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灰色の精霊術師  作者: ミモリ
―第2章― ローニエへ
6/35

【2】

 気がつくと、夕方になっていた。

(なんかわたし、眠ってばかりの気がする……)

 身体的な疲れだけではなく、精神的な疲れも出ているのかもしれない。

(寝すぎて頭がぼんやりするな……)

 流れていく景色に目をやると、あちらこちらで大人や子供が集まり、なにかの準備をしていた。

(お祭り、かな……)

 この時期は、いたるところで秋の収穫を祝う祭りが行われる。

 ――ほどなく、馬車が止まった。

 もうすぐ日没。夜は魔物が活性化するので、よほどのことがない限り、夜間に馬車を走らせることはない。

 今日はこの、ガロという村で一泊することになる。


 ゆるやかな丘の上に建つ、こじんまりとした宿屋を見つけ、ネイは重い木の扉を押しあけた。

 カランカラン、と客の訪れを告げるベルが鳴る。

 カウンターの中にいた、おそらくこの宿の主人であろう男性が顔をあげた。ネイを見た途端、いぶかしげな表情を浮かべる。

「あの」

 緊張して、声が少し震えた。

「一泊、お願いします」

 宿屋の主人は、しばし押し黙ったあと、

「……お嬢ちゃん、一人?」

 と尋ねてきた。

「は、はい。祖父に会いにローニエという村に行くんです。お金はちゃんと持ってます」

(もしかして、子供だけじゃ泊まれないのかな)

 無意識に服のすそをぎゅっと握る。

「ローニエ……?」

 なぜか主人は眉間にしわを寄せる。

 そこへ、奥からエプロンをした恰幅のよい女性がやってきた。

 こちらは、ここの女将のようだ。

「どうしたんだい?」

「いや、この子が泊まりたいんだと。祖父さんに会いに行くらしい」

「一人で?へぇ、感心じゃないか」

 女将さんはネイを見やる。

「おいで。部屋に案内してあげるよ」

「あ、ありがとうございます」

 ほっと安堵の息をつく。

 女将さんの後を追おうとすると、後ろから声がかかった。

「今日はちょうど秋祭りがあるから、よければあとで見に行くといい」

 ネイは振り返り、主人にぺこりと頭をさげた。


 案内された部屋は、ベッドと机があるだけの簡素なものだったが、きれいに整えられており、居心地がよさそうだった。

 広さはそうないが、大きな窓がついていて開放感がある。

 荷物を置いて落ち着くと、ネイはベッドにごろんと寝転がった。

 自分のベッドとは少し寝心地が違う。

(……疲れた)

 馬車の中であれだけ眠ったというのに、あまり疲労はとれていないようだった。

 身を起こし、窓を開けてみると、ひんやりとした風が吹きこんでくる。

 空には、オレンジと藍色が混じりあったような夕闇が広がっていた。

 二階なので、村の景色がよく見渡せる。

(あそこで火をたくのかな)

 広場の中央には、薪が大きな四角形に組まれており、まわりでは村人たちが忙しなく動いていた。

 祭りの準備は着々とすすんでいるようだ。

 しばらくぼんやりと眺めていたが、身体が冷えてきたので窓を閉めた。

 コンコン、と部屋の扉がノックされる。

「夕食の時間だから、下においで」

 女将さんに言われて一階に降りると、食堂のテーブルには、温かそうな料理が並べられていた。

 作っているのは宿の主人らしい。メインは、野菜と肉のたっぷり入った、トマトシチュー。

 他の客たちがにぎやかに食事をしているなか、ネイはもくもくと食べ、早々に席を立った。


 外に出ると、あたりはすっかり、夜の闇に包まれていた。

 ひんやりとした夜風に乗って、楽しげな音楽が聞こえてくる。

 なだらかな坂をくだっていくと、村の広場に出た。途端に、にぎやかな空気がどっと押し寄せる。

 ところどころにランタンが灯され、広場の中はとても明るい。

 村人たちは、中央の大きな火を囲むように歌ったり踊ったりしていた。

 ふるまわれる料理や酒を食べたり飲んだり、なにやらゲームで盛り上がっている人たちもいる。

 祭りの非日常的な雰囲気は好きだ。

 けれど、あまりはしゃぐ気分にもなれず、少し離れた場所に腰をおろし、あかあかとした炎に照らされる人々を、ネイはぼんやりと見つめた。


 翌日は、あいにくの曇り空だった。

 早くに目が覚めたが、疲れは大分とれていた。やはり、馬車で寝るのときちんとしたベッドで寝るのとでは、全然違うらしい。

「あの、ありがとうございました」

 出発の前、ネイはカウンターにいる宿屋の主人に礼を言った。

「……お嬢ちゃん、たしかローニエへ行くって言ってたよな」

 ネイがうなずくと、

「このあいだ来た客が、妙な話をしてたんだが……」

 主人はためらいがちに口を開いた。

「なんでも、そのローニエって村から、人が逃げてきたとか、様子を見に行った者が戻ってこないとか……」

「人が逃げてきた……?」

「ああ、いや、あやふやな話だから、言うか言うまいか迷ったんだが」

 主人は頭をかく。ネイは首を振った。

「教えてくださって、ありがとうございます」

 そこに、女将さんが通りかかった。

「おや、もう出るのかい。気をつけて行くんだよ」

 快活な笑顔に見送られる。

 外に出ようと扉に手をかけたところで、

「……あ、あの」

 ネイは思いきったように振り返った。

 どうしたんだ?という顔で、夫婦そろってこちらを見やる。

「昨日のトマトのシチュー、おいしかったです」

 きょとんとした沈黙のあと、女将さんが破顔した。

「そりゃあ光栄だ。またおいで!」

 主人も案じるような表情で、

「……気をつけてな」

 と声をかけてくれた。

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