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灰色の精霊術師  作者: ミモリ
―第11章― ふたたび洞窟へ
34/35

【1】

 明け方、ネイたちは洞窟へと続く細い山道を、もくもくと登っていた。

(よかった……。一緒に来てくれて)

 ほっとした思いで、前を行く小さな背中を見つめる。

(ラウルさんじゃなかったら、きっと説得できなかった)

 だが、本当にフィオを動かしたのは、『逃げなさい』という祖父の言葉なのだろう。

 先頭を歩くラウルが、ときどき子供たちを気遣うように振り返る。手には、布でおおった鳥かごを持っていた。

 途中で一度、休憩をとり、洞窟の手前にたどりつく。そのぽっかりと開いた口には、昨日見たときと変わらず、入る者を拒むような闇がわだかまっていた。

(だいじょうぶ、なのかな……)

 眠っている可能性が高いとはいえ、絶対にあの魔物とはちあわせしないとは限らないのだ。それにこの中には、他にもいろいろな魔物がいる。いざとなったら、自分の力で二人を守れるだろうか――。

 わかってはいたが、やはり尻込みしていると、

「ネイ」

 ラウルが手招きをした。なんだろう、と近づく。

「いざとなったら、俺がおとりになるから、そのあいだにフィオを連れて逃げてくれ。――頼んだよ」

「ラウルさん……」

 ネイの表情を見て、ラウルはふっと笑い、ぽんぽん、と頭をなでた。

「そんなことにならないよう祈るよ」

 そして、真っ暗な入口をまっすぐ見据える。

「さあ、行こうか」


 入り組んだ通路を、ラウルがランタンをかざし、照らすかたわらで、フィオが右、左、真ん中と、よどみなく導いていく。

(ああ、これは、フィオがいなかったら、ぜったい迷ってた……)

 二人のすぐ後ろをついて歩きながら、ネイは思った。

 ちなみに、明かりを精霊術ではなくランタンにしたのは、ネイの力を温存するためと、万が一、別行動になったときのためだ。そのようなことにならないよう、心から願うが……。

 いつ、どこから魔物が現れるかわからないため、三人は気を張り詰めながら、言葉少なに進んでいた。

 足場の悪い洞窟内を、どのくらい歩いただろうか。ラウルが急に、子供たちを手で制した。そろって足を止める。ネイの背中に緊張がはしった。

(魔物……?)

 コートの胸のあたりを、ぎゅっと握る。

 耳をすますと、かすかに足音が聞こえた。前方にぼんやりと明かりが見え、それはどんどんこちらへ近づいてくる。

(魔物、じゃない。……人?)

 むこうもこちらに気づいているのだろう。足音とともに、その人影はネイたちのすぐ傍までやってきた。手に持ったランタンの明かりを、こちらへ向けてくる。

「フィオ、か……?」

 口ひげをたくわえた壮年の男性が、目を見開いていた。背が高く、しっかりとした体つきをしている。年はおそらく、ネイの家を訪れたロイドという人と同じか、少し上くらいだろう。

「ラスおじさん……」

 フィオが呆然と呟いた。

(知り合い……?)

 ネイはフィオに視線をやる。

「みんな、ラスおじさんはまものにおそわれて、しんじゃったって……」

「この通り、生きてるよ」

 ラスと呼ばれた男性は、大げさに腕を広げてみせた。

「それにしても、どうしてこんなところに……」

 それから、ネイたちを探るように見やる。

「あんたらは……?」

 ラスは、ラウルの持った鳥かごに目を止めた。中からは、パタパタ、と微かな羽音がする。

「それは――」

 ラウルは静かにかごを置き、おおいをめくって見せた。

「モルモス……」

 ラスが眉根を寄せる。だが、ラウルの凪いだ目を見て、

「……まあ、いい」

 と息をついた。

「それより、どういうことなんだ?」

 フィオに向かって尋ねる。どう話せばいいのか、フィオがまごついていると、

「橋が、爆破されんたんです」

 ラウルが口を開いた。

「何者かによって。そのせいで、俺たちは村から脱出できなくなりました。この子が、洞窟から外に抜ける道を知っているというので、案内を頼んだんです」

 ラスは、ふたたびフィオに目をやった。

「村の皆は?」

「ロイドさんたちがもどってきて、みんなでいっしょににげたよ」

「どうして共に行かなかったんだ」

 責めるような響きに、フィオは黙ってうつむく。フィオを案じてのことなのだろうが。

「……あなたは、どうしてこんなところに?」

 今度はラウルが尋ねた。

「君たちと逆だよ。私は村へ戻ろうとしていた。だが、皆もういないのなら、その必要もない。皆を探しだして、合流したほうが良さそうだ」

 ラウルはうなずいた。

「それがいい。村には今、大きなヒヒのような魔物が出ます。他の魔物も……。俺たちも襲われました」

「よく助かったな」

 ラスが目を見開く。

「運が良かったんでしょう。あなたも、魔物に襲われたとか」

「ああ。私も悪運が強くてね。なんとか逃げのびることができた。だが、共にいたカーラは……」

 ラスが沈痛な面持ちでうつむく。

「おじさん……」

 フィオも悲しげな表情を浮かべた。ラウルは口元に手を当て、

「あの魔物、獲物を持ち帰る習性があるのかな……」

 ひとりごとのように呟く。

(そういえば、フィオも〝いなくなってた〟って言ってたよね……)

 まるで、人や動物が、忽然と消えたかのように。

 ラスがラウルに向き直り、頭を下げた。

「なんにせよ、フィオを連れ出してくれて、礼を言う。そのまま村にとどまっていれば、この子も危なかっただろう」

 いえ、とラウルはゆるく首をふる。

「俺たちも、この子がいなければ村を出ることができませんでしたから」

 そう言って、フィオの頭を優しくなでた。


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