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【書籍化】処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚  作者: きりしま
新 第三章 女神の欠片

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3-43:選ぶ者

いつもご覧いただきありがとうございます。


 一つ避ければ歓声が、二つ避ければブーイング、三つ避ければ大歓声。こちらの一挙手一投足を見逃すまいと身を乗り出す観客たちを見ている余裕がツカサにはなかった。


 【9】の守護騎士(パラディン)がジャラジャラと音を立てて鎖を振りかぶり身構えれば体の緊張を狙って矢が飛んでくる。それをステップを踏むように避ければその足首を狙ってグルディオが大鎌を振って刈り取ろうとしてくるのだ。鎖と鉄球は、ツカサだけではなくグルディオとフィエルタも狙っている。それでもやはり一番狙われる回数が多いのはツカサだ。


 徐々におかしな空気になってきた。ツカサがひょいひょい逃げ続けるからか【9】の守護騎士(パラディン)がグルディオとフィエルタの連携に混ざり始めた。敵の敵は味方というやつだ。


「おいおい、反撃はどうしたぁ! ガキんちょぉ!」


 こちらを囃し立てながら矢を射ってくるフィエルタは常にツカサから距離を取ってギリギリを狙ってきた。地面に、拷問器具に、時々地下闘技場を囲む鉄格子に当たって跳ね返り、観客を驚かせた。それが続けば飽きてくるのも当然で、観客は次第に声を上げることすら面倒になり始めた。【神子】もまた頬杖をついて興味のないコマーシャルを見ている顔だ。


「ちょっと勢力図を変えてみるか、おい、檻を開けろ!」


 【神子】の声で鎖の擦れる音がして、ツカサが運ばれてきたのとは違う場所の鉄格子が、ガシャン、と開いた。何が出てくるのかと思えば、複数の人だった。土地神たちが逃がした魔物やら動物かと思いきや、なんだ、人か、と一瞬の安堵、しかし、それはすぐさま消えていった。人だったものは雄叫びを上げて真っ黒に染まり、異形の生きものへと姿を変えた。背中から蜘蛛のような足が生える奴もいれば、四つ這いになって獣を模したものもいる。

 地下闘技場は大歓声が上がった。待ってました、これよ、これ、という叫び声が鼓膜に届く。目にしたものに驚いたのはグルディオだった。


「なん……!? 人間が……!」

「死者だ」

「なんだと!?」


 ツカサが【鑑定眼】で視たものは許しがたい命の冒涜だった。黒く溶けた命は奴隷の針でその四肢を操られ、ただ黒い塊になることも、その場に留まり続けることも許されていなかった。【神子】が人形を操るように指を揺らし、ツカサ、グルディオ、フィエルタを狙って駆けだしてきた。


「はっはぁん!? いつもは狩る側だけどな、こりゃぁまじぃ!」


 フィエルタの矢は既に矢筒に半分もない。散らかした矢を走りながら拾い、抜き取り、本来ならそれを繰り返し行うことで狩りがされるのだろう。ただ、そこに想定外の乱入者が来てしまったのだ。

 猿のように地下闘技場の鉄格子を飛び回るものがツカサへ飛び掛かってきた。水のショートソードを振り抜いて相手の勢いに任せて斬り裂き、落ちたものをツカサがぐるりと振り返って追って、ショートソードを上から刺し込んだ。灰色のマントがツカサを包み、開き、命を奪うシーンを覆い隠した。流れるような動きで黒い生きものを仕留めたツカサにグルディオが歯を食い縛った。


「グルディー! こうなっちゃ、あのガキんちょの対応が正しいぜ! これは殺しても殺しても、飽きるまで起き上がって……」


 場内が静まり返った。そこで起きた光景に皆が言葉を失ったからだ。

 ツカサが親指に口づけし、その手の人差し指と中指を自身の下で倒れている黒い塊に当てた。するとどうだろうか、黒い塊は突然光の粒となって空気中にふわっと弾け、それからツカサの胸へと自ら入り込んでいったのだ。その胸を押さえ、短い黙祷を行うツカサの姿に皆が何かを思ったようだった。地下闘技場の明かりは真っ直ぐにツカサを照らし、その下に黒い影を落としていた。


 青年はするりと灰色のマントを引きずるようにして立ち上がった。それはただの灰色のマントのはずだが、不思議な風にふわりと揺れてさざ波を打つように毛並みが端まで震え、そして、沈黙した。すーぅと顔を上げた青年の表情たるや。苦痛と憐憫、今にも泣きそうなほど、神を前に救いを求める聖職者のような美しさを感じ、そこにある神聖な何かへ人は恐怖を抱いた。潤む色の違う目、白と()()が瞑られ、そして、開いた。


