3-42:舞台裏
いつもご覧いただきありがとうございます。
空間収納に感じた違和感。ツカサは双子が大人しくそこで座っているのをそのままに、手紙を取り出した。アルからはツカサの誤魔化しに付き合う返事が、ラングからはしっかりと意図を汲み取ったものが返ってきた。
『よかった、わかってくれたんだ!』
ホッとツカサは息をつき、手紙に祈りを捧げるように額をつけ、そして笑った。これで本格的に戦える。ツカサの色の違う両眼が輝いた。
雑貨屋・イーグリスやショウリ、キスクたちの無事は確認できた。加えてラングたちも既に首都・レワーシェに帰還している。たった三日、四日程度だというのにさすがだ。暗闇の中に放り込まれているのでもっと長い時間いるような気もしているが、実際その程度の日数だった。
もう一度手紙を確認した。
手に入れるものは手に入れた。【女神の欠片】と【加護】だろう。
いつでもそちらへ行けるが、都合が少々気になる。これはこちらの状況がわからないので知りたいということだ。
問題がなければすぐにでもそばに行こう。状況がわかれば、即座に動いてくれる。
助けに行く、駆け付けると書かなかったことはラングらしい言葉選びだ。こういうところでも本物だとわかるのが嬉しかった。何より、そばに行こう、という言葉が心にじわりと沁み込んでいく。
ラングとアルの姿が瞼に浮かび、改めて泣きそうになった。兄が、仲間がいることの心強さがいつだってツカサを支えてくれていた。インクのにおいを嗅ぐようにして手紙を口元へ持っていき、暫くそうしながら考えた。
【神子】の目的がツカサと同化しての【変換】の入手であること。だが、ツカサの中にいる【協力者】とマール・ネルにより、それが運よく防げていること。ただ、いつ、【協力者】が押さえることに失敗するとも限らない。マール・ネルの目を盗むとも限らない。学ばないとも限らない。ギリギリまで手段を隠したまま、伝えなくてはならない。どうやって書こう。
「み、みこさま……?」
右のやつがそっと窺うように声を掛けてきて、ツカサは手紙を下ろした。
「大丈夫、嬉しいことがあったんだよ」
にこりと微笑んでそう言えば、二人は嬉しそうにたどたどしく笑った。そこへ牢番の男がやってきて、双子を連れて行った。双子に用があるということは、誰かが運んでいかれるということだ。その誰かに思いを馳せている場合ではない、今のうちに返事を認めようと決めた。
ツカサは自身の中に潜むものがラングの言語を得る前に全て伝えることに決めた。
魔封じは解除する手立てがあること、ただ、解除した場合、【神子】が全てを殺すような魔法を使うと困るので、いざという時まで堪えるつもりであること。
【神子】が人の体を痛めつけるためだけに操る方法を身につけていること。その解除方法も見つけていること。ツカサはそれを施されたが、既に外してあること。
ツカサの持つ【変換】が狙われていて、そのために体の中に【神子】の片鱗があること。それを防ぐ【協力者】がいること。
それから、とツカサがペンを走らせていれば、双子と牢番の男がやってきた。
「闘技場へ出ろと、【神子様】が仰せだ」
【ツカサの味方】にされている牢番の表情は暗く、残念だと言わんばかりの項垂れようだ。双子は再びツカサを運ぶためにやってきたらしく、麻袋を広げて、手を地面に置いて階段を用意していた。【神子】はツカサが動けないことや抵抗することを一応考えているのかもしれない。
「ちょっと待ってね、これだけ書いちゃう」
ツカサは最後に『これから闘技場に連れ出されるみたい』と書いて、手紙を送り返した。【ポスト】に入れてスッと消える感覚、しまった、あれだけだと慌てさせるかもしれないと思ったところで、頭上で紐が結ばれた。
再び横抱きに運ばれ明るい場所に出た。前回と違い歓声が響くこともなく、下ろされ、麻袋から顔を出し、そこにいた人物に目を見開いてしまった。守護騎士だ。円形の地下闘技場の中には様々な武器も並んでおり、中には漫画で見たことのある拷問器具まで置いてあった。ということは、ちらり、ツカサは【鑑定眼】で確認した。
【9】の守護騎士だ。【3】の守護騎士・弓のフィエルタが言っていた地下闘技場で気をつけるべき相手の一人。拷問師らしく鉄の兜を被っており体格も立派、鉄球のついた鎖を軽々と持ち上げて地面に叩きつけていた。それを横に振った時にどの程度の速度があるのかが気になった。
