【1】
明け方、ネイたちは洞窟へと続く細い山道を、もくもくと登っていた。
(よかった……。一緒に来てくれて)
ほっとした思いで、前を行く小さな背中を見つめる。
(ラウルさんじゃなかったら、きっと説得できなかった)
だが、本当にフィオを動かしたのは、『逃げなさい』という祖父の言葉なのだろう。
先頭を歩くラウルが、ときどき子供たちを気遣うように振り返る。手には、布でおおった鳥かごを持っていた。
途中で一度、休憩をとり、洞窟の手前にたどりつく。そのぽっかりと開いた口には、昨日見たときと変わらず、入る者を拒むような闇がわだかまっていた。
(だいじょうぶ、なのかな……)
眠っている可能性が高いとはいえ、絶対にあの魔物とはちあわせしないとは限らないのだ。それにこの中には、他にもいろいろな魔物がいる。いざとなったら、自分の力で二人を守れるだろうか――。
わかってはいたが、やはり尻込みしていると、
「ネイ」
ラウルが手招きをした。なんだろう、と近づく。
「いざとなったら、俺がおとりになるから、そのあいだにフィオを連れて逃げてくれ。――頼んだよ」
「ラウルさん……」
ネイの表情を見て、ラウルはふっと笑い、ぽんぽん、と頭をなでた。
「そんなことにならないよう祈るよ」
そして、真っ暗な入口をまっすぐ見据える。
「さあ、行こうか」
入り組んだ通路を、ラウルがランタンをかざし、照らすかたわらで、フィオが右、左、真ん中と、よどみなく導いていく。
(ああ、これは、フィオがいなかったら、ぜったい迷ってた……)
二人のすぐ後ろをついて歩きながら、ネイは思った。
ちなみに、明かりを精霊術ではなくランタンにしたのは、ネイの力を温存するためと、万が一、別行動になったときのためだ。そのようなことにならないよう、心から願うが……。
いつ、どこから魔物が現れるかわからないため、三人は気を張り詰めながら、言葉少なに進んでいた。
足場の悪い洞窟内を、どのくらい歩いただろうか。ラウルが急に、子供たちを手で制した。そろって足を止める。ネイの背中に緊張がはしった。
(魔物……?)
コートの胸のあたりを、ぎゅっと握る。
耳をすますと、かすかに足音が聞こえた。前方にぼんやりと明かりが見え、それはどんどんこちらへ近づいてくる。
(魔物、じゃない。……人?)
むこうもこちらに気づいているのだろう。足音とともに、その人影はネイたちのすぐ傍までやってきた。手に持ったランタンの明かりを、こちらへ向けてくる。
「フィオ、か……?」
口ひげをたくわえた壮年の男性が、目を見開いていた。背が高く、しっかりとした体つきをしている。年はおそらく、ネイの家を訪れたロイドという人と同じか、少し上くらいだろう。
「ラスおじさん……」
フィオが呆然と呟いた。
(知り合い……?)
ネイはフィオに視線をやる。
「みんな、ラスおじさんはまものにおそわれて、しんじゃったって……」
「この通り、生きてるよ」
ラスと呼ばれた男性は、大げさに腕を広げてみせた。
「それにしても、どうしてこんなところに……」
それから、ネイたちを探るように見やる。
「あんたらは……?」
ラスは、ラウルの持った鳥かごに目を止めた。中からは、パタパタ、と微かな羽音がする。
「それは――」
ラウルは静かにかごを置き、おおいをめくって見せた。
「モルモス……」
ラスが眉根を寄せる。だが、ラウルの凪いだ目を見て、
「……まあ、いい」
と息をついた。
「それより、どういうことなんだ?」
フィオに向かって尋ねる。どう話せばいいのか、フィオがまごついていると、
「橋が、爆破されんたんです」
ラウルが口を開いた。
「何者かによって。そのせいで、俺たちは村から脱出できなくなりました。この子が、洞窟から外に抜ける道を知っているというので、案内を頼んだんです」
ラスは、ふたたびフィオに目をやった。
「村の皆は?」
「ロイドさんたちがもどってきて、みんなでいっしょににげたよ」
「どうして共に行かなかったんだ」
責めるような響きに、フィオは黙ってうつむく。フィオを案じてのことなのだろうが。
「……あなたは、どうしてこんなところに?」
今度はラウルが尋ねた。
「君たちと逆だよ。私は村へ戻ろうとしていた。だが、皆もういないのなら、その必要もない。皆を探しだして、合流したほうが良さそうだ」
ラウルはうなずいた。
「それがいい。村には今、大きなヒヒのような魔物が出ます。他の魔物も……。俺たちも襲われました」
「よく助かったな」
ラスが目を見開く。
「運が良かったんでしょう。あなたも、魔物に襲われたとか」
「ああ。私も悪運が強くてね。なんとか逃げのびることができた。だが、共にいたカーラは……」
ラスが沈痛な面持ちでうつむく。
「おじさん……」
フィオも悲しげな表情を浮かべた。ラウルは口元に手を当て、
「あの魔物、獲物を持ち帰る習性があるのかな……」
ひとりごとのように呟く。
(そういえば、フィオも〝いなくなってた〟って言ってたよね……)
まるで、人や動物が、忽然と消えたかのように。
ラスがラウルに向き直り、頭を下げた。
「なんにせよ、フィオを連れ出してくれて、礼を言う。そのまま村にとどまっていれば、この子も危なかっただろう」
いえ、とラウルはゆるく首をふる。
「俺たちも、この子がいなければ村を出ることができませんでしたから」
そう言って、フィオの頭を優しくなでた。