 サァ、と吹き抜けた風の心地良さをどう表せばよかったのだろう。高き霊峰より吹き抜ける風など感じたこともないが、地下闘技場に籠った熱を払い、吹き消し、人は己の体温を思い出した。

 草原を駆けていく風のように、青く、爽やかな冷風が頬を何度も叩き、頭の霞を払っていく。誰かが涙を流し、誰かが呟いた。


「おぉ、神よ」


 信仰を失った者たちが両手を握り合わせ、頭を垂れた。

 鉄格子のなかで風を受けた守護騎士(パラディン)たちは武器を脱力するかのように下ろした。


「君は、いったい」

「おいおい、グルディー。お前、知ってたのかよ。あいつが本物の【神子様】だって……!」


 ツカサはくるりと振り返りフィエルタの方へ真っ直ぐに歩き始めた。いや、これは、と弓を胸に抱くフィエルタへ向かってツカサが水のショートソードを振りかぶった。フィエルタの背後の黒いものを斬り裂き、同じ動きで光に変え、他の黒い生きものも全てを光に変えて、何度か深呼吸し、強く瞑った目を開いた。ツカサの左目は元の色に戻っていた。そうして、ようやく【神子】を見た。

 言語はこの世界のものを選んだ。


「降りてこい」


 ゆっくりと水のショートソードを持ち上げ、その切っ先を【神子】へ向け、叫んだ。


「降りてこい、卑怯者!」


 真っ直ぐに見据えた先で【神子】はゴミを見るような目でツカサを見下ろしていた。【神子】が口を開こうとしたが、ツカサは構わずに続けた。


「同じ土俵に立とうともしないで、くだらないプライドと悪知恵だけでそこにいるだけの【偽神子】が! 本物の【神子】が誰だか教えてやるから地面這いつくばって全世界に謝れクソ野郎!」

「ぁあ? お前が【神子】だとでもいうのかよ!? 不思議な力(魔法)すら使えないくせに何をほざきやがる!」

「【神子】は俺じゃない」


 ツカサの発言に【神子】は眉を顰めた。


「忘れるなよ、()()()。ここが異世界だってことくらい、わかってるだろ」

「だから?」

「異世界に降り立った時から、俺たちはその世界に生かされてる。その世界の人々から居場所を分けて貰ってる。決して、俺たちが主役の舞台にはならないんだ」


 水のショートソードを持つ腕を下げ、ツカサは自身の胸に剣の柄を当てた。左手でマントを摘まみ、一度大きく回って全体を見渡し、頭は下げずに膝を折り、綺麗な礼を見せた。改めて【神子】を振り返り、ツカサはよく通る声で言った。


「【神子】も【導き手(ギウデア)】も、もう配役は決まってるんだ。俺たちが主役じゃないんだ!」

「お前はぁ……! 相変わらず意味の分からねぇことばっかり言いやがる! 処刑人を出せ! 何してやがる! 早くしろ!」


 魔力圧に晒された男たちがバタバタと動き、誰かを呼びに行く動きを見せた。その間にツカサはグルディオに近寄ってその胸を叩いた。


「もうお芝居はいいよ」

「すまないな、しかし、なぜわかった?」

「フィエルタさん、俺に当てる気なかったから。グルディオさんも避けられるだけの速さにしてくれてたし」


 最初の一発くらいはシュンの目を誤魔化すために耳を射抜くつもりでいただろうが、それをツカサが避けたことで、フィエルタはギリギリを攻める方針に変えたのもわかっていた。指摘されたフィエルタは鼻先を掻いて誤魔化し、事の次第を見守っていた【9】の守護騎士(パラディン)を矢じりで指した。


「グルディー、神子っち、あれどうするよ?」

「俺は【神子】じゃないから、なんなの神子っちって。別の人が【神子】なの。たぶん会えるからその時に紹介するよ。【9】は、そうだなぁ」


 ツカサはゆっくりと歩み寄り、手を差し出した。


先の見えない崖(レ・トルヴァ・デア)の話を聞かせてくれる?」


 ツカサが【9】の守護騎士(パラディン)に視たものは、【地下闘技場の管理人】であり【先の見えない崖(レ・トルヴァ・デア)生まれ】そして【神子守り】だった。

 確信を得た。先の見えない崖(レ・トルヴァ・デア)では【神子】を【守る】者が生まれるのだ。もしくは種族として定められた何かがあるのかもしれない。あの双子もまた、生まれながらにその役目を負っている。そして尊大で傲慢な【神子】はそのステータスを見て、自らを守る者だと判じ、遊び場の管理と脱出口の管理をさせたのだ。


