【2】
噴き上がる炎を押さえこむように、フィオの体を抱きしめる。
(っ熱い……)
けれど、耐えられないほどではなかった。この炎は、ネイにとっては馴染み深いものだ。
「ネイっ!」
助けようと動く気配に、
「だ、だいじょうぶ、です」
近づいてはダメだ、と首を振る。
(これは、精霊術の炎……)
ただし、まったく制御できていない。
ネイはフィオを抱える腕に、ぎゅっと力をこめた。激しい炎が見えない力によって、じょじょに押さえこまれていく。
「フィオ、落ちついて……」
精霊術師は、他の術師の体に触れることで、その力の発動に干渉することができる。どの程度干渉できるかは互いの力量にもよるが、幸いなことに、今回はネイのほうが力と制御、共に上回っていた。
「だいじょうぶだから……」
言い聞かせるように呼びかける。
その声が届いたのか、弱まっていた炎はやがて完全に鎮まった。フィオは茫然自失の体で、ぐったりとネイの肩にもたれかかる。
「フィオ、ネイ」
ラウルが二人のそばに来て、気遣うように片膝をつく。
「だいじょうぶかい……?」
ネイはフィオを抱きしめたまま、こっくりとうなずいた。
「ぼ、ぼく……」
腕の中の小さな体が、小刻みに震えている。その背中を、ネイはそろそろとなでた。
「――あなたも、精霊術が使えるんだね」
部屋の中にふたたび、暗闇と静寂が戻ってきた。
あれだけ派手に炎が噴き上げたというのに、あの魔物に気づかれることはなかったようだ。すでに立ち去っていたのだろう。
なんとか、フィオも落ち着いてくれた。自分の暴走を止めてくれたからか、ネイが触れていると安心するようで、それぞれ肩から毛布をかけ、今は二人、並ぶように寄りそっている。
「ぼく……みんなからこわがられたんだ」
フィオはぽつり、ぽつりと話し始めた。
「ときどき、さっきみたいになって……どうしたらとまるか、わからなくて。だれもきずつけたくないのに……」
フィオはぎゅっと膝を抱きしめる。
ネイは自分の手のひらを見つめた。この力は、魔物だけではなく、人を傷つける可能性もあるのだ――。
「……おじいちゃんも、ぼくのせいで、うまくあるけなくなっちゃった」
震える声で、フィオはそう告白した。
(そう、だったんだ……)
ネイは少なからず衝撃を受ける。自分の力のせいで、フィオは大切な身内を傷つけてしまったのだ。
「だからぼく、おじいちゃんに、そとにでちゃいけないっていわれてて、ずっといえのなかにいたんだ」
誰も、傷つけないように。
「いつも、へやのまどからみてた。みんながあそんでるところ……。ぼくも、いっしょにあそびたかった。けど……」
それは、できなかった。
窓際で一人、楽しそうに遊ぶ子供たちを見つめるフィオを想像する。どんなにうらやましかったことだろう。そして、孤独だったことか。
「この村には、ほかに精霊術師はいなかったの……?」
ネイは思わず尋ねた。フィオはふるふると首をふる。
「――精霊術師は希少だからね」
ラウルが静かに言った。
(わたしにおじいちゃんがいてくれたみたいに、フィオにも、術のあつかい方を教えてくれる人がいたら……)
また、変わっていただろうに。そう思い、そっと目をふせた。
「ロイドさんが」
聞き覚えのある名前に、ネイはハッと顔をあげる。
「ロイドさん……?」
ラウルが尋ねた。
「おいしゃさん」
フィオが答える。
「ずっとむらのそとにいたんだけど、さいきんもどってきたんだ」
(おじいちゃんに会いに来た人だ……)
褐色の髪と瞳を持った男性を思い出す。祖父が、ローニエに向かうきっかけになった人。
「ロイドさんが、ぼくのこのちからは、せいれいじゅつっていうんだっておしえてくれた。それで……」
続きをうながすように、ラウルがうなずく。
「しりあいにせいれいじゅつしのひとがいるから、つれてきてくれるって。そのひとに、せいれいじゅつをおしえてもらえば、きっとまた、そとであそべるようになるよって」
「それって……」
ネイは、ラウルと顔を見合わせる。
『頼む。ノル、あんたしか頼れる者がいないんだ!』
ネイの家で、必死に祖父に頼みこんでいたロイド。
(ああ、そうか)
すとん、と腑に落ちる。
(この子のためだったんだ……)
「――じゃあ、君のために、ネイのお祖父さんはこの村に来たんだね」
話を整理するように、ラウルが言った。
「でも結局は、村の人たちみんなを連れて、逃げることになった。君を残して」
(そうだ。フィオに会いに来たはずなのに……)
こんな危険な状態で、祖父が、幼い子を置き去りにするなんて考えられない。
「それは……」
フィオがうつむく。
「きっと、ぼくが、もういないとおもったから……」
「……どういうことだい?」
ラウルが、やわらかく問う。
「………」
フィオはしばらく押し黙ったあと、なにかを覚悟するように、すうっと息をすった。
「ロイドさんがくる、ちょっとまえから、むらでへんなことがおきてたんだ」
「へんなこと……?」
ネイが首をかしげる。
「さいしょは、にわとりが1ぴき」
フィオは言った。
「そのつぎは、うさぎ。そのつぎは、やぎが――いなくなってた」




