【1】
――その夜、夢を見た。
覚えていないはずの、両親の夢。
ネイは今よりずっと小さく、日なたの中で母と手を繋いでおり、そこに父がやってきて、大きな手で頭をなでてくれた。
ネイが両親を見上げると、二人は優しく微笑みかけてくれる。
あたたかかくて、満たされていて、胸がつまるほど幸せな光景――。
けれどある日、父と母はどこかに出かけ、それきり戻ってこなかった。
幼いネイは、なぜ二人が帰ってこないのかわからず、待って、待って、ずっと待って――…
目を開けると、闇の中に見慣れた天井が、ぼんやり浮かんでいた。
むくりとベッドの上で身を起こす。気づくと、頬がぬれていた。
(……ちょっと前にも、こんなことあったな)
怖い夢を見て、心細くなって。
ネイはベッドを抜け出し、部屋を出て、ゆっくりと階段をおりた。
「おじいちゃん……」
小さな声で呼んでみる。
階下は真っ暗で、もちろん誰もいない。
(これも夢なんじゃないのかな)
実は自分はまだ眠っていて、起きたら、今までのことは全部夢なのだ。
下に降りてみると、そこにはちゃんと祖父がいて、心の底から安堵する。
(ああ、夢でよかったって――)
ネイはベッドには戻らず、ダズおじさんとマンナおばさんに手紙を書いた。テーブルの上にも、簡単な書き置きを残す。
手早く身支度を整え、灰青色のひざ丈のコートをはおると、荷物をまとめたバッグを肩にかけた。
コートは、去年の誕生日にノルが買ってくれた、お気に入りのものだ。
外に出ると、あたりはまだ暗く、空には星が瞬いていた。
最後に一度、自分の家を振り返る。
(すぐに帰ってくるから。おじいちゃんと一緒に)
冷えた空気を思いきり吸いこむ。
(――いってきます)
歩き慣れた道でも、闇の中、まわりの景色や足下が見えないのでは勝手が違う。
ネイは立ち止まり、手のひらに意識を集中させた。すると、ボッと火がともる。
炎は手のひらの少し上で踊っており、直接肌には触れていない。触れたとしても、術師は耐性をもっているため、あまり熱くは感じないのだが。
炎をかざして道を照らしながら、ダズおじさんの家の門のそばまでくると、飼い犬のランディがピクッと起きあがった。
体は大きいけれど、気が優しくて賢い。
ネイがしーっと人さし指を口の前に立てると、おとなしく伏せてくれた。
「ありがとう」
小声で言い、郵便受けにそっと手紙を入れる。
この手紙には、黙って出かけることのお詫びや、心配しないでください、ということが書いてある。
自宅の書き置きには、祖父と行き違いになってしまったときのために、ローニエへ向かいますと一言、残しておいた。
ネイは門の前で、まだ眠っているであろうおじさんとおばさんに、軽く頭をさげる。
ノルとネイの二人分、心配をかけてしまうかもしれない。
(ごめんなさい……)
それでも、これ以上、ただ待っていることはできなかった。
「――じゃあ、またね」
こちらをじっと見つめるランディに、小さく手をふる。
四本足の友人は、しっぽをパタパタさせて、静かに見送ってくれた。
メレニスの町をめざして、薄暗い街道をひたすらに歩く。
いつも馬車で通っている道のりだが、やはり徒歩では勝手が違った。
町までの距離が、果てしなく感じる。
なんとかメレニスにたどり着くと、朝もやに包まれた通りには、すでに忙しく行き来する人たちがいた。
朝一番に出発する、二頭だての乗合馬車を見つけ、行き先を御者に確認する。
(この馬車でいいみたい)
定員は十名ほどだが、ネイの他には、寡黙そうなおじさんが一人、乗っているだけだった。
端っこの席に座り、鞄に入れてきたパンを水で半分だけ流しこむ。
――ほどなく、馬車が出発した。
揺れに身をまかせているうちに、だんだん眠気がおしよせてくる。
寝不足と、歩き続けたことによる疲労もあるだろう。
鞄を抱きしめるようにして、ネイは眠りに誘われていった。
「んん……」
目をさますと、もう昼前だった。あたりはすっかり明るくなっている。
いつの間にか、乗客も増えていた。最初に一緒だったおじさんは、どこで降りたのか姿がない。
車窓に目をやると、見知らぬ風景が広がっており、ネイはなんだか心もとない気分になった。
しばらくして、馬車はシロンという町に到着した。
ローニエへ向かうには、ここで一度、馬車を乗りかえる必要がある。
逆に、メレニスへ戻るときもここに寄るはずなので、もしやと祖父の姿を探してみたが、やはり見つからなかった。
(……とりあえず、お昼ごはん食べよう)
町の食堂は、時間帯のせいもあり、かなりにぎわっていた。
一人ぽつんと食べている子供がいても、誰も気にとめない。おかげで、かえって落ちついて食事をすることができた。
食堂を出ると、次の目的地へ向かう馬車を探し、乗りこむ。
出発して少しもたたないうちに、ネイはまた、睡魔におそわれた。