 その思い込みさえなければ、とツカサはそろりと乗せられた無骨な手を両手で包み、奴隷の針を抜いた。ふわっと柔らかい風が吹き、【9】の守護騎士(パラディン)はツカサへ膝をついた。ツカサはその肩を叩いてから()()()を見上げ、悪い顔で笑った。


「何を、一つ一つ、全部壊してやるって?」


 シュンの顔は真っ赤に染まり、魔力圧が溢れ、握り締めていた手すりをその手で握り潰した。観客が逃げようとする道を武器を持った男たちが塞ぎ、席へ戻らせる。どうあっても観客が欲しいらしい。

 シュンが息を吸い、吐いた。それから顔を上げると怒りから掠れるような声を出した。


「本当ならお前を餌にしてあの二人もここにおびき寄せて、さっさと落とすつもりだったんだけどな」


 ごとり、ごとりと靴音がした。引き連れてくる誰かが急ぐように、逃げるように地下闘技場の明かりの下へ駆けてきて、シュンへ敬礼し、横にずれた。ぬるりと影から現れたその体躯にツカサは見覚えがあった。

 腐ったワインとはどういう色なのかと思っていたのだが、その呼び名がそもそも蔑称なのだと気づいた。人を呼称するのに【腐った】などと使わないだろう。随分と馬鹿にした呼び名だったのだ。しかし、男は腐ってはいなかった。

 くたびれた服を着た長身の男だった。飲めないことに変わりはないが、正しくは赤ワインに灰を混ぜたような紫鳶 (むらさきとび)色の髪、それは伸び放題で肩まであり、癖のあるウェーブが掛かっていた。顔面も同じ色の髭が覆っており、目元を隠す髪が人相を判別できなくしていた。その奥から覗いてくる青にも近い深い紫の瞳には見覚えがあった。そして何より、その手に持たれたものをツカサは知っている。


「まじぃな、出てきちまった。腐ったワインの(ロ・ツヴァン・)処刑人(エクサーシュ)だ」


 緊張したフィエルタの声、【9】の守護騎士(パラディン)はその男の前に立とうとした。しかし、処刑人はそれを相手にすることもなく、手にした武器を鞘から抜くとゆっくりとツカサへ差し向けた。


「……神子っち、腐ったワインの(ロ・ツヴァン・)処刑人(エクサーシュ)の相手に選ばれたぜ」


 どくりと心臓が鳴った。台風一過の後、良く晴れた青空の下で差し向けられた剣の切っ先を思い出した。晴れ渡った空、少し雨のにおいが残る湿った、不思議と爽やかな風の強い日だった。銀朱色のマントとフードを着けた黒いシールドだけは変わらない姿の兄が、ツカサの前に立った時のことを思い浮かべた。


 ツカサは静かに一歩を踏み出した。おい、と心配そうなグルディオとフィエルタの声を手で制し、右手に水のショートソードを持ち、マール・ネルは背中側、マントの中に隠したまま前に出た。

 腐ったワインの(ロ・ツヴァン・)処刑人(エクサーシュ)はゆっくりと腕を下ろし、こちらを確かめるように顎を上げてじっくりと観察をしてきた。頷くように瞬きが一つ。ぐぅんと圧を伴って持ち上がった両腕が上段に剣を構えた。

 湾曲した長刀、その刃には美しい波紋があり、切っ先の方は両刃、拳頭を守るように覆いと飾りがあった。間違いない。


 緊張と高揚、期待と苛立ち。様々なものが脳内を駆け巡っていて正しい感情と言葉が出てこない。ツカサはすぅはぁと呼吸を入れた。

 ツカサは武器を構え、目の前の男を真っ直ぐに見つめ、次の瞬間、振り下ろされた()()()()()にショートソードを滑らせた。



いつも旅路にお付き合いいただきありがとうございます。


ここ、黄色い声援上げてくださっていいんですよ……!


1巻書影

挿絵(By みてみん)

2巻書影

挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
まさかまさかと思ってましたが、ここでキタァーーーーー! 待ってました!
きゃ〜〜!!来たー!!! 待ってました!! 職場で読んでなかったら叫んでました! ついにツカサと対面だ!
....〜〜〜!!!!ッ!!! タルワール また会えたの嬉しいけど、どうなるのか息が止まりそうなほど、見守ってます。 ラングが潜入した時から、もしや…と待っていた相手。 ツカサの魂を身の内に誘うシーン…
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