【3】
馬車の中で揺られながら、ネイは鈍色の空を見上げた。
(やっぱり、ローニエでなにかあったんだ……)
祖父が「仕事に行く」と言って出かけた以上、予想はしていた。だが、思った以上に、大変なことが起きているのかもしれない。
(おじいちゃん、一週間で戻るって言ってた……)
それなのに、いまだローニエの地を離れられないのだとしたら――。
コートのすそを、ぎゅっとにぎる。
夕方には、ローニエに着けるはずだ。そうすれば、祖父の行方を含め、いろいろなことがわかるだろう。
はやる気持ちをおさえ、今にも泣き出しそうな空を、もう一度あおいだ。
何度か馬車を乗り継ぎ、日がかたむく頃、イシェンという村にたどり着いた。
地図で確認すると、ローニエのほど近くだ。
(あともう一息……)
できれば今日中に到着したい。ところが、乗り換えの馬車がなかなか見つからなかった。それに、
(なんだか薄暗い……?)
ネイは首をかしげる。
時間帯や、ぶ厚い雲が太陽をおおい隠しているせいもあるだろうが、それだけではなく、村全体の雰囲気が、暗く沈んでいるように感じられた。
「あの…」
道の向こうから、くわをかついで歩いてきたおじさんに声をかける。
「すみません、ローニエに行きたいんですけど、馬車はどこから……」
「出とらんよ」
おじさんは素っ気なく答えた。
「お前さん、ローニエへ行きたいのかい」
ネイをチラッと見て問う。
「はい。あの、祖父がいるかもしれなくて……」
「悪いことは言わん。あの村には行かんほうがええ」
おじさんは陰鬱な表情でさえぎった。
「何日か前にも、よその若者がおんなじことを聞いてきたんで止めたんだが、行ってしもうた。
どうなったかは知らんよ。なんせ、あの村に行った者は誰も戻ってこんからな」
そう言って去っていく背中を、ネイはただ見送るしかなかった。
わかったのは、どうやらローニエ行きの馬車は出ていないということだ。
(歩いてでも、行けないことはないと思うけど――)
ネイは空を見上げた。
(……今日はもうムリそう)
歩いているうちに、日が完全に落ちる可能性がある。
いくら精霊術を使えるからといって、魔物の活性化する夜に、徒歩での移動は危険だ。
(力を過信しすぎちゃいけないって、おじいちゃん、いつも言ってた)
歩いて行くなら、この村で一泊して、明日の朝早く出るのがいいだろう。
目の前だというのに、歯がゆい。
それにしても、先ほどのおじさんの口ぶり――。やはり、ローニエではただならぬことが起きているようだ。
(なにがあったのか、聞けないかな)
宿を探しながら、ネイは話を聞いて回ることにした。
宿屋のベッドに腰かけ、ネイは深いため息をつく。
(無事に泊まるところは見つかったけど……)
村人たちにローニエのことを尋ねても、行くなと止められるだけで、肝心なことについては、誰も話してくれなかった。
いや、あれは話してくれないというより――
(口にしたくないって感じだった……)
不安がつのる。その夜はなかなか寝つけず、ネイはベッドの中で一心に願った。
(早く朝になれ――)
翌朝、ネイはまだ夜も明けきらぬうちから起き出した。
ひっそりと宿屋をあとにする。
結局あまり眠れなかったが、頭はさえており、気力も十分だった。
暗い道を、精霊術で生み出した炎で照らして歩く。
イシェンからローニエへは、幸いほぼ一本道で、迷うことはなさそうだった。
街道に出る頃には、東の空がうっすらと明るくなってきたので、炎をふっと掻き消す。
(誰も通らないな……)
朝もやに包まれた道を行くのは、ネイ一人だけ。どれだけ歩いても、誰かとすれ違うことはなかった。
しばらくすると、なだらかな山道に入った。
濃い木々のにおいの中、落ち葉を踏みしめながら進んでいく。
近くに川が流れているらしく、どこからか水音がした。
「………」
ネイは思わず立ち止まった。
目の前に、ぽっかりと口を開けたトンネルの入り口がある。
横幅は大人が両腕を広げたくらいで、トンネル上部には、ご丁寧にも『この先ローニエ』という札が取りつけてあった。
(ここ、通らないとダメなのかな……)
入り口には、先が見通せないほどの闇がわだかまっている。かなり長いのか、それとも曲がりくねっているのか――。
トンネルからただよう、湿った冷気。
黒くこごった闇を見つめていると、逆に、なにかがじっとこちらをのぞきこんでいるような気がして、背筋がぞっとする。
ネイは立ちすくんだまま、コートのすそを握りしめた。
(怖くない、だいじょうぶ)
心臓の上に手をあて、自分に言い聞かせる。
ボッと勢いよく炎を生み出すと、ネイは思いきって闇の中へ足を踏み入れた。




