【2】
気がつくと、夕方になっていた。
(なんかわたし、眠ってばかりの気がする……)
身体的な疲れだけではなく、精神的な疲れも出ているのかもしれない。
(寝すぎて頭がぼんやりするな……)
流れていく景色に目をやると、あちらこちらで大人や子供が集まり、なにかの準備をしていた。
(お祭り、かな……)
この時期は、いたるところで秋の収穫を祝う祭りが行われる。
――ほどなく、馬車が止まった。
もうすぐ日没。夜は魔物が活性化するので、よほどのことがない限り、夜間に馬車を走らせることはない。
今日はこの、ガロという村で一泊することになる。
ゆるやかな丘の上に建つ、こじんまりとした宿屋を見つけ、ネイは重い木の扉を押しあけた。
カランカラン、と客の訪れを告げるベルが鳴る。
カウンターの中にいた、おそらくこの宿の主人であろう男性が顔をあげた。ネイを見た途端、いぶかしげな表情を浮かべる。
「あの」
緊張して、声が少し震えた。
「一泊、お願いします」
宿屋の主人は、しばし押し黙ったあと、
「……お嬢ちゃん、一人?」
と尋ねてきた。
「は、はい。祖父に会いにローニエという村に行くんです。お金はちゃんと持ってます」
(もしかして、子供だけじゃ泊まれないのかな)
無意識に服のすそをぎゅっと握る。
「ローニエ……?」
なぜか主人は眉間にしわを寄せる。
そこへ、奥からエプロンをした恰幅のよい女性がやってきた。
こちらは、ここの女将のようだ。
「どうしたんだい?」
「いや、この子が泊まりたいんだと。祖父さんに会いに行くらしい」
「一人で?へぇ、感心じゃないか」
女将さんはネイを見やる。
「おいで。部屋に案内してあげるよ」
「あ、ありがとうございます」
ほっと安堵の息をつく。
女将さんの後を追おうとすると、後ろから声がかかった。
「今日はちょうど秋祭りがあるから、よければあとで見に行くといい」
ネイは振り返り、主人にぺこりと頭をさげた。
案内された部屋は、ベッドと机があるだけの簡素なものだったが、きれいに整えられており、居心地がよさそうだった。
広さはそうないが、大きな窓がついていて開放感がある。
荷物を置いて落ち着くと、ネイはベッドにごろんと寝転がった。
自分のベッドとは少し寝心地が違う。
(……疲れた)
馬車の中であれだけ眠ったというのに、あまり疲労はとれていないようだった。
身を起こし、窓を開けてみると、ひんやりとした風が吹きこんでくる。
空には、オレンジと藍色が混じりあったような夕闇が広がっていた。
二階なので、村の景色がよく見渡せる。
(あそこで火をたくのかな)
広場の中央には、薪が大きな四角形に組まれており、まわりでは村人たちが忙しなく動いていた。
祭りの準備は着々とすすんでいるようだ。
しばらくぼんやりと眺めていたが、身体が冷えてきたので窓を閉めた。
コンコン、と部屋の扉がノックされる。
「夕食の時間だから、下においで」
女将さんに言われて一階に降りると、食堂のテーブルには、温かそうな料理が並べられていた。
作っているのは宿の主人らしい。メインは、野菜と肉のたっぷり入った、トマトシチュー。
他の客たちがにぎやかに食事をしているなか、ネイはもくもくと食べ、早々に席を立った。
外に出ると、あたりはすっかり、夜の闇に包まれていた。
ひんやりとした夜風に乗って、楽しげな音楽が聞こえてくる。
なだらかな坂をくだっていくと、村の広場に出た。途端に、にぎやかな空気がどっと押し寄せる。
ところどころにランタンが灯され、広場の中はとても明るい。
村人たちは、中央の大きな火を囲むように歌ったり踊ったりしていた。
ふるまわれる料理や酒を食べたり飲んだり、なにやらゲームで盛り上がっている人たちもいる。
祭りの非日常的な雰囲気は好きだ。
けれど、あまりはしゃぐ気分にもなれず、少し離れた場所に腰をおろし、あかあかとした炎に照らされる人々を、ネイはぼんやりと見つめた。
翌日は、あいにくの曇り空だった。
早くに目が覚めたが、疲れは大分とれていた。やはり、馬車で寝るのときちんとしたベッドで寝るのとでは、全然違うらしい。
「あの、ありがとうございました」
出発の前、ネイはカウンターにいる宿屋の主人に礼を言った。
「……お嬢ちゃん、たしかローニエへ行くって言ってたよな」
ネイがうなずくと、
「このあいだ来た客が、妙な話をしてたんだが……」
主人はためらいがちに口を開いた。
「なんでも、そのローニエって村から、人が逃げてきたとか、様子を見に行った者が戻ってこないとか……」
「人が逃げてきた……?」
「ああ、いや、あやふやな話だから、言うか言うまいか迷ったんだが」
主人は頭をかく。ネイは首を振った。
「教えてくださって、ありがとうございます」
そこに、女将さんが通りかかった。
「おや、もう出るのかい。気をつけて行くんだよ」
快活な笑顔に見送られる。
外に出ようと扉に手をかけたところで、
「……あ、あの」
ネイは思いきったように振り返った。
どうしたんだ?という顔で、夫婦そろってこちらを見やる。
「昨日のトマトのシチュー、おいしかったです」
きょとんとした沈黙のあと、女将さんが破顔した。
「そりゃあ光栄だ。またおいで!」
主人も案じるような表情で、
「……気をつけてな」
と声をかけてくれた。




