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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新 終章 旅路

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4-25:留守番の洞窟

いつもご覧いただきありがとうございます。


 ラングがキスクの捜索と首都・レワーシェ近隣の調査に出てから三日目。メールしたりチャットしたりして、すぐに居場所と「今どうしている」かを知れないのはもどかしい。寝ても覚めても雪ばかりで穴蔵に籠っていると気分も滅入ってくる。

 大広間でトーチの練習をしたり、洞窟の中の風を敢えて動かして通してみたり、随分魔法は戻ってきたような気がする。アルはいつもそれに付き合ってくれて槍を腕に抱きながらこちらを見守ってくれていた。振り返って視線をやれば、ニッと笑って返してくれたり、軽く手を挙げてくれたりと気にかけていることを示してくれるのも嬉しい。

 アルはいい奴だ。真っ直ぐに心配を投げてきて、無理するな、と言いながら背中を撫でてもくれる。もし自分に兄がいたのならば、アルのような男がいいと思った。そんなことを考えてからハッとした。


「俺の兄さんはラングでしょ」

「うん? どうした?」

「ううん、何でもない。ラング、いつ戻ってくるんだろう、大丈夫かな」

「大丈夫だろ、ラングだしな」


 なにそれ、と笑えば、アルはまた二ッと笑う。広間の天井画をトーチで照らしていれば、老婆から声を掛けられた。


「お食事ィ、できましたよォ」

「あ、はい! 行きます! おなかペコペコです」


 ぱたぱた足音を立てて老婆に駆け寄り、並んで食堂へ行くツカサは途中でアルを振り返った。アルは槍を手にじっとしており、少しの間を置いてツカサに気づいて槍を背中へ戻してからゆっくりついてきた。

 ドルワフロの石造りの廊下は暗い。燭台の火は節約されていて老婆が手に持っている蝋燭が光源だ。ツカサがともにいる時はトーチがあるので問題ないが、ドルワフロの民はそれで困らないのだろうか。そんなことを尋ねれば老婆は少しだけ悩んだ後に答えた。


「ドルワフロのお山はァ、冬は厳しいですがァ、春から秋にかけてェ、そりゃァ豊かなのよォ」


 短い春はそこで草花を育て、冬を乗り越えた動物たちが栄養を取る。春に蒔いた種は夏にかけて実をつけ、冬の間の穀物を与える。秋は保存できるものをキノコから木の実から魚から動物まで、冷たい氷室になっている地下に保存する。そうして冬は雪の中、鉄を叩き、酒を飲み、食事を楽しみながら暖かい穴蔵で過ごす。誰かの笑い声がする廊下は蝋燭ひとつでも怖くはなく、温かい風が通れば道もわかる。


「だからァ、困ったりはしなかったわねェ。今は少しィ寂しいわァ」


 その話に胸がぎゅっとなった。ぼんやりと、ロトリリィーノの案で女子供が首都・レワーシェに避難したことは思い出した。食料を提供したこともあって貯蔵庫は穀物類でいっぱいだ。人手が少しでも戻ればこの冬を越えた後、春の種まきも、夏の収穫も、秋に向けての狩りも、きっとまた回るようになる。


「おゥ! 坊ちゃん、きたかァ!」


 重い木の椅子を引いてこっちにこい、と呼んでくれるドルワフロの鍛冶師に笑顔を返して座り、大きな器にスープをもらった。ツカサが提供した豆を使ったスープだ。雑穀米が入っていて腹持ちがいい。味付けはシンプルに塩だけ、豆の甘さと、どれがそうなのかわからないが、ぷちぷちした穀物の食感が心地よく、しっかりと噛ませてくれる。ここにせめて牛乳が入っていたら、などと思わなくはないが、満腹になれることは有難いので言わなかった。

 食堂の扉は開けっ放し、冬の間窓は締め切られているが、壁の燭台と頭上に吊り下げられているランタンが風の通りを見せるようにゆらゆらと揺れている。鍛冶場のふいごが炎を育てるだけではなく、王城内の風も通すのだと説明を受けた。ポーツィリフという鍛冶師から説明があったはずだァと言われたが、素直に思い出せないと答えた。そうすると彼らは同情した眼差しを向けた後、大きな手のひらでツカサのことを撫でてくる。それもまたこそばゆいのだが、不思議と心地よくもあった。


「おォ! 遅かったなァ! 鍋ん中ァなくなっちまうぞォ!」


 後からのんびりと来たアルも席に着き、たっぷりの豆スープをもらって手を合わせた。


「いただきます!」


 あ、そういえばやり忘れた。ツカサはそっと小さく、いただきます、と言い、再びスプーンを進めた。

 食事が終わればアルに付き合ってもらって鍛錬だ。大広間での鍛錬は鍛冶師と年寄りたちが音楽の代わりに娯楽としており、槍の一撃を受けると痛そうな声があちらこちらから響く。ツカサが前に出ると応援の声が上がる。誰かに見守られての鍛錬がこんなに楽しいものだっただろうか。

 しかし、アルは強い。槍を一本持っただけで本当に強い。取り出せた水のショートソードで体が覚えている剣技を打ち込むが、アルは槍の柄でそれを石突の方へ逸らしたり、遠心力を利用して打ち返したりと決定打を入れさせない。灰色のマントを目くらましに回転して広げながらその内側で水のショートソードを持ち替えてみたりもしたが、振り抜く前にマントごと薙ぎ払われ、広間の床を転がった。

 それが続き、いい加減苛立ちを覚えた。ぐっと握り締めた水のショートソードに魔力を送り、接敵しながら振り抜いてやった。水刃が飛ぶ。鋭利なそれは真っ直ぐにアルの方へ飛んでいき、ツカサはどうだと思い笑った後、不味いと思った。


「アル!」


 穂先を下げていたアルは膂力を使い槍を振り上げた。音のない一閃。氷が打ち合わされたように澄んだ音響のようなものが耳に届くころには水のショートソードから放たれた水刃は跡形もなく消えていた。アルの背後にいた鍛冶師たちが顔を庇った指の隙間からそうっと窺い、特に怪我がないことに安堵していた。ツカサは慌ててアルに駆け寄った。


「ご、ごめん! つい、思わず……! 怪我、ない?」


 恐る恐る、上目遣いに尋ねればアルは槍を背中へ戻し、一度深い息をついてからツカサの胸に拳を当てた。


「鍛錬だぞ、本気になってどうすんだ」

「う、うん、ごめん」

「今日はここまでだな、温泉で体あっためながら反省会してこいよな」

「わかった」


 よし、ともう一度胸に拳を置かれ、アルが二ッと笑った。ほっと息をつき、本当にごめんね、と言いながらツカサは武器をしまい、温泉へと足を向けた。


「アルは?」

「俺はあとで入る。ロトリリィーノに呼ばれてるんだ」

「そっか、じゃあ、また夕飯に!」


 坊ちゃん風呂でェ? と鍛冶師たちも便乗してついていくのを見送るアルの肩に、ホムロルルが舞い降りていた。


 ドルワフロの温泉は相変わらず熱い。縁に腰掛けて手で湯を掬い肩にかける。足を温めているだけで全身温まるものだな、とツカサは風呂の有難さを痛感していた。如何に鍛冶場があり熱が城全体に回っているとはいえ、ツカサの滞在している客室は外に面していて窓ガラスがあるのだ。その分、冷気も部屋に入りやすい。空間収納から薪を出していくらでも暖炉から熱を取ることができても、広い部屋は同じだけ冷気が注ぎ込んでくる。そのため、今は布団の上に毛皮を乗せているような状態だ。アルの部屋はどうしているのかと問えば、ホムロルルに潜り込んでいる、と羨ましい回答があった。


「炎魔法で部屋をあっためられればいいんだけど、寝てる間も置いておくなんてちょっと怖いしな」


 客室内は石造りだけではなく、材木も利用されている。ベッドに燃え移りでもしたら怖いものがある。寝たばこで火事、なんてニュースも思い出せる。あまり不安なことはしないでおこうと思った。


「坊ちゃん、顔が赤ェなァ、まァたのぼせてんじゃァねェかァ?」

「雪ィ持ってきますかィ?」

「雪? 持ってこれるの?」

「へェ、どら、ちょいと取ってきまさァ」


 一人がのしのしと温泉を上がり、風呂場を出て行った。暫くをそれを見送った後、ツカサはハッとした。


「もしかして、ここから取れるんじゃなくて、これから外に行くの?」

「そうでさァ」

「待って! それはいいよ! 戻ってきて!」


 慌てて追いかけたツカサの背中に笑い声が掛かった。けれど、嫌な笑いではなかった。


 ――ラングが調査に行ってから四日目。

 今日は朝からアルが不在だった。昨日もロトリリィーノに呼ばれていると言っていたが、この日も朝から呼び出されているらしかった。朝食を取った後、一人で鍛錬するのも味気なく、ツカサは鍛冶師とともに鍛冶場へ向かった。

 ドルワフロの鍛冶師が使う鎚は大きく、重い。到底ツカサには振り上げられない重さだった。赤熱した鉄を叩いてみたいと、じわりと汗をかく場所で鍛冶師の作業を見守っていれば、一人が小さめの鎚を持ってきてくれた。もしかして作ってくれたのだろうかと思い、受け取りながら期待を込めて見上げれば、鍛冶師は少し遠くを見ながら微笑んでいた。


「クィースク様がァ使ってた鎚だァ。あの子も腕が細ェからァ、これを使ってたァ」


 ツカサのためではなく、キスクが使っていたもの。キスクのために拵えられたものだった。ぎゅっと柄を握り締め、ツカサはそれを撫でた。


「キスクは、これで何を作ったの?」

「クィースク様ァ金細工がお上手だったァ。でもォその鎚はァ鉄も叩けるんでェ」

「そっか、うん、借りるね」


 鍛冶師は顔をくしゃりと笑わせて、練習できる鉄を差し出してくれた。ツカサは何を作ろうと決めたわけではないが、試してみたかった。一先ず、まずは叩く感触から。鍛冶師が一人ついてくれて、いっそ白いほどの鉄を叩き台に乗せてくれた。叩いた鉄が跳ねないように挟んで押さえる玉箸も硬くて握れなかったが、それも支えてくれた。ドルワフロの道具は何もかもが大きくて重いのだ。