重量のある武器というのは当たった時の一撃が致命傷だ。それが太い鎖であれば、魔法障壁を【敢えて使わない】状態のツカサはそれを掠めることすら許されない。棘のついた鉄球はごぼりと音を立てて持ち上げられ、肩に担がれた。ツカサは高台にある【神子】を見上げた。
「なんとなくわかるけど、一応聞かせてほしいな。どういう状況?」
「腹立つなぁ、お前、めげてねぇな?」
「前向きなんだ」
わざとらしく肩を竦めてみせれば【神子】は手に持っていたグラスを床に叩きつけた。その破片が散らばり、女性の小さな悲鳴が零れた。届くことのない破片と液体に、ツカサはゆっくりと瞬きをした。冷静であれ、それが強みになる。静かな呼吸を心掛けた。すぅー、ふぅー、いつでも動けるように、騒がしい心臓を宥めるように。ツカサはマントの中、マール・ネルへ指を滑らせてそこに味方がいることを確認した。
魔法を封じられている今、マール・ネルの【ふうじる】力にも頼りたい。いいよ、とマール・ネルが胸を叩く感覚があった。協力は得られても選ばれたわけではない。ともに戦ってもいいとマール・ネルが思ってくれていることに感謝したかった。ただし、使い過ぎには注意だ。【黒のダンジョン】でも頭の奥が焼けるような後遺症があったことは忘れない。いい関係は築けてはいても、選ばれていないというのは大きな足枷なのだ。関係性がいいとか悪いとかではなく、何が切っ掛けで選ばれるのかは未だ不明だ。
選ばれた槍使いを思い出したところで、おい、聞いてんのか、と苛立った声が耳に届いた。ハッとして思わず謝った。
「ごめん、遠くて。何?」
「……もういい」
【神子】はふんだんに刺繍が施されたローブをするりと滑らせ、その腕を上げた。払うように指先が動くと双子とは別の男たちが檻に入った麻袋の塊を運んできた。それがどんと地下闘技場に置かれ、ツカサは【鑑定眼】で視た。まさかあの二人ではないだろうが、中身を知っておきたかった。
結論、視ておいてよかった。麻袋が開かれた時に驚いた顔をせずに済んだ。麻袋の紐を解いた男たちは檻の外へ出ると鍵を閉め、中の二人は麻袋を蹴り飛ばして脱していた。
檻の中にいたのは【2】の守護騎士・鎌のグルディオと、【3】の守護騎士・弓のフィエルタだった。後ろ手に結ばれ、武器を檻の横に放って落とされ、とても守護騎士に対する扱いとは思えなかった。ちらりと視線を交わし、お互いに目を逸らした。どういうことかと問うために【神子】へ首を傾げれば、手すりに肘を置いて説明があった。
「裏切り者の処分をそろそろ始めようと思ってよ」
「守護騎士は教会の剣なんじゃないの?」
「好き勝手にやらせすぎたからな、悪い子は排除することにしたんだ」
「……だとするなら、足りないんじゃない?」
グルディオとの会話も聞かれていたのだから隠すこともない。【神子排斥派】は【1】から【6】まで。特に、その筆頭である【1】の守護騎士・ルシリュがいない。こういう時、上から潰すものではないのか。【ラング】はいつも先頭に立つ旗頭や首領を潰し、戦意を喪失させていた。
【神子】は問いかけに答えず、この世界の言葉で演説を始めた。
「今宵! この闘技場に集まった者たちは幸運だ!」
両腕を広げてこれ見よがしに全体を見渡し、【神子】は集めた注目に満足気に一度頷いた。
「今まで、この闘技場で繰り広げられたのは罪人の処刑と、身の程知らずに富と名声を求め、俺たちを謀ろうとした愚民や、ただ、ここで殺人を楽しみたい雑魚ばかりだった」
ツカサは演説の隙をついてそっとグルディオに視線をやった。グルディオは再び視線を逸らした。こちらとのコミュニケーションをする気はないらしい。その行動にどういう意図があるのだろう。
「だが! そんな前座はもう終いだ! これからお前らに見せてやんのは最高のショーだ!」
おぉ! と観客が沸いた。
「守護騎士による守護騎士の処刑! そして、そこの無礼な態度の男を殺すための殺戮ショーだ! 死ぬまで続く宴になるぞ!」
わぁ! と観客が興奮気味に叫んだ。神子が手を振り、守護騎士を運んできた者たちや双子が下がらされ、ガシャリと扉が閉じられた。双子が心配そうにツカサを見ている視線が感じられた。
【神子】はリガーヴァルの言葉でツカサにだけ伝えてきた。
