【3】
「みんな、きみわるがってた。だれがやっただんだろうって……」
鶏、うさぎ、ヤギ――知らぬ間に、次々と消えていく動物たち。
「ぼくがやったんじゃないかっていうひともいたよ」
「そんな……」
あまりの心無さに、ネイは眉根を寄せる。
「そういうひとは、おじいちゃんがおこってくれたから」
フィオが少し微笑んだ。
「みんな、ふあんだったんだとおもう。だれがやってるのかも、ぜんぜんわからなかったから……。いなくなるのは、はじめはどうぶつだったけど、だんだんひどくなって――とうとう、ロロがいなくなっちゃった」
「……ロロって」
「ぼくと、おないどしのこ」
フィオがぽつりと答える。
「みんなずいぶんさがしたけど、みつからなかった。それから、ダンとマリエがいなくなって……。つぎはじぶんのばんかもって、みんな、すごくこわがってた」
それはそうだろう。村をおおったであろう得体のしれない恐怖は、想像に難くない。
「にげだすひともいたよ」
ネイは、ローニエに来る途中で泊まった、ガロの宿屋の主人が聞いたといううわさを思い出した。
(たしか、村から人が逃げてきたって……。おじさんが聞いたのは、その人たちのことだったのかな)
気をつけてな、と見送ってくれた宿屋の主人とおかみさん。
「ぼくも、おじいちゃんにきいたんだ。ぼくたちもにげないの?って」
闇の中に、フィオのいとけない声が響く。
「おじちゃんは、ロイドさんが、せいれいじゅつしのひとをつれてくるまで、まつっていった」
フィオは自分の膝に顔をうずめる。
「ぼくがいたから……。だから、にげられなかったんだ」
そんなフィオの頭に手を置き、
「――きっと、それだけじゃないよ」
ラウルがやんわりと言った。
「君のお祖父さんは、この村の村長だね?」
ラウルの問いに、フィオは小さくうなずく。
(そうだったんだ……)
他と比べて、ずいぶん大きな家だとは思っていたが。
「たとえ君のことがなくても、お祖父さんは村の人たちを置いて逃げはしなかったと思うよ。自分の力で逃げられる人もいたかもしれない。……けど、そうできない人のほうが、この村には多かったんだろう?」
フィオはゆっくりと顔をあげ、ラウルをじっと見つめた。
(そっか、モルモスの依存症で……)
「君のためというのはもちろんだけど、村の人たちのために、ロイドというお医者さんのことも待っていたんじゃないかな」
フィオはしばらく押し黙っていたが、やがて、力なく首を振った。
「――あのよる、ぼく、みたんだ。まどから……」
「なにを、見たの……?」
ネイの問いに、フィオが答える。
「あかいひかり」
赤い光。
「それって――」
「うん。まもの。あれが、はんにんだっておもった。……それで、ぼく」
フィオが言いよどむ。
「ぼく……こっそりおいかけたんだ」
ネイは息をのんだ。――あまりに危険すぎる。
「はんにんがわかれば、おじいちゃんがぼくのことで、いろいろいわれることもなくなるとおもって……」
「うん」
ラウルが相槌をうつ。
「おいかけて……。でも、すぐみつかって。くらくて、すがたはあんまりみえなかったけど、すごくおおきいのはわかって、にげなきゃっておもったけど、こわくて、あしがうごかなくて……」
声が震えている。ネイは思わず、フィオの小さな手をぎゅっと握った。
「ぼく、ここで、ころされちゃうんだっておもった。……でも、おじいちゃんが」
フィオが言葉につまる。ラウルが励ますように、その背中に手を置いた。
「……おじいちゃんが、ぼくをさがしにきてくれたんだ」
たぶん、ぼくがうちにいなかったから、とうつむく。
「おじいちゃん、まものにランプをなげて、いったんだ。にげなさいって――。そしたら、あいつ、おじいちゃんのほうにむかっていって……。でもぼく、うごけなかった」
握った手から、小刻みな震えが伝わってくる。
「おじいちゃんをたすけなきゃって、おもったのに」
声音にまじるのは、悔恨。
「まっくらで、なんにもみえなくて……。そのままずっとたってたら、あさになってた。むらのひとたちがぼくをみつけて、ぼくはみんなに、まもののことをはなしたよ。おじいちゃんは……どこをさがしても、いなくて……」
ネイは言葉が出てこなかった。
「そうか……。よく話してくれたね」
ラウルが半分抱きしめるように、フィオの頭を引きよせる。
「みんなは、むらからすぐにげようって――」
「そうだろうね」
「だから、こっそりかくれたんだ。おじいちゃんがかえってくるかもしれないから、ぼく、まってないと……」
ラウルとネイは顔を見合わせた。
(きっともう、フィオのおじいちゃんは……)
――いや。フィオもそれは、うすうすわかっているのだろう。
「フィオ」
ラウルがゆっくりと口を開いた。
「ここで、おじいさんを待っていたいという、君の気持ちはよくわかる。でも、このままここに留まり続ければ、いつ、あの魔物に見つかるかわからないし、食べものだって、いずれはなくなってしまう」
フィオの目をじっと見つめ、話す。一言一言、噛んで含めるように。
「大丈夫。君のおじいさんは、きっと賢い人だ。家に帰って君がいなければ、事情はすぐにわかるだろうし、君のこともちゃんと探し出してくれる」
「……でも」
フィオの瞳が揺れる。
「まずは、自分の身を守らなくては。おじいさんは、最後に君に、なんて言ったんだい?」
尋ねられ、フィオは唇を動かす。
「にげなさい、って……」
ラウルは深くうなずいた。
「それが、おじいさんの望みだよ」




