃やし尽くすまで離しませんって感じの、粘着質なやつ」
「貶されているのはわかりますがね」
怖い怖い、とアルはラングの隣へ並びに行って知らん顔をした。ツカサはやはり自分が理の属性とはほど遠いのだと痛感していた。魔力を持たないラングより、属性が近い方がいい、ということか。わからない。この属性だろう、と思っていたことが綺麗に外れていて、少しだけ恥ずかしい。かなり自信満々に考えていた気がした。ヴァーレクスが服の中から蛇を取り出して投げようとしていたが、蛇は腕に巻きついてしつこかった。ぬるりぬるりと巻きついて、離そうとしても離れない様子にひとつ頷いた。
「あぁ、確かにそうかも」
「というか、蛇、お前、色変わったよな? オレンジだったのに。いつの間に白くなったんだ?」
肩越しに振り返るアルの声に驚いてツカサも振り返る。振り払うことを諦めたヴァーレクスの腕を自分の木だというかのように扱いながら、白い蛇は首を上げた。
「時の死神様のお手伝いをした時にさぁ、ほら、君から離れちゃったでしょぉ? 土地失いだからさぁ、無茶をしてちょっとねぇ」
「お前もかよ。どいつもこいつもさ……」
「【時失いの石】って本当、こうなってくると助かっちゃうよねぇ。ぼく、風とは相性がいいんだよぉ?」
びょん、と蛇が跳んだ。突然蛇が跳ぶことに驚かない人はいないだろう。ツカサは思わず頭を庇ってしゃがみ込んで避け、ラングも大きく横に跳んで避け、アルは、うわっ、と叫びながら体を硬直させて顔面に蛇のタックルを受けた。とはいえ小さな蛇だ、痛みや衝撃はなかっただろう。アルは顔面に感じた鱗の感触に手でそれを払おうとした。蛇はその手を掻い潜り、するりとアルの服の中に入り込んだ。
「わぁー!」
蛇の冷たい鱗の感触とするする動きまわり落ち着ける位置を探そうとする行動にアルは弄ばれていた。あれでヴァーレクスは随分堪えていたのだと思った。
脇腹を通ればくすぐったさに笑い、腹を通れば体を折り、背中を這えば仰け反り、腕を差し込み掴まえようと躍起になっていた。数分の格闘の末、腹の辺りで落ち着いたらしい蛇の冷たさに慣れてようやく、アルは息を乱しながら言った。
「あのさ、俺ずっと思ってたんだけど、精霊って、自分勝手すぎないか?」
わかる、と頷いてから、申し訳ないが笑ってしまった。
いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。
書籍3巻のお知らせです。繰り返しお伝えしていきますが……
3巻の予約が開始されました! 発売日は7/10です!
きりしまの力及ばず電子書籍のみですが、いつも持っているその手の中のもので、いつでもパニ譚(と呼ばれているのできりしまもこう呼称しています。Xでもこちらで検索をしています)を読むことができます!
以下ご参考にぜひ、お早い予約をいただければ幸いです。
この1~2週間の初速で4巻出るかどうか決まります!
今回の書き下ろしは3本あります。
①真夜中の梟の続編(電子版でSS連載になっているもの)
②TOブックス様公式Xアカウントで行ったアンケートSS(ツカサとラングの話)
③第三者視点から見たツカサとラング
すべての電子書籍に①②はついており、今回、ブックウォーカー様がイベントに乗ってくださって、③がついているのはそちらだけです。
重ねてお伝えしますが、今回は電子書籍のみになりますので、各電子書籍サイト様で直接ご予約をお願いいたします。
現在、予約受け付けを開始しているのが確認できたのはこちらのサイト様です。
Amazon kindle
ブックウォーカー
楽天ブックス
紀伊國屋書店
Apple books
ヨドバシ
……などなど。
お好きな媒体でお選びいただいてもよいですし、特典を狙ってもよいです。
応援の意味合いを込めて複数媒体でお手に取っていただいてもよいですし……!
小躍りして喜びます!
この1~2週間の予約数で4巻が決まります。ドキドキしています。
どうか、続きを加筆山盛りてんこ盛りでお届けできるよう、何卒ご助力、応援のほどよろしくお願いいたします。
お手元に届ける書籍に関しましては、最高のものをお届けさせていただきます。
よい旅路をともに歩みましょう。
よろしくお願いいたします。
きりしま




