【1】
(怖くない、怖くない、怖くない……!)
暗示をかけるように、心の中で唱えながら、早足でずんずん歩く。
トンネル内部は、真の暗闇だった。
炎がなければ、自分の手足さえ見えなかっただろう。
壁に揺らめく自身の影や、足音にさえ、ビクッと身体がはねる。
曲がり角にさしかかるたびに、角の向こうでなにかが息をひそめているような気がして、足がすくんだ。
――どのくらい進んだだろうか。
暗闇の先に光が見えたときには、ほとんど駆け足になっていた。
そのままトンネルを走り出て、ハァハァと肩で息をする。
心臓がバクバクいっているのは、なにも走ったせいばかりではない。
(帰りも通らなくちゃいけないんだよね……)
今から気が重くなり、ため息をつく。
(あ、でも、おじいちゃんに会えたら、帰りは一緒だ)
そう考え、少しだけ心が軽くなった。
トンネルの目の前には、渓流が横ぎっており、簡素な木の橋がかけられていた。
(やっぱり、川があったんだ)
橋を渡って、川沿いの狭い道を歩いていく。片側は、山の斜面だ。
しばらく行くと、やっと集落にたどり着いた。
「ここが、ローニエ……」
なだらかな斜面に家々が寄りそいあう、素朴な山間の村だ。
やけにひっそりと静まりかえっており、周囲を見渡しても、人影はまったくない。
(みんな、家の中にいるのかな。それとも仕事に出てる……?)
とりあえず、ネイは村の中を歩いてみることにした。
乾いた土を踏む音が響く。
(なんだろう。なにか……)
かすかな違和感を感じる。
原因はなにかと思ったら、小屋はあるのに、そこで飼っているはずの家畜の姿がなかった。
もう一度、あたりをぐるっと見回す。やはり、どこにも村人の姿はない。
空気はしんとしており、聞こえてくるのは鳥のさえずりくらいだ。
ためしに何軒か、ドアをノックしてみた。
――なんの反応もない。
つま先立ちして、窓をのぞいてみたが、中に人がいるような気配はなかった。
(どういうことだろう……)
もしかして、この村には本当に、誰もいないのか。
(やっぱりなにかあって、みんなで避難でもしたのかな)
だとすれば、ここから最も近いイシェンに向かった可能性が高いが……。
(でも、昨日、イシェンで話を聞いたときには、誰もそんなこと言ってなかった)
というか、皆、総じて口が堅かった。
しばらく村の中をうろうろ回ってみたが、人や家畜の姿がないということ以外、特に異変は見受けられなかった。
(どうしよう。戻ったほうがいいのかな)
ここにいても、これ以上わかることはなさそうだ。
イシェンに戻って、もう一度話を聞いてみるくらいしか、他に手がかりを得る方法を思いつかなかった。
あの村の人々は、なにか知っているような気がする。
(――戻ろう)
せっかくここまで来たが、仕方がない。
正直、ローニエに着きさえすれば、すぐに手がかりが得られると思っていたが、そう簡単にはいかないようだ。
(そういえば、帰りにまたあのトンネルを通らなきゃ……)
思わずため息をついた、そのとき。
ガタッ
背後で、物音がした。
心臓が跳ねる。
バッと振り返り、耳をすましたが、それ以上はなにも聞こえなかった。
(……風?)
それとも――
慎重に近づいていく。
音のした民家の裏手をのぞきこむと、雑然と物が積み重ねて置いてあった。
人や魔物が隠れられそうなスペースはない。
ほっと胸をなでおろした。
おそらく、なにかの拍子に物が倒れでもしたのだろう。
ごちゃごちゃしていて、なにが倒れたのかまではわからないが……。
両手で頬を、パチッとたたく。
(油断してた……)
気を新たに引きしめ、ネイは村を後にした。
(あれっ?)
行きに通った橋のあたりまで来たとき、思わず足が止まった。
(橋がない……)
戸惑ったように、まばたきをする。
(たしか、ここらへんだったと思うんだけど……)
周囲の景色を確かめるように見回す。目の前にはただ川が流れているだけで、どこをどう見ても橋の姿はなかった。
(もう少し、先だったかな?)
そのまましばらく歩いてみたが、
(やっぱりない……)
――ということは、知らぬ間に通りすぎてしまっただろうか。
来た道をふたたび戻る。だいぶ戻ったが、やはり橋はなかった。
(……ないはずないよね。わたし、たしかに橋を渡ってきたんだから)
さっきの場所より、もっと先にあったのかもしれない。
気を取り直して引き返す。
かなり歩いたが、橋の姿は跡形もなかった。というより、道が途切れてしまって、これ以上は進めない。
(じゃあ、もっと手前……?)
ネイはまた、来た道を戻った。
とにかくひたすら歩いていると、見覚えのある集落にたどり着く。
(ローニエ……)
戻ってきてしまった。




