【3】
1階をぐるりと回り終え、ネイは元の部屋に戻った。フィオはまだ、ぐっすりと眠っている。
やがて、ラウルがゆっくりと階段をおりてきた。
「一応、屋根裏まで見てきたけど、誰もいなかったよ」
「こっちにも、だれもいませんでした」
フィオの祖父がこの家にいるのでは、というネイの推測は外れたことになる。
「別の場所にいるんでしょうか?」
「どうかな……」
ラウルは思案げに呟く。
「フィオがここで、お祖父さんと暮らしていたというのは確かだと思う。上にそれらしき部屋があったから。でも、この子の両親の部屋らしきものはなかったんだ」
下には?と尋ねられ、ネイは首を横に振った。
「じゃあ、二人暮らしだったのかもしれないね」
思わず、あどけない寝顔を見つめる。
(わたしとおんなじ……)
「――俺は、もしかしたら、フィオのお祖父さんは亡くなっているんじゃないかと思ってるんだ」
ネイは目を見開いた。
「でも、フィオはおじいちゃんを置いていけないって――」
「うん。俺もはじめは、病気かなにかで動けない状態にあるのかと思ったんだ。たとえば、モルモスの中毒とかね」
この村ではそれが一番、可能性が高い。
「でも、ざっと見た限り、この家にモルモスを飼っていたような形跡はなかった」
(たしかに、自分の家で飼っているなら、フィオがわざわざ鳥かごを持っていく必要もなかった……よね)
「フィオに初めて会ったとき、声をかけたら、すぐに正気に戻ったろう?」
思い返して、ネイはうなずいた。フィオが鳥かごを抱えて、祖父の幻を見ていたときのことだ。
「あれは、まだモルモスにとらわれてないからだよ。体が慣れきっていたなら、ああはいかない」
(そういえば……)
ネイがモルモスの鱗粉を吸ってしまったときも、目覚めてすぐに、今見たものが幻であると認識できていた。
「この子の保護者は、この子にモルモスを触れさせないよう、よほど気をつけていたんだろうね」
村中で当たり前にモルモスが飼われているという環境で、だ。
「幻におぼれている人間が、できることじゃない」
フィオの祖父は、モルモスの中毒ではなかった。
「それに、もし本当に動けないほど重い病気だったとしたら――」
おそらく、もうすでに……と、ラウルは目をふせる。
一体、誰が看ているというのだ。村人たちがみんな去り、孫すらも会うことができないという状況で。
「じゃあ、置いていけないっていうのは……」
「……誰かに対する想いが、ときに人を縛ることもある」
そっと息をつくように、ラウルは言った。
「たとえ、その人がもう、そこにいなくてもね」
(想いが、人をしばる……)
ネイはその言葉を、頭の中で繰り返す。
(フィオをここに引きとめているのは、おじいちゃん本人じゃなくて、フィオのおじいちゃんに対する想い……?)
「……じゃあ、フィオがトントンっていう音を聞いて、〝おじいちゃん〟って呟いたのは、結局なんだったんでしょうか」
うーん、とラウルが天井を見上げた。
「もしかしたら、その音が、なにかお祖父さんを連想させたのかもしれないね」
「音が……」
つられるように、ネイも上を見上げる。
「まぁ実際のところは、フィオの口から聞いてみないとわからないけど。別の場所にいるという可能性も、消えたわけじゃないし」
なんとかフィオを説得しないとな、とラウルが呟く。
「フィオに道案内を……?」
「さすがに、案内もなしに洞窟を抜けようとするほど無謀じゃないよ」
ラウルが苦笑する。
「それに、この子を置いていくつもりもない。やはり、ずっとここに留まるというのは無理があるよ。あの魔物がいる限り」
ネイは神妙にうなずいた。あの魔物のことを考えると、心がズンと重くなる。
助かったのは、たまたま運が良かっただけだ。一歩間違えば、殺されていたっておかしくはなかった。
昨日の幸運が、今日明日も続くとは限らない。それは、フィオにしたって同じことだ。
「洞窟内でヤツに鉢合わせないかというのは、まあ賭けだけど……夜行性のようだからね。朝は眠っていることを祈るよ」
魔物とて、睡眠をとらないわけではない。
(やっぱり、すごいなぁ……)
ネイはじっと、ラウルの横顔を見つめた。
ラウルが洞窟の中の道を行くと迷わず決断したときは、少なからず驚いたのだが、そこには様々な思慮が含まれていたのだと、あらためて気づかされる。
(わたしだったら、迷ってた)
「朝には発つつもりだよ。動くなら、なるべく早いほうがいいからね」
「朝……」
今日中に、フィオを説得できるのだろうか。――いや、するしかないのだが。
ネイは複雑な思いで、フィオの寝顔を見つめた。自分たちがこの村から脱出するには、フィオの協力が不可欠だ。
(でも、もしラウルさんの予想が当たってたら――)
フィオの会いたい〝おじいちゃん〟は、もうどこにもいない。
フィオがかたくなに抱えこんでいる何かを暴くという行為は、それを突きつけることになるのかもしれなかった。