 一振り。ギン、と音がして少しだけ火花が散った。案外感触が堅くて手に響き、鎚を持つ手が震えてしまった。けれど、楽しい。職業体験だ。


「大丈夫かァ?」

「うん、大丈夫。もう少し叩いていい?」

「もちろんでェ」


 ツカサは夢中で鎚を振り下ろした。叩いて、鍛えて、何を作る。そうだ、せっかくなら、アルとラングに何か作ってもいいかもしれない。助けてもらったり、ドルワフロでわざわざ休養を取らせてもらったりしているし、こういうのもリハビリの一環になるだろうし。


「ねぇ、アルとラングにあげるとしたら、何がいいと思う?」

「そうだなァ、ちょっとした時にィ使えるモンがいいんじゃァねェかァ? ちいせェナイフはァ、便利だァ」

「俺に作れるかな」

「練習すりゃァ、俺たちほどじゃァなくても十分にィ。心配ならァ、ドルワフロの子供がァ練習するお守りを作るのァどうでェ?」

「お守り? なんかいいな、じゃあ……それを頑張ってみようかな」


 素人の技量でどこまでやれるかはわからないが、やってみたいと思った。


「教えてもらっていい?」

「おゥ! 任せとけェ!」


 ツカサが問えば、鍛冶師はどんと自身の胸を叩いた。その日、ツカサは何度も鉄を叩き、伸ばし、腕の筋肉疲労に苦しみながらも鎚を手放さなかった。ただの伸ばした鉄の棒でもいい、形が歪んでいたっていい、何か形に残して、あの二人に渡したいと思った。

 とはいえ、一向に形も厚みも整わず、何度も心が折れそうになったが、あとで捩り取りをすれば整えられる、と鍛冶師に慰められながら鉄を叩き続けた一日が終わった。とにかく叩いて伸ばした鉄の板は交通系ICカードくらいの大きさで、厚みは三ミリ程度。鍛冶師が仕上げをしてくれて多少よれてはいるが平たい板になった。

 これをどうお守りにするのかと問えば、文字を刻むのだという。いわゆるメタルスタンプというやつだ。文字の釘を打ち込み、板に刻み付けるのだ。


「贈りてェ言葉でェ、いいんでェ」

「贈りたい言葉……」


 ラングがまだ帰ってこないなら、先にアルのを作ってしまおう。この世界の言葉なのですぐに読めはしないだろうが、いつか読めるように勉強してもらおうと笑い、ツカサは文字列を決めた。そうして、角を削り、チェーンを通せる穴を空け、なんとか形になった。


「一日仕事になったなぁ、ラングのは明日かな」

「なかなか筋がいィ、鍛冶師になれますぜェ」

「本当? 嬉しいかも」


 ワハハ、と笑う鍛冶師たちに囲まれて、ツカサは出来上がったものを胸に抱いた。やりきった、作ったという達成感が胸に満ちていた。明日のラングへのお守りは、きっともっと上手に作れるはずだ。二人揃っている時に渡せるようにするか悩んで、アルには今日渡してしまうことにした。


 ロトリリィーノの部屋の前でぼんやりと待っていれば、肩にホムロルルを乗せたアルががちゃりと出てきてツカサに気づいた。


「じゃ、また、分かったことがあれば教えてくれ」

「はい、もちろんです。では、また明日」

「あぁ、おやすみ」


 言葉の音はまったく違う。ホムロルルが通訳を入れているから通じている会話だ。ツカサはアルに駆け寄った。


「どうした、ツカサ」

「これ、鍛冶場で作ったんだ、お守り。アルにあげる、ラングには明日作るんだ」

「へぇ! 面白そうなことしてたんだな! ありがとな! で、なんて文字が彫ってあるんだ?」

「秘密、アルがこの世界の言葉を勉強したら読めるよ」

「このやろ!」


 アルが素早くツカサの頭を抱え込みヘッドロックした。わぁ、やめてよ、とツカサが軽く暴れるようにしてじゃれ、アルはツカサの髪をくしゃくしゃにした。


「ありがとうな、大事にする」


 ぽん、と最後に頭を撫でて離され、急に恥ずかしくなった。髪を手櫛で整えながら見上げたアルは、嬉しそうに二ッと笑っていた。


 その日の夜、トロッコを寝ずに動かしてポーツィリフともう一人の鍛冶師が戻った。ラングも、キスクも、ユキヒョウもいなかったが、その手にはいくつかの手紙が持たされていた。




いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。


在庫更新です。

1巻書影

挿絵(By みてみん)


2巻書影

挿絵(By みてみん)


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