「前向きに、必死に生き延びてみせろよ? お前が死んだら死体は有効活用してやる。任せとけよ、欠片が上手に使ってやるからな」
ツカサの何かが奪うことに対し抵抗していると気づいたからこそ、殺して奪う方に舵を切ったのだとわかった。【神子】は大きく息を吸って観客へ叫んだ。
「さぁ、ショータイムだ!」
大歓声が沸き起こる中、ツカサは冷静に地面を蹴った。
【9】の守護騎士が雄叫びを上げながら鎖をぐぅんと後ろから引っ張り、その先の鉄球が檻の中のグルディオを狙った。手を縛られ武器も檻の外。檻の鉄格子は細く、人を外に出さないことはできても鉄球を防ぐことはできない。ツカサは水のショートソードを抜いて鉄球と檻の間に入り込んだ。
カニとマーシの戦いを見ていてよかったな、と冷静に考えながら、ツカサは自身の目の良さにも感謝した。棘の隙間を縫って、受け止めるのではなく滑らせた。角度をずらして鉄球の向きを変え、それが床に落ち切る前にツカサは逃がした刃先で【9】の守護騎士の腕を斬り込んだ。浅い、守護騎士の鎧の隙間を縫って、皮膚を一枚程度だ。こいつ、硬い。
鈍い音を立てながら鉄球が地面に沈み、足元が揺れた。ツカサは後ろ手に檻の鉄格子に手を掛け、それを氷の氷柱に【変換】して踵を振り抜いた。ガシャン、と崩れ、できた出口にグルディオとフィエルタが駆け出て、互いに背を合わせて紐を解いた。そうした連携はさすがだ。さっと武器を拾い、ツカサに並んだ。
「人数足りないよね? 【4】【5】【6】はどうしたの?」
「ルシリュ様を守ろうとして死んだ。奴らが死んだことで、ルシリュ様は自ら檻に入った」
「どこにいるの?」
「地下牢の最奥さ、ガキんちょがいたのとは反対側の方だ」
フィエルタはゆっくりと足を下げて矢を番えられるだけの距離を確保した。大きな弓は近距離戦に向かず、前衛は任せられた気がした。ツカサは俺も遊撃手から後衛なんだよな、と思いながら、任されたのならば果たしてみせようと気持ちを切り替えた。
【9】の守護騎士が雄叫びを上げながら鉄球を振り下ろし、逆の手に持っていた太い鎖を横薙ぎに振ってきた。ツカサはグルディオと二手に分かれて鉄球を避け、姿勢を低くして鎖を避け、さらに全身を使って一回転して上から振ってきた鎖をもう一度避けた。
こいつ、見た目の大柄さからは考えられないほど丁寧な戦い方をしてくる。筋肉の使い方がしっかりとしていて、ただ力があるのではなく、技術を求めてついたものだと理解した。鉄仮面で目だけがぎょろりと動くのは視野が狭いように思えたが、それでいい理由はその体の硬さだろう。水のショートソードだって切れ味のいい武器だというのに皮が薄っすら一枚、血も少量、それに痛がる素振りもない。
「グルディオさん、守護騎士の鎧の隙間って……!?」
右耳の後ろがピリッとして、ツカサは首を避けさせた。ビュウンッ、と独特の音を立てて矢が飛んでいき、置いてあった拷問器具に突き刺さる。ツカサはゆっくりと振り返った。再び矢を番え、フィエルタが苦い笑みを浮かべていた。
「悪ぃな、ガキんちょ。お前の命とルシリュ様の命なら、俺はルシリュ様の命を取る」
ツカサはグルディオへ視線をやった。そちらでも眉間にしわを寄せたグルディオがこちらへ体を向け、まるで草刈りをするかのような姿勢で刃先を下に、大鎌を構えていた。
「すまない。君を殺し、【9】を殺し、生き延びれば、生かすと。その言葉を全て信じるわけではないが……」
【神子】を見上げればニヤニヤと楽しそうに笑っていた。ツカサは深呼吸をした。
「なるほど、これは悪い状況だね。祈りくらいは捧げさせてよ」
ツカサはマントの中に腕を入れ、膝をつき、祈りの姿勢を取った。少なくとも【9】の守護騎士にも信仰はあるらしく、律儀に待ってくれた。グルディオとフィエルタは言うまでもなく、武器を胸に置いて敬意まで払ってくれた。
ツカサは暫く祈りの姿勢を保ち、観客からブーイングが飛んできたあたりで地面に手を下ろした。
「救いを」
祈りを終え、立ち上がる。ツカサはすぅーはぁーと呼吸をしてから水のショートソードを構え、空いている手で指を二本折り曲げてやった。一度やってみたかった。
「かかってきなよ、俺はそう簡単に死なないよ」
にやりと笑うツカサの足元には小さな穴が開いていた。




