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灰色の精霊術師  作者: ミモリ
―第10章― 暴走
31/35

【1】

 フィオが「んん……」と小さく身じろぎした。

 まぶたをこすりながら、きょろきょろとあたりを見回し、ラウルとネイの姿を認めると、ほっとしたような表情を浮かべる。

「おはよう」

 もうそろそろ夕暮れなのだが、ラウルがそう声をかけた。

 フィオはゆっくり身を起こすと、「おはよう……」といとけない声で返事をした。それから自分の体からずり落ちるコートに気づき、はにかんだように微笑む。

「ありがとう……」

 暗くなる前に、というラウルの提案で、少し早目の夕食をとることになった。

 フィオの家にあったものと、ラウルの持っていたものを、三人で分け合う。食べ終わる頃には日が落ちて、部屋の中は薄闇に包まれていた。

(あの魔物を見たのも、このくらいの時間だったな……)

 ネイはぼんやりと思い、ぶるっと首を振った。

「念のために、今日は下でかたまって寝ようか」

 ラウルが言った。なるほど、と思う。安全のためというのはもちろんあるだろうが、一緒に寝るなら話す時間もたっぷりとれる。

「毛布かなにかあれば、貸してもらえるかい?」

 ラウルの言葉にうなずいて、フィオはトントン、と二階にあがっていった。

「話して……くれるでしょうか」

 思わず呟く。

「話してもらわないと」

 ラウルは静かに、だがきっぱりと言った。そして、ネイの頭をぽんぽんとなでる。

「ここから出て、君のおじいさんを探さないとね」

 それに――、と案じるような表情で二階を見上げた。

「あの子のほうも限界のようだし」

「え……?」

 そのとき、フィオが三枚の毛布を抱えて降りてきた。抱えた毛布のせいで、前方が見えておらず、階段を降りる足取りが少々危なっかしい。

 ラウルが途中までのぼって、「ありがとう」と受け取った。そうして二人が階段の下に降りたとき、


 タン、タン、タン


 屋根の上から音がした。

 三人は動きを止め、シンと黙りこむ。


 タン、タン、タン


 遠くなったり、近くなったり、屋根を伝い歩くような音。

 昼間のようにすぐ止んだりはせず、いつまでもしつこく響き続ける。まるで、なにかを探しているかのように。


 ウオアアアアア―――!


 苛立ったかのような咆哮。今度こそ、間違えようもない。

「ラウルさん……」

 ラウルはネイの視線にうなずくと、安心させるように少し微笑んだ。

「大丈夫。家の中だし、じっとしていれば気づかれないだろう」

 おいで、と窓からの死角になるテーブルのすみに子供たちを招き寄せ、二人の背中にそれぞれ毛布をかける。あたたかい毛布に包まれると、わずかだが恐怖心がやわらいだ。

 怖いことは怖いし、もちろん緊張もしているが、昨晩あの魔物に遭遇したときにくらべると、ネイの心はだいぶ落ち着いていた。家の中だというだけではなく、すぐそばに、ラウルやフィオがいることが大きいのだろう。


 タン、タン、タン


 足音が途切れることはない。時折、咆哮も響く。

(きっと、わたしたちを探してるんだ……)

 どんどん日が落ちて、あたりが暗くなっていく。外から室内の様子は、ほとんど見えないはずだ。

(そういえば、足跡、だいじょうぶかな)

 ふいに思い出し、不安になる。外の地面には、フィオのだけではなく、ネイやラウルの足跡もついている。

(今日は一日晴れてたし、風でだいぶ消えてるよね。いろんなところを走り回ったから、どれがどれかわからないだろうし。それにもう暗いから、きっと目立たない)

 ぎゅっと毛布を握りしめ、だいじょうぶ、と言い聞かせる。


 ダン、ダン、ダン


 いつまでたっても、目的のものが見つからないからだろうか。足音が心もち、荒くなってきた。ネイはビクッと肩をふるわせる。

「せいぜい動き回ってもらおう。明日の朝は、疲れてぐっすり眠ってくれるようにね」

 緊張をほぐすようにラウルがささやく。

 フィオは先ほどから、一言も発していない。


 ダン、ダン、ダン


 膝を抱え、毛布に顔をうずめる。やりすごせるまで、とにかくじっとしているしかない。かなりの時間、そうして三人で息をひそめていた。

 ――やがて、足音と咆哮がぴたりとやみ、静けさがふいに戻ってきた。

(行った……?)

 ネイは顔をあげる。夜のとばりはとっくに下り、部屋の中は濃い闇に包まれていた。

 しばらく耳をすませていたが、聞こえてくるのは、風と虫の音だけだ。

「あきらめて、くれたんでしょうか……」

「さあ……。でも、ヤツは頭がいい。油断はできないな」

 ネイはうなずく。そして、自分の横で毛布にくるまっているフィオが、ずっと微動だにしなかったことに気づいた。

(寝ちゃったのかな……)

 それなら、そのほうがいい。こんな極度の緊張や恐怖感は、幼い心で耐えるには大きすぎるだろう。

(ああ、でも、話ができなかったな)

 とフィオの顔をのぞきこむ。

 フィオは、起きていた。だが、人形のようにかたまったまま、うつろな瞳は、どこも映してはいない。

 ……なにか、様子がおかしい。

「フィオ?」

 ラウルが小さな肩に手をおき、いぶかしげに声をかける。

 そのときネイは、空気が――いや、周囲の精霊たちが、ゆらりと揺らぐのを感じ取った。この感覚には覚えがある。

(これは――!)

 ネイは目をいっぱいに見開く。


「ラウルさんっ、離れて!」


 ほとんどラウルを突き飛ばすようにフィオの身体を抱えこんだ瞬間、フィオの全身から炎が噴きあがった。


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