4-29:仕切り直し
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雨を逃れて竜の口。まさしくそれである。
さあ帰ろう、というところで大きな壁がそびえていることを知り、その後、沈黙のまま食事を進め、ツカサは途中ハーブティーを用意してから仕切り直した。
まず大事な認識を合わせる。未来を元通りにするためにはラングを元の場所へ戻すこと。この大筋は変わらない。
必要な鍵は手に入れた。土地神たちからもらった四つの加護だ。それを使って開く扉が他の世界に通じる【精霊の道】である。
その道の先がラングの故郷かどうか、という問題点は、時の死神・セルクスが解決してくれる。はずだ。
視線を注がれた少年はミルクスープをごくごくと呑みながらぐっと親指を立てていた。ぷはっと器の中を空にしてから唇をぺろりと舐め、答えた。
「ツカサの精神世界で休むことさえできれば、力も溜められる。ある程度方針の会話が済むまでは残るが、その後ラングから欠片を受け取るあたりで私も内に戻りたいところだ。彼女もまた、これ以上悪化はしないだろうとも」
「お嬢、まったく無茶なことをするぜ」
ホムロルルはツカサの方を見ながら眉尻を下げるように首を傾げ、愛しさを込めて言った。ツカサは声を聞けなかったホムロルルに微笑を返し、胸に手を当てた。ツカサの中へ溶けて入った理の女神は小さな寝息を零しているように感じた。
アルとシュンがこちらへ近づいてきた際、ホムロルルは一足先にこちらに気づき、五十ロートルに気をつけながら滑空してきた。黒いスライムの体だったツカサに鉤爪が飛んできて非常に驚いたのだが、嘴を擦りつけられ、無言でボロボロと泣いているホムロルルを止めるものはいなかった。素早く蛇が近寄って情報共有してホムロルルは事態を理解し、尾羽を引かれながらアルの下へ戻ったのだ。
結局、ホムロルルは理の女神の声を聞けていないままだ。ホムロルルはそのことについて文句も言わず、ただ、受け止めていた。トリニクの覚悟は凄絶なものがあるのだとツカサはそこで理解した。
「で、問題はあの黒い命の泉をどうするか、だよな」
空になった器におかわりをよそいながらアルが言い、ツカサは頷いて返した。
「俺、あれに落ちたからわかるけど、ヴァーレクス以外が落ちたら本当に不味い。体の中も、記憶も、命も、ぐちゃぐちゃにされて自分が誰かわからなくなる、そんな感じ。魔法障壁があったってちょっと怖いよ」
「となると、やっぱり片付けないといけないわけなんだよなぁ」
ちらりとツカサの視線がラングへ向いた。魂を刈る権能を持つラングと、誘う権能を持つツカサと、そして、命そのものを消滅させる【時失いの石】を持つアル。加えて、【変わらない】加護を持ち、既に実証してみせたヴァーレクス。戦うための布陣は綺麗に揃っている。
問題はどのくらい戦い続けなくてはならないのかだ。三日三晩ならまだいい。七日七晩、一か月、三か月、死んだ命が追加されればさらに長くなるだろう。そんな無謀な戦いに身を投じるほど勇者気質ではない。ラングの剣を刺し貫いたところで、あれに刺すだとか、斬るだとか、そういう概念が通じるのだろうか。
いや、そもそも、近づけば扉が開いてしまうなどという危険もある。
『キスクやショウリの戦線と合流し、少しずつ削るか、決定打を見つけるか、それしかないだろうな』
ラングは空になった器を手にそう言った。確かに、それが一番安全で確実なように思えた。少なくとも情報収集の拠点にはなる。キスクに、次は人の姿で握手しようと言った約束も果たせる。
ツカサはラングへ手を差し出して器を受け取り、おかわりをよそった。鍋には肉が残っていなかった。ヴァーレクスとアルがしっかり拾ってしまったらしい。二人をじろりと睨みつけ、ツカサは他の具材はたっぷりとラングの器に入れて返した。ありがとう、という言葉ににこりと笑い返した。
『【変換】を使うにも相手が悪いんだよね。命の混ざり合った大きな力だから、抵抗がありそうというか、反動が大きいと思うんだ。オーリレアで黒い雨を払った時みたいに』
「あぁ、不味そうだな。ただでさえ使うなって言われてんのに」
アルが隠しもせず、ツカサの右目を見ていた。ラングの膝のマール・ネル、アルの隣のオルファネウルが会話の補助をくれてスムーズだ。ヴァーレクスへは蛇がスルル、と舌を揺らしながら話してくれて、ついでに器の中から肉を奪われていた。蛇の器はすっかり空だった。案外よく食べるようだ。ラングはゆっくりと一口食べてから言った。
『一先ず、キスクと合流しよう。【命の女神の欠片】とやらもひとつにまとめて、どうするのだというのはあるが』
『なんとなく集めた方がいい気がするんだよね、セルクス、その辺どうなの?』
『【命の女神の欠片】が揃えば、それだけで新しい命の女神が生まれることになる。淀んだ川の流れはせき止めているものを失い、急激に流れるようになるだろう。つまり、命が巡り始める』
さらりと出てきた答えにツカサは驚き、アルは口をぽかんと開いていた。セルクスはヴァーレクスに器を差し出しておかわりを強請りながら訝しげにツカサたちを眺めた。
『聞いたのは君たちだろう?』
『答えがあるとは思わなかったんだよ』
『ここには理がないのだ、盛大に話してやるとも。あぁ、ありがとうペリエヴァッテ。……肉は?』
セルクスは器を受け取り、育ち盛りになんてことを、とヴァーレクスを睨んでから芋をはぐりと口に入れた。いつだったか、魔力を使い過ぎて食事から魔力を補給しようとしていたツカサと姿が被る。パンとハムを取り出してサンドイッチを作れば、セルクスはそれも欲しいと手を伸ばしてきた。渡せば、ありがとう、ときちんと返ってきた。どこぞの礼を言わないタルワール使いよりは偉い。バクバクと食べながら、時折もごついた声でセルクスは言った。
『あの女の手元にある命はまた別途、どうにかせねばならないが、たとえばこの世界に取り残されているものなどは、誘うことができるようになる』
『女神が二人もいて平気なの?』
『古い方が壊れているのだ、新しいものを導入するしかない。なに、誘い手は私だ、運ぶ先を選ぶ権利はあるのだよ』
なんだか、嫌な言い方に思えてツカサは眉を顰めた。セルクスはパンをミルクスープに浸しながらツカサに肩を竦めた。
『言っておくが、あの女の命を狙い、私もまた命を奪われかけてここにいるのでね。言い方がきつくなってしまうことくらい、目を瞑ってもらいたいものだ』
『まぁ、そうかもしれないけどさ』
ツカサは自分もスープをおかわりしようとしてヴァーレクスにお玉を奪われ、順番を待った。
『でも、どうやって命の循環が戻るの?』
『まずは洗濯からだな。黒くなってしまった魂を洗い、それでも命の形を取り戻せなければ女神の力になる』
『もしかして、食べるの!?』
『食べるというのは少々意味合いが違うが、取り込む……という感じだな。そうして女神の力に変わり、女神は新しい命を、息を吹くように生み出すのだ。よく言うだろう? 女神の髪は世界を結ぶ橋、吐息は命を世界に降らせ、腕を振るえば混ざり合う、と』
聞いたこともない話だ。それに、ツカサはもやりとしたものを覚えた。
『そうやって、人を吸収して、次の命として吹いて零すから、狂ったんじゃないの? そこで女神がろ過装置の役目を担ってるわけでしょ? 人の命が削れて形が変わるとかいうし。なんかさ、体の中に、じゃなくて、それこそ外のどこかにフィルターを別に置いて、それを掃除するくらいでいいんじゃないの?』
あれ、なんだかそれって魔導士みたいだな、とツカサは首を傾げた。世界の穢れを体に受け入れて、魔法という力に変えて使うことでそれはやがて薄れ、理に変わっていく、戻っていく。魔法の師匠が話していたことが思い出された。
――ツカサ、お前、理にとって魔力が何かは知っているか?
あの時、シェイは言った。魔力とは、風呂に入ったあとに残る汚れ、穢れなのだと。だからこそ精霊たちは汚いものが見えないようにできているし、魔導士は嫌われる。何度か考えたことでもある。魔導士は世界の穢れを引き受け、循環の一部を担っているろ過装置のひとつなのではないか、と。
ここで、一歩踏み込んだ。ツカサはあの時とは違い、様々な情報を得て、ここまで来た。
『魔力酔い……なんで、魔力で酔うのか、いつも不思議だった。酔わない人だっているんだもんな』
ヴァロキアで出会ったシュンが、生徒であるアレックスが、ツカサ自身もまた感じたことのある高揚感。あれがもしも、穢れを受けた際、許容量の兆候なのだとすれば、どうだ。だから、許容量を超えた魔力を体が使おうとして、結果、乱暴に見える、なるのではないだろうか。
ツカサは徐々に魔力を増やして成長した。アーシャヴァエンによる高揚を得た時、瞬時に指摘する師匠がいた。だから、常に自身の魔力を抑え、上手に調整を取ってこられた。
アレックスはツカサが受けた指導を基に、最終的に魔封じを用いて強制的に軌道修正が行われた。
シュンはそれがなかった。思う存分に使っていた魔法を王都マジェタの迷宮崩壊で失ったという。もしかしたら、それは全ての理の神の償いが終わったのではなく、本人の鍛錬不足で許容量を超え、器が壊れたからだとしたら。肉体の耐久が三、四年なのだとしたら。魔法に限らず、様々な観点からあの世界で生きるに値するかを試されていたのだとしたら。
ツカサのように制御ができ魔力酔いに呑まれず、自身の容量を把握しながら世界の穢れを受け入れて、そうして魔法に転換できていなかったのであれば。
「狂ってたんだ」
思わず日本語で呟いた言葉は通訳に間を取り持たれて同じタイミングで皆に通じ、視線を集めた。
魔力が穢れだと言われる意味合いを今までも考えてきた。その答えは見つからず、いつも風に吹かれたり声に呼ばれたりして思考が転がっていき、見落としていた。ツカサは思考をそこに留めるように、自分の空っぽのままの器に視線を置き、ぶつぶつと言い始めた。
「シェイさんは言ってた。穢れを身の内に収め、魔力に変換し、魔法として顕現する者が現れた。それが魔導士の始祖だって。魔導士がどのくらい昔からいるのかはわからないけど、もし、もしだよ、穢れを浄化するだけの手が回らないとか、循環させる機能が失われてダンジョンみたいに世界が世界を守るために作り上げたものだとしたら、生まれたのだとしたら、どう?」
そう、零れた穢れを理に戻し、治すことができるのならば、世界の淀みを神に届けずに済むのならば、それは世界の外側の神すらも守る機構ではないか。
――そう、かつては竜がいた。
ツカサはぶわっと鳥肌が立って冷や汗をかいた。
慌ててペンを持ち、あの時の言葉を必死に思い出して手記に書き記していく。
はるか昔、遠い昔、世界各地に国が成り立つより前、世界は旅人を愛していた。
今は地を走るコアトルは高く飛び、今は伝達竜と呼ばれるニルズは声を人に届けていた。
そして古の知識、竜がそこに生きていて、大地の実りを創り出していた。
人は敬意を払い、竜は慈愛を返し、命はそこで満ち溢れていた。
竜だ、竜が、今、魔導士が担っている部分を担当していたのだ。そして完成されたその循環機構は理を世界に還し、精霊も人々もその恩恵を受けて生きていたのだろう。竜の存在は誘われる魂の抱える穢れを浄化し、多くの神を手助けしていたのではないか。
それを失わせたのもまた、人だった。世界は慌てて穢れを持てる者、魔導士を生み出したが、当然、完成された機構とは違い、延命措置だったはずだ。ツカサの視点で世界を見ると魔導士は多いが、世界全体で見た時に魔導士は少ないのかもしれない。魔法の女神がやったように、魔法の穴を開けなくてはならないくらい、魔導士が少ない地域もあるのだから。
ここでもうひとつ気づいた。魔法の女神が利用した命を使った魔法の穴の開け方は、命が穢れを持つからこそ開けられるものだったのだ。体を、穢れを受け入れられるようにするための儀式だったのだ。もとよりMP表記のあったツカサには素質があった。とはいえ。ツカサはぎゅっと目を瞑った。
理により生み出される穢れは浄化しきれず、命は何百、何千年と巡ったはずだ。
そうして【命の女神】は感情や想い、穢れを受けた積み重ねで狂った。
リガーヴァルだけではない、ラングの世界にも竜やドラゴンがいないと言っていたので、少なくともふたつの世界ではそうなのだ。ラングの世界の循環機構が竜ではない可能性もあったが、ラングの世界にいる神官なる者たちは癒しの魔法を扱うことができるというので、彼らは魔導士、つまり、ラングの世界にもそれ以外の循環機構が存在しない可能性の方が高い。
それがどの世界でも起きていることだとしたら、【新しい命の女神】の存在自体もまた、神を守るための救済措置だとするのなら、いったい、誰が一番上なのだろう。誰がつくったのだろう。だめだ、これ以上は考えきれない。
ツカサが溜息をつきながら顔を上げれば藍色の瞳と目が合った。
『私がジュマのダンジョンに居た理由を話す時が来たようだな』
問われ、ツカサは微笑を浮かべ、はっきりと答えた。
『知りたくないので結構です』
いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。
3巻の予約が開始されました! 発売日は7/10です!
きりしまの力及ばず電子書籍のみですが、いつも持っているその手の中のもので、いつでもパニ譚(と呼ばれているのできりしまもこう呼称しています。Xでもこちらで検索をしています)を読むことができます!
TOブックス様の公式サイトでは販売サイトを吸い上げきれていないようで、未だ「coming soon」のままですが、行動の早い旅人諸君により、予約開始をしてくださっている書店様が判明してきております。
以下ご参考にぜひ、お早い予約をいただければ幸いです。
この1~2週間の初速で4巻出るかどうか決まります!
今回の書き下ろしは3本あります。
①真夜中の梟の続編(電子版でSS連載になっているもの)
②TOブックス様公式Xアカウントで行ったアンケートSS(ツカサとラングの話)
③第三者視点から見たツカサとラング
すべての電子書籍に①②はついており、今回、ブックウォーカー様がイベントに乗ってくださって、③がついているのはそちらだけです。
重ねてお伝えしますが、今回は電子書籍のみになりますので、各電子書籍サイト様で直接ご予約をお願いいたします。
現在、予約受け付けを開始しているのが確認できたのはこちらのサイト様です。
Amazon kindle
ブックウォーカー
楽天ブックス
紀伊國屋書店
Apple books
ヨドバシ
……などなど。
お好きな媒体でお選びいただいてもよいですし、特典を狙ってもよいです。
応援の意味合いを込めて複数媒体でお手に取っていただいてもよいですし……!
小躍りして喜びます!
この1~2週間の予約数で4巻が決まります。ドキドキしています。
どうか、続きを加筆山盛りてんこ盛りでお届けできるよう、何卒ご助力、応援のほどよろしくお願いいたします。
お手元に届ける書籍に関しましては、最高のものをお届けさせていただきます。
よい旅路をともに歩みましょう。
よろしくお願いいたします。
きりしま